ドリーム小説
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榴醒伝説 =12=
そして月日は流れ、瞬く間に半年が過ぎた。
慶東国は錦秋を彩る季節となった。
その頃になると、禁軍将軍と太宰の噂は蔓延し、が言い寄られる事も少なくなっていく。それに人知れず、胸を撫で下ろす将軍だった。
しかし、桓タイの心とは裏腹に、国のほうはいっかな落ち着きを見せない。天災はなくなったが、いきなり豊かになるはずもなく、じれるような思いだけが天上人を悩ませていた。
路寝の人員も少しずつしか増えず、一人にかかっている負担も減る様子がない。
桓タイと一緒に暮らしているはずのも、太宰府に留まる事が多く、四〜五日姿を見かけないこともしばしば。路寝から締め出した者達からの不満が、日に日に声を立てて大きくなっていくのに対し、は対処に困っていた。
だからと言って、元に戻せるはずもなく、頭を悩ませる日々が続いている。
ある日の午後。
は外殿から、陽子の元へと向かっていた。
内殿に入り、王の居る政務の間へと入る。
中には冢宰と宰輔が、王を囲むように立っていた。
王は紙面を苦労しながら読んでいて、二人は裁可を待っているようだった。
「」
太宰に気がついた王は、声をかける。
しかし、すぐに眉を顰める。
「書面か…」
「はい」
笑んで言うに、陽子は嫌そうな顔をしたが、少し待てと言って紙面に向かう。浩瀚に二〜三質問をして、御璽を押したのを確認してから、は書面を持って前まで進む。
「はあ…」
「まあ、そんな大きな溜め息をつかれて」
「景麒のが移ったんだ」
憮然として言う主に、は一つ笑って書面を置く。
言われた慶国の麒麟は、嫌そうに顔をしかめていた。
「これはさほどお時間を取らせませんよ。天官の移動を少しと、夏官のものも御座います。小臣を少し増やせそうです。これで大僕も、少しは楽になるでしょう」
「そうか」
と陽子は笑みを浮かべて頷いた。
「少しずつですが、前に進んでおりますわね」
そう言うに、陽子はそうかな、と問い返してきた。
「ええ。大丈夫ですよ。まだ御位におつきになられて一年ですもの。初めから何もかも上手く行く事なんてありませんわ。あるとしたら、それは後で亀裂が生まれる物ですから」
「なるほど」
陽子がそう言った所に、浩瀚から書面が置かれる。
またしても溜め息が漏れる。
それでも気を取り直したのか、格闘する前のような表情で紙に向かっている。
が見ていると、時折窮屈そうに伸びをする。
「浩瀚様」
は浩瀚を呼んで、声を潜めて聞いた。
「主上はかなり疲れておられませんか?」
「にもそう見えるか?」
「はい。ではやはり…」
「お体と言うよりは、精神的に参っているのだと思う。ここ何日か忙しいのが続いているし、私もあまりお助け出来ていない。そのせいで勉強のお時間も、御公務に費やされている」
「そうですか…では―――」
はそう呟いて、再び王の前に立った。
陽子の格闘している書面にざっと目を通し、次の物にも目を通す。
さっとその中から一枚だけを抜き取り、陽子が格闘している書面を奪う。
「本日はこちらだけになさいませ。後は明日でも支障ないでしょう」
言われた陽子は不思議そうな顔でそれを見た。
だが、言われるままに置かれた書面を読み始める。
何か言いかけた景麒を制し、陽子が作業を終えるのを待った。
御璽を押された書面を軽く纏め、それを景麒に渡しながら言う。
「しばらく主上をお借りいたしますね。これ以上書面と格闘していたら、お倒れになってしまいますから」
景麒は黙って頷き、それを許した。浩瀚も理解していたように頷く。
「さ、主上。参りましょう」
「え…え?」
陽子を促して外に出る。
「さて、何がしたいですか?街に降りてみますか?」
「あ、いや…」
後ろを気にしながら、陽子はを見た。
「身心供に健康でなければ、あれ以上やっても進みませんよ。英気を養って、今日の分は明日になさいませ」
陽子はそう言われて、やっと連れ出された意味を理解した。
「あぁ…、ありがとう。そうか、ストレスが溜まっていたんだ」
「気がついていなかったのですか?」
うん、と言う陽子に、は苦笑しながら言う。
「では、解消しなければいけませんわね。何が一番良いのかしら?主上、後ろを気にしてないで…御公務の事はしばらくお忘れになってくださいまし」
「そうだな…体を動かせば解消出来るかな?」
「そうゆう事でしたら…」
は陽子を先導して、軍の訓練所へと向かった。
「街に降りてしまうとこちらが気になるようですので、あまり遠出は控えたほうが良いようですね。それでしたら、体を動かせるのはこちらではないかと。教育ばかりしている、将軍の訓練も出来ますし」
訓練所に入ると、木の打ちつける音が聞こえ、中心にほど近いそこには、桓タイの姿が垣間見える。五人を相手に教え込んでいるようで、見えては隠れ、隠れては見えを繰り返していた。
「うん。名案だ」
嬉しそうな陽子に、は微笑みながら、傍に立てかけてあった木製の剣を手渡す。
にっと笑いながら、陽子はそれを受け取る。
受け取った瞬間、足は駆け出していて、その中心へと向かう。
「桓タイ!」
突然叫ばれた将軍は、振り下ろされた剣を受け止めながら、そちらに目を向ける。
「しゅ、主上!」
受け止めた剣を、相手の体ごと跳ね返し、主に向き直る。
かつん、と高音が鳴り響き、交わる剣が見える。
周りを囲んでいた兵士達は遠巻きになり、やがてざわざわと人が集まりだしていた。
初めは笑って駆け出した陽子も、今や真剣そのものだった。
桓タイも真剣な表情で、打ち合っている。
激しく打ち合っていた二人は、しばらくすると距離を置いて、間を計る。じりじりと詰め寄る二人の周りには緊張感がみなぎり、痛いほどの空気をはらんでいた。そして再び、打ち合いが始まった。
手に汗握る、と言った表現が正しいだろうか。
しばらく決着はつきそうにないそれを、は黙って見守る。
普段、余裕で打ち合う姿しか見た事がない、桓タイの真剣な表情と、初めて見る戦う主。
その二人に見入っていたが、それはだけではないようだった。
普段見ることの出来ない将軍の姿に、軍の者は一同に見入っている。
そして剣を携える女王の姿。
目を見張るような鮮やかさに、感嘆の声が聞こえる。
まだ終わりそうにないと思ったは、飲む物を入れに向かう。
熱い湯を注いで、冷ましてから持っていくつもりで、それを待った。
やっと冷めた茶を持って、訓練所へと戻ると、人垣は割れていた。
茶を携えて中心へと向かうと、仰向けになって肩で息をしている二人を見つける。
「お疲れ様です」
そう言って、二人に茶を出す。
無言のままそれを受け取り、一気に飲み干した二人は、息を整えるために深呼吸を始めた。
は冷水で固く絞った布を出し、陽子に渡す。
「ありがとう」
心なしか、すっきりとした表情に、は微笑んだ。
「息が整いましたら、お戻りになられますか?」
「そうだな。もう大丈夫だ」
そう言って陽子は立ち上がり、桓タイに声をかける。
「邪魔して悪かったな。いいストレスの発散になった」
「は?はあ…」
通じていない桓タイの様子に、二人は顔を見合わせて小さく笑う。
退出していく背後で、訓練の続きが始まる音が聞こえだしていた。
「いい汗をかいた。気持ちが晴れるようだな」
嬉しそうに言う陽子に、は微笑んで頷いた。
「それはようございました。ずっと座っておられますものね。これからどうされますか?まだ日は高いようですし」
「うん。でも、幾分か気が晴れたから、勉強してくる」
「さようでございますか。では、あまり根を詰められぬよう」
「大丈夫。ありがとう。そうゆうも、あまり頑張り過ぎないように」
「はい。心得ておきます」
陽子と別れたは、太宰府へと戻り、仕事についた。
ふと気がつけば陽はとうに陰りを見せ、甍宇を掠めて月が昇ろうとしていた。
ほう、と溜め息を落として、は口を押さえた。
「人の事は言えないわね」
くすっと笑って太宰府を後にする。
「お帰りなさいませ。将軍でしたら、まだお戻りになっておりません」
そう言われたは、待つ間に仕事をしようと書房に入り、持って帰った書面を開き、それに目を通し始める。
「内宰らを移動させたほうがいいのかしら…でも、これ以上は危険かもしれないし…本当に困ったわ。浩瀚様に相談してみようかしら」
そんな事を呟きながら、頭を抱えて悩みだす。
夜も更け、まだ戻らない桓タイを待っておれなくなり、は臥室へと向かう。
牀榻に引き寄せられるようにして入り、そのまま倒れこんで眠りに落ちていった。
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