「虐めだわ…」さほど気にしていた訳でもないが、ああもはっきりと言われると多少は落ち込むと言うもの。この一年をかけて、成長していないことの証左のようではないかと、は一人ごちた。「第一、不意打ちなら毎日やっているわよ」それなのに、まったく効果がない。やはり成笙の言った通り、気配がばれているのだろう。だが…「気配なんて、幾らでも消せたのに…」は気配を消すのが得意だった。何しろそこを認められて王師に入ったのだから。決して弱いわけでもなく、成笙がの実力を遥かに凌駕しているだけなのだ。誰にも勝ち得ないその実力と、痩身の体から発せられる気を痛いほどに感じる。「不意打ちか…」ふと、足を止めて考えに没頭する。逆の立場で置き換えて考えてみる。いきなり後ろからとは言え、声を出しながら木刀を振り下ろす。「あ…」声をかけられた場所から、その者が到達するまでの間、備えるための準備は充分に出来るのではないか?の不意打ちは、その実を言えば不意打ちではなかった。「こ、こんな事に一年も気がつかなかったなんて…私って…莫迦?」真に不意打ちをするのなら気配を消し、忍び寄ってこそだろう。だが、気がつけば声を上げて飛び掛っている。これでは受け止められて当然である。では、声を上げずに成笙に到達すると勝てるのだろうか。その答えは否だった。完全に気配を消す事が出来ればそれも可能だろうが、成笙ともなれば人一倍気配に敏感だ。ましてや、にとって成笙は気配を消せない唯一の人物だったのだから、これは実現不可能な話だ。「むう…八方塞がりか…」他の方法を考えてみる。柔よく剛を制す。それも成笙の知らない手法で、上手く利用しなければ勝てないだろう。そもそもの方から攻めて行くのだから、相手の力を利用するのはではなく成笙のほうだ。かと言って成笙から攻撃をさせた所で、避けるので精一杯になるのが関の山。よしんば受け止めたとして、考える前に体が動かなければ勝つ事など出来ないだろう。「やっぱり…八方塞がりじゃない!」「何を叫んでいるのです?」宮道の真ん中に突っ立って唸っていたに、再び声をかける人物がいた。相手の顔も確認せずに、慌てて脇に避けて跪く。「あ、いえ…ちょっと必勝法を考えていたものですから…」「必勝法?」「ええ。将軍に勝つた…いえ。何でもないのです。大きな独り言でした」「将軍?ああ、では貴女がですね」名を呼ばれて、は顔を上げ声の人物を見た。だが見覚えはなく、一人首を捻る。「私は朱衡と申します。成笙はまあ、一応友人だと言っておきましょうか」「朱衡さまですか。将軍のご友人だったのですね。でしたら、今の話は忘れて下さいませんか?その…出来れば将軍には…」「もちろん言いませんよ。それよりも良い方法はございましたか?」「それがさっぱりです…不意打ちも難しいんですね…って、ご存知なんですか?」「台輔から伺いましたから。成笙も一応将軍ですからね。なかなか思うようにはいかないでしょう」「はあ…」朱衡は落ち込んだの様子を見ながら、思いついた助言をする。「不意打ちとは、何も動作だけではないのでは?」「動作だけではない、とは?」「行為そのものを指すのではないでしょうか?」「…?つ、つまりそれは…?」「相手の予期せぬ行為を、不意打ちと呼ぶのではないのでしょうか。相手の感情を揺さぶったりする事も不意打ちの一種であるのでは?」「なるほど…そうか。そうですね!ありがとうございます!」良い案があったのか、はにこりと微笑んで歩き出した。「応援しておりますよ」くすりと小さく言った声が、に届いたのかは誰も知らない。翌日、は訓練場に居る成笙を見つけ、気配をそのままに近づいて行った。「今日は不意打ちはなしか?」「はい。あの、少しいいですか?」木刀を持ったまま、誰も居ない訓練場の端を指すに、成笙は頷いて着いていく。「どうした?」「急な事で驚かないで下さいね」何事かと訝しげな顔を向けている成笙に、は微笑を向けて言った。「私は禁軍に配属されて、もうすぐ二年を迎えます」突然言い出した内容に、成笙は言いたい事が判らずにいたが、それでも頷いて先を促す。「早いものだな。それで?何か問題でもあったか?」「いえ。左軍に配属されて、とても楽しくやっております」「そうか」そんな事をわざわざ言うために呼んだのだろうかと、成笙はますます訝しげな表情でを見つめる。「驚かないで下さいます?」「だから、何をだ?」「今から言う事をです」はそう言うと、大きく息を吸った。「私は将軍が好きです。一年以上前から、ずっと好きでした」軽く目を見開いた成笙は、驚くなと言ったの言葉を思い出し、なんとか通常の表情に戻そうと努力しているようだった。だが、その通常の表情というのが、このときに限っては思い出せない。「将軍はとても素敵です。女官にも人気があって、私なんかが言っていい事じゃないのは充分わかっているんですけどね」はそう言って俯く。「あ、いや…」言葉に詰まっている成笙に対し、は顔を伏せたまま続ける。「でも…将軍…」「な、なんだ?」動揺を隠し切れないのが、言葉の中から読み取れる。伏せたの顔が笑っているのを、成笙は知らなかった。「将軍…。隙あり!!」ばしっと軽快な音がして、成笙の腰元に木刀が入る。力を加減していたのか音ほどの痛みはなく、軽く痺れている程度のものだったが…唖然としたままの成笙は、その顔をまじまじと見た。「や…やった!一本取りました〜!」は遠くにいる兵卒らに、一本取った事を知らせるために大声で叫んでいる。どやどやと声がして、数名が近寄って来る。「お前…今のは一本取るために…」「一年よく頑張ったな!」「とうとうやったか!どんな手を使ったんだ?」成笙の問いかけはかき消され、は数名に囲まれていた。「内緒ですよ。教えません、絶対に!」「いいじゃないか。これからの参考にさせてくれよ」「駄目です。絶対に教えない。それに、これは将軍にしか使えない手なんで、聞いても役に立ちませんよ。もちろん、これが出来るのも私ぐらいですからね」は人垣を掻き分けて、そのまま訓練場を後にした。「はあ、やっと一本取った」満足げに笑っていたは、横からぐいっと引っ張られた力によって、柱の影にその姿を消した。素早く身構えて即座に振り向く。の腕を掴んでいる元凶を確かめようと、顔を上げたそこには褐色の顔があった。「しょ、将軍!さっきまで訓練場に居たでしょう?」「敷かれている道だけが歩けるのではない」機嫌が悪いような表情をに向けて言う成笙に、はおずおずと聞く。どこを通ってきたのだろうかと考えながら。「あの…やっぱり怒ってらっしゃいます?」問われた成笙は、ふっと力を抜いて表情を改める。「いや。己が不甲斐なかっただけだ。まさかこのような感情に翻弄されようとは思ってもいなかった」ふう、と溜息を漏らした成笙に、は申し訳なさそうに俯く。「だが、約束は約束だ。欲しい物があったのだろう?それを告げずに去ってしまうとは、なかなか欲がないな」「え?いいんですか?」「構わん。不意打ちを許したのは俺だ。どのような形であれ、隙を見せたのは俺だからな。何でも言ってみろ」ようやく顔を上げたは、成笙に目を向けて微笑む。「では、遠慮なく。時間を頂きたいのです」「何だ、まだ決まってないのか?」「いいえ。そう言う意味ではありません。将軍の時間を私に下さい。丸一日です。もちろんいつでも構いません」「俺の時間?それは構わないが…。それで何をすれば良いのだ?訓練ならいつでも付き合うぞ?」「‥‥‥‥‥‥‥。それはその時にでも。でも、訓練ではないので、軽い衣でいらして下さいね。関弓に降りますから」にこりと笑って、は再び去って行った。
続く
第二弾です。
この話は元々リクエストでもなんでもなく、ただなんとなく書いた物です。
とっても短編のつもりで書いたのですが、以外と長くなりました。
最後までおつあい頂けると嬉しいです!
美耶子