ドリー夢小説
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薄暗闇にちらつくのは、喪失感と激痛と。
悲しみと哀情。 ||| 禮物 ||| 〜贈り物〜 如何してかは、知らない。
ただ、何となく下界に降りて見たかった。
太宰・桓タイ・浩瀚と共に金波宮に勤めるようになってから随分経った。
下界を離れてから、結構な時間が過ぎたが、元々シェイリイはこの世界の人間ではなかったし、太宰や、浩瀚達には失礼になってしまうが、大してこの世界に執着をもっていなかった。
だから、別に人の世界が恋しくなったと言うわけではない。
けど。
「下界へ?どうしたの、急に」
何時もの通り書面へ向かっていた太宰は、シェイリイの告白に目を丸くした。
シェイリイは現在は太宰の護衛と同時に、中軍の将軍も勤める。
忙しいのは、太宰だけでなく自分も同じ。
しかしそれを解っていても、居ても立っても居られず、その日の朝の内に既に景王・陽子から、許可を貰ってきてしまったのだ。
後は太宰からの許可を得るだけ。
「どうかしたって訳じゃないんだ。ただ・・・何となく」
「何となく?何となくで、行って見たいの?」
「ん・・・ごめん。やっぱり駄目だよな。あたし、主上に謝って・・・」
言い差したところへ太宰が立ち上がり、いいえと声を掛ける。
シェイリイはきょとんとして振り返った。
「良いわ。行って来ても。どうせ私も今日は書面に付きっ放しだし、鈴や祥瓊も居るから、大丈夫よ」
「・・・うん、ごめん。今日の昼には必ず戻るよ」
「そんなに急がなくても大丈夫よ。そうね・・・でも夕餉の時間までには、必ずよ」
くすと笑って言う太宰に、シェイリイも笑みを返す。
頷いてから、踵を返して外へ急いだ。
下界へ降りたシェイリイは、真っ先に街の中へ入っていった。
乱の騒ぎから少し経ったが、国の、王に対する気持ちが、全体的に変っているのが良く判る。
民の表情が違うのだ。
王に近ければ近いほど、その民の顔は明るい。
王の姿を知っているだけに、シェイリイは其れを見る度に、何か誇らしく思えた。
暫く歩いているところで、ふとシェイリイは足をとめた。
顔を上げると傍らに小さな店がある。
小物屋らしき、小店だった。
飾り物や小さな置物。
故郷で言う、雑貨屋の様なところらしい。
シェイリイは暫くきょとんとしてその店を眺めてから、そっと足を踏み入れた。
中に入ると、金銀鮮やかな小物品が並ぶ。
ちりとぶつかり合って奏でる音は、何処か懐かしい感じがうかがえた。
「いらっしゃい」
「わっ」
突然声を掛けられて、シェイリイはぎょっとする。
振り返ると其処には一人の老婆が居て、その顔がやたらに不気味だった。
警戒しているのかもしれないし、元々こんな顔なのかもしれない。
「お、御婆ちゃん、お店の人?」
「お店の人も何も、ワシが店主やがな。お前さんはお客さんかいな」
「あ、いや、ちょっと近くまで来たから見に来ただけで・・・」
わたわたと言い訳をするシェイリイを、老婆はちらりと見上げた。
別に構わぬ、とだけ呟いて、老婆は店の奥へ消えてしまう。
シェイリイは何故か安堵して、次いで顔を上げてから数回、瞬いた。
目の前の、棚に飾られた小さな簪。
その姿に妙に惹かれて、シェイリイはふと手を伸ばす。
伸ばしかけて、はっとした。
動きにあわせてさらりと揺れた髪。
和州に居た頃切り落とされ、すっかり短くなってしまった。
其れも少しずつ長さを取り戻してきているが、まだ昔程ではない。
短い髪に、簪など不要だ。
そう思って、シェイリイは苦笑する。
伸ばしかけた手を引いて、彼女は立ち上がる。
闇の向こうの老婆へ、声を上げた。
「お邪魔様でした」
其れだけ言って、シェイリイは帰路へと急いだ。
金波宮へ帰ってから、シェイリイは真っ先に鏡を眺める。
体調はすっかり元通りになった。
あれから幾らか訓練もしたから、身体も前ほど動くようになった。
唯一つ、戻らないもの。
今の太宰。
海客の彼女と同じ、黒くて長い髪。
昔はあれほど、シェイリイの髪も長かった。
自慢ではないが、きっと太宰に負けないくらい、綺麗な髪だったのだろう。
其れは、今自分の肩を覆うくらいまでしかない。
あの時は、確か腰辺りまであったと思う。
其処まで伸びるのに、後どれくらい・・・
「シェイリイ?」
「わっ!」
突然背後から声を掛けられて、シェイリイは仰天する。
声を掛けた本人も驚いたらしく、目を見開いて、シェイリイを見ていた。
太宰だった。
「太宰・・・」
「帰ってきたのね?どうかしたの、鏡なんか見ちゃって」
「あ、いや・・・何か、情けない顔してるなあ、って・・・」
かりかりと頬を掻きながら、シェイリイは俯く。
太宰は微笑みながら其れを見て、シェイリイの髪に手を触れた。
「嘘ばっかり」
「・・・・・・ごめん」
柔らかい黒を撫でながら、太宰は笑う。
「随分伸びたね」
「でも、まだ」
座るように促され、シェイリイは大人しく差し出された椅子に腰掛けた。
取り出した櫛で、静かに髪を梳いてくれる。
「昔は、太宰と同じくらい髪が長かったんだなあ、って思ってた」
「・・・・・・直ぐ伸びるわよ。髪なんて」
「本当?」
「うん」
振り返って問うシェイリイに、太宰は笑う。
この笑みだけで、シェイリイは何時も安心出来た。
彼女が言うのなら、本当だろう・と。
「そういえば今日、ちっちゃい小物屋を見つけたんだ」
「まあ」
「太宰も休みを見つけられたら、一緒に連れて行ってあげるよ」
「ふふ、有難う。何か良いものでもあった?」
問われて、シェイリイは目を伏せる。
「・・・・・・簪」
「・・・・・・・・・そう」
それで、とシェイリイは思った。
風に揺れていた、黒い、長い髪。
彼女は其れを飾ろうとはしなかった。
浅葱の小さな紐一つ。
それだけが、唯一彼女を飾るもの。
昔一度だけ、彼女に飾らぬ理由を問うてみた。
其れは本当に可哀想な理由で、太宰は・・・彼女は何時か、そんなシェイリイにせめて髪飾りの一つでも、飾らせてあげたいと思っていた。
―――決して裕福でなかった故郷。
都会の発展に置いていかれ、山奥で貧困に窮しながら暮らしてきていたと言う。
辛うじて、武道を習う余裕があったのは、親が大事な着物を売ってくれたから。
シェイリイのわがままを聞いて、都会で習わせてくれたのだと。
その時の恩もあってか、シェイリイはずっと、両親の目の届かぬところでむやみに飾りたくないのだ、と。
「シェイリイ」
「うん?」
「きっと、ご両親は・・・」
「・・・・・・解ってるよ。」
解っているとも。
両親がそんな遠慮を、望んでいないことくらい。
でも。
「でも、駄目なんだ・・・・・・」
悲しそうに俯くシェイリイを、太宰の曇った表情が見つめる。
暫く冷たい沈黙が流れて、はっと太宰は顔を上げた。
再び止っていた手を動かして、シェイリイの髪を梳く。
「駄目よ、そんな顔をしていては。今は忙しいんだもの、落ち込んでいる暇なんかないわ」
「・・・うん。」
「さ、綺麗になった。行きましょう」
「・・・・・・うん」
泣き笑うシェイリイの顔が、僅かに痛い。
一年、『牢獄』に囚われていた彼女。
その間に無くした、『心』の一部。
其れを、何とか取り戻せぬか。
先に促し、出て行くシェイリイを見送ってから、太宰は慶国冢宰の元へと急いだ。
*******言い訳し放題!***********
前編・後編にわける為、やけに苦労した・・・?!
暫く企画に付きっ切りだっただけで、凄い腕が鈍りました。
・・・・残念!!
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