ドリーム小説




Welcome to Adobe GoLive 5



榴醒伝説


=13=




夜半頃、人の気配で目が覚める。

「桓タイ?」

呼んだ声に答えるように、横たわったまま、背後から抱きしめられる。

「…疲れた」

深い溜め息と供に言った桓タイを、はそのままの体勢で労いの言葉をかける。

「ご苦労様。随分と遅かったのね」

「主上との打ち合いで、体力を消耗したからな…あの後、訓練の終わっていない連中がいたし、今日はこれ幸いにと、いつもより積極的だったからな」

「何が幸いだったの?」

「今日こそは一本とって見せると。主上との打ち合い後にな。それに、随分と上達しているからなあ。半年前までと大違いだ」

疲れたとは言っても、それを嬉しそうに言う桓タイ。

「それで、一本とられた?」

「まさか」

「さすがは将軍。惚れ直しました」

そのように言えば、体を反転させられ、向かい合う形となった。

間近に迫った桓タイの顔を認め、軽く瞳を閉じる。

静かに唇が重なった。

「ん…」

甘い声が桓タイの耳を掠め、肩を抱く手に力が篭る。

次第に深くなっていく口付けに、は少し焦って顔を逸らす。

逸らされた顔の変わりに白い項が現れて、桓タイはそこへと顔を沈める。

「か、桓タイ!」

叫んだに、少し顔を上げて不思議そうな視線を送る桓タイ。

「なんだ?」

「疲れているんでしょう?今日は寝たほうがいいわ」

「口付けたら吹き飛んだ」

そう言っての上に移動し、再び顔を沈めていった。




























通り過ぎた熱気の後、桓タイはに質問する。

「すとれす、って何だ?」

聞かれたは少し頭を捻って、それに答えた。

「精神的に鬱積が溜まっている状態…かしら。人は誰でも持っているそうよ。特に責任感が大きくて、生真面目な人が溜め易いの」

「へえ…」

「台輔も生真面目でいらっしゃるから、主上は色々と溜め込んでおられるのね…。御酒でも嗜まれるといいのだけど」

「そうだな。まあ、あれが息抜きになったのなら、良しとするか」

「ごめんね。主上をあそこへ連れて行ったのは私なの」

「ん?そうか。まぁ、気にするな」

そう言っての頭を引き寄せる。

両腕で抱え込まれ、は桓タイに感謝の言葉を伝える。

「ありがとう、桓タイ」

そっと瞳を閉じて、深い眠りへとついた。












































翌日、桓タイが目覚めると横には誰もいなかった。

太宰府へ向かったのだろうかと思いながら、臥室を出る。

「おはよう、桓タイ」

朝粥を盆に載せたと遭遇する。

「朝餉を作ってくれていたのか…もう太宰府へ向かったものとばかり」

はにこりと笑って、桓タイにそれを差し出した。

「一緒に行きましょうね、朝議」

桓タイは嬉しそうに頷き、それを受け取った。

朝餉を終え、朝堂に向かう二人。

数名とすれ違い、時折深い溜め息を聞く。

はそれを気にしていないようだったが、桓タイには何の溜め息なのか判っていた。

溜め息を落としていくのは、男ばかり。

自分が横に添っているのが、そぐわないと言った所だろう。

あるいは、噂を聞いて、それを確信したものなのかもしれないが。

ちらりと横を見ると、桃色が目に飛び込んでくる。

榴醒の珠飾りが光を受けて瞬いた。

「そうか…」

そう呟いて、桓タイは自らの青い榴醒石を取り出す。

同じく前に出し、の石と、自分の石を交互に見る。

「よし」

満足気に言って、再び前を見る。

は胸元から何かを出した気配に気がつき、桓タイのほうに目を向ける。

青の榴醒石を確認したは、嬉しそうに桓タイに微笑む。

それによって、溜め息の量は倍ほどに増えた。

朝堂に着いたは、浩瀚を見つけ、そちらに歩み寄る。

「浩瀚様。少しお時間頂きたいのですが」

桓タイはそれを遠目に見ていた。

「おや?」

ふいに横から投げられた声に、そちらを見ると大司空だった。

「この石は?」

「あ…いや」

大司空はまだ浩瀚と話をしているに目を向け、再び桓タイに目を向けた。

そして、にこりと微笑む。

「同じ細工ですね。羨ましい限りです。とすると、これも榴醒石ですか?」

少し気恥ずかしく思いながら、桓タイは大司空に言った。

「はい。同じ石から取れた物です」

「同じ石から?同じ岩に寄生していたのですか?あ、これを将軍にお聞きするのは失礼でしょうか?」

「いえ、一向に。見つけたのもわたしですから。同じ岩にと言うよりは…同じ石なのです」

「?」

伝わっていないのを読み取って、桓タイは困った顔をした。

「なんと言えばいいのでしょう。つまり、同じ結晶なのです。二色の結晶が、同じ塊で存在したのです。半分が青、半分が桃色で」

「ほう。それは珍しい」

「でしょう?」

「珍しいと言うよりも、初めて見ました。何処で見つけられたのですか?」

「麦州の林中です。南東部にある小さな里の外れで」

「そこは他にも?」

「いえ。これはたまたま見つけた物ですが、他に石があったような記憶は…」

「そうですか…」

大司空は少し気落ちしたような表情になったが、再び顔を上げて桓タイに質問を続ける。

「では、その細工は麦州の冬官が?」

「はい。頼み込んで作って貰いました。これは、不思議な力を持つ石ですね」

「不思議な?」

大司空はさらに質問をしよとしていたが、朝議の為の移動が始まったので、やむなくそれを諦めたようだった。

しかし、の元へ戻ろうとする桓タイをつかまえて、

「もし、将軍のお時間をいただけるなら、もう少し詳しく教えていただきたいのですが…一つ良い事を考えましたので、ご協力を賜るとありがたい」

と言った。

桓タイはそれに答え、の元へと戻る。
































朝議を終え、それぞれに府第へと散る官長達。

も太宰府へ向かうために歩いていた。

ふと、見た先に桓タイがいる。

大司空と供に、冬官正庁のほうへと向かっているようだった。

先程の話が終わらなかったのだろうと思いながら、ふと思い出す。

は慌てて方向を変え、冢宰府へと向かいだした。

桓タイと大司空を見ていなければ、長時間浩瀚を待たすはめになっただろう。

もまた、話が終わっていなかった。

少し急いで冢宰府に辿りつき、浩瀚を訊ねる。

相変わらず書面に囲まれた浩瀚は、に気がつき顔を上げる。

「ここはいつも…すごい量ですね…」

半ば呆れ気味にが言うと、浩瀚は苦笑しながら答える。

「太宰府もあまり変わらないと聞き及んでいるが?」

「とんでもないことです!座って私が隠れる程、書面に囲まれたりはいたしませんわ…本当に、凄い量ですこと…」

浩瀚はいつも涼しい顔をしているが、これだけの仕事を前に、どうやったらその表情を保っていられるのだろうかと、は考えずにはおれない。

確かにの所にも、天官以外の仕事が廻ってくる事がある。

王が勉強の時間を割くため、割り振られて来る物があるのだ。

しかし、太宰に出来る事は限られている。それに比べ、浩瀚の所はどうだろうか。

冢宰ともなれば、それなりに権限を持つ。

自然と増えるのは仕方がないが、人手不足の煽りが、ここまで飛び火しているのだろう。

「台輔の所にも、同じように仕事がまわっているのだから、文句は言うまいよ」

そう言って浩瀚は笑う。

「確かに…州候として御公務もおありでしょうし、台輔も大変ですわね。やはり…内宰らを戻したほうが宜しいのでしょうか?そうすれば、鈴には他の仕事もしてもらえますし、祥瓊も女史に集中できますでしょう」

祥瓊が女御の仕事を受け持つ事も多く、が女史の代わりを務める事も多い。

役柄に対しての境界線がなく、把握していくのには良い事だとは思うのだが、それをよく思わない者も多い。それに手が廻らない事も多い。

ゆえに、王自ら動く事もある。それによって、さらに王の時間が狭まる。

「内宰を路寝に置くのは危険ではなかったか?」

「それは…はっきりと申し上げる事は出来ません。危険な人物とは思えませんが、信頼出来る人物でもございません。何かのきっかけで、豹変する事もございましょう…」

そこまで言って、は気がついた。

「これでは…とても無理ですわね」

自分の中で答えを出してしまったを、浩瀚は笑んで見ていた。

「私から見ても、内宰は信が置けない。と内宰の間に、何が起きたのかを知っていても、そこに私情がない事は判る」

それに対し、は驚いて浩瀚を見た。

「ご存知だったのですか?」

「主上からお聞きした」

「お恥ずかしい限りです…」

力なく言うに、浩瀚は笑いかけながら言った。

「最初に取り決めたように、主上のお傍にあげる事が出来る者は、真実信頼のおける人物だけにしたい。何か変事が起きてから後悔したのであっては、今まで警戒してきた意味の一切が失われる」

「はい…慶は…もう王を失う余力はございませんしね」

「そうだな…」

「それ以上に、私は主上が好きですもの。失いたくありませんわ」

それを受けて、浩瀚は微笑んだ。

「今しばらくは、主上にも頑張って頂いて、我々も出来うる限りの助力を尽くすしか、ないのだろうな」

「…はい」

は俯いてそれに答えた。

「まだ、何か危惧する事があるようだな」

そう言われて、は顔を上げる。

「いえ…危惧と言う程の事でも…本当に些細な事で、少し思っただけですわ」

「聞いておこうか。小さな事でも、何かしらの亀裂を生ずる場合がある。不安要因は知っておいたほうが良い」

「はい。では申し上げます。先ほどと同じような内容ですし、本当に些細な事なので、聞いてもお笑いにならないで下さいましね」

そう言っては浩瀚の目を見る。

「危惧は、主上だけではございません。政務に明け暮れ、根を詰められているのは、主上ばかりではありませんから。傍から見れば、私もそうなのだと思うのですが…肉体と精神の調和が、乱れてしまうのではないかと思うのです。何か気晴らしになるような物でも、あればいいのですが…。その筆頭は間違いなく主上ですが、二番目は浩瀚様ですわ。ずっと冢宰府におられますでしょう?三番目は台輔ですわね」

浩瀚は感心したようにを見る。

「もちろん、鈴や祥瓊も何か気晴らしが必要です。虎嘯も慣れない宮中での政務に、まだ何かと戸惑いを見せておりますし、口さがない者は、声を立てて陰口を言うしまつ。加えてその声が、日増しに過激になっております。気にしていない風を装っても、悪く言われて気分が良くなる人間などおりませんもの。それで何か、私に出来る事を探しているのですが、私自身にもさほど余力がないのです。いいえ…それよりも、何をしてあげれば良いのか、考えつかないのです。日常的に溜まっていく鬱積を、どうやったら晴らせるのだろうかと」

「さすがは太宰と言うべきか…よく見ている。それに、よく気がつく」

浩瀚は微笑んでに言った。

「浩瀚様もお疲れでしょう?鬱積もお持ちなのでは?」

「わたしは色々と解消方法を心得ているので、さほど鬱積は溜まっていない」

「…誰に聞いても、他の人はそうだろうが、自分は大丈夫だと言うのです」

そうか、と言って浩瀚は苦笑する。

「だとしたら、それは太宰にも言える事なのでは?」

浩瀚とて知っている。毎日帰れない日が続いていることを。

「私はいいのです…と言ってしまっては、私も同じですわね。ですが、私には桓タイがおりますから」

「お互いが良い支えになっているようだな」

「はい。主上にも、支えがあるといいのですけど」

「我々が支えていけば良いのではないか?」

助力をと再度言われて、は大きく頷いた。

「そう…そうですわね」

「そうやって気をかけてくれる者がいる。人はそれだけで普段の鬱積が減ったりするもの。が聞いて廻る事によって、少なからず気が晴れた事だろう。本人が大丈夫だと言っているのだから、まだ大丈夫だろう。だが、口も心も閉ざしてしまったら、それは危険な兆候だ。それを注意しておいて欲しい」

「はい。ご意見、ありがとうございます」

もあまり無理をし過ぎないようにな」

言われたは再度礼を言って、その場を後にした。

冬の祭祀期に向かって、国は慌しく動いている。

だけどまだまだ、やらねばならない事は山積している。

主を支えることは、国を支える事なのだと、は強く思う。

才から、芳から、蓬莱から…出自は違えど、慶のためにと頑張っている。

それは生きるための原動力となり、活力を与える物に相違ない。

「私も頑張らなくては」

一人気合を入れ、は太宰府へと戻って行った。
































それから季節は瞬く間に移ろい、年の暮れも近付いていった。

その頃になると、内宰らから発せられていた不満の声は、ついに途絶えた。

理解したのか、諦めたのかは判らないが、ぱたりと聞かなくなった声に、は安堵していた。危惧していた事も起きず、王も適度にストレスを発散させているようだった。浩瀚のほうは謎だったが、憔悴したような感じも受けられなかったので、一先ずは安心してよさそうだった。虎嘯も、鈴や祥瓊が官邸に移動してから随分と気が抜けたようで、太師や桂桂と騒がしくとも楽しい生活を送っているように見えた。鈴や祥瓊も時間の使い方が上手くなっている。

祭祀の多い時期を、いい状態で乗り切れそうだった。

「太宰」

呼び止められたは、振り返った先に大司空の姿を見つける。

「この時期に申し訳ないのですが…少しお時間いただけますか?」

「はい。今ですか?」

「いえいえ。いつでも空いた時で結構なのですが…」

大司空はそう言って、の顔色を窺った。

どうしようかと迷っていると、ふいに桓タイの名が耳に飛び込む。

「青将軍には、承諾を得ております。ですが…できれば将軍はご同伴せずに来て頂きたいのです」

桓タイが承諾を出しのなら、滅多な事はないだろうと思い、は承諾する。

「急ぎますか?」

「いえ、さほどは。年明けぐらいに来て頂けるとありがたいのですが」

「でしたら、年明けに時間をとりますわ。どちらへ伺えば?」

「冬官正庁の玄師…いえ、匠師府へ来ていただけますか?」

「匠師府ですね。では、日取りの都合がつきましたら、お知らせいたします」

「はい。よろしくお願い致します」

軽く頭を下げあって、二人は別れる。

太宰府へ戻ると、春官長がを待ち受けていた。

祭祀が近付いており、天官の協力がどうしても必要となっているからだ。

「大宗伯」

「ああ、太宰。お忙しい所、失礼致しております」

「いえ。どうぞおかけになって下さいまし」

そう言って大宗伯を促し、茶を入れて戻ってくる。

大宗伯はおいしそうにそれを飲む。

「なぜ太宰が、自らお入れになるのかと思っておりましたが…これだけおいしい物を入れられるのなら、納得でございますね」

「ありがとうございます。お口にあいまして?」

「もちろんです」

そう言ってから、大宗伯は本題を切り出す。祭祀で使う廟などの、清拭にかかる人数を言われ、奄や奚、それを指示する者を、書面に認めて渡す。

「ありがとうございます。なんとか間に合いそうです」

それから二、三の事柄を決めて、大宗伯は退出して行った。

大宗伯を見送ってから、は日程を大司空に知らせるため、使いを出す。



続く






100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!





色々な人が入り交じって、なんだか大変…か?

そろそろ榴醒石(ろせいせき)の話が出てきます。

長かった〜。

                             美耶子