ドリーム小説
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青の守護者 =1=
令坤門の鐘が鳴る。
才州国の命運を乗せた、最初の一団が門を潜り、人ごみは一斉に黄海へと繰り出す。はその一団の中にいた。
扶王の時代が終わり、新しく麒麟が生まれた。
王の選定に入るとの知らせに、国中が喜んだ。一ヶ月前から準備を始めだした父に、令坤門までと無理を言って付き添ってきた。しかし、武術に自信のあったは、父の目を盗み、こっそりと荷馬車の中に隠れていた。
剛氏を雇えなかったと嘆く父を見て、決心を固めたのだった。
黄海に入って丸一日が経過し、もう令坤門が大丈夫だろうと判じたは、荷馬車からひょっこりと顔を出した。激怒した父はすぐに帰る様に言ったが、今から戻っても閉門された後だと随従に言われ、しぶしぶ了承する。 父に並ぶようにして馬に乗るは、黄海に広がる荒野を見た。
そして、後ろに繋がる一団を見た。
「あら?随分と人が減ったわね」
悲鳴も何もなかったのに、と言ったに、父が答える。
「ああ、若い連中は先に行ってしまったよ。何と言ったかな…そうだ、高斗とか言っていたな」
「高斗と言えば扶王の時代に…」
そうだと父は頷き、その頭目をに教えた。
高斗の砥尚と言うのが登極するのではないかと、誰もが囁いていた。
「じゃ、じゃあ、その一団に着いて行ったほうが、安全なんじゃないの?」
そうは言っても、先に行ってしまったのだから、仕方がないのだろうが。
「わたしが鵬雛になれば良いのではないか?」
そう言って笑う父を見て、は慌てて頷いた。
誰が登極するのか、まだ判らないのだ。
噂だけでそれを決めてしまっては、他の昇山者に対して失礼と言う物だろう。
「お父様、この中には何人昇山者がいるの?」
「わたしをいれて、五人ではなかったかな?」
「へえ…」
そう呟いて一団を見渡す。
五人とは言っても、この場にいる全員に機会はある。
蓬山までつけば、誰が麒麟の目に止まるのか判らない。
誰もが黄海への不安と、蓬山への期待が、合い混じったような表情をしていた。 その日の晩、妖魔の襲撃があった。
一団は散って逃げ惑ったが、悲しくも五人の者を排出してしまう。
妖魔に立ち向かったは、血を避けながらの戦いで苦戦したが、なんとかその場を切り抜けていた。
「!お前が戦わなくてもいいのだ!お前にもしもの事があったら、わたしは、わたしは…」
「お父様、お気持ちはとても嬉しいのですけど…私は戦う為に付いて来たのですよ。それに、戦えない者が妖魔に襲われて、どうしてじっとしていられると言うのですか」
「お前は…だから来るなと言ったのだ」
「もう遅いですわ」
血の附着した剣を振り、血糊をふき取って鞘に収める。
死者を弔おうと思ったは、腕を掴まれて、半ば強制的にその場から引き離された。
引き離した者は、他の昇山者に雇われた剛氏だった。
「妖魔は血の匂いに集まってくる。ぐずぐずするな!」
「でも!せめて埋めてあげなければ。このままじゃあ、食べられてしまうわ!」
「仕方がない。それが黄海だ。それに…」
そう言われて、は力を抜いた。
投げた視線の先には、誰とも判別のつかない死体が転がっていた。
埋めてやろうにも、あれではどうする事もできまい。
引かれながらその場を離れたが、いつまでも後ろを振り返りながらだった。 それからは、やるせない思いを、必死に堪えながらの旅となった。
日を追うごとに、人数は減っていく。
の父も、もう戦うなとは言わない。
戦力は一人でも欲しかった。
一団にいた剛氏は全部で十人。
その剛氏ですら、負傷する者が多かった。
戦えない者は、あえなく命を落として行く。
「なに…ここは、一体なに!?」
黄海に入って、何日目だったか、ついには溜まりかねて叫んだ。
「ここは…黄海だ」
他の昇山者に付き添っていた、剛氏の一人が冷静に言った。よく見ると先日、を無理矢理引っ張った者だった。
「そんなこと、判っているわよ!」
「いいや、判ってないね」
あっさりと否定されて、は口をあけてその剛氏を見た。
「判ってないからこそ、憤りを感じるんだ。現実を飲み込もうとする感情と、それを拒否する感情が摩擦を起こして、憤りを感じるのだろう。だが、理解できなければ、ここでは生きていけない」
強くそう言われて、は唖然とした。
しかし確かにその通りだと、頭の片隅で警告が鳴る。
「あなた、名は?」
「俺は、麩哩だ」
「そう、覚えておくわ」
怒りをぶつけそうになるのを、なんとか堪えて父の横に戻る。
『判ってないからこそ、憤りを感じるのだ』
そう言われた言葉が、頭の中で何度も反復する。
「判っているわよ…」
小さく呟いてみたものの、やはり、と思う。
やはり、何も判ってはいない。
この常軌を逸した世界で、人の住まう所から来た者の感覚が役に起つはずがない。
昼夜問わず遭遇する妖魔。
飲めない水。
底の見えない沼。
広がる荒野と果てしない樹海。
夜に眠れない事など、もはや当たり前のようになっていた。
だが人が一人減るたびに、やるせない思いは膨らんでいく。 数日が経過して、は思い出したように麩哩の元へ行く。
「正直、まだ理解しているとは思えないけど…なんとなく判ったわ。ここが黄海だって事。それで聞きたいのだけど、いいかしら?」
麩哩は表情を変えずに頷き、に促した。
「極力、全員が生きて蓬山までたどりつくには、どうすればいいの?」
目を見開いた麩哩は、を見つめてしばし沈黙していた。
ややして、その重い口が開く。
「やはり、お前は何も判っちゃいない。ここまできたら、もう、運に頼るしかないんだ」
思ったとおりの答えが帰ってきて、は頷いた。
麩哩はそれを見て取って、判っていたのかと理解した。
「だがな…」
言い置いて麩哩は声を潜める。
「この一団は、運が悪い。ひょっとしたら、先に行った一団に鵬がいるのかもしれない」
何故声を潜めるのだ、と思いながらもそれに習う。
「先に鵬がいたら、どうなの?」
やれやれと言った風な仕草をした麩哩は、それでもに教えた。
「王になる者には、それなりの強運が着く。だからその一団は比較的、楽に昇山できるだろう。だがすぐ後に続く俺達には、その強運のツケが周ってくる」
「と言うことは…とても運が悪いと言う事?」
麩哩は頷いて、さらに声を小さくした。
「仲間連中とでも言っていたんだが…この一団はあまりにも運がない」
「じゃ…じゃあどうすれば…」
「どうしようもない。こうなっては、自分の命すら危ない。主人の命すら、保障しかねない」
「そんな…」
は恐ろしい物でも見るように麩哩を見た。
しかし麩哩は動じた様子もなく、その瞳は真実を冷静に判断している。
愕然としているに、何かを考えていた麩哩はふいに言った。
「そうだな…後は真君にでも祈るんだな」
「真君?」
不思議そうに聞くに、麩哩は驚いて聞き返した。
「知らないのか?犬狼真君。黄海の守護者だ。門前で祈って来なかったのか?」
「へえ、そんな人がいるのね。私ずっと荷馬車に隠れてて…知らなかったわ」
「知らないなら、お前に真君の加護はない。気をつけるんだな」
そう言って麩哩は後退する。
「何よ、感じ悪いったら」
憤慨したは、後方を睨みながら言った。
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