ドリーム小説
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榴醒伝説 =23=
それから数刻後、西園に押し入った内宰らは、景麒の使令によってその命を散らせていた。
内殿に戻った陽子は桓タイから軽く叱られ、さらには浩瀚に説教をされる羽目となった。
桓タイは浩瀚と入れ替わり、すぐにその場を退がる。
落ち込んだ虎嘯と宮道を歩きながら、ふとを思い浮かべていた。
「天官ばかりが謀反とは…太宰が聞いたら怒り狂うか…はたまた落ち込んで泣くか…どっちかな」
「どっちかなってお前…俺が分かる訳ないじゃないか。一緒に暮らしているのに、分からないのか?」
「危惧してはいたからな。内宰にも随分と前から警戒していたし。だが、それでも泣く奴なんだ。怒りもするだろうが…どっちに転ぶかは分からん」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ」
生真面目に言う桓タイに、虎嘯はちらりと笑って言う。
「とにかく知らせたほうがいいんじゃないか。まだ知らないんだろう?あの騒ぎで姿を見ていないから、西園にはいないと思うが」
「さあ…どこにいるのやら…。太宰府でも覗いてみるか」
「邪魔になるのは勘弁願いたい。俺はここで失礼するぞ」
軽く笑って虎嘯と別れ、桓タイは太宰府へと向かう。
しかし、そこにの姿は無く、桓タイは首を傾げながら、心当たりを探して行った。
だが、何処にも姿が見受けられない。
「帰っているのか?」
そう呟いて戻りかけ、ふいにある事に気が付いた。
天官が起こした謀反。
がもし知っていたとしたら?
青ざめる思いで、走り出した桓タイは、自宅へと足を向けた。
もし、戻ってないとすると…そう思った矢先に、呼び止める声がして、桓タイは足を止めた。
中門の護衛に当たっている兵卒だった。
「ああ!将軍!!外朝で火事が起きています!誰かの官邸…」
兵卒が言い終わらないうちに、桓タイは駆け出していた。
不安が加速度的に膨れ上がる。
そして桓タイは、胸元に隠れている榴醒石を知らず握りしめていた。
火事の場所はすぐに分かった。
陽があるのにも関わらず明るくなったそこには、が居るような気がしてならず、桓タイは迷わず火の中に飛び込んでいた。
「!!!」
桓タイの声に答えるものは何もなく、ただごうごうと言う火の声だけが耳につく。
しかし桓タイは奥へと進み続ける。
やがては閉ざされた扉の前に立ち、その中から引き付けられるような感じを受け、扉を蹴破って中へと進んだ。
そこには床に倒れ、火に囲まれたの姿があった。
「!」
火を掻い潜り近寄ると、後ろで牀が倒れる音がする。
は手足を封じられており、桓タイはそのままを腕に抱いて、外を目指した。
火の回りが速くなっており、出口が分からない程の熱気が立ち込める。
見回しても、どちらに行けば良いのか判断できず、桓タイはやむなく壁に向かった。
火の回っていない所にを置き、渾身の力で壁を打ち破る。
がらがらと崩れる壁の向こうに外の景色を確認して、桓タイはを抱き上げ外を目指す。
そして呼びに来た兵卒を探した。
「あぁ!将軍!そ、それに、太宰?」
「中には誰もいない。火が回らないうちに、壊してしまえ」
「は、はい!!」
駆け出す兵卒を見ながら、桓タイはを抱えたまま、瘍医の許へと急いだ。
「何事ですか?」
担ぎ込まれたを見て、瘍医は驚いた表情をしたが、すぐに診察を始めた。
手足を封じられ、ぐったりとした体はぴくりともせず、その何処にも力はなかった。
頬は煤けていて、至る所に火が飛び込みそうになっていたのだ。
驚かないはずがなかった。
じっとそれを待つ桓タイは、じれるような思いで見ていた。
やがて診察の終った瘍医は深い息を吐いて言う。
「香で眠らされているようですね。煙はさほど吸っていないようですので、大丈夫でしょう」
それを聞いて、桓タイは思わず床に座り込んだ。
「今度こそ…駄目かと思った…」
瘍医に礼を言って、桓タイは官邸へと戻るためにを抱く。
自宅にたどり着き、を臥室へと運び終えた桓タイは、報告をしに行く為に立ち上がった。
「ぅ…」
小さく呻く様な声がして、桓タイは動きを止める。
薄く目が開かれた。
「桓タイ…?」
「」
そっと手を握って、横に腰を下ろす。
はっと何かに気が付いたように、の目は見開かれ、そのまま桓タイに向けられる。
「桓タイ。しゅ…主上は…」
「主上はご無事だ。台輔の使令に救われた」
「よかった…。桓タイ…ごめんね。でも、誰にも…言わない…で…」
そう言って、は再び目を閉じる。
話が出来なくなった桓タイは、報告にも行けず、仕方なく火事の現場に戻った。
火事は消し止められ、瓦礫の山と変わっていた。
夏官が桓タイに報告をし、そこが内宰の官邸だと知れた。
「やはり…内宰の官邸だったか」
事後処理を済ませ、桓タイは浩瀚の許へと向かう。
誰にも、とは言われたが、明日の朝議に出席させる訳にもいかない。
浩瀚に報告をし、が誰にも話すなと言っていた事を伝える。
「それで、大丈夫なのか?」
「はい。床で倒れていましたからね。そのお陰なのか、煙をさほど吸っていないようで。今は眠っております。瘍医が言うには、香を嗅がされて、眠っているのだそうですが…。外傷もありませんし、大事ないでしょう」
「意外と冷静に言うのだな」
「ええ…なんと言うか、もう諦めの境地です。間に合ったのだから良しとするしかないように思えてきて…」
「…苦労しているな」
「まあ、本人からはまだ何も聞いていませんからね。目を覚ましたらきつく叱っておきます」
「それは止めておいたほうがいい。激務が続いていたようだからな。ろくに睡眠も取っていなかったようだし、主上も咎めないと言っているからな。あぁ、でも」
そう言って浩瀚は一度切り、表情を改める。
「監督不行き届きと言う事で、太宰には謹慎処分を命ずる。止めに走った労を考慮して、謹慎は三日。それから青将軍には休暇を与える。妻君がお倒れになったようなので、看病のため三日間の休暇を許可する」
「ありがとうございます」
「主上にはわたしから、適当に言っておこう」
苦笑したような二人の議場は、その後すぐに散会となった。
再び自宅に戻った桓タイは、臥室へと入った。
篭った空気を入れ替えるために、桓タイは窓を開ける。
外はすでに暗くなっていた。
の許へと近寄り、まだ煤けた顔をそっと拭ってやる。
「お前は、いつも…危険な目に遭うな…」
初秋の冷たい風が、開け放たれたままの窓から舞い込み、虫の声が耳をなでる。
「いつの間にか…秋なんだな…」
呟いたはずの声は意外と大きく、闇に木霊する。
物静かな、夜であった。
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