ドリーム小説
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榴醒伝説 =21=
翌日、まだ空けやらぬ空から、延と景麒は奏へと旅立った。
それを追うようにして、陽子は延麒、李斎と供に、再び蓬山へと向かう。
送り出したは、不安げに空を見つめていた。
追い詰められたような顔をした戴の将軍が、少し心配だった。
しかし、いつまでもこうして、空を見上げている訳にはいかない。
太宰府へと向かい、は残っていたものを整理する。
そのままその日の政務が始まり、追われる様にしてそれに向かう。
祥瓊はそのまま氾王についており、一向に離してもらえそうな気配は見えないが、王が居ない事によって、少しは時間が持てるようだった。
の方は、今まで時間をとられていた分、溜まった仕事があった。
それを消化しながら、王の帰りを待つ。
世話をするのが、廉麟だけになって、としては随分と楽になると思われたが、王と宰輔が不在の為、さほどの暇は持てずに、一週間ばかりが瞬く間に過ぎていった。
そして、ようやく陽子が戻ってくる。
そこに延麒の姿はなく、雁に戻って泰麒の為の戸籍を用意しているとの事だった。
すでに景麒と延王は戻って来ており、一同は再び蘭雪堂に集まっていった。
程なくして、のもとにも報が入る。
ついに泰麒が見つかったのだそうだ。
「明日、延麒が御璽を携えて戻ってくる予定なんだ。虚海を半日駆けて移動してもらい、果てで呉剛の門を開く」
陽子の説明に、は頷いて答えた。
延王に負けず劣らず、陽子も複雑な目をしていた。
「主上…」
「うん。大丈夫だ」
言いたい事が判ったのか、陽子はそう言ってに頷いた。
その翌日、陽子の政務の間にお茶を持って行ったは、主と麒麟の様子を見て、浩瀚に目配せした。
朝から景麒も陽子も上の空。
無理もない、と軽く浩瀚と目を見合わせ、はその場から退出していった。
しかし、その後を追うようにして、景麒が姿を現す。
「台輔…どうかなさいましたか?ご気分でも?」
「主上に叩き出されてしまいました。どうやら、集中力がないようで」
「無理もありませんわ…。今日ぐらいは構わないでしょう。これまでも必死に頑張っていらしたのですから…すぐにでも蘭雪堂へお向かい下さい。後で白茶でもお持ちいたしますわ」
景麒は頷いて蘭雪堂へと向かって行った。
昼を過ぎた頃、白茶を用意して蘭雪堂へと向かうと、延麒が疲労困憊でのびているのが眼に入る。
「延台輔。お疲れでございますね」
「おぉぅ…」
狐琴斎にいる麒麟達のために白茶を運び、延麒の許へと戻ってくると、陽子の声が聞こえていた。
延麒との会話が耳に入る。
陽子もまた、浩瀚に追い出されたのだと言って、笑っていた。
無理もないが、昼までもったのだから良しとするべきか。
はそれを見ながら、蘭雪堂を後にした。
清香殿の入り口に差し掛かった頃、人影に気が付いては足を止めた。
「誰かそこに居るのですか?」
木陰に隠れて見えないそこに、が声をかけると、人影は慌てて去っていく気配だけを映す。
「何だったのかしら?」
木陰に近寄って確認してみたが、すでに何の気配も、誰の影も残っていなかった。首を傾げながら、は太宰府へと向かった。
結局その日はもあまり集中できず、滞るばかりの書面の山を相手に、深くため息を落とす破目となった。
しかも夕刻には鈴が来て、泰麒はこちらの記憶がなくなっているらしいと告げて行った。
不安ばかりが残り、は蘭雪堂に戻る。
そのまま夜が明けようとしていた時、空を見上げていた延麒から、漏れるような声が発せられる。
「戻って…来た…。戻って来たぞ!」
一斉に延麒に駆け寄った一同は、二つの使令の影と、それに跨る二つの物陰を、確かに確認した。
見守る中、影は大きくなり、やがては舞い降りる。
慶と雁の麒麟がほぼ同時に駆け出したのを合図に、全員がそちらに向かって行った。
は遠慮してその場に残ったが、やはり気になる。
どうしようかと迷っていると、廉麟が青い顔で戻ってきた。
「廉台輔…どうかなさいましたか?お顔の色が優れないようですが…」
「なんて…お労しい…。泰麒は怨嗟が体を取り巻いておいでです…私達麒麟には、近寄る事も叶いません」
廉麟はを見て、さらに加えて言う。
「すぐに景王と延王、それに李斎が蓬山に連れて行くと…もう発たれている事でしょう…」
辛そうに言う廉麟に、は休むように言うと、景麒を探しに向かった。
呆然としていたのは、景麒だけではなく、延麒もそうだった。
氾麟はすでにその場におらず、主と供に何処かへ消えたようだ。
この二人は促す者もいず、ただその場に留まる事しか知らないようだった。
「台輔…」
の声に、景麒はゆっくりと振り返る。
延麒もまた、習うようにを見たが、その憔悴しきった表情は痛ましく、はそれ以上何も言うことが出来なかった。
「主上は…蓬山に…」
「存じ上げております。お二人とも、今の所はゆっくりとお休みなさいませ」
はそう言ったが、二人に動く気配はない。
「延台輔も…今はお休み下さい」
「うん…」
返事だけはするが、やはり動かない。
動いてくれねば、とて動くわけには行かなかった。
二人に習うようにして固まっていたに、最初に気が付いたのは景麒だった。
気を使ってか、景麒はその場から動き、仁重殿へと戻って行った。
しばらくして、延麒もそれに気が付いたようで、やっとの事で動き始める。
それでようやくも動き出した。
延麒が淹久閣に入って行くのを確認してから、ようやくその場を後にする。
は疲れた体を引きずるようにして歩いていた。
官邸へはもう、一ヶ月近く戻っていない。
桓タイとは朝議で会うものの、話しをするような機会が極端に少ない。
今日こそはと思うのだが、なかなか戻れないのが現状だった。
その結果、官邸へと帰れないままだった。
後日、陽子がやっと蓬山から戻ってきた。
泰麒の容態も、麒麟達の様子を見る限り、出る時よりはましなようだった。
範国の主従は、泰麒に場所を譲るために帰国し、廉麟もまた帰って行った。
翌日には延王も帰り、西園は一気に静かになる。
しかし延麒は残っており、泰麒と供に李斎も移動をしたので、は引き続きそこに足を運んでいた。
「?」
は清香殿の入り口にさしかかろうとしていた。
随分と落ち着いたので、今日こそは帰ろうと思いながら歩いていると、何やらぼそぼそと人の声がする。
ふいにいつかの記憶が脳裏を掠める。
木陰に消えた人影が、確かにあった。
は音を立てないように近づいて行く。
「ようやく数が減ったぞ。主上も戻って来たが、まだここに足を運んでいるようだな」
「まったく。政を何だと思っておられるのやら」
「これだから女王は信用がならぬ」
「だからこうして集まっておるのだろう。決行は今宵。よいな」
微かに頷くような音がしている。
何を話しているのだろうかと思って近づいたは、その内容に驚愕した。
王をなんとかしようと言う企みのようにしか聞こえない。
当初危惧していた事であったとはいえ、ここに来てそれを企む者がいようとは。
はどうしようかと考え込む。
誰かに知らせねばならないが、潜められた声だけでは、何処の誰が画策しているのか判断できない。顔を見るのは危険だろうが、誰が首謀者かも判らないような状態だった。
迷った挙句、そ知らぬ顔をして現れてみようと思い、は一度ゆっくりと後ろに下がった。
しかし―――
「お前!」
一人が突然木陰から飛び出してきて、と対面してしまった。
「あなたは…」
はその顔を見てさらに驚愕した。
天官だったからだ。は言葉を失い、ただ目だけがその者を見ていた。
「今の…話は…」
動揺していた為か誤魔化すことも出来ずに、自然に口を突いて出た言だった。
「おいっ、聞かれたぞ」
木陰に向かって男は言った。
すると数名が木陰から姿を現す。
「な…内宰…」
内宰はを静観していた。
木陰から出てきた者はいずれも天官であった。
全員が一様に内宰に目を向けている。
どうやら内宰は、首謀者のようであった。
こうなっては、逃げることは出来ない。
どのみちすぐに追いつかれる距離にある。
「思い留まっては、貰えないのでしょうか」
毅然と顔を上げて、は内宰に向かって言う。
「それは出来かねます」
平然と言ってのける内宰を睨みながら、は負けじと言を繋ぐ。
「王を弑す事は大逆です。その罪咎は計り知れないのですよ。ただでさえ少ない天官を、こんな形で失いたくありません」
天官長太宰としての言葉だった。
内宰は意外な事を言われたと思ったのか、軽く目を見開いていた。
「我々の事を案じて下さるのですか?」
「もちろんです。もっと…配慮するべきでした。こんな事を考える前に、もっと…」
忙しさのあまり、目を向けるのを怠り、対話を怠っていた。
「判りました。では、話を聞いてもらえませんか」
「それで思い留まって下さるのなら」
内宰は頷いて、後ろの者に目配せする。
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