ドリーム小説
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榴醒伝説 =22=
場を太宰府に移し、天官――六名――と向き合ったは、静かにそれを見つめていた。
内心は緊張していたが、それを表情に出すことは無く、じっと見つめる。
「不満は多々ございます。まず、わたしは内宰でありながら、路寝に立ち入る事が出来ません。鈴とか言う女御が洗う物を持ってくる。それを待たねばならぬのです。内小臣にしても同様です。さらに禁門に詰めている天官ですが、話しを聞くと夏官の者が、勝手に通行を許可しているとか。天官の下に夏官があるはずですのに、これではお前は必要がないと言われているも同様。不服がないはずがございません」
「ですが、延台輔が来られているのを、お止めす…」
挙句の果てには、と続けた内宰によって、の声は打ち消される。
「何故こうも頻繁に他国の者が出入りするのです。雁だけならいざ知らず、範から来た国主とやらは、我々をないがしろにし、さらには漣からも台輔が来ている。よくは存じ上げぬが、どうせ氾王と同じであろう」
「廉台輔はそのような…」
言いかけた声は、内宰に被せられるようにして、また消された。
「おまけに戴の将軍ですか?あれは何なのです?そもそも他国を助ける義理が何処にございますか。それとも、慶の国主は戴の国主へとおなりか?」
「内宰。主上は決してそのような事は考えておりません。慶のこれからを…」
そこまで言った声は、またしても打ち消される。
「我々の誇りを、主上はまったくご理解しておられない」
「内宰!」
ついに声を荒げたを、内宰は驚いて見ていた。
「お聞きなさい。禁門は王の所有する所です。王が許可するような人物を、天官が止めたとあっては、後々咎めがあるでしょう。夏官はそれを判って、助けてくださったのではないでしょうか?」
内宰はやれやれと言った風に、首を横に振って言い返した。
「貴女が夏官を庇いたい気持ちは判るが…」
「庇う?真に非のある者なら、庇うような事は致しません」
「どうせ太宰もあいつらの仲間だ。土匪どもと馴れ合っておるのだ」
「土匪…ですって?」
怒りを覚えたは、内宰に隠れるようにして発言した者を睨んだ。
暴言を吐いたのは、口数の少ないと思っていた内小臣だった。
「それは、誰の事を言っているのでしょうか。言葉が過ぎますよ」
しかし、内小臣は暴言を改めず、さらなる暴言を吐き出した。
「半獣ごときと居院を供にするような者に、わたし達の矜持が判ろうはずもない」
「半獣ごときですって?」
怒りのために、こぶしを握るに、内宰が追い討ちをかける。
「禁軍に配属されたばかりか、さらには将軍だとは片腹痛い」
「…」
何を言っても無駄だ。
はそう思い、諭すことが出来なかった自分の力不足を呪った。
だが、立ち上がって扉に向かう。
「残念です」
そう言って開けようとした手は、内宰によって阻まれた。
「わたしも、残念です」
ぎりっ、と力が篭り、捕まれた腕は反動で反り上がる。
声を上げる間もなく、中腹付近に鈍い痛みが走り、急激に意識が遠のくのが判った。
霞みだす目を必死にこじ開けながら、は内宰を見上げた。
「お止め、なさ…い。王を弑す…など…と」
黒い斑点が視界を覆い始め、体が倒れて行く。
それを内宰が受け止めたのを感じながら、は意識を手放してしまった。
太宰を腕に抱きとめながら、内宰はその顔を眺めていた。
「知られてしまいましたね。太宰には眠っていてもらいましょう。永久に」
内宰はしばし考え、首を横に振った。
「いや。主上を弑せば、わたしたちは死罪だ。これからの慶には、太宰のようなお方が必要だろう。麦州から来た者に聞いたのだが、太宰は大層有能な官吏であったとか。州司徒を立派に勤めておられたようだ。これからの慶には、そう言った方が必要だろう。なにしろ、王がいなくなるのだからな」
「でも、このままと言う訳には」
「洗う布に包んで、わたしの所で監禁すればよい」
「は、はい」
は内宰の言通りに布に包まれ、内宰の官邸へと運ばれた。
痛くならない様に手足を封じ、牀に横たわらせる。
眉を顰めて眠っているの髪に、そっと触れた内宰は慌てて手を引いた。
何やら触れてはいけない、神聖な物に手を伸ばしたように感じたのだった。
思いを告げられぬまま、何かによって弾かれたあの日を思い出す。
気が付けば天官府の一室にいた。
椅子の上で気が付き、誰に聞いても知らないと言われ、未だ謎であった。
それからしばらく、思いを告げられぬままに、太宰は禁軍左将軍の官邸へと引越したと伝え聞く。
二人とも麦州から来ているのだし、経緯等は知る由もなかったが、それを聞いて莫迦らしくなったのを覚えている。
しかしここに来て、あの日の感情が再び戻ってこようとは思わなかった。
見ていると、引き込まれそうになる。
だが…。
しばしの葛藤の後、内宰は香炉を出す。
「う、ん…」
「お気づきですか」
は声のほうに首を向ける。
薄い色の世界が広がっており、すべての輪郭がぼやけている。
「もうしばらく眠っていただきますよ」
「内…宰?」
「貴女は…美しい」
内宰はに近寄る。
先ほど引いてしまった手を、ゆっくりと伸ばす。
しかし、に到達する前に、その手は再び止まった。
「何故、お泣きになるのです。それほどまでに、わたしがお嫌か」
「違います。悔しいのです。自分自身が」
驚いたように身を引いた内宰は、まじまじとを見た。
手足を拘束されたまま、は静かに言う。
「私は天官長でありながら、あなた方の気持ちが分かっていなかった…王を弑そうとまで思っていたとは…予測していた事とはいえ、あなたが首謀者だとは…お願いです。思いとどまって下さい」
「それは無理というもの。もう、動き出してございます」
「何…ですって…」
「我々の憤りを、貴女は理解できないでしょうね」
そう言った内宰の目は虎視眈々とし、は背筋を冷たいものが走るのを感じた。
斉(えつ)の時の様に、この男も同じ事をするのだろうか。
しかし内宰は立ち上がり、香炉に特殊な香を焚き始める。
甘い匂いが漂い、何やら目が回るような気がする。
意識が途絶える直前、は上から降ってくるような内宰の声を聞いた。
「これで、目が覚める事もあるまい。王の天命尽きるまで、ご辛抱を」
ぱたん、と扉の閉まる音に、沈みかけた意識が覚醒する。
微弱な覚醒ではあったが、なんとか意思の力を呼び起こし、は牀の上を這う。
「早く…誰かに…」牀の端まで辿りつくと、再び意識は深く落ちて行こうとする。
唇を噛み、痛みで意識を戻し、そのまま牀から落ちた。
横に転がって香炉に近寄り、萎えた体でそれを倒そうと格闘する。
何回目かの体当たりで、香炉は音を立てて倒れた。
しかし、気が緩んだのか、その直後に意識は滑り落ちてしまった。
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