ドリーム小説
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榴醒伝説 =2=
そして、後日。
浩瀚から正式に任命され太宰となり、金波宮に上がった。
天官に挨拶をすませたは、そこで鈴と再会する。
「久し振りですね」
「はい、太宰。お久しぶりでございます」
「今は誰もいないのですから、普通に話して頂けませんか?」
くすり、と鈴は笑って、に言った。
「それなら、さんもよ?」
「あ…」
顔を見合わせて笑いあった二人は、忙しく走り回っている祥瓊を捕まえて、再会を喜びあう。
聞けば鈴は、先日まで才に居たのだという。
籍が才にあったため、慶に仕える事を采王に報告しに戻っていたようだ。
長旅を労って、はふと思いついた。
「ねえ、お二人に聞きたい事があるんだけど…」
何事かと目を向けた二人に、は天官について聞いた。
「判らないわ。どう言ったお人だとか、まだ私にも判らないの」
そう言ったのは祥瓊で、そう言えば、と言ったのは鈴だった。
「内宰は元々内小臣で、陽子が抜擢したそうよ」
「そうですか。よく出来た方なのかしら」
「さあ…でもそうなんじゃないの?」
祥瓊はそう言ったが、鈴は首を傾げていた。
「陽子の目って、あんまり信用しちゃいけないと思うの」
「そう…なの?」
少し不安を覚えたは、首を傾げたままの鈴に聞き返す。
「だって陽子ったら、虎嘯を疑っていたのよ。遠甫を攫ったのは虎嘯だと思って、殴り込んできたんだから」
「な、殴り込んで…」
「うん」
「判ったわ…これからじっくり観察する必要があるって訳ね」
そう意気込むに、鈴と祥瓊は目を見合す。
翌日からは、天官達と深く対話する事に専念した。
路寝へと続く宮道で、は一人の人物を発見し、その足を止める。
「内宰」
太宰に呼び止められ、内宰は立ち止まった。
「少しよろしいかしら」
「はい。いかがなさいました?」
「少しお聞きしたい事がありまして。内小臣ですが、どういった方なのでしょう?言葉数も少なく、あまり内を出さない方なので…」
「終始控えめな者でございますが…何か問題でもございましょうか?」
「いえ、問題などは…内実を知りたいと思ったものですから。指示を出す位置におられる方に、お聞きするのがよろしいかと」
「さようですか。私も個人的に親しくしておる訳ではございません。場末の出身だと聞き及びましたが…他には特に存じ上げません。お力になれず、申し訳ないですが」
「いえ…ありがとう。足を止めてしまいましたね。これから主上の許へと向かわれるのですか?」
「はい。朝餉の間に、主上の臥室を整えようと思いまして」
「そう、大変ね。ご一緒してもよろしいでしょうか?」
がそう言うと、とんでもないと返事が返ってくる。
「それが私の務めでございます。同行して頂いても、手をおだしにならないで下さい」
「それは、ええ。もちろんよ」
内宰は頭を下げ、では、と言って歩き出す。
歩きながら、内宰はに質問をする。
「太宰は麦州の出身だとか…」
心臓が少し跳ねたが、それを微笑みで隠して答えた。
「ええ。州司徒でございました。何か問題でも?」
内宰は驚いた表情でを見た。それにも負けじと、は一層微笑む。
「州宰だとでも思っておりました?」
ああ、と言って内宰は頷いた。
「申し訳ありません。詮索したかった訳ではございませんが、逆に私どもは太宰をよく存じ上げませんので」
「あら…それもそうですわね」
そのような事を話しあっている内に、路寝へとたどりつく。
すでに控えていた内小臣らは、内宰の指示の元、機敏に動き回っている。
ほぼ終わろうかと言うときに、陽子が戻ってきた。
「太宰」
知った顔を見て、陽子は嬉しそうに寄って来る。
「お加減はいかがですか?」
「うん。今から朝議だな。そこまで一緒に行かないか?」
「はい、喜んでお供いたします」
陽子の後ろには大僕が控えていた。
ちらりと虎嘯に目を向け、内宰らにも視線を這わせたは、微細な空気の乱れを読み取った。
しかし、何にも気がつかないふりをして、内宰らに後を任せ、大僕を伴って出て行く陽子に付き従う。
誰も居ないのを確認したは、虎嘯に向かって挨拶をした。
「お初、お目にかかります、大僕。と申します。青からお話を伺っておりましたわ」
戸惑ったような虎嘯に、陽子が頷いて言う。
「は大丈夫だ。冬器を集めた本人だし」
「ああ、あの…」
虎嘯は納得したように言って、頷いた。
「桓タイには随分と助けてもら…」
「主上」
言いかけた虎嘯は後ろからの声に、口を閉ざした。
振り返ると景麒だった。
景麒には、就任して早々に挨拶はしていたので、は景麒に朝の挨拶をすませると、朝堂に向かうため一人、その一行から外れた。
その日の朝議は、取り立てて大きな事は何もなく、比較的穏やかに纏まった。
朝議が終わり、は慌しくその場を後にする。
天官を捕まえては話をし、名前と役職を叩き込んでいく。
目まぐるしく動きまわっている自分を省みて、これが現在の慶国なのかもしれない、と人知れず考えるだった。
数日が経過し、は太宰府から朝堂に向かう。
太宰府から戻れない日が幾日も続いて、与えられた官邸をついぞ見ることはなかった。
予想していた事でもあり、今しばらくは仕方がないと割り切り、疲れているのを隠すかのように背筋を伸ばす。朝堂にはすでに高官が揃っており、はその中に禁軍左軍将軍と冢宰の姿を見つけ、そちらに歩いていった。
「浩瀚様。朝議の後、お時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
頷いた浩瀚に、はありがとうございますと言って、一歩下がる。
その日の朝議では、数名の移動が言い渡された。
紛糾するその場を、は冷静に見ていた。
意見を言う者の顔に注目し、その動向を窺う。
なんとか終わったのを合図に、桓タイから声がかかる。
「冢宰府に来るようにと、浩瀚様が」
それに頷いて、桓タイと供に冢宰府へと赴く。
冢宰府では、書面に囲まれて埋もれそうな浩瀚がいた。
「これは…すごい量ですね…」
「ああ、まあそうだな。それで、話とは?」
浩瀚にそう促されて、は静かに切り出した。
「主上の身の回りを世話する、下官のことなのですが。現在関わっている者をご存知かと思いまして」
浩瀚がに問う。
「何か問題でも?」
「問題と言うほどの事でもございませんが…」
「人に問題がありそうなら、お傍につけるのはどうかと思うのだが?」
「ええ…でも、それでは充分なお世話は出来ません」
「そんなに多いのか…具体的には?」
浩瀚の問いに、は戸惑いを見せ、答えるのを躊躇っている。
言っても良い物なのか、判断がつかないようだった。
「」
桓タイに呼ばれて、は顔を上げた。
「ここ数日、対話のために走り回っていただろう?何度か見かけたぞ。その上で、浩瀚様にお話をしたかったんじゃないのか?」
「それは、ええ…。でも、まだ深く知った訳では…」
「少なくとも、天官の内、十数名と話をしているのは見た」
「さすがに、よく見ている」
感心したような浩瀚の声に、桓タイは慌てていたが、うっすらと赤い顔を隠しきれなかった。
赤くなった桓タイを他所に、は意を決して浩瀚を見る。
「では、正直申し上げます。女御で言えば二名、女史は一名、夏官からは三名」
浩瀚は溜め息をつきそうな顔で、を見ていた。
「六名もいるのか…その六名を主上から遠ざければ良いと?」
「いいえ」
はきっぱりと否定し、
「路寝において、その六名以外は信用できません」
と言って浩瀚の答えを待った。
しばし唖然となった浩瀚だったが、気を取り直して口を開く。
「かなり大幅に人員が減るな…だが、仕方がないだろう。がそう見取ったのだから、それに沿うのが最良であろう」
「ありがとうございます」
はそう言って桓タイに向き直る。
「夏官については、将軍の方が詳しいと思うのですが…虎賁氏と大僕は安全でしょうが、他の者はよく判らないのです。これを機に、再度検討をお願い致します」
は桓タイに向かってそう頼む。
「承知した。少しずつだが様子を見て増やしていくつもりだ。もとより、夏官の方はあまり身辺に近づけていない。虎嘯に任せているから、大丈夫だとは思うが、まだ信頼出来る者は、の言った人数だと思ってくれていい」
多少なりとも、想像を超えて多くの人数が、上げられる事を淡く期待したのだが、予想が見事当たったは頭を垂れた。
その様子に、浩瀚は提案を出す。
「わたしの官邸にいる物を、路寝に上げれば…」
「なりません」
まだ言い終わらない内に、はそれを否定した。
「信頼は出来ます。それに気さくな方が多く、主上におかれましても、気楽だとは思います。ですが今は、まだなりません」
「そう返ってくるとは思ったが…一応、何故だと聞いておこうか」
「天官の多くは、礼儀を重んじ、気安いのをよしとしておりません。中には主上に対して暴言を吐く者もおります。桓タイや虎嘯に対しても、よく思っていないのです。しかる位置の修学を納め、さらには身元のはっきりしない者を、簡単に蔑む傾向がございます。そういった環境の中に置いて、安心できる者がおりましょうか?」
「わかった、すまない」
「いえ。お忙しい所に、我侭を言って申し訳ございません」
ですが、とは続ける。
「これが、天官の…いえ、慶の実状にございます。意味を持たぬ高い矜持をお持ちの方が大勢おられる。王宮に侍る事を、誇りに思う事は良いのですが、それを鼻にかける傾向が非常に強いのです。悪い人間ではありませんが、良い人間でもありません」
そう言い残して、はその場を辞した。
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