ドリーム小説
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榴醒伝説 =14=
年の最後の日、久し振りに官邸へと戻ったは、先に帰っていた桓タイと供に夕餉を取った。
「もうすぐ、新年だな」
「ええ。もうあれから一年近くが経つのね」
食後に赤茶を入れながら、はそう言った。乱の事を思い出しながら、感慨深い声を出す。
桓タイも思い出し、を見ながら言う。
「いい主に恵まれたな」
「ええ。本当に」
「なにしろ、俺がまだ将軍でいるのだからな」
逆賊として追われれば、国を出奔しようと思っていた。
には苦労をさせてしまうだろうが、必ず生きて帰り、どこかで静かに暮らせればいいと、そんな風に思っていた自分がなにやら懐かしい。
「禁軍の筆頭だもの。私には勿体無い程、桓タイは素敵よ」
真面目にそう言われて、桓タイは面食らった。
「は時々凄い事を平気で言う」
「そう?」
素敵と言われた声が、頭の中で反復している。それがこんなにも嬉しい。
「だって、桓タイは素敵だもの。偏見を打ち砕くほどの技量を持っているし、何よりも優しい。夏官達は主上が指名したから、桓タイを将軍だと認めている訳ではないわ。きちんと桓タイの人柄を見定めて、その上で慕っているのですもの」
あまり褒められると気恥ずかしいが、が言うことなので黙って聞いている。
「それに、いつでも私を支えてくれる。疲れていても、桓タイとこうやって話を出来る時間が、私に活力を与えてくれるの」
そう言って、にこりと微笑むを、桓タイは呼び寄せる。
「お茶のおかわり?」
そう言って桓タイの元へと行く。
しかしまだ茶杯には半分ほど入っている。
すぐ横にいる桓タイに、何事かと目を向けると、伸びていた手が視界に入ってきた。
引き寄せられ、桓タイの膝の上に乗る。
「ど…どうしたの?」
「かわいい事を言うから、抱きしめたくなった」
そう言っての腰元に腕を巻きつける。
「真面目に言ったのに…」
「うん。真面目だったのが嬉しい。心の底からそう思ってくれているのが判る。それに、俺はの役にたっているようだ。それが嬉しい」
巻きつけた腕に力が入り、さらに距離が縮まる。
「浩瀚様と違って、俺は何も手伝ってやれないからな」
「それなら、私だって同じよ。私は戦えないもの。軍の規律もよく判らないし、何も手伝ってあげられないわ」
「傍にいてくれるだけでいい。俺の活力もなんだから」
にこりと笑みを見せ、そう言った桓タイはに顔を近づけて行く。
甘い口付けを受けて、は瞳を閉じる。
「あ」
は聞こうと思っていた事を思い出し、唐突に瞳を開けた。
「どうしたんだ?」
膝の上に乗ったまま、桓タイに質問する。
「大司空に呼ばれたの。桓タイには了承済みだって言われたのだけど」
「ああ…その事か。大丈夫だ。殴りこんだりしないから安心していい」
「何の用事なのかしら?」
「まあ、行けば判るだろう」
それもそうだ、とはあっさり納得する。
その後二人は、新年を迎えるべく、夜食の用意をする。
酒を用意し、いつかのように庭院に出た。
「寒い…」
呟いたの声に反応して、桓タイは大判の袍を広げ、二人を包む。
酒を注いで、小さく打ち鳴らす。
「新年も頑張りましょうね、桓タイ」
「ああ」
返事をして酒を煽る桓タイを見ながら、は少量を口に含んだ。
熱い物が喉を通過していき、少しだけ温かくなったのを感じる。
ふと空を見上げる。
そこには月がなく、星の光だけが煌々として、空全体が青い。
「星月夜だわ…」
の脳裏に瑛州での夜が思い出される。
すると、何か苦いものが込み上げてくる。
桓タイもまた、空を見上げた。
「珍しいな」
そして、ふっと笑う。
「どうしたの?」
「いや…懐かしいなと思って」
「そう…私も、懐かしいと思った。でも…私…」
そこまで言って、は言いかけた事を飲み込み、違う事を口に出す。
「桓タイが懐かしいと言うのは、いつのこと?」
が見上げた星月夜は乱の頃。
祥瓊に対して嫉妬を感じ、自分を醜いと思ったあの夜。
「一年も経たないかな。は?」
「わ、私も一年経たないわ…」
「そうか…ひょっとして、瑛州で見たのか?」
言い当てられたは驚いて桓タイを見る。
「当たったようだな。俺は明郭から拓峰に向かう空で見た。明け方には着きたかったからな。夜の空行だったんだ」
「じゃあ…同じ空を見ていたのね」
「見ていた訳じゃないんだが…の声が聞こえたからな。それで、空を見た」
「私の?」
「無事でいてと聞こえたような気がして、それが空から降ってきたように思った。それで見上げたら星月夜だった」
その時は、前院で嫉妬に身を焼いていたのだ。
「知らぬ間に、死なないからな、と呟いていたようだ。なんだと祥瓊に問い返されて、死ねないと言い直した。そう約束したからと」
桓タイはふっと笑ってを見る。
「実の所を言うと、拓峰についてすぐに、生きて帰る事は難しいのではないかと思った。でも空から降ってきたの声に、答えたいと思った」
そう言って笑う桓タイを、は直視できずに顔を逸らす。
「?」
呼ばれても顔を上げることが出来ない。
俯いたまま、は桓タイに話し始める。
「私は…私はその時…祥瓊に嫉妬していたわ。そんな自分が醜くて、とても嫌いだった。もっと他に案ずるべき事があったのに…前院に出てそれに気がついた時、空を見上げたの。桓タイはすでに拓峰で戦っているのだと思っていた。だから…空に呟いたの。無事でいてって…でも声は…闇に飲まれてしまった」
胸元に拳を作って、泣こうとしている自分を必死に押さえる。
その拳に、桓タイの手がかさなる。
「じゃあ、やはりの声だったんだな…の嫉妬なんて、かわいいものだぞ?俺なんかと比べれば」
恐る恐る見えげた桓タイの顔は、優しく微笑んでいる。
涙の溜まった瞳の下に、桓タイの指が伸びて、そっと当てられる。
「桓タイ…」
桓タイの唇が頬に当てられ、一度離れたそれは、再び舞い戻ってきて、の唇を覆う。閉じられた瞳からは、一筋だけ溢れた雫が落ちた。
年も明けて九日が経とうとしていた。
その日、は冬官府へと足を運んでいた。
大司空に言われた通り、匠師府を尋ねる。
中ではすでに大司空が待ち受けていて、その横には匠師らしき人物が三人控えていた。
その中の一人に、は見覚えがあるように思える。
「太宰、お忙しい中ご足労願って、ありがとうございます」
「いいえ。それで、何をすればよいのでしょう?」
「お話を伺わせて頂きたいのです」
「それはどのような?」
「青将軍との事で」
「せ…青ですか?」
「はい。少し気恥ずかしいのを我慢して、お話し頂けたら光栄です。もちろん強制ではありませんから、無理にとは言いませんが…」
「あの…それは…」
はて、と大司空は首を傾げ、ややして大きく頷いた。
「お二人とも忙しくしていらっしゃるから…何もお聞きになっていないのですね?」
「え?ええ…」
大司空は大きく頷いて、説明を始める。
「実は榴醒石についての事なのです。榴醒石の事は詳しくご存知ですか?」
「青に聞いた程度でしたら…」
「岩に寄生する事はご存知ですね。その寄生なのですが、本来榴醒石は単色なのです。ですから私は、将軍が桃色の榴醒石を太宰に送り、青の物を別に用意したのだと思っておりました。ですがお話を伺うと、半分が青、もう半分が桃色だったと。桃色だというのも驚きでしたが」
「ええ…とても不思議な結晶でしたが、本当に半分ずつでしたわ」
「はい。それで、その様な事が可能なのだろうかと思い、冬官を上げて調査いたしておりました」
「榴醒石のですか?」
「はい。実は最初に太宰にお見せ頂いた直後から、榴醒石には目をつけていたのです。ですが、希少な物ですし、どうしたものかと思っていた所に、将軍の榴醒石を拝見したのです。見つけたのは将軍だそうですね。そこで私は将軍に頼んで、太宰もお持ちのその珠飾りを加工した冬官を麦州から招きました」
そう言って大司空は横を見る。
見覚えがあると思っていたのは、麦州から来た冬官だった。
「この者は、榴醒石に精通しています。榴醒石は本来とても脆い石で、加工は難しいとされてきました。ところが彼の言うには、将軍のお持ちになった石は堅く、加工は容易に出来たと言うのです。そこで彼に指揮をとってもらい、榴醒石の調査を進めていったのです。我々は調査を進めて行くうちに、何故榴醒石と言われるようになったのか、知る事ができました」
「名の由来ですか?それは…」
「昔の人は知っていたのですね。そもそも気候の変化などで、色や形を変える物を榴輝岩(りゅうきがん)と言います。そして榴醒石のすべては青です。まれにとれる紅い物は、醒めた物なのです。いくつかの条件が揃った時、石榴の色である自分を思い出し、目覚めるのです。恐らく、そこが由来かと」
「石榴に醒める石?」
「恐らくは。我々は研究を重ねて行く内に、榴醒石の元を見つける事が出来ました。小さな砂子(いさご)ですが、それを一つまみで、青の榴醒石を作り出す事に成功したのです。ですが、どうしてもそれらは醒めることなく、青いままでした。それが、つい最近になって、醒めさせる事に成功したのです!」
やや熱くなって語る大司空を、は圧倒されて見ていた。
「これですべてが揃いました。後は将軍の言った不思議な力を、解明するだけなのです。それには太宰の協力が必要なのです。ですから、何卒お力添えを!」
「そ…そう言われましても…不思議な力ですか?」
「ええ、将軍が言うには、引き寄せる力があるのだとか。それで少しお話を伺ったのですが、将軍は上手く説明できないと仰るのです。太宰に聞けば、また違った視点でお話いただけるかと思いまして」
「引き寄せる…?ええ、確かにそのように思えますね。でも、偶然という言葉を当てはめる事もできますが」
「どういった場面にそう思われましたか?」
「そうですね…一緒に住む事になった時と…その…御史に襲われた時に…」
少し言いにくそうにしたに、大司空は頷いて言った。
「ああ、斉ですね。将軍から少し伺いました。なんでも御首を絞められたとか…」
「ええ…。首を絞められている時に珠飾りが目に入って、青の名を心の中で叫んでおりました。その時に、青が間合いよく飛び込んできたのです。それで引き離された榴醒石が、呼び合ったのかと…ですが…」
「なるほど!将軍はその時遠方におられた。ですが、何やら急に帰りたくなったと…それに、数名の怪しい候補の中から、すぐに斉を選んだそうです。間違いないと確信があったそうですが、後になって思えば、その確信が何だったのか判らないと」
は目を丸く開いて大司空に聞き返した。
「そうなのですか?」
「そのように仰っておりましたよ。そのような効果があるのなら…」
大司空はそう言いながら、何やら考え込んでいく。
考え込んだ大司空をよそに、は匠師達にも質問を受けた。
桓タイに対する気持ちだとか、桓タイをどれほど愛しているのだとか。
赤面するような質問ばかりだったが、はなんとか答えて、夕刻までには解放された。
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