ドリーム小説
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金の太陽 銀の月 〜太陽編〜 =11= 翌日、は朝から忙しく働き、昼前には小学へと出かけた。
まだ半分も理解できなかったが、聞いているだけで面白いので、わりと小学は好きだった。
戻ってくると利広はすでに発っており、は少しがっかりしながらも夕方の仕事にとりかかる。
今日も厨房で言葉を教えてもらい、客室へと料理を運ぶ。
それが終わると賄いを貰い、その日の日課を終えた。
「利達は…もう来てくれないのかな…」
自室に戻ったは、ごろりと横になりながら、利達の事を考えていた。
やはり何も考えずに話が出来る人物は貴重だったし、何よりも利広が尋ねて来た事を報告したいと思っていた。
「明日は来てくれるかな」
一人笑みを作って、は紙面を開いた。
そこには覚え切れなかった言葉の数々を、書きとめており、寝る前には必ず見ることにしていたのだった。
ぶつぶつ言いながら、知らぬ間に寝入ると言うのが、の日課になりつつあった。
それから瞬く間に時が過ぎて行った。
その間、利達が舎館を訪れる事はなく、また一度顔を出した利広が尋ねて来る事もなかった。
少し寂しく思っていただったが、日々の忙しさの中にそれを埋没させていき、きちんと日課をこなしながら生活している。
そんなある日。
「〜!お前にお客さんだよ。今日はもう上がっていいから、ゆっくりしてきな」
まだ客の姿も見ていないというのに、女将のその声に、は来訪者を知った。
「利達!」
「元気にしていたか?」
「うん。とっても元気よ。来てくれて嬉しいわ」
舎館の入り口で会話を交わした二人は、女将に追い立てられるようにして、外に放り出された。
「他のお客さんの迷惑になっちゃうわね」
「そうだな」
くすりと笑いあった二人は、隆洽の街を歩き始めた。
街には黄昏が降り始め、世界を朱に染めようとしている。
少し歩いた二人は、民居の途切れた場所に突き当たり、民居と民居の間に生える、一本の木を背に立つ。
は落ちていく夕陽を眺めながら、その木に寄り添った。
「久しぶりね、利達。忙しかったの?」
「ああ。少し立て込んでいて、なかなか抜け出してくる事が出来なかった」
「そう…あのね、私…ちょっと思っていたの。もう二度と会えないんじゃないかって。だから今日来てくれて嬉しいわ」
あまりにも率直な意見に、思わず頬を染めそうになった利達。
なんとか取り繕って、大丈夫だとだけ返した。
「言葉は随分覚えたか?」
「うん。会話するにはあまり困らないわ。まだ知らない言葉も多いけど、今居る舎館では一先ず大丈夫」
「そうか。それはよかった」
「でもね、利達と会うと、やっぱり違うんだなって思った」
「違う?」
そう言ったまま、利達はの顔を横目で見ていた。
どうゆう事なのだろうかと、頭の中は忙しなく動き回る。
「利達と話しているとね、本当に言葉が通じているんだって分かるもの。他の人とは、まだすこし不安かな。ちゃんと通じているのか、勘違いして答えていないか、とかね」
「あ、ああ。そうゆうことか」
安心したような、だが、つまらないような感情が生まれたが、それを無視しての話を聞いていた。
「すぐに聞き取れて、すぐに答える事が出来るって、こんなに大変な事だったんだって、改めて実感しちゃった。あのね、今だから告白するけど、私…」
どきりと利達の胸が鳴った。
「英語、ずっと赤点だったの」
「えいご?赤点?」
「うふっ。分からないわよね」
笑ったの顔を見ながら、急激に萎む何かを感じたが、やはりそれに気付かぬふりをして、先を促した。
「あのね、蓬莱の学校ではね、他国の言葉を学ぶ授業があったの。その言葉は文字から何から、すべて蓬莱とは違っているのよ。国を出なきゃ必要ないんじゃないのって思っていた私は、ちゃんと勉強した事がなかったの」
「なるほど…」
「でね、その授業では苦手だって意識が先行して、とても嫌いな勉強の一つだったの。赤点っていうのはね、これ以下の成績をとると、進学できませんって点数のことなの」
くすくす笑いながら言う。
「ここには、蓬莱の言葉を検索できる辞書もなければ、言葉を教えてくれる授業もない。でも、確実に覚えていってるの。もちろん生きていくために必要な事だけどね。蓬莱の頃よりも早く覚えているし、自分で言うのもなんだけど、とても頑張っていると思うわ。それでもまだ利達と話していると、通じる事が嬉しく感じるんだから、私もまだまだよね」
はそう言うと、落ちかけて光の薄くなった夕陽を見つめる。
「まだこちらに来て浅い。それだけ話す事が出来る海客は少ないだろう」
「そうなの?そっか…それなら仕方がないか。こうやって利達が来てくれるから、私は他の海客よりも恵まれているわね。だって心の支えがあるんだから」
「わたしが…支え?」
「え?あ…ごめんなさい。忘れて!独り言!」
「…忘れない」
「ええ!どうしてそんな意地悪な事言うの?」
「では逆に聞きくが、何故忘れなくてはならない?」
「だ、だって…恥ずかしいから…」
そう言うと、不思議そうだった利達の表情が僅かに変化する。
「そうか…でも、支えになれているのなら、嬉しく思う。だから忘れる事は出来ないと思うのだが…」
「そ、そっか…あはは…えっと、あ!あのね」
しどろもどろになりながら、は頬を染めて利達に言った。
「利達は国官なんでしょう?禁軍なのよね?」
「あ、いや…」
「え?違うの?」
「あれは場を切り抜けるための嘘で、本当は禁軍とは疎遠の所にいる」
「ええ!そうなの?でも国官でしょ?なら、やっぱり文官なのね」
「まあ、そんな所だな」
「よかったぁ」
何が良いのか分からない利達は、再び不思議そうな表情になっていた。
「あのね、しばらく来てくれなかったから…もしかしたら、もう会えないんじゃないかって思った事があって、それは寂しいなって。でもね、それなら利達の居る所に、私がいけばいいんだって思ったの」
先ほどよりも赤くなったは、それでも頑張って口を開く。
「まだ何も分からないし、これから何年かかるか分からないけど、利達と肩を並べて見たいかなぁって…だから、勉強をして試験を受けて国官になろうかと思ったの。これってきっと、人に言ったら笑われてしまうような事だけど…でも、蓬莱でも学校には行っていたんだし、共通の勉強もあるんじゃないかって思うの。それなら、知らない事を重点的に学べば、他の人より早く先の学校に進めると思うのね」
「確かに。はもの覚えがよくて、勉強家だからすぐに大学までいけるかもしれないな」
世界はすでに蒼く染まろうとしている。
にも関わらず、微笑んだ利達の顔を見ながら、ますますは赤くなる。
「や…そこまではね…英語赤点だし…。でもね、が、頑張るわ」
「そうか…は国官ではどの府第に行きたい?あ、分かるか?」
「分かるわよ。天地春夏秋冬。そうね…舎館の仕事って、天官と似ているのかもしれない。だから天官でもいいな。でも、冬官も専門的で面白そうだし、春官も私には合いそう」
「ああ、春官は適職になりそうだな」
「本当?」
ようやく好機が巡って来たことに、利達はようやく気がついた。
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