ドリーム小説
Welcome to Adobe GoLive 5
榴醒伝説 =17=
さらに後日、李斎は太師の官邸に移動する事になった。
その間、虎嘯と天官との間に一悶着あったが、が間に入り、なんとかその場を納める。
李斎の乗って来た乗騎を、一度見せてやりたいと言った虎嘯に対し、天官から大反発が起きたのだった。
「正寝に騎獣を入れるなど、断固として許せません!!」
虎嘯は困ったようにを見たが、は太宰として頷く訳にはいかなかった。
「お気持ちは察しますが、大僕。禁中に騎獣を入れることは出来ません」
そういった事情も手伝って、太師府の裏を官邸にしている虎嘯の許へと移動する事になったのだった。
それに鈴も祥瓊もそこに住んでいるのだから、手が行き届き易い。
負担も少なくなるだろう。
その日の朝議後、は陽子から、雁の王と宰輔が本日お越しになると聞き、慌てて用意の為に走り回る羽目となる。
李斎の事は鈴と虎嘯に一任し、国賓を迎えるために用意をする。
なんとか終わってほっと一息をついた時、延王到着の知らせが入る。
「内殿入口の方に、宰輔、太師、冢宰が向かいましてございます」
「そう…ありがとう。間に合ってよかったわ」
積翠台へと一行が移動した事を聞いて、は立ち上がった。
内殿を奥に向かって進んでいると、後ろから呼び止められる。
「あぁ、祥瓊」
「今、劉将軍を運び終えたわ。夏官にも報告しといたから、騎獣もすぐに移動すると思う」
手配の早い祥瓊に感服して、は礼を言った。
二人で最奥の積翠台へと向かっていると、そちらの方から一行が出てくるのが見え、は祥瓊と供に脇へ跪く。
通り過ぎるのを待って、は一人後を追った。
太師の官邸を訪れると、外に立っている虎嘯と桂桂に出会う。
「皆様は…」
「入って行った。だが、まだ無理をさせてはいけないからな…」
心配そうな目を扉に向けて、虎嘯は押し黙った。
「大僕」
扉の中から浩瀚の声が聞こえ、虎嘯は飛び込むようにして中に入って行った。
押し黙って出てきた五名と、中に駆け込んで行った虎嘯とを交互に見て、は一瞬迷った。
どちらに行けばいいのだろうかと。
しかし、離れていく先で陽子の声がして、それが徐々に荒げられるのを聞いた。は迷った挙句、主の方へと歩いて行った。
しかしその直後、玉座などいらぬと言い捨てて、庭院に駆けて行く主を目にする。
「何かございましたか?」
慌てて駆けつけてみれば、雁主従は眉間に皺を寄せており、慶国の麒麟は唖然としていた。
浩瀚だけはその表情に何も伺えなかったが、に目を向けて頷く。
声をかけて来た女官に気がついた雁の国主は、のほうに目を向けた。
浩瀚が簡単に紹介をする。
「こちらは小国の天官長でございます。太宰、お二人を掌客殿のほうへ。わたしは主上をお探し申し上げる」
「わたしも一緒に」
浩瀚と景麒が去って行ったのを見て、は雁の主従に向かい合う。
「太宰を拝命しております、と申します。お見苦しい所をお目にかけ、恐縮いたします。主上におかれましては、戸惑いを隠しきれなかったのでございます。若輩者と思い、ご高配いただけるとありがたいのですが…。つきましては、こちらにご滞在願えませんでしょうか?」
「それは、構わないが…ん?と?」
「はい」
「海客か?」
それに対し、はちらりと笑って頷いた。
「さようでございます。あまり聞かれる事はございませんが、やはり判りますか?」
掌客殿へと向かうために歩き出すに習って、二人とも足を動かし始める。
「思いっきり蓬莱の名じゃねーか」
そう言ったのは延麒だった。
「そうですわね。ですが、鈴と言う者もおりますし、今まで問われた事は殆どございませんわ」
「へー。変わってんな」
南に下りながら雁の主従を案内し、用意させていた清香殿に辿りつく。
花もきちんと生けてあり、なんとか間に合った慌しい様子もないそれを見て、は満足気な笑みを浮かべた。
茶器を取り出して、二人に持って行く。
戻ると延麒の姿はなく、そこには延王がただ一人、ぽつりと待っていた。
「延台輔はどちらへ?」
「さあな。その辺で遊んでおるのだろう」
そうですか、と言って茶器を置き、湯を注ぐ姿を見ながら、延はに声をかける。
「先程の…陽子の戸惑いとはなんだ?」
は少し顔を上げたが、すぐに茶器に視線を戻す。
入れ終わった茶杯を、ゆっくりと延に出してから答える。
「故郷を同じくする泰台輔に、何か奇妙な物を感じているのでしょう」
「それは?お主も故郷は同じだろう?まあ、俺もそうだが」
「私はただの海客です。王になるべくして、渡って来なければならなかった感情を感じ取る事も、宰輔に課せられる使命を感じ取る事も出来ません。それを申せば、胎果の王なら同じだと言うように聞こえるかもしれませんが、それも違うと申し上げておきましょう」
「違うと言う理由は、何処にある?」
「時間ですわ」
「時間?」
「はい。わたくしはこちらに流されて、僅か二十年弱しか経っておりません。にも関わらず、主上とは生きてきた時間を共有する事は出来ないのです」
「時間の共有?」
「ええ。厳密に言えば、過去の時間ですわね。かく言うわたくしも、こちらに来てから過去の時間を共有した者はおりません。海客はおります。ですが、時間は共有できません」
「生きてきた時間か?時代と言う…だが、俺はまだしも、二十年というのなら、さほど変わらぬはずだろう」
「いいえ。ほんの僅かな時間しか違わないわたくしでも、主上と話していれば齟齬を感じます。生きていた時代が違うのだと、思う事が多くございます。それならば、時間を共有している事にはならない。似てはいるが、違う世界から来た者と話している感覚になります。ですが…それが同じ時代の、同じ時間を共有した者ならどうでしょうか?実際、泰台輔が主上の近くにおられた訳ではございませんが、感じる印象としては、奇妙かつ、切ないものでしょう…」
「なるほどな…」
「国の大事を前にすれば、些細な事とお笑いでしょうが。主上が助けたいと思っているお気持ちは、痛いほど感じます」
「だが慶には、それほどの余力はないだろう。俺にはただ天に憤っているだけのように見えたがな」
「確かに今の慶には、些かの余裕もございません。もちろん憤りもございましょう。ですが主上は他にも、たくさんの事をお考えですわ」
「ほう」
「あのかたは大丈夫です。慶の民の為に苦悩をする。これ以上は私見になってしまいますので、遠慮させていただきますが…最後に一つ言わせていただければ、わたくしは主上を信じております。そう簡単に慶を手放したりは致しませんわ」
「そうか…」
延はそう呟いて、少しだけ表情を和らげる。
「陽子は良い側近に恵まれたな」
「恐れ入ります」
は深く礼をとって、掌客殿を後にする。
そのまま内宰を訪ね、掌客殿の世話の一切を任せた。
普段、正寝から締め出されている内宰に任せる事で、少しは張り合いが出るのだろうと思ったのだ。
手配を終えた頃、太宰府を尋ねる者があった。
「。主上をお見かけしなかったか」
「浩瀚様…。あのまま行方知れずなのですか?一体何があったのです?」
浩瀚は掻い摘んで話をし、は大方予想通りだった事を知る。
「そうですか…台輔がお探しになっているのなら、大丈夫だとは思いますが…出て来ますかどうか」
「そうだな」
浩瀚はそう言うと再び主を探しに戻って行った。政務を終えたもそれに参加したが、結局見つからずに、浩瀚に言われて帰途についた。
帰ってきた桓タイに今日の事を話し終えた頃は、夜中を大幅に回っていた。
その翌日、二人に呼び出しが掛かった。
桓タイと供に浩瀚の許へと向かう。
そこには浩瀚以外にも、虎嘯、祥瓊、が待ち構えており、虎嘯に隠れるようにして太師の姿もあった。
「何かございましたか?」
そう聞く桓タイに、浩瀚からの説明が入る。
天の条理に触れぬよう、戴に対して出来る事を調べよとの主命だと言う事だった。
「天の許す範囲で、ですか?そうは言っても…」
桓タイは難しい顔で黙る。
「主上の例から行けば、慶の軍隊を動かすことは可能よね?実質動かせるかどうかは問題だけど…」
祥瓊の行った言葉に浩瀚が答える。
「それは主上が雁におられたから問題がなかったのだ。慶の王が雁の王師を貸りたに過ぎない。泰王の許可なく戴の地を踏む事は、侵略にあたる」
それならば、泰王を見つける方が先決となる。
「どこにおられるかしら?」
の言った声に、答える者は誰もいない。
「謀反のさい、どこかにお逃げになって、身を寄せたと言う事は?」
再度言うに、否定の声があがる。桓タイからだった。
「それはないな…仮にも武で長けた方なのだから、そんな事はしないだろう。噂もなにも聞こえていないし、まだ戴にいると思ったほうがいいと思うんだが」
浩瀚がそれに頷いて言う。
「戴にいるのなら、潜伏しているか…それとも捕われているか…」
「潜伏はなさそうですわね…行方が判らなくなって、もう六年は経過しておりますでしょう?だとしたら、捕われているほうが、可能性としては高いのでは?」
がそう言うと、虎嘯が唸る。
「と言う事は、まず戴に行って、泰王を探すところから初めなきゃいけないんじゃないか?」
「でも、軍が入れば侵略になるんじゃ…」
祥瓊がそれに答え、も同意を示す。
「そうね。侵略にな…いえ、勅使を立てるというのは?桓タイが芳に行くときも、一人ではなかったでしょう?泰王をご訪問して、そのまま探しに行くと言うのは」
「うむ…」
考え込んだ浩瀚に代わり、太師が答える。
「ひょっとしたら、条理に触れぬやもしれんのう。確実ではないがな」
はがっくりと肩を落として言う。
「でしたら、そんな危険な事は出来ませんわね」
「じゃあ、他に何か手はないの?」 苛立ったような祥瓊の声が堂内に響き、反響して消えていく。
「台輔は…」
やがてぽつりと呟いたのは、だった。
「台輔なら、今は…」
答える祥瓊を制して、は口を開く。
「泰台輔よ。鳴蝕があったのでしょう?蝕があったのならば、どこかに流れ着いている可能性があるのでは?蓬莱か、崑崙か…いずれにしろ、その可能性は大きいのではないでしょうか?」
「なるほど。では、泰王よりも泰台輔をお探しする方が良いだろうな」
「ええ。台輔が居れば、王を見つけることも可能でしょうし」
浩瀚に向かって言うに、桓タイから質問が飛ぶ。
「どうやって探すんだ?蓬莱を」
はっ、となって固まる。
「虚海は伯以上の仙しかこえられない。この場で伯以上なのは、冢宰と太師だけ。蓬莱と崑崙と、二人で探す事は可能なのか?」
桓タイの言った事に対し、複数名の溜め息が漏れる。
「主上のお話を伺う限り…」
太師は静かに話しだす。
「たった二人で捜索出来るほど、蓬莱も崑崙も狭くないがの」
「ええ。そうですわ…」
がそう言ったの最後に、誰もが口を閉ざしてしまった。
その後ぽつりぽつりと意見は上がったが、どれも不確定な事ばかりで、これと言った提案はついに生まれぬまま朝を迎えた。
浩瀚は遠甫と供に陽子の許へと向かって行った。
浩瀚と遠甫の二人は、延王と延台輔、それに陽子と景麒を交えての話し合いが続くのだった。
|