ドリーム小説
Welcome to Adobe GoLive 5
=6=
濡れた服を乾かすために、樹海に降り立って火を起こす。
天犬は狩りをするのか、飛び立って行く。
「あのね…」
焚き火の小さな炎を見つめながら、は更夜に言った。
「私ね、今日始めてろくたに乗るときに、不思議な感じがしたの」
「不思議?」
少しだけ打ち解けたような更夜の声色に、少し安堵しながらは続ける。
「更夜が差し出してくれた手が…とても嬉しくて、でもなんだか泣きそうだったの。嬉しくて、泣きたくなるなんて…おかしいよね」
更夜は遠くを見るように宙を仰いだ。
「判るような、気がする」
「本当?」
更夜は小さく頷く。
「でもね…お父様の安否を確認したい。麩哩を助けたい。あの小さな子を助けたい。そう思って黄帝に祈ったのに、それを全部忘れてもいいなんて…酷い事考えた。その時祈った気持ちは、今までにないくらい強いはずなのに…それに答えてくれた声もあったのに。誰かを探さなければならないのに…差し出された腕を放したくなくて、この腕の為なら、どんな事でも出来るって、思ったの…」
「それも、判るような気がする」
「本当?」
食い入るようにして見つめると、更夜の瞳が合い、しばし時が止まる。
先に目を逸らしたのは、更夜だった。
「何か、来る」
緊張した声に、も身構える。
更夜はすっとの前に出て、両手で後ろに匿うように動く。
木と更夜に挟まれ、の視界は遮られた。
ぐるぐると喉を鳴らしながら近付く音を聞き、耳をすませた。
足音は一つ。
一匹だけなんだろう。
もう目前に迫っているような音だった。
更夜の後ろに出された腕が、を横に引く。
同時に狼のような獣が見えた。
更夜は玉の披巾を探り、青い物を投げつけた。
ふいに口に含まれた珠に、獣の目は急激にとろりとしたかと思うと、その場にへたり込んだ。
一瞬の出来事に、は呆気に取られてそれを眺めていた。
突っ立っているの手を更夜が掴み、そのまま駆け出す。
駆け出してすぐに天犬が舞い降りてきて、二人を乗せる。
ろくたは二人を乗せて、またの知らない場所に降り立つ。
そこも樹海だった。
更夜は知っているようだったので、は安心して着いて行く。
そこには小さな木立に囲まれた、ほんの僅かな空間があった。
「今日はもう、眠った方がいい」
そう言われたは、頷いてそれに従った。
木に背を預け、眠る為に瞳を閉じる。
隣に更夜の座る気配がして、はそれだけで安心感を覚えた。
「ねえ、更夜。人ってね、半身がいるのだと思う?更夜を見ていると私、なんだか自分を見ているような気がするの。性格も外見も、きっと全然違うのにね…何故かしら…」
言い終わったのか、終わってないのか判らない内に、は深い眠りに落ちた。
そして、それに答える声はなかった。
翌日目が覚めると、の頭は傾いていて、更夜の肩に預けるようにして眠っていた事に気がつく。
頭を起こしたの動きに、更夜の瞳がゆっくりと開かれる。
慌てて立ち上がろうとしたは、何かに引っ張られて尻餅をついた。
よく見ると更夜とは、一枚の布に包まれて眠っていたようだ。
目の覚めた更夜はゆっくりとその布を外し、自らの体に巻きつける。
寒くないようにしてくれていたのだろう。
は少し気恥ずかしく思いながらも、その優しさに感謝した。
二人は木々の間から出た。
ふと顔に冷たい感触を感じ、は空を見上げた。
雨が降っていた。
空を見上げたままの格好で、木々の合間から見える天を覗いていると、ふと記憶が蘇る。 雨の中の祈り。 天に届いた祈り。 響く声。 『―――守護者を探しなさい。どんな―――』 はっとして、は更夜を振り返る。
「更夜…」
呼ばれた更夜はに向き直り、その瞳を見つめた。
「少しだけ…思い出した…。守護者って、何の事だか判る?」
ぴくりと眉が動いたのを、は感じ取った。
「何の守護者?」
「何の…」
は首を振って判らないと言った。
「門の守護者?」
令乾門、令坤門、令巽門、令艮門。黄海へ続く門には守護者がいる。
その事だろうか。
いや、だが、ここはもう黄海だ。
安闔日にしか現れない門の守護者を、黄帝が指定したとは思えない。
となると、何の守護者だろう。
はっとなっては前を見た。
「麩哩…」
は麩哩の言った事を思い出そうとした。
しかし、どうにも靄が掛かったようで、思い出せない。
「更夜。お願いがあるの。私を見つけた洞窟の近くにある、荒野に連れて行って欲しいの」
更夜は何も答えずにろくたを呼んだ。
それが了解の意だと感じ取ったは、何も言わない更夜に感謝を込めた眼差しを投げた。
空を駆けて、惨劇の起こった場所まで戻る。
そこにはまだ、僅かな物が残っていた。
刃物や甲が転がっており、はまたしてもその時の感情が蘇った。
初めて呼んだ、と言う声を、まだ鮮明に覚えている。
麩哩の言った最初で最後の言葉。
「ここに…麩哩が横たわっていたの…」
はそう言って地面に手をついた。
死体はすでになかった。妖魔に食われたのだろうか。
麩哩と初めにした会話は何だっただろう…
「ああ、そうか…。死体を埋めようとして、怒られたのだったわ」
「黄朱にか?」
一人の世界に居たは、頭上から降る声に、我に返った。
「ええ…剛氏の麩哩に。私の父とは違う人に雇われていたわ。お前は黄海を知らない。知ろうとしなければ死ぬぞって…」
そう、そして後日、はどうやったら生き残れるのか、麩哩の元へ聞きにいった。
|