ドリーム小説
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大僕と奚 赤楽二年夏。
金波宮は新しい歩みを踏み出していた。
和州の乱から数ヶ月、虎嘯もその歩みの中に存在し、慣れない宮中の諸事に四苦八苦していた。
そんな折―――
「好きです」
宮道に立ち尽くし、唖然とした表情の大僕。
「何?」
「し、失礼致しました!」
軽やかな衣擦れの音をたてて、その女官は走り去って行った。
後に残ったのは、口を開けたままの虎嘯だけだった。
「どうしよう…どうしよう!!」
虎嘯に思いを告げたこの女。
つい先ごろ登用されたばかりの奚であった。
外宮での床清拭が彼女の持ち場であり、この日は夏官府の床を拭いていた。
大僕に思いを告げる事など、恐れ多いと思っていたが、対面した瞬間動揺してしまい、ぽろりと口から零れてしまった。
「ああ、本当にどうしよう…ああ!!」
「何を騒いでいるのです?」
急に背後からかけられた声に、時が止まってしまった奚は、その聞き覚えのある声の方を、恐る恐る振り返った。
「た、太宰!」
慌てて脇に避け跪いた奚に、太宰から立つようにと声がかかる。
「貴女は確か…と言いましたか?」
「あたしの名を覚えてくださったのですか?」
「ええ。もちろんですわ」
感激したような奚に微笑を一つ向け、太宰は最初の疑問に戻ってきた。
「何かございましたか?」
「え…ああ!いえ、何でもないのです」
「でも…どうしようと叫んでいたのでは?」
「あ…それは、その…」
「個人的な事でしたら、無理に言わずともよいのですよ?ですが、私で何か相談に乗れる事があるのなら、話して下さいませんか?」
「そんな恐れおおい…」
「まあ、そんな事。女性の悩みに立場などございませんから…」
そこで黙ってしまった太宰。
気まずい雰囲気の中、はどうしたものか悩んでいた。
沈黙がしばし続いたが、それは太宰によって破られる。
「大僕―――虎嘯ですか…」
「えっ!!な、な、な、な、何故それを…??」
「それは何故かと申しますと…」
ぱんっと大きく手を合わせ、頭を下げた太宰。
「申し訳ございません。実を言うと、先ほど柱の影におりました」
太宰は謝りながら、頭を下げ続けている。
天官の一番最下位…いや、位すらない場所に位置する自分が、天官の一番極みにいる人物に頭を下げられ、平静でいられるはずもなく、は慌てふためいて顔を上げて欲しいと懇願した。
「許してくださいます?本当にごめんなさい。聞こえてしまったの。出るに出られなくて…大僕は絶句したまま立ち尽くしているし、さっき、やっと抜け出して来る事ができたのよ」
「あ、あの…大僕は今?」
「まだ立ち尽くしているんじゃないかしら?動いても気がつきそうになかったから出てこられたの」
「そ、そんなに驚かれたのでしょうか…」
が不安そうに言えば、太宰はくすりと笑って言う。
「そうね。驚いたのでしょう。今まで経験のない事だったでしょうし、他ならぬ…いえ、何でもないですわ」
途中で止めた言に首を傾げる。
太宰は微笑みかけて、彼女に言った。
「虎嘯は慣れていないだけなのよ。貴女がどうという事ではないのですから」
「それはどうゆう意味でしょう…?」
そう問うと、太宰は手を腰に当てて、小さく呻いた。
「難しいわね…つまり、女性に慣れていないから、告白されてしまって動揺しただけなの。だけど正攻法が効かないから、これは結構難関よね」
「そ、そんなぁ…」
泣きそうなに向かって、太宰は悪戯をした後の子童のように笑う。
「大丈夫よ、自信を持って」
そう言うと、太宰はの背を叩いて、その場から行ってしまった。
次の日から、は徹底して虎嘯を避け始めた。
告白してしまったからなのか、虎嘯の姿を見かけると逃げるようにして消えてしまう。
以前の金波宮なら、伏して気付かれぬ事は可能であったのだろうが、今の慶東国では伏礼は廃止されている。
ゆえに、逃げるしか術がないように思われた。
その思わぬ行動に、太宰は溜息をついていた。
「もっと積極的になると思っていたのに…」
ふうっと大きな息を吐き出した太宰。
「何がだ?」
急に背後から声がして、弾かれたように振り返った。
「桓タイ!」
「ん?どうした?大きな溜息をついて」
「大僕…虎嘯の事なんだけど…」
「虎嘯?」
何かあったのかと言う桓タイに、太宰は簡単に事情を話す。
「ああ。そうか…そうなってしまったか」
「ねえ、虎嘯の方はどうなの?何か変化あった?」
「いや、特に変化があったようには見えないが」
「そう…」
太宰はまた一つ大きく息を吐いて歩き出す。
宮道を進み、の姿を求めて外殿を歩いていた太宰は、床を丁寧に拭いている目的の人物を発見した。
「さん」
数名の奄奚が一斉に顔を挙げ、太宰に気がついて驚いた表情をしている。
同時に名を呼ばれたにも、ぱらぱらと視線が投げられていた。
「太宰府まで来て下さい。少し用事を頼みたいのです」
小宰でもなく、内宰でもなく、ただの奚に頼みたい事とは何だろうかと、囁く声が不安げに上がる。
それに苦笑しながら太宰は言う。
「他の者は、このまま作業を続けるように」
それだけを言い残すと、太宰はを従えて府第の方へと消えて行った。
太宰府に着いてすぐ、は座るように言われる。
戸惑いながらも指された椅子に腰を降ろし、きょろきょろと辺りを見回していた。
書卓の上には目に見えて大量の書面が詰まれており、これをすべて決済しているのかと思うと、太宰の技量に感嘆の溜息さえ出る。
責任のない奚であってよかったと、おもわず考えこんでしまったのだった。
太宰はしばらくすると、かちゃかちゃと鳴る軽やかな音と供に戻ってきて、に茶杯を渡す。
優雅に対面へ座った太宰にしばし見とれていたは、唐突に自らの置かれている状況に気がついた。
「あ、あの…用事は…?その」
「少しお待ちなさい」
茶を飲めと言われても、きっと飲む事など出来なかっただろう。
何しろここは太宰府である。
今まで足を踏み入れた事などなかったし、これからもきっとないだろう。
あるとすれば清拭に来る事ぐらいだろう。
しかし椅子に座り、太宰と対面して、尚且つ茶を出される事などありえない。
にこりと微笑んで、茶杯に口を添える太宰。
ゆっくりと一杯を飲み干し、その口が開かれるまでの僅かな時間、はびくびくしながら待っていた。
「禁軍左軍の将軍を知っておりますか?」
「あ…は、はい。青将軍でございますか?」
「顔も知っているわね?」
「…はい」
長い間の後、は小さく答える。
奚である身で、将軍の顔を知っているのは、咎められはしないだろうかと思っていた。
「では、書面を一つ持って行って頂きたいのです。公の事ではないので、個人的に頼みたいのですが…」
「あたしで良いのなら、なんなりとお申し付け下さい。ですが…本当にあたしで良いのでしょうか?」
「ええ。貴女なら他の者より安心して任せる事が出来ますわ。ですが、もう少々お待ち下さいね。まだこちらに届いておりませんから」
何故ここまで信頼されているのか、は首を傾げていたが、咎められる訳ではなかったので、一先ずは安心と胸を撫で下ろした。
「ところで…」
長い安堵の息を、気づかれないように吐いていたに、太宰から質問が飛ぶ。
「どうして大僕を避けておられるのですか?」
がちゃん、と大きな音を立てて、茶杯は床に転がり割れた。
「ああ!申し訳ございません!!」
「あら、いいのよ。危ないわ、私がやりますから、貴女は触らないで」
「そうゆう訳には…」
「いいから。触ってはいけません」
ぴしゃりと言い放たれた声に、言い返すことなど出来るはずもなく、ただおろおろと片付ける太宰を見つめていた。
「あ、あ、あの…太宰…」
「いいから、座ってなさい」
「で、ですが…」
小さな陶器の擦れる音が消えると、太宰は立ち上がって大きな息を吐いた。
「私は、駄目ですわね…主上もそうなのでしょうが、あまり立場を自覚していないのかもしれませんね。今私が動いたのは、私のせいだからです。貴女が気にする事はないのですよ」
割れた陶器を捨てて、太宰は再び椅子に座った。
「ですが…太宰に壊れた物を触らせるなど…」
「私は仙籍にありますから。仮に手を切ってしまっても、すぐに治ります。ですが、貴女が怪我をしてしまったら、治るのにしばらくかかるでしょう?それに動揺させるような事を言ったのも私ですから」
「そんな…」
「いいのよ。私は変わり者だと思って。ついでにその変わり者から、一言いわせて頂いても良いかしら?」
は頷いて、太宰の言を待った。
「貴女は凄いわ」
きょとんとしたまま、は動けないでいた。
何を言われたのか、しばし頭の中で反復してみる。
その様子を見ていた太宰はくすりと笑い、もう一度繰り返し言う。
「貴女は凄いわ。本当に偉いと思うの。だからこそ、大僕を避ける意味が分かりません。まだ返事も聞いていないでしょう?」
何についての事を言われていたのか、はようやく理解した。
「す、凄くなんて…それに返事など、聞かなくても分かりそうなものです。あたしのような者に好きだと言われれば、迷惑に違いありません」
まあ、と小さく言った太宰。
しかし、は泣きそうな心情になっていた。
「駄目かどうかなんて、まだ分からないでしょう?それに駄目なら次へと進めばいいのだし、それでも好きならずっと思っていればいいのでは?」
「え…でも、それでは迷惑になってしまいます」
「恋とはそうゆうものです。…私は思いを告げるのに十五年以上かかりましたからね…それに比べれば、貴女はとても勇気があるわ」
「太宰が…?思いを伝えるのに?そんなに長い時期…」
そうね、と言って太宰はに目を向ける。
「でも、私と貴女には大きな違いがあります。それはどこだか分かりますか?」
「身分ですか?」
「いいえ」
「では、容姿ですか?」
「それは他人なのだから当然でしょう?こちらの世界では、親子が似ることもないのですし」
「?」
太宰の言っている意味を取りかね、は首を傾げていた。
「先ほど身分といいましたね?」
「は、はい…」
「半分だけ正解と言っておきましょうか。貴女だから言いますが、内緒にして下さいね。私は海客なのですよ」
「海客…え?ええ!!太宰が?」
「はい。ですから、この国の人間ではないのです。蓬莱には身分制度はありませんし、私としては、もっと気さくに話しかけて頂きたいものなのですが」
「そのような訳には…」
「こちらはそうですわね。ですから、身分の事を言ったのではないのです。そうですね、例え話ですが、私が大僕に思いを告げるとしましょう」
はっと息を呑むに、微笑んだまま太宰は続けた。
「でも、大僕にその思いが伝わる事はございません。大僕は私に興味をお持ちでない」
「それは…分かりません。太宰はお綺麗ですし、今大僕の興味が他にあったとしても、時の流れの中で変わるかもしれません」
「そう。そこなのです。それこそが正解なのですよ」
またしても理解しかねた表情を覗かせたに、太宰は微笑んで言う。
「分かりませんか?時間です。私はすでに四十年近く生きております。大僕の倍ほどですわね。そして、大僕もこれから長い命を繋いで行くのです。いいですか?私は思いを告げるのに十五年以上かかりました。ですが私の席は、すでに仙籍にありました」
「違いとは…仙籍にあるか、ないかという事でしょうか?」
「ええ、そうですわね」
そう言うと、太宰は遠くを見つめて言った。
「その長い年数の間、彼は…私の思い人は、私を避け続けていたのです。そう、今の貴女のように。ただし彼の場合は気配を消す事が出来ましたから、私がその存在に気がつかない事も多かったのです。三ヶ月姿を見ない、なんて事もあったかしら」
懐かしそうに笑う太宰は、視線をに戻して続ける。
「ですが、貴女の場合は少々露骨に分かってしまいますわね。それに根気強く待つほど、長くは生きられないでしょう?私のように十五年も待ちますか?」
そう言われて、は十五年後の自分を想像してみる。
今よりも確実に年老いた自分の姿が、いとも容易に想像できた。
今は虎嘯よりも年下だが、外見上は軽く年上になってしまう。
女性として、それは些かよろしくない図だった。
「言っておきますが、十五年経とうと二十年経とうと、逃げていては何も変化は訪れませんよ。ただ苦しむ時間が長くなるだけなのです。ですが、たとえ一日でも、動くときには動くものなのです。それらすべてが、貴女の行動にかかっているのです」
そこまでを太宰が言い切った直後、扉が開かれ、女史が顔を覗かせた。
「太宰、主上からの書面を」
「ありがとう祥瓊」
祥瓊はちらりとを一瞥し、すぐにその場を退出した。
太宰は書面に目を通し、さらさらと書き付けて丸め、それをに渡した。
「ではこちらを青将軍に渡して下さいね。今は夏官府におりますから、よろしく頼みましたよ。夏官の移動案ですから、くれぐれも落としたりしないように」
「はい!」
緊張気味に言ったに、太宰は微笑んで言う。
「一つアドバイスをあげましょう」
「あどばいす、とは何でしょうか?」
「ああ…そうですわね…こちら風に言うと、助言、ですか」
「助言?」
「ええ」
太宰は両手を組んで、その上に顎を乗せ、にこりと笑って言った。
「思いは言にしなければ届きません。それが遠い存在なら、なおさらね」
は宮道を夏官府へと向かって歩いていた。
左将軍を捜し求めて、北へ東へとうろうろしていたが、一向に左将軍は見当たらない。
どうしたものかと悩んでいると、突然腕を掴むものがあった。
「きゃ…」
小さく悲鳴を上げて振り返ると、そこには避け続けている虎嘯の顔があった。
「だ、大僕!」
慌てて脇へと避け、礼をとる。
「こんな所に何か用か?」
動揺を隠し切れず、しどろもどろで口を開く。
「あ、あ、あの…太宰の命で、その…左将軍に書面を届けに」
「ああ、桓タイならさっきまで一緒にいたが…渡しておいてやろうか?」
「いえ。太宰からくれぐれもと言われております。その…直接お渡ししなければなりません」
「そうか。すまなかった」
「い、いえ!」
「なあ、そんなに緊張しなくてもいいぞ?お前、だろう?」
名を言われて、は頭を下げたまま固まっていた。
自分の名を知っている。
何故と問う心の声は、次第に胸を締め付けていった。
「和州の出身で…」
はっと短い息を吸い、は頭を上げていた。
驚愕した眼差しを見た虎嘯は、照れくさそうに頭を掻いて言う。
「いや…その、なんだ…。いつからここに?」
「あ、あたしは…あたしは…」
ついに耐えられなくなり、は踵を返して逃げようとした。
しかし、素早く伸ばされた虎嘯の手によって、それは阻止された。
「待て、待て!何で逃げるんだ?」
後ろからくる声に逃げる理由を問われたは、その場に座り込んでしまった。
「好きだと…言ってしまったからです」
「それでどうして逃げるんだ?」
不思議そうに言われたは、驚いて虎嘯を見つめた。
「だ、だって…お嫌でしょう?」
「いや…別に嫌じゃない。驚いただけで、その…なあ、お前、ずっと避けていただろう?だからてっきり嫌われているんだと…」
「ち、違います!嫌ってなんかいません!本当は…あたしは…ずっと、…そう、あたしはずっと謝りたかったのです」
「謝る?」
「はい…だから、追ってきたのです。大僕の後を追って、ここに…。偶然にも奚として、宮城に上がる事が出来たのです。ですが、大僕に近付く事は出来なかった。いつも機会を伺っていたのです。そして、ずっと見ておりました。なのに、ふいに口をついて出たのは違う言葉でした。それが恥ずかしくて、あたしは…」
「忘れた方がいいか?それなら…」
「いえ!あの…」
は慌てて言うと、決心したように頷いた。
「あたしは和州止水郷、拓峰の出身です。乱の時…あたしは恐ろしくて、大僕達に手を貸す事が出来なかった。周りを諫める事も、励ます事も出来ずにただ震えていました。それがどれだけ愚かであったのか、理解したのは乱が終わった頃でした。乱の後、謝りたくて、何度も郷城を尋ねました。ですが、とても勇気がなくて謝る事が出来なかった。そんな中、大僕は金波宮へ上がると聞き、なんとか追えないものだろうかと…」
「知ってる。和州の頃からそうだったが、宮城に上がってからもだ。ずっと避けられていたから、嫌われているんだと思っていたんだが」
「え?知っている、とは?」
唖然とするに、虎嘯はにかっと笑う。
「三軒程向い隣に住んでいただろう?親父さんは五年前、流行り病で倒れた。はその時、前王の命で止水を離れていた。新王になってすぐに戻ってきたが、止水は何も変わってなかった。お袋さんは、その…が戻ってきてすぐに、昇紘に殺されちまった」
「何故それを…」
ろくに話もした事がないと言うのに、虎嘯は自分の事を知っていたのだ。
「その時俺は、怒り狂って郷城に殴りこみに行きそうだった。弟に止められて、仲間に止められて、なんとか怒りを抑えたが、本当はすぐに殴りこんでやりたかった。は俺達が殊恩として活動している事を、知っていただろう?何度も指環に目が行くから、仲間になりたいんだと思っていたが、何も言わねえ。だから警戒していた時期もあったんだ。郷府に駆け込まれちゃあ、おしまいだからな」
「そ、そんな事は…」
「ああ、しねえと分かったから、そのままにしといたんだ。でも、知ってたろう?俺達がやろうとしている事は。黙ってくれてんならそれで良かったんだ」
「でも…何も協力出来なかった」
「そんな奴はごまんといたさ」
「大僕…あたしを、許してくださいますか?」
「許すも何もないだろう?」
呆れたような声に、はようやく笑った。
薄い笑みだったが、確実に口角は上がっている。
「ありがとうございます」
明るい声に、虎嘯は笑って返した。
「では、あたしは将軍に書面を渡しに行きます」
「おう」
行きかけたは、ふと振り返って微笑む。
今度は大きな笑みだった。
「大僕!あたし、乱で火事が起きた時に、和州師の剣から助けて頂いたのです。その時から…大僕を好きになってしまいました。思うぐらいは勝手ですものね、きっとこれからも大好きです!」
いつかのように、軽い衣擦れが去って行く。
しかし、虎嘯の表情は唖然とはしておらず、薄っすらと赤い気がした。
「公の事ではないといいながら、夏官の移動案だと言ってしまったの。でも疑わなかったようね」
太宰が柱の影で女史に囁く。
女史は笑い声を殺して言った。
「虎嘯も何故ここに来いと言われたのか、忘れたみたいね」
くすくす笑った太宰は、そっと柱の影から顔を出した。
「大僕はもう行ったみたいですよ」
そろりと柱から出た二人。
「どうして名が知れ渡っているのか、知ったらびっくりするでしょうね」
太宰の行った言に、祥瓊も笑って言う。
「なんでここにいるんだろうって、不思議がっていたものね。直接聞けばいいのにって言うと、嫌われているから駄目だ、なんて言うんだもの」
が宮城にいる理由を、本人から聞いて欲しいと虎嘯に頼まれた祥瓊。
面識もない彼女に、聞き辛いと思った祥瓊はそれを鈴に託した。
託された鈴は同じような理由で、太宰にそれを頼みに来た。
の顔を知らない太宰は、桓タイに協力を仰ぎ、どの人物かを確認した。
止水にいた人物を奚の中から探してくれというものだったが、虎嘯を伴っていくと簡単に分かったそうだ。
何しろ、互いに反応を示すのだから。
いつ聞こうかと様子を窺っている時に、彼女の告白を聞いてしまったのだった。
「でも気になっていたのよね?先程の話から察するに、随分と昔から気になっていたようですね」
「ええ、それは知らなかったわ」
再び笑いあった二人は、夏官府をあとにする。
が未だに将軍を探し続けていることなど、すっかりと失念して…。
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