ドリーム小説




Welcome to Adobe GoLive 5



榴醒伝説


=14=




年の最後の日、久し振りに官邸へと戻ったは、先に帰っていた桓タイと供に夕餉を取った。

「もうすぐ、新年だな」

「ええ。もうあれから一年近くが経つのね」

食後に赤茶を入れながら、はそう言った。乱の事を思い出しながら、感慨深い声を出す。

桓タイも思い出し、を見ながら言う。

「いい主に恵まれたな」

「ええ。本当に」

「なにしろ、俺がまだ将軍でいるのだからな」

逆賊として追われれば、国を出奔しようと思っていた。

には苦労をさせてしまうだろうが、必ず生きて帰り、どこかで静かに暮らせればいいと、そんな風に思っていた自分がなにやら懐かしい。

「禁軍の筆頭だもの。私には勿体無い程、桓タイは素敵よ」

真面目にそう言われて、桓タイは面食らった。

は時々凄い事を平気で言う」

「そう?」

素敵と言われた声が、頭の中で反復している。それがこんなにも嬉しい。

「だって、桓タイは素敵だもの。偏見を打ち砕くほどの技量を持っているし、何よりも優しい。夏官達は主上が指名したから、桓タイを将軍だと認めている訳ではないわ。きちんと桓タイの人柄を見定めて、その上で慕っているのですもの」

あまり褒められると気恥ずかしいが、が言うことなので黙って聞いている。

「それに、いつでも私を支えてくれる。疲れていても、桓タイとこうやって話を出来る時間が、私に活力を与えてくれるの」

そう言って、にこりと微笑むを、桓タイは呼び寄せる。

「お茶のおかわり?」

そう言って桓タイの元へと行く。

しかしまだ茶杯には半分ほど入っている。

すぐ横にいる桓タイに、何事かと目を向けると、伸びていた手が視界に入ってきた。

引き寄せられ、桓タイの膝の上に乗る。

「ど…どうしたの?」

「かわいい事を言うから、抱きしめたくなった」

そう言っての腰元に腕を巻きつける。

「真面目に言ったのに…」

「うん。真面目だったのが嬉しい。心の底からそう思ってくれているのが判る。それに、俺はの役にたっているようだ。それが嬉しい」

巻きつけた腕に力が入り、さらに距離が縮まる。

「浩瀚様と違って、俺は何も手伝ってやれないからな」

「それなら、私だって同じよ。私は戦えないもの。軍の規律もよく判らないし、何も手伝ってあげられないわ」

「傍にいてくれるだけでいい。俺の活力もなんだから」

にこりと笑みを見せ、そう言った桓タイはに顔を近づけて行く。

甘い口付けを受けて、は瞳を閉じる。

「あ」

は聞こうと思っていた事を思い出し、唐突に瞳を開けた。

「どうしたんだ?」

膝の上に乗ったまま、桓タイに質問する。

「大司空に呼ばれたの。桓タイには了承済みだって言われたのだけど」

「ああ…その事か。大丈夫だ。殴りこんだりしないから安心していい」

「何の用事なのかしら?」

「まあ、行けば判るだろう」

それもそうだ、とはあっさり納得する。

その後二人は、新年を迎えるべく、夜食の用意をする。

酒を用意し、いつかのように庭院に出た。

「寒い…」

呟いたの声に反応して、桓タイは大判の袍を広げ、二人を包む。

酒を注いで、小さく打ち鳴らす。

「新年も頑張りましょうね、桓タイ」

「ああ」

返事をして酒を煽る桓タイを見ながら、は少量を口に含んだ。

熱い物が喉を通過していき、少しだけ温かくなったのを感じる。

ふと空を見上げる。

そこには月がなく、星の光だけが煌々として、空全体が青い。

「星月夜だわ…」

の脳裏に瑛州での夜が思い出される。

すると、何か苦いものが込み上げてくる。

桓タイもまた、空を見上げた。

「珍しいな」

そして、ふっと笑う。

「どうしたの?」

「いや…懐かしいなと思って」

「そう…私も、懐かしいと思った。でも…私…」

そこまで言って、は言いかけた事を飲み込み、違う事を口に出す。

「桓タイが懐かしいと言うのは、いつのこと?」

が見上げた星月夜は乱の頃。

祥瓊に対して嫉妬を感じ、自分を醜いと思ったあの夜。

「一年も経たないかな。は?」

「わ、私も一年経たないわ…」

「そうか…ひょっとして、瑛州で見たのか?」

言い当てられたは驚いて桓タイを見る。

「当たったようだな。俺は明郭から拓峰に向かう空で見た。明け方には着きたかったからな。夜の空行だったんだ」

「じゃあ…同じ空を見ていたのね」

「見ていた訳じゃないんだが…の声が聞こえたからな。それで、空を見た」

「私の?」

「無事でいてと聞こえたような気がして、それが空から降ってきたように思った。それで見上げたら星月夜だった」

その時は、前院で嫉妬に身を焼いていたのだ。

「知らぬ間に、死なないからな、と呟いていたようだ。なんだと祥瓊に問い返されて、死ねないと言い直した。そう約束したからと」

桓タイはふっと笑ってを見る。

「実の所を言うと、拓峰についてすぐに、生きて帰る事は難しいのではないかと思った。でも空から降ってきたの声に、答えたいと思った」

そう言って笑う桓タイを、は直視できずに顔を逸らす。

?」

呼ばれても顔を上げることが出来ない。

俯いたまま、は桓タイに話し始める。

「私は…私はその時…祥瓊に嫉妬していたわ。そんな自分が醜くて、とても嫌いだった。もっと他に案ずるべき事があったのに…前院に出てそれに気がついた時、空を見上げたの。桓タイはすでに拓峰で戦っているのだと思っていた。だから…空に呟いたの。無事でいてって…でも声は…闇に飲まれてしまった」

胸元に拳を作って、泣こうとしている自分を必死に押さえる。

その拳に、桓タイの手がかさなる。

「じゃあ、やはりの声だったんだな…の嫉妬なんて、かわいいものだぞ?俺なんかと比べれば」

恐る恐る見えげた桓タイの顔は、優しく微笑んでいる。

涙の溜まった瞳の下に、桓タイの指が伸びて、そっと当てられる。

「桓タイ…」

桓タイの唇が頬に当てられ、一度離れたそれは、再び舞い戻ってきて、の唇を覆う。閉じられた瞳からは、一筋だけ溢れた雫が落ちた。



































年も明けて九日が経とうとしていた。

その日、は冬官府へと足を運んでいた。

大司空に言われた通り、匠師府を尋ねる。

中ではすでに大司空が待ち受けていて、その横には匠師らしき人物が三人控えていた。

その中の一人に、は見覚えがあるように思える。

「太宰、お忙しい中ご足労願って、ありがとうございます」

「いいえ。それで、何をすればよいのでしょう?」

「お話を伺わせて頂きたいのです」

「それはどのような?」

「青将軍との事で」

「せ…青ですか?」

「はい。少し気恥ずかしいのを我慢して、お話し頂けたら光栄です。もちろん強制ではありませんから、無理にとは言いませんが…」

「あの…それは…」

はて、と大司空は首を傾げ、ややして大きく頷いた。

「お二人とも忙しくしていらっしゃるから…何もお聞きになっていないのですね?」

「え?ええ…」

大司空は大きく頷いて、説明を始める。

「実は榴醒石についての事なのです。榴醒石の事は詳しくご存知ですか?」

「青に聞いた程度でしたら…」

「岩に寄生する事はご存知ですね。その寄生なのですが、本来榴醒石は単色なのです。ですから私は、将軍が桃色の榴醒石を太宰に送り、青の物を別に用意したのだと思っておりました。ですがお話を伺うと、半分が青、もう半分が桃色だったと。桃色だというのも驚きでしたが」

「ええ…とても不思議な結晶でしたが、本当に半分ずつでしたわ」

「はい。それで、その様な事が可能なのだろうかと思い、冬官を上げて調査いたしておりました」

「榴醒石のですか?」

「はい。実は最初に太宰にお見せ頂いた直後から、榴醒石には目をつけていたのです。ですが、希少な物ですし、どうしたものかと思っていた所に、将軍の榴醒石を拝見したのです。見つけたのは将軍だそうですね。そこで私は将軍に頼んで、太宰もお持ちのその珠飾りを加工した冬官を麦州から招きました」

そう言って大司空は横を見る。

見覚えがあると思っていたのは、麦州から来た冬官だった。

「この者は、榴醒石に精通しています。榴醒石は本来とても脆い石で、加工は難しいとされてきました。ところが彼の言うには、将軍のお持ちになった石は堅く、加工は容易に出来たと言うのです。そこで彼に指揮をとってもらい、榴醒石の調査を進めていったのです。我々は調査を進めて行くうちに、何故榴醒石と言われるようになったのか、知る事ができました」

「名の由来ですか?それは…」

「昔の人は知っていたのですね。そもそも気候の変化などで、色や形を変える物を榴輝岩(りゅうきがん)と言います。そして榴醒石のすべては青です。まれにとれる紅い物は、醒めた物なのです。いくつかの条件が揃った時、石榴の色である自分を思い出し、目覚めるのです。恐らく、そこが由来かと」

「石榴に醒める石?」

「恐らくは。我々は研究を重ねて行く内に、榴醒石の元を見つける事が出来ました。小さな砂子(いさご)ですが、それを一つまみで、青の榴醒石を作り出す事に成功したのです。ですが、どうしてもそれらは醒めることなく、青いままでした。それが、つい最近になって、醒めさせる事に成功したのです!」

やや熱くなって語る大司空を、は圧倒されて見ていた。

「これですべてが揃いました。後は将軍の言った不思議な力を、解明するだけなのです。それには太宰の協力が必要なのです。ですから、何卒お力添えを!」

「そ…そう言われましても…不思議な力ですか?」

「ええ、将軍が言うには、引き寄せる力があるのだとか。それで少しお話を伺ったのですが、将軍は上手く説明できないと仰るのです。太宰に聞けば、また違った視点でお話いただけるかと思いまして」

「引き寄せる…?ええ、確かにそのように思えますね。でも、偶然という言葉を当てはめる事もできますが」

「どういった場面にそう思われましたか?」

「そうですね…一緒に住む事になった時と…その…御史に襲われた時に…」

少し言いにくそうにしたに、大司空は頷いて言った。

「ああ、斉ですね。将軍から少し伺いました。なんでも御首を絞められたとか…」

「ええ…。首を絞められている時に珠飾りが目に入って、青の名を心の中で叫んでおりました。その時に、青が間合いよく飛び込んできたのです。それで引き離された榴醒石が、呼び合ったのかと…ですが…」

「なるほど!将軍はその時遠方におられた。ですが、何やら急に帰りたくなったと…それに、数名の怪しい候補の中から、すぐに斉を選んだそうです。間違いないと確信があったそうですが、後になって思えば、その確信が何だったのか判らないと」

は目を丸く開いて大司空に聞き返した。

「そうなのですか?」

「そのように仰っておりましたよ。そのような効果があるのなら…」

大司空はそう言いながら、何やら考え込んでいく。

考え込んだ大司空をよそに、は匠師達にも質問を受けた。

桓タイに対する気持ちだとか、桓タイをどれほど愛しているのだとか。

赤面するような質問ばかりだったが、はなんとか答えて、夕刻までには解放された。



続く






100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!





榴醒石(ろせいせき)の由来がようやく登場。

前作に書きたかったのですが、

隙間がなくてここまで引っ張ってしまいました。

なんだか妙な満足感?

                           美耶子