ドリーム小説
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『そうだな…後は真君にでも祈るんだな』
『真君?』
『知らないのか?犬狼真君。黄海の守護者だ。門前で祈って来なかったのか?』
『へえ、そんな人がいるのね。私ずっと荷馬車に隠れてて…知らなかったわ』
『知らないなら、お前に真君の加護はない。気をつけるんだな』
『何よ、感じ悪いったら』
「思い、だした…」
更夜を見たは、勢いよく立ち上がった。
「犬狼真君だわ。麩哩は黄海の守護者と言った。ねえ、犬狼真君に会えば、何か判るかもしれない。どこに行けば会えるのか知らない?」
は更夜の目を見ながら、すがる様な思いで聞いた。
「真君に会って、何も変わらなかったら?」
「え…」
「真君に会っても、何も変わらないかもしれない。そうしたらは、どうする?」
はその時、初めて名を呼ばれた事に気がついた。
「初めて、って呼んでくれた…麩哩…麩哩はね、最後の最後まで呼んでくれなかったの。息を引き取る前に、生き延びろ、、って初めて言ってくれた…だから、更夜が私の名を呼ばないのが、少し怖かった。またこの手から零れてしまいそうで…もし、更夜が死ぬのを見なければいけないのなら、もう、生きてはいけない…」
更夜は思いのほか、自分に向けられた思いに驚いていた。
「は…黄朱の民のために泣いた。それが、私のためにも泣くと言うのか?」
「ええ、そうよ。更夜がもし居なくなってしまったら、私はきっと生きていけない。それがどんなに安全な場所でも。黄海の外でも、たとえ蓬山でも。きっと、私は…そう、私は…」
は自らの気持ちに気付き、そのあまりにも大きくなった感情に、ただ絶句していた。
しかし、気がついてしまったものからは、目を逸らせない。
「私は、犬狼真君なんて、どうでもいいんだわ。守護者なんて、もうどうでもいい。ただ更夜の傍に居たい」
は更夜を真っ直ぐ見据えて、やっと言った。
決意の篭った眼差しを受け、更夜はそっと手を伸ばす。
その手はの頬に置かれ、更夜は一歩前へと踏み出した。
二人の距離が少し縮まる。
「それは、が私に助けられたと思っているからだ。助けが欲しい時に、手を差し伸べてくれる者の温かさを、私も知っている。だけど、それが間違いだという事も知っている」
「間違い?どうして間違いなの?」
「その者が誤った判断をしたとしよう。それを止めるには、その者を殺さなければならないとしたら、には出来るだろうか」
「殺す、なんて…更夜はそんな間違いを起こさないわ」
「それは、人である以上、保障できる事ではない」
「では、私は更夜を止める。もしその結果、更夜を殺さねばならないとしたら、更夜を殺して、私も死ぬわ。だって、更夜が居ないのなら、私は生きていけないんだもの」
更夜はくすり、と笑った。
「それではまるで、王と麒麟だ」
「そう、かしら…でも、そのようなものかもしれない。だって、あまりにも違う。更夜と私は、あまりにも…それでも、どこかに通じる物を感じるの…」
そう言って、は少し戸惑いを顔に表した。
「いいえ、きっと更夜が特殊なんだわ。更夜はとても遠き人なのかも知れない。私が一緒に居たいなんて…言ってはいけない人なのかも…」
更夜はの頬に手を当てたまま、じっと動かないでいた。
も動けないでいたが、勇気を絞って手を挙げた。
頬に添えられた手に、自分の手を重ねて、もう開けていられなくなった瞳を、ゆっくりと閉じる。
涙が頬を伝ったが、それがどの感情に寄るものか、には判断する事ができなかった。 「本当は」
更夜の声が、静かに聞こえてくる。
「人と関わってはいけない事になっている。もし、が黄帝の名を言わなければ、そのまま去っていたかもしれない」
人と関わってはいけない?
なぜ?
それの意味するものは何?
疑問が浮上し、は瞳を開けた。
ぼやけた視界のせいで、更夜の表情は窺えない。
溜まった涙を落としてしまおうと、は再び目を閉じた。
目を閉じた瞬間、両頬に手が添えられるのを感じた。
もう一歩、近付いてくる気配を感じる。
その直後、冷たいの口に、温かい更夜の唇が重なる。
唇が重なった瞬間、の体を何かが駆け抜けた。
「つっ…」
呻いて思わず倒れ込む。
徐々にその感覚はなくなったが、は地面に手をついたままだった。
「?」
「な、何、これ…」
もう、なんともないように思われたが、驚きで体が動かない。
そしては急いで顔を上げた。
「あ、あなたは…更夜は…犬狼真君?」
更夜は驚いたような表情を見せたが、すぐに頷いた。
「思い、だしたの…」
は言われた事のすべてを思い出していた。
黄帝の言った事を、頭の中で聞いた事を。
黄海にそもそも人が居るはずはない。
だが、守護者ともなれば、別なのだろう。
それに、何かを確認するように、問うた更夜。
犬狼真君に出会っても、何も変わらないなら、どうするのだと聞いた。
すでに出会っているからだ。
出会って、何も変わらっていなかったから。
それなら…
『、…目を覚ましなさい。貴女に試練を与えよう。黄海の守護者を探しなさい。どんな形にせよ、思いを動かせる事が出来たなら、お前を天仙に召しあげよう』
は更夜にそれを告げた。
「私の、思いを…」
更夜はそう呟いてを見た。
「天仙に、なったのかしら?」
は立ち上がって、自らの体を見下ろした。
「私の気持ちが、動いたのだから…そうだろう」
真君はそう言い放ち、を抱き寄せた。
「人と関わってはいけないが、神仙なら問題ないか…」
は更夜の背に腕をまわし、しっかりと抱きしめた。
どちらともなく、唇が重なる。
確認するかのごとく、何度も何度も重ねあう。
しばしの抱擁後、は思い出しかのように更夜に問うた。
「私の父や、他の者はどうやったのかしら…」
更夜は静かに頷き、天犬を呼んだ。
が最後に見つけた形跡から、その足取りを追う。
上空からしばらく、小さな一団が目に止まった。
もう蓬山は目前だった。
あの小さな女の子の手を引いて歩く父の姿を、は見つける。
少女の主人は、どこにも見当たらず、は思わず安堵の息を漏らす。
しかしその息をかき消すように、息を呑むの姿があった。
行く先に小さな獣が見え、は更夜を振り返った。
「あまり強くない。なんとか切り抜けるだろう」
の見守る中、更夜の言った通り、護衛の者だけでなんとかその場は、切り抜けたようだった。
が危惧した事も起こらなかった。
あの少女の主人のように、父が振舞ったらどうしようかと思っていた。
しかし、父は一番に少女を庇うようにしていた。
「あぁ…お父様…」
「、声をかけることは出来ないよ」
は後ろの更夜に判るように、大きく頷いた。
「だけど五山の入口まで、ついて行こう」
「更夜…ありがとう…」
は前に回された腕をぎゅっと握り締め、その一団を見守っていた。
温かいぬくもりを背に感じ、は心の中で父に言った。
『どうか、帰りも無事でいてください。その子を、お願いします』
その思いを感じ取ったのか、更夜の手が顔を包む。
少し強い力で、首を後ろに捻らされたは、更夜の口付けを受ける。
「大丈夫。の思いは通じている。それに、才も新しい王が立ったようだよ」
指差す先に蓬山があった。
誰が登極したのかは判らないが、これで次の安闔日に、危険な旅をする必要はなくなった。
才の未来を含め、様々な想いが駆け巡り、は更夜に寄り添った。
「更夜、ありがとう」
いつまでも蓬山を見ながら、はそっと瞳を閉じた。
『黄帝様、ありがとうございます』
温かい腕に包まれながら、そっと祈りを届ける。
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