ドリーム小説




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榴醒伝説


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和州の乱から数日が経過した朝、は三名の人物を送り出した所だった。

まだ暗い朝の寒気の中、身を竦めるようにして館第に入ったは、大きな息を吐く。

さま、朝餉の用意が整っております。どうぞ召し上がって下さい」

「ありがとう。瀞織はもう食べたの?まだなら一緒に…」

「とんでもございません。私などが相伴にあずかるなど」

「もう、まだそんな事を言うのね。いいわ、一人寂しく食べますとも」

少しいじけた風を見せて言っただったが、ふと顔を上げて瀞織(じょうか)を見た。

「後で、皆を集めてもらえるかしら。もちろん全員が起き出して、朝餉が終わってからでいいわ」

「はい。かしこまりました。あの、全員でしょうか?」

「ええ、男女問わずよ」

瀞織は再度了承の意を伝え、その場を退がった。

それを見ながら、は朝餉の席に着く。

食べながら、南の方角を見る。

だが、そこには白い壁が立ちふさがっており、何も見えなかった。

それでも、はじっと壁を見つめていた。

壁のはるか先にある、首都へと思いを馳せる。

浩瀚、柴望、桓タイの三名は、首都堯天へと向かっている。

人道に篤いと目されている、麦州候を排除しようと画策した人間が、まだ宮中に残っているだろう。

冢宰、和州候、禁軍将軍へと任じられる為、金波宮へと向かった三者。

州司徒であったも、太宰の任を授かる予定なので、来いと言われたのだが、それに同行するのは辞退した。

あまりにも突然と麦州の者が多くなるし、後日、冢宰に任命された浩瀚から、改めて任じられたほうが良いと判断しての事だった。

それに、にはまだ仕事が残っている。

それを仕上げない事には、ここを引き払う事も出来ない。

早朝の朝餉を終えたは、瀞織に見つからないように注意し、厨房に行って食べ終わった物を片付けた。

自室に戻り、荷物の整理を始める。

日が昇り、明るくなって、館第の目覚める音を聞く。

外には冷風が吹きつけているが、柔らかな日差しからくる印象は、穏やかな朝だった。

やがてざわざわと音がしだし、瀞織の足音を確認したは、呼ばれる前に自室を出る。瀞織に連れられて、召集された者達が待ち受けている正房(おもや)へと移動する。

何事かと問いたげな面々を見ながら、は微笑を浮かべた。

「浩瀚様、柴望様、青辛の三名が、今朝、こちらを発ちました。内、浩瀚様と青辛は金波宮へ、柴望様は和州城へと上がります。それに伴って、こちらを引き払う事になりました」

いずれ訪れるだろうと予測されていた離散は、それでも多少の動揺を伴って、うなる音を上げていた。

「私も金波宮へと上がります。そこで、皆様に一つ、提案がございます」

提案、と口々に呟く声が響いている。

「浩瀚様や柴望様と相談して決めた事なのですが…」

そう言っては一人一人の顔を、確認するように見て行った。

優しげな表情から打って変わって、上に立つ者の威厳を取り戻していた。

「大きく二つの組に分かれる事が出来ましょう。まず一つ目に、麦州師から護衛のために此方に来た者、前へ」

言われた者達は、多少不安げに前に出る。

「私から言い渡す事はありません。あなた方を束ねるのは、私ではありませんから。青からの指示をお待ちなさい」

その場が一瞬のうちにざわっとなったが、それを止めるためには声を張った。

「次に、今から名を上げる者、前へ」

そう言って、は一人一人の名を呼んだ。

呼ばれた者は総勢二十余名。

「帰る家があるのにも関わらず、よくここまで助けてくれました。感謝します。慶は復興に向けて、確実に歩いて行くでしょう。夫や両親の元に、心置きなくお帰りなさい。もし、家を捨てたいと言うのなら、ここに留まっても構いませんが、どうなさいますか?」

二十名の中からは何の返答もなく、その顔に郷里への想いが浮かんでいるのを見つける。

「偶然にも、皆麦州ですね。まだ名を呼んでいない者の中からも、数名麦州に戻るはずですから、一緒に旅立ちなさい。そして、必ず無事に帰還すると、約束して下さいますね?」

二十余名は一声になり、返答をした。

それに満足して、は残った者を振り返る。

「残りの者は、それぞれ、麦州、和州、金波宮へと来て頂きます。もちろん不満があるならお聞きします」

そう言って、はまた名を連ねる。

「あなた方は麦州にて、州城での登用が決りました。もし、嫌でなければ、の話ですが」

名を上げられた者は、全て麦州の出身で、その中でも取り分け麦州に愛着を持った者ばかりだった。

不満が上がるはずもなく、は次の数名を呼ぶ。

「あなた方は、和州城でのお勤めです」

これには、多少の不満が上がった。

「和州候は柴望様に変わります。他州で大変な思いをされる柴望様を、助けていただきたいのです」

そう言われた者は、瞬く間に不満を消した。

そして最後に残った数名には、金波宮だと告げた。

に添って来た者達ばかりなので、これに対し不満が上がるはずもなく、その中に含まれる瀞織も、嬉しそうな顔をしていた。

「ですが、金波宮はまだ、予王の時代の官吏が多数残っております。危険な事もあるかもしれません。それでも構いませんか?」

口々に構わないと言う声が投げかけられる。

「瀞織」

名を呼ばれて、はい、と前へ出た瀞織は、少し緊張した面持ちだった。

「瀞織達には冢宰の官邸で務めて頂きたいのです。浩瀚様の身の回りを、信頼出来る方にお任せしたいのです」

感極まったのか、瀞織は涙ぐんでお任せ下さいと言った。

「まだ、どんな所に危険が潜んでいるのか、判らないと言った所だと思います。主上のお世話をお任せしたいのですが、それにはまず、金波宮の事を知らねばなりません。もちろん宮城ですから、礼儀なども学んでいかなければならないでしょう。それでも、構いませんか?」

「頑張ります!」

こちらも一声に答え、は頷いて、頼みますと頭を下げる。

それを見て、慌てた者にお止めくださいと言われ、はやっと頭を上げた。

「最後に、これについて不満がある者。不満とまでは行かなくとも、不安を抱える者はおりますか?」

そう問いかけると、おずおずと手が上がる。

その手は州師の一人が挙げたものだった。

「どうぞ。不安ですか?」

「いえ、あの…。実は…」

言いにくそうにしているその者を、は不思議そうに見やる。

「実は、俺…その…」

あっ、と小さく声がして、瀞織の耳打ちが入る。

「あの者は、賄いの者と最近、将来を誓いあったとかで…」

まあ、とは声を上げて、はっと口を噤んだ。

ややして、はその者に声をかける。

「希望を聞いておいても良いでしょうか?麦州に帰りたいのですか?」

「は…あの…でも」

「もう、はっきり言いなさいよ!」

冢宰の官邸を任せた者の中から、じれったそうな声が上がる。

「あんたが何も言わないなら、あたし知らないから!」

「だ、だって、お前。もし、将軍が麦州に戻れって言ったら、お前とは離れてしまうんだぞ」

「ふんっ!距離なんて、愛し合っていれば関係ないじゃないの!どうしても会いたかったら、頑張って王師に入れば!?」

その痴話喧嘩に、しばし唖然となっていただったが、忍び笑いが漏れている事に気がつき、二人を止めに入った。

「もし、彼が麦州に戻るとなり、離れたくなければ、貴女も戻ってもいいのですよ?」

そう言われた女は、慌てて首を振った。

様のお役に立てないなら、あたしは麦州になど戻りたくありません!」

「ありがとう。では、彼が王師に居れば問題ないのね?」

「そ、それはそうですが…」

「駄目よ、変な遠慮をしていては。折角の好機ですもの。利用しなくてはね」

そう言って方目を閉じて、は女に言った。

「青に言っておきますから。彼はきっと、王師で頑張ってくれるでしょう」

「あ、ありがとうございます!」

二つの声が、重なるようにして礼を言った。

「礼などよいのです。王師もまだまだ人が足りないはず。元々軍にいた者なら重宝されるでしょう。大変ですが、頑張って下さいね」

それから二〜三の移動を含め、その場は離散した。

それぞれが、荷物も纏めるために散っていく。













その日の夜、戻ってきたのは桓タイだけだった。

麾下の者を召集し、それぞれに希望を聞く。

殆どの者が、王師へと入る事を決意した。

旅帥であった者でも、両司馬や伍長等になると聞かされたが、それでも王師ともなればそのようなものだろうと、誰からも不満は漏れなかった。

二人になると、桓タイはに説明をする。

「まだ軍の中には侠客などが半数を占める。それを一から教育していくには、それぞれに散っていかなければならない。大変だろうが、頑張ってもらわなければ」

そう言って、力なく笑う。

「どうしたの?」

「思った以上に大変そうだ。官邸を貰っても、戻る時間があるのかどうか…かなり怪しい」

深く溜め息をつく桓タイに、は笑って手を取った。

「浩瀚様の官邸には、信頼出来る方々にお任せできそうだわ。将軍の官邸にも、数名向かってもらうのだし、留守はしっかりと、守ってくれるわ」

「太宰の官邸には?」

「私の所にはいらないの。以前から居る人を覚えなきゃいけないし」

「そうか…の得意なやり方だな。だが…天官はなかなか大変と見たぞ。一に天官、二に夏官と言っても過言ではない。海客だと言うのは、やはり言わない方がいいだろうな」

「ええ、覚えておくわ。私ね、少しぐらい逢えなくても我慢するわ。だから、慶のために…主上のために、頑張りましょう」

そう言われて、桓タイは溜め息をつく。

…本当に、お前って…」

「?」

「寂しがってもいいんだぞ?我慢強いと言うか…何と言うか」

「あら、だって桓タイは近くにいるんでしょう?それなら、ちっとも寂しくないわ。州城の時のように、避けられる訳でもないし、乱の時のように遠くもない。榴醒の珠飾りもあるのだし…」

はそう言って、首から下げた珠飾りを持ち上げる。

きらりと瞬いたそれを、桓タイは目を細めて見た。

「でもね、一番頑張りそうなって桓タイだと思うの」

そう言っては、桓タイの体に腕を絡ませる。

「絶対に無理して、一日中詰所にいそう…あんまり、無理をしないでね?」

自分の事は棚にあげて、と桓タイは思ったが、見上げられたに何も言えるはずもなく、大人しく頷くに留まった。

頭を撫でてやると、頬を染めて下を向く。

それがなお、かわいく思えて堪らない。

。俺以外に、そんな顔見せるなよ?」

そう言って、口付ける。

真っ赤になったは、何も言えずにただ頷いた。



続く






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榴醒の珠飾りが、原作追い気味だったので、続編です。

設定はそのままですが、慶国の方々全員が相手のようになっております。

なので、あまり甘くもないですし、将軍は出てこない事もあります。

榴醒の珠飾りで解明しなかった事も含めて書きます。

お付き合い頂けると、幸いです。

                                      美耶子