ドリーム小説
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榴醒伝説 =11=
昨日皆は真剣にの身の安全を考えてくれていた。
「その時私は…」
かぁっと顔が熱くなって、一人で昨日を思い出していた。
思い出すと余計に顔が熱くなって、は頭を振って忘れようとする。
太宰府に戻り、僅かな荷物を纏める。
元々州城から逃げるようにして瑛州の館第に行き、そのままここにいるのだから、荷物が多くなる事はなかった。
竹を編み込んだ籠一つで、全ての物が納まった。
一通りの仕事を終えてから、桓タイの元へと向かう。
府第にはおらず、訓練場へと足を運ぶ。
「あ、太宰」
麦州から来た伍長がを見つけ、駆け寄ってくる。
「お元気でしたか?」
「はい。将軍ですか?」
「ええ」
「今丁度、司右が扱かれてる所ですよ。可哀想に、今日は立てないだろうな」
伍長は哀れむような目で、中に目を向けた。
その視線を追うと、打ち合っている二名が見えた。
桓タイはすぐに判ったので、もう一人が司右だろうと思う。
完全に桓タイが有利で、押される一方の男は、何度か弾かれながら向かっていた。
しばらく見ていると、司右は仰向けになったまま動かなくなった。
伍長が助けに向かい、その肩を借りて起き上がっている。
桓タイが何か声をかけている。助言をしているのか、叱咤をしているのかは判らなかったが、それを待って伍長が桓タイに話しかけていた。伍長からの居る方に目を向けた桓タイは、片手で合図を送りながら歩いてくる。
「」
にこりと優しい顔で微笑んだ桓タイに、も答えるように微笑む。
「どうしたんだ?その荷物」
の目前まで来た桓タイは、そう言ってから籠を取り上げて肩に担ぐ。
「ありがとう。もう帰る?」
「が来るのなら、帰ってもいい」
「仕事が残っているなら…」
「実は今日はもう仕事にならん」
そう言ってを見る桓タイに、何故かと問う。
「両長の半分を扱いてきた。残りの連中は介抱に廻っているからな。司右は…まあ、おまけだ」
「りょ…何ですって?」
「だから両長の半分を…」
両長の半分と言えば、二百五十人だ。先程の様子から見て、一人一人相手にしていたのだろう。
それを軽く言ってのけた桓タイは、さほど疲れていない様に見える。
「それで、桓タイは平気なの?」
「まあ、ちょっと疲れたな。だから、もう帰ってもいいだろう」
そう言いながらも、足はすでに帰途へとついていた。
「ちょっとって…」
「昨日、英気を養ったからな」
意地悪く笑って、を見る。
見る間に顔を赤く染めたは、桓タイを軽く睨んだ。
しかしすぐに元の表情に戻して質問する。
「将軍が直々に両長の相手をするの?」
「人が少ないからな。規律を教え込む奴もまだ少ない。実際の所、師帥と伍長を戦わせたら、もちろん師帥が勝つだろうが、師帥と旅帥なら判らないと言った所だな。水準が高くて僅差がないならいいんだが、逆だからな。ああ、でも例外も居るが」
「麦州の人達?」
「そうだ。さっきが話していた奴は、州師では旅帥だったからな。規律も判っているし、それなりに戦える」
「でも、目を広げたいから伍長にしているのよね?」
の言った事に対し、桓タイは軽く頷く。
話をしている内に、官邸へと到着した。
「これは何処におけばいい?」
竹篭を指して桓タイは問う。
「桓タイの使っている房室でも、新しく用意してくれる所でも、お好きな所にどうぞ」
「それはどうゆう…」
言いかけた桓タイは途中で口を開けたまま、笑ったままのを見る。
「は、ここへ…?いい…のか?」
「主命ですもの。それに、嫌なはずないでしょう?」
そう言っては、陽子に言われた事を桓タイに伝える。
「そうか…」
桓タイはそう言って、再び竹籠を持つ。
「じゃあ、これの行き先は一つだな」
歩き出す桓タイに合わせて、後をついていく。
見覚えのある房室の前で足を止めた桓タイは、にやりと笑ってを見る。
扉を空けて、中に入った桓タイに続いて入る。
そこは今朝まで居た所だった。
「ここって…臥室じゃないの」
少し赤くなりながら、は抗議の声をあげた。
「寝る以外に、帰ってくるとは思えないからな」
「私の臥室はないの?」
「一緒に住むのに、一人で寝たいのか?」
「それは…」
「俺は嫌だぞ」
竹篭を置いた桓タイは、の顔を覗き込んで言う。
「ついでに、簡単には寝かさないからな」
「…莫迦」
赤いまま、桓タイの腕に抱きしめられる。
「やっと、だな」
「うん」
一緒になろうと言われたのは、港町だった。
乱の直後にも言われた。
だけど、金波宮にあがる際、それを諦めた。
近くにいるのだし、それが慣例なのだと思っていたからだ。
「引き合わせてくれたのよ。きっと」
はそう言って、桃色の榴醒石を出す。
「一つの石が別れた珠飾り。きっと、一つに戻りたかったんだわ」
「そう言ってたな。本当にそうなのかもしれない」
桓タイもまた、青の珠飾りを出した。
「ねえ、この榴醒石を見つけたのって、やっぱり麦州なの?」
「ん?そうだな。を見つけた場所で」
「え?」
そうか、と言って桓タイは笑う。
「言ってなかったな。を見つけたあの場所で…」
「あの林?」
「そうだ。榴醒石は岩に寄生するようにして出来る。最初は小さな結晶のようになって、それが広がり、この色に染めていくのだそうだ。だが大きさが限られていて、適度な岩に寄生しないと育たない。大き過ぎず、小さ過ぎずの岩でないといけないそうだ。だから、二色の物が取れることなど、まずないと言っていい」
「寄生して出来るのね。知らなかったわ」
「まあ、あまり見かけないし、特殊だからな。それに本来榴醒石は青で、まれにとれる物も赤い物が多い。桃色と言うのは、俺も今まで見たことが無い。あの時、は十日間眠り続けていただろう?その時に一度、何か荷物を落としていないか、戻った事がある。一向に目を覚まさないから、何か覚醒させるような、蓬莱の物でも持っているのかと思ってな」
草を掻き分けて探して見るが、どうやら身一つで流されたようだと、諦めて帰る所だった。
落ちかけた陽が、木々の合間を縫って差し込み、何かが反射して桓タイの足を止めた。
確認の為に近付くと、褐色が目に飛び込む。
変色した、血の色だった。
よく見ていると、そこに残像が生まれる。
そして、気がついた。
が背を預けていた岩だったのだ。
立つために縋ったのか、指の跡までついていた。
指の跡先を目で追っていくと、そこには珍しい榴醒石があった。
しかも二色一身の物が。
珍しいなと呟いて見入っていたが、気がつけば岩を削っていた。
丁寧に取り外して戻った桓タイは、茶色の部分を削っていった。
すると、光を良く吸い込むのに気がついた。
じっと見ていると、心が癒されるように感じる。
目が覚めた時、目に止まればいいと思い、眠り続けるの近くに置いた。
榴醒石を持ち帰った翌日、の目は開かれる事になる。
「そうだったの…」
は話を聞きながら、手元の石を眺めていた。
「この石は、私達を引き合わせてくれたのね」
掌にぎゅっと握り締めて、は瞳を閉じた。
過去に思いを馳せる。
もう、あれから二十年近くが経過している。
「桓タイと出会えて、私は幸運だったわ。本当に…とても幸せよ」
「」
抱きしめるために、桓タイはの傍に寄る。
あの頃は傷だらけで、体中が熱を伴っていたのに、呻く事さえ出来ずにただ眠り続けていた。
妖魔に襲われ、人に追われ、それでもは幸運だったと言う。
桓タイに出会えた事が、幸運だと。
「は、強い」
そう言って、桓タイはを抱き締める。
芳からの帰りに、麦州に立ち寄った。過去の思い出にふけって、再度の存在の大きさを確認していたのだった。
「俺は…きっとを失ったら生きていけない。ほど強くなれない」
は胸元から顔を上げて桓タイに言う。
「私も同じよ。桓タイを失ったら、私も生きていけないわ」
「は…たとえ俺の心が離れても、生きていけるだろう?」
は顔を歪めたが、少し考えて言った。
「桓タイが幸せに生きているなら…辛いだろうけど、生きていける」
「でも、俺は駄目だ。が他の誰かと幸せになっている所など…想像するだけで気が狂いそうだ」
「麦州の時に、そうしようとしていたじゃない…言い寄ってくる人を、排除せずに何人かは見ていたんでしょう?」
「あの時はまだ…俺はを避けていたし、他に釣り合う奴が居るのだと思っていた。だけど、一度この手に抱いてしまったものは、もう離すことなど出来ない」
「じゃあ離さないで。私から桓タイを嫌いになる事なんてないもの」
は桓タイの背に腕を廻す。
「俺から嫌いになれるはずないだろう」
そう言って桓タイは大きな溜め息をつく。
首を傾げてが見上げると、苦笑したような表情が窺える。
見上げたの頭の後を手で押して、胸元に納めて桓タイは言う。
「俺は、腑抜けだ…情けなくなるくらい、腑抜けてしまった。将軍が聞いて呆れる」
「なあに、それ?」
「の事となると、途端に意気地がなくなる。すぐに怖いと感じたり、焦ったりする」
困ったような声で言う桓タイがおかしくて、は胸元でくすくす笑っていた。
「そうね。でも、私も同じだわ。昨日も怖かったもの。桓タイに嫌われたのかと思って…もう、触れてくれないんじゃないかと思った。いつだって怖い。桓タイの気持ちが離れるのだけが、私は怖い」
「そんな事はありえない」
当たり前のように言う桓タイが嬉しい。
「私もよ、桓タイ」
「…」
顔を起こされて、口付けを受ける。
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