ドリーム小説
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榴醒伝説 =16=
慌しく動き回っていた陽子の政務は夜遅くまで続き、もそれに付き合って、夜半過ぎまで供に動いていた。しかしその後もまた太宰府へと戻り、その日の仕事を終えた時はすでに空は白み始めていた。
「ふう…」
一息ついて、は官邸へと戻る。
桓タイの寝顔を見ながら、着替えを終えると、深い息を吐いた。
「?」
「あ…ごめんなさい。起こしてしまったわね」
「今帰ってきたのか?」
ごそごそと起き上がり、牀榻の中から出てくる桓タイ。
「もう起きるの?」
「ああ…」
寝ぼけた顔での前に歩いて来て、すっと腕を廻す。
優しく包まれて、夜通し起きていた疲れが、ふわりと消えるのを感じる。
「昨日禁門の両司馬が報告をしに来た。今は夏官で天馬を預かっている。詳しくは聞いてないが、は帰って来られないだろうと思っていた。大丈夫か?」
桓タイの胸元に顔を預けながら、は答える。
「大丈夫よ。桓タイの顔を見たら元気になったわ」
そう言い終わると、を抱く腕に力が加えられる。
「今日は天官府が朝議を受け持つ日だから、準備があって帰ってこれなかったの。でも折角だから、一緒に朝餉を食べて行きましょう」
桓タイを見上げてそう言い、は朝餉の用意に向かった。
しかし厨房に行くとすでに用意が整っていて、にする事は何もない。
仕方なくお茶の用意だけをして桓タイの許へと向かう。
朝餉を取りながら、昨日の出来事を桓タイに話す。
「桓タイは泰王を知っているの?浩瀚様が昨日、その名を桓タイから聞いた事があったって」
「ああ。乍将軍だろう。噂だけしか知らないが、延王に次ぐほどの腕前だとか」
「凄い人なのね。昨日調べた感じでは、慶と戴の間に国交はなさそうなの。その国の将軍の名が伝わってくるのだから、よほど凄いのね」
「そうだな。昨日の人は戴の将軍らしいが、騎獣の方も満身創痍だったな」
「大丈夫なの?その…劉将軍の方は…思わしくないようなの…。次に目を開けるかどうか判らないの」
「そうか…騎獣の方はまあ、なんとか大丈夫だろう」
「そう、よかった。それから門に詰めている天官の事なんだけど…」
言いかけたを手で制した桓タイは、気にするなと言って笑う。
「まあ、禁門の連中は大丈夫だ。両司馬も、伍長も信用していい。たまたま虎嘯が居合わせたのだし」
「殺せと指示したと言うのは本当?」
「俺はその場にいなかったからな。両司馬の話では本当のようだが…素性が知れないのと、禁門を汚されたんだ。職務に真面目であったと言うことだろう」
「ええ…。でも人としてどうかと思うのだけど…素性を改める前に殺せなんて…」
はあ、と大きく溜め息をつき、は下を向いた。
「あのね…実を言うと彼だけではないの。禁門に詰めている天官の内、人としてどうかと思うのはまだ他にいるのよ。夏官一両が禁門で彼らの指示下にある。これに対して、もっといい人選をしたかったのだけど…適任が他にいなかったの。消去法でどうしても彼らに禁門を任せる事になってしまって…」
再び大きく溜め息をついて、は天井を見上げた。
「夏官のほうは随分と落ち着いてきたが、天官のほうはまだまだ問題が山積なんだな」
「夏官だって、まだ落ち着いていないじゃない。まだまだ訓練しなきゃいけないんでしょう?しかも将軍が」
「まあな。だが、天官ほど人手不足でもないしな」
「不安だわ…何か見落としているのではないかと思うの。人選も何もかも、本当にこれで正しいのかしら…だけど…更迭するにも後任がいないし、罷免できるほど人も多くない…本当に…どうしたらいいのかしら…」
「あまり気に病むな。これ以上どうしようもないんだから、気に病んでもしょうがないだろう?」
「それは…そうなんだけど…」
「これまでも何もなかっただろう?何かあっても可笑しくない状態だったと思うんだが、それが恐ろしいほど持ちこたえているんだ。それだけでも良しとしなければ」
「そうね…」
「まあ、問題は天官だけじゃないしな。春官もにとっては大問題だし、他の官府も問題のない所はない。俺達も目が届くほど人数がいない事だし、焦らずにやっていくしかないだろう」
「ええ…そうね。桓タイ、ありがとう」
は桓タイに励まされ、止まっていた手を動かして朝餉を終えた。
その後朝堂へと向かう桓タイと別れ、は正寝へと向かう。
鈴の変わりを務めるためだった。
朝堂へは陽子と供に向かい、朝議に臨む。
朝議が終わると、は浩瀚に呼ばれ、昨日に引き続いて戴の事を調べる。
鈴が李斎につきっきりだったので、昼を鈴に運ぶ為に途中で退出する。
昼を鈴に運ぶとすぐに太宰府へと戻って、太宰としても任務を果たし、空いた時間に持って来ている資料に目を通し、戴の事に関して載っている物を書きとめ、それを夕刻頃に浩瀚に渡す。
しかし、これまでに分かった事は少なく、心許ないものだった。
慌しくその場を離れ、陽子の世話に戻り、その日を終えた。
しかしは花殿へと向かい、鈴に様子を聞く。
「どう?」
鈴は首を横に振って、李斎の顔を覗きこむ。
「まだ一度も目を開けていないの。呻きもしないし…」
「そう…大丈夫よ。きっと十日はかかるわ」
そう言ったに、鈴は不思議そうな目を向ける。
「何故十日?」
「そうね…私がそうだったから」
「さんが?妖魔に襲われたの?」
「ええ。でも劉将軍の方が酷いわね。私はこんなにも傷が深くなかったもの」
「やっぱり、こちらに流れついた時に…」
「そうね。だからもちろん仙ではないのだけど…虚海沿岸から、蠱雕に麦州まで運ばれたの。空で放り出されて、木にぶつかりながら落ちたから、打身や小さい傷はあったのだと思うわ。殆ど裸だったから、小石なんかで足を切っていたわね。三日か、四日彷徨って、発見された時は傷だらけだったけど、抉れる程の傷ではなかったように思うの。空腹もあって体力がなくなっていたのね」
「それで目覚めたのが十日後?」
「そうね。その間身動きもせず、ただ懇々と眠っていたそうよ。もう二度と目覚めないかと思ったんですって。だから、きっと大丈夫よ」
「うん」
心配そうに瞳を揺らして、鈴は李斎を見つめる。
この将軍もまた、身動ぎ一つなく、ただ眠り続けている。
だが、今は大丈夫だと思うより他にないのだ。
「鈴もあまり無理をしないようにね」
はその場を鈴に任せて、官邸へと戻って行く。
官邸へと帰り着くと、すぐに臥室へと向かい、倒れるように眠った。
帰ってきた桓タイは臥室に入るまで、が居る事を知らなかったが、寝入っているのを確認して、物音を立てないように注意して牀榻に入る。
「お疲れ」
小さくに語りかけて横に並び、柔らかな寝息を頬に受けながら、桓タイもまた瞳を閉じた。
忙しい日々が続いて、何故李斎が慶を頼って来たのか判らぬままに、一週間近くが経過していた。
その日、戴の将軍が目を開けたと言う報が届いた。
が花殿に行くと、そこにはすでに陽子がいて、鈴と供に李斎を見守るように立っている。
瘍医の姿はなく、帰ったのかまだ来ていないのかは判らない。
「主上」
「ああ、太宰。どうやらまたすぐに眠ってしまったようだ。だが、瘍医が言うには、好転の兆しがあるようだ」
「そうですか…よかった」
安堵した様子のに、鈴が微笑んで言う。
「後三日を残して目が覚めたのだから、もう大丈夫ですよね」
はそれに微笑んで返し、そっと頷く。
それからさらに三日後、大僕から報が入る。
その時も陽子と供にいたため、一緒に花殿へと向かった。
しかし、李斎の瞳は堅く閉じられており、その声を聞く事は叶わなかった。
だがその日を境に頻繁に目覚めるようになり、瘍医も花殿に詰める事となる。
陽子も足繁く花殿に通うが、いつも間合いを逃しているようだった。
それから二日後、ようやく瘍医から面会の許可がおり、陽子、景麒、浩瀚の三名が向かう事となった。は李斎に会いに行く、陽子の髪を結っていた。
横の髪を束ねて上へあげ、簪をさして止める。
後ろは軽く結わえて、後ろに垂らすと、はほうっと一息つく。
「どうしたんだ?」
「あ…失礼致しました。女官達が飾りたくなるのも、頷けると思ったものですから。お許しさえあれば、もう二本ほど簪を挿して結い上げ、他の装飾品も色々とつけたくなってしまいますもの」
「よしてくれ、まで」
げんなりとした顔の主を見ながら、は笑った。
「ですが、戴の将軍に会われるのですから、多少は覚悟なさいませ。派手には致しませんから、我慢して下さいますね?」
「うん…」
とは言っても連珠もつけずに、簪もそれ以上はつけなかった。
危惧した事もなく、安堵した陽子は迎えにきた景麒と浩瀚を伴って花殿へと向かう。
送り出したは太宰府へと戻り、政務をこなしながら時間を使う。
しばらくして正寝に戻っていくと、陽子はすでに帰っていた。
「ああ、。さっき桓タイに会ったぞ。お茶を出して話を聞いていたんだが…」
「どうかされましたか?」
「桓タイは最悪だと言っていたな」
「最悪、ですか…?」
そう言って陽子は李斎の話を語りだす。
戴は謀反があって、王は地方の乱に赴き、そのまま行方が判らなくなったようだ。時を同じくして、王宮でも蝕が起こり、甚大な被害を被った。
戴を救って欲しいと懇願した李斎は崩れるように倒れ、瘍医に止められて三者はその場を後にした。
「景麒が州庁へと戻って、浩瀚も冢宰府に戻った所で、桓タイに会ったんだ。ストレスの発散相手はごめんだと言って、逃げそうだったな」
はくすり、と笑いながら次の言葉を待った。
「泰王、泰台輔は行方不明。桓タイが言うには亡くなっていたほうが、ましだと言う事だ」
「それは…」
「双方が行方不明というのは、最悪の事らしい。李斎が何を求めて慶に来たのかは判らないが、戴をこのままにしてはおけない。だが、慶自体に何かをしてやれるような余裕がないんだ。実際…」
そう言って陽子はを見る。
「小臣の相手は将軍がやっているし、私の身辺も太宰自らがやっている。当の王は読み書きに必死なありさまだし…これでは出来る事は限られている」
「桓タイや私はともかく、慶に出来る事が限られているのは事実ですわね。国庫も空に等しいですし、人もまだまだ少ないですから」
「そうだな…」
深刻な顔になった陽子に習うように、もまた眉根を寄せていた。
しかし考えるのも束の間、二人ともまだ今日の政務が残っている。
その場は散会となり、は再び太宰府へと戻って行った。
夜もふけてきた頃、は帰途へとついた。
帰ると桓タイが待っており、昼に主と話した事を報告し合う。
最後に桓タイは、騎獣が回復したとに報告する。
「そう。よかった。劉将軍も回復していきそうだし、一先ずは安心ね」
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