ドリーム小説




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襦裙と木刀


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「将軍!覚悟!!」

突然背後から叫ばれ、振り返る間もなく空を斬る音がする。

振り返りざまに受け止めた男は、ぎりぎり音を立てる木刀と、渾身の力を持ってそれを握る女の顔を見た。

「脇が甘い」

頭上で噛み合う木刀を力で返す事はせずに、力の支点をずらして避ける。

支点がずらされた剣は滑るように落ち、女は大きな音と供に地に倒れこんだ。

「痛たた…」

起き上がった女は深い溜息をついて、将軍を見上げる。

「懲りないなあ、も」

周りにいた顔見知りが笑いながら言う。

「旅帥…。懲りませんよ。絶対に一本取ってみせますから!」

旅帥に言い切って、解けてきた髪を束ねなおす。

一つ括りにしていた髪は、さきほどの衝撃で緩んでいた。

「でも、このままじゃあ無理そうだがなぁ。一本取れそうな、気配も見えないようだが?」

「ぐっ…」

押し黙ったは、すんなりとかわした将軍を恨めしげに見る。

「将軍と互角に立ち会うのも大変だというのに、一本取るなんて無理な話に決まっているだろう?いくら大僕だったとは言え、成笙様は元々からが将軍であらせられたのだからな。新参のお前が敵うはずないだろうに」

が夏官になったばかりの頃、成笙はまだ王の近辺を固める大僕であった。

常に王の傍に仕え、信も篤いとの評判を聞いてはいたが、王師に入りたてのにとっては、まったくもって知らぬ存在であった。

ゆえに面識もなかったのだが…三年も経った頃だったか、成笙が将軍になったのは。

「だからこうして不意打ちしてるんじゃないですか」

胸を張って言うを、やや呆れ気味に見ていた旅帥は将軍に目を向ける。

「構わない。不意打ちでもいいと言ったのは俺だからな」

珍しい笑い顔を向けて言う将軍にも、呆れ顔を見せた旅帥。

それに気がつかず、は成笙を見上げながら言った。

「どうしたら勝てると思います?」

男としては小柄だが、の力ではまったく歯が立たない。

かと言って不意打ちも効かない。

さすがは将軍だけあって、これまでのの成績は全敗だった。

「本人に聞くか?」

言われたはさらりと受け流し、続けて問いかける。

「やっぱり力の差ですか?」

「俺が今、力で返したか?」

「いえ…えっと…じゃあ?」

「柔よく剛を制すだな」

「柔よく剛を制す?」

「なんだ。五年も王師に居たのに知らんのか?基本だ」

「は、はい…。えっと…今のを例にとってみると、どうゆう事でしょう?」

「力任せに振り下ろされた刀身の力点は、交わった所にあるだろう?」

は思い出すように宙を見て、はいと答える。

「その時、の力点も同じ所にある。つまり重点だな。その重点を力の加減を変えずに移動させてやると支点がずれ、均衡が崩れる。崩れた力はそれを発したものへと返り、己の使った力の勢いを伴って、倒れたという訳だ」

「と言うことは、将軍は力を使わずにいた、という事ですか?」

「皆無ではない。のかける負荷の分、均衡を保つのに必要な力は使う。だがこれは力が互角、あるいはそれ以上の力を持っている人間が出来ることだな。自分よりも強い力に対し、それをどうやって利用するか。それが要点となる」

「どうやって利用するか…?」

悩み始めたを見ながら、成笙は木刀を振りかざす。

それに気がついたは、慌てて構えを取って衝撃に備えた。

いつもよりゆっくりと振り下ろされた木刀を受け止めたは、じりじりと負荷がかかっているのを感じていた。

これを如何せよと言うのだろうか。

「この状態では、力が互角に働いているだろう?」

まったく顔色を変えずに言う成笙に対し、は頷くのが精一杯だった。

「支点が分かるか?先ほどの自分と比較して、違う所を探してみろ」

目だけを動かして、成笙の姿勢を見る。

木刀の交わりは同じだが、姿勢が若干違う。

さきほどのは、全体重を木刀の交わる一点に向けていた。

だが、今の成笙はどうだろうか。

体の重点は地に向かっている。

腕の力だけで、これだけの負荷をに与えていたのだ。

歯を噛み締めていないと、その力に耐えられない。

このまま木刀に重点が移動してくれば、容易く力負けしてしまう。

の目線を確認して分かったのか、成笙は理解したものとして先を続ける。

「この重点が木刀の交わる一点に移動すれば、の敗北は決定する。それをなんとか回避する方法を考えればいい」

にそう言った直後、成笙の腕に力が篭る。

負荷が大きくなり、の体は押されて沈む。

焦りながらも懸命に考えてみる。

やがて成笙の重点が木刀に注ぎ始められているのが、にも分かった。

なんとか当初の体勢のまま耐えているが、このままでは時間の問題だった。

今やの支点は木刀に無く、重点は地に注がれている。

足を踏ん張って、なんとか堪えているといった所だった。

ふと、の脳裏に邪な考えが走る。

なんとも不謹慎なその発想に、打ち消そうと試みるが、あまり考えているような時間もない。あれこれ迷っていると、さらに負荷が大きくなり、は思い切る間もなくそれを実行していた。

腕の力を一気に抜いて力の支点をずらせた。

単純に抜かれた力はそのままの体に向かい、当然のことながら成笙の体が傾く。

ぎゅっと目を閉じて、押し潰される覚悟を決めた。

背が下に到達する直前、がくんと衝撃が上から来て、の体は止まった。

もちろん押し潰されてもいない。

「理解できたようだな」

そろりと目を開けると、笑った褐色の顔が飛び込んでくる。

背には柔らかい手の感触があり、支えられている事に気がついた。

いつもより近いその顔に、の頬がうっすらと染まる。

「今のように」

そう言って成笙はの体を起こし、説明をつけた。

「相手の力を利用すればいい。力の支点をもう少し外に向け、体を反転させて回避する。相手の力の大きさは問題じゃない。それを回避する対処方法を身につけていればいい」

「は、はい」

なんとか返事だけをして、は衣の乱れを直すふりをして顔を逸らせた。

「不意打ちにしてもあんなに殺気を漲(みなぎ)らせていたのでは、気配がばれてしまうだろう。無の心境で体の動きに身を任せる事が先決だな」

「さ、殺気なんて…」

「ん?」

「い、いえ。ご指導ありがとうございました!」

落ちた木刀を掴んで、逃げるようにしてその場を去っていくを、成笙は頷きながら見ていた。

「逃げてしまいましたよ」

傍観していた旅帥が成笙の許へと歩み寄り、の消えた方角を見て言った。

「またその内、不意打ちに戻ってくるだろう」

「でも何故です?」

「何故とは?」

「一本取るなどと…私達でも難しい事を、新参のには無理でしょう。筋は良いとは思いますが、まだこれから学ばねばならぬ事のほうが多いでしょうし、当分一本は無理だと思われるのですが」

「だからこそ不意打ちを許している」

「その不意打ちですが…あまり褒められた行為ではないでしょうに。それを新参に教えると言うのですか?」

「では聞くが、妖魔が礼をとってから攻撃してくるか?人間よりも力が弱いと思うか?相手がいつも人間とは限らんだろう」

「それは…確かにその通りでございます。出すぎた事を申しました」

「いや」

そう言って口を閉ざした成笙を、旅帥はただ見つめていたが、しばらくして再度問いかける。

「それにしても、何故そのような事になったのですか?」

何故一本取るなどと言う話になったのか、禁軍に経緯を知る者はいなかった。

気がつけばいつの間にか、が一本取ろうと奔走していたのだ。

「まあ、一種の賭け事だな。何か欲しい物があるのだとか」

「欲しいもの、ですか?」

「それをくれと言うのだが…一本取らねば何かは言えないのだそうだ」

それに付き合っているのだと言う将軍に、旅帥は酔狂なと呟きかけて、慌ててそれを呑み込んだ。




























「殺気などではないのに…」

は成笙の目が届かない所まできて、ようやくそう呟いていた。

「柔よく剛を制すか…。相手の力を利用して…?」

ぶつぶつ言いながら、は夏官府に向かっていた。

「お、じゃねーか!」

呼びかけられた声に立ち止まったは、その人物に目を向ける。

「台輔…何故こんな所に?」

王師としては今年で五年目を迎えた

元は首都州師であった。

靖州師中軍に於いて両司馬に昇格した頃、同じ中軍の師帥と折り合いが合わずにいた。どうしようかと悩んでいた所を、偶然にも成笙に拾われて禁軍の左軍に移動となった。

その頃まだ成笙は大僕であったが、前王に投獄されるまで将軍を勤めていた左軍の中には、いまだ成笙を慕う者が多数残っており、の移動は本人にとっては意外にも簡単に行われた。

一連の事情を州候として気に留めていたのか、移動を言い渡されたのは宰輔からだった。移動した後も気なっていたらしく、よく声をかけられる。

「ま、深く追求すんな。それよりも一本取れたか?」

六太は様々な場所に突如現れる。

それは王も同じなのだが、は宰輔と遭遇する事のほうが多かった。

声をかけてくれるから、そのように感じていただけかもしれないが。

「いえ…台輔までご存知なのですか?」

「有名だからな」

にっと笑って言う宰輔に、は不思議そうな眼差しを向けた。

「有名なのですか?」

「そりゃあな。一年も続けていれば、おのずと噂ぐらい入ってくるだろう?それにしても飽きないのな。一年もの間、一本も取れないで嫌になったりしねえの?」

六太がそう言うと、目に見えて落胆した様子を見せたは、大きなため息を吐き出した。

「気にしている事をはっきりと仰るのですね…」

「あ、いや。そんな意味じゃなくってさ。褒めてるんだよ!」

がっくりと落ちた肩を慌てて叩き、気遣うように言う。

「褒められたように聞こえませんでしたが…」

「そ、そうか?えっと…その…そうだ!不意をつくといいと思うぞ。ま、なんだ。頑張れ!」

誤魔化すように笑って、そそくさと行ってしまう六太を見ながら、再び大きな息を吐いた。



続く






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ずっと放置状態で忘れておりました。

はっ!まだ一つもアップしてなかった〜!

と、先ほど気がついて、慌ててアップです☆

                            美耶子