ドリーム小説
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榴醒伝説 =20=
予想通りの忙しさの中、官邸へ戻れないままに二日が経過した。
祥瓊は気にいられたようで、変更を言い渡させる事はなかったが、今度はどうやら雁から誰かが来そうだと陽子に告げられる。
またしても掌客殿にて用意を整え、来客に備える羽目となった。
清香殿を整えるために、は走り回る。
結局この日来たのは、延王、延麒、さらに漣の台輔だった。
清香殿の書房である蘭雪堂において、泰麒の捜索がいよいよ開始されると告げられたのは、夕刻であった。
蘭雪堂は議場と化し、狐琴斎にて蓬莱への道が開かれている。
と言っても、蝕が起こっているわけではない。
漣の宝重、呉剛環蛇が道を開く。
それを範の宝重である鴻溶鏡によって、幾多にも裂かれた、麒麟の使令が潜って行く、そうだった。
陽子からそう聞いただけで、実際に見たわけではない。
が狐琴斎にまで行くことは殆どない。せいぜい蘭雪堂止まりだった。
そもそも、淹久閣に賓客がずっと滞在しているのだから、覗いている暇があろうはずもなかった。
さらに激務は続く。
手を取られているのは、陽子だけではなく、景麒も頻繁に蓬莱へと渡っている。
州候としての政務があり、宰輔としての政務もある。
浩瀚も手伝っているが、それだけでは追いつかない。
それは陽子も例外ではなかったが。
いかに他の人間が補佐しようとも、陽子でなければいけない仕事も少なくない。
日増しに疲れは蓄積していくが、それは慶の者だけではなかった。
実際に蓬莱に渡っている麒麟達の疲労は、相当なものだった。
捜索に難航していると言うのもあるのだろう。
日増しに元気がなくなってくる。
そんな様子を見かねて、黄医に指示を仰ぎ、薬湯などを用意してみるが、どれほどの効果があるのか…。
「延台輔は…?」
いつもの様に薬湯を用意し、淹久閣を尋ねたは、窓際にたってじっと庭院を見つめている延王に問いかける。
「まだ狐琴斎だろう。そろそろ迎えに行ってやるか」
「それならわたくしが。延王もお疲れでございましょう?」
「いや。俺はさほど。何もしておらんからな。疲れようがない」
「まあ、そのような…支えになっておいでですわ」
「俺が支えになどなるものか」
そうは言われたが、迎えに行くと言うのならば、自分は邪魔だろうと思い、辞退することにした。
「では、お戻りになるまでに、お茶をご用意したしますわ」
「いつも夜遅くまですまぬ。太宰は気が利くな」
「恐れ入ります」
そう言った所に、氾麟が駆け込んできた。
「大変なの!すぐ来て!!泰麒が見つかったかもしれないの!」
「かもしれぬ?」
方眉をあげて問う延王を見ながら、はすでに動き出していた。
「主上と台輔に知らせて参ります」
そう言って駆けるようにして退出する。
陽子と景麒は知らせを受けて、弾かれたように狐琴斎へと向かい、もまた狐琴斎へと向かう。
これでようやく、と思ったのも束の間。
戻ってきた延王に話を聞き、それから数日が経過した後も、まだ見つからないとの事だった。
おおよその位置は判っているものの、なかなか見つからない。
その事が苛立ちを起こし、剣呑な空気が漂うようになっていた。
景麒もかなり参っているようだったが、政務の合間に探しに行くことを止めず、体力は日々消耗されていく。
元気に振舞っている延麒ですら、笑うような力がないようだった。
しかし、それを見て心を痛める意外に、の出来る事はなかった。
そして秋へと季節が流れて数日後。
待ちに待った知らせが舞い込んでくる。
ついに泰麒の気配を見つけたのだ。
しかし、単純に喜んでいいような状態ではないと言う。
麒麟としての本姓を失っている泰麒を、どの王も宰輔も、どうやって連れ戻そうかと頭を悩ませている。
ほどなくして戻って来た延王は、に詳細を話して聞かせる。
が海客だったからだろうか、蓬莱へ渡ると言った雁の国主は、複雑な瞳の色でを見ていた。
「そうですか…倭へ行かれるのですね…」
「見つかったらな。だが、気配があるのだからこれまで程頼りない話でもなかろう。…蓬莱か…は、戻りたいと思うか」
さほどこちらは長くないだろう、と延は言う。
「確かに…長くはございません。ですが、もうすでに、蓬莱で過ごした年月と同じだけ、わたくしはこちらにおりますから」
今戻った所でどうなると言うのか。
「わたくしの場合は、危険ですわね」
「危険?」
「ええ。知人や友人がまだ、存命でしょうから。今戻れば大変な騒ぎになってしまいますわ」
「友から離れて暮らす事も可能であろう?」
「まあ…友と別れて何の楽しみがございましょう?それに、私の友はここにおります。慶を離れることは出来ません」
「そうか。せんない事を言った。許せよ」
「いいえ。気をつけてお行き下さい。幾多の思いはありましょうが、貴国で待つかたのために、無事ご帰還下さいまし」
延はただ頷き、その後二人は口を閉ざした。
幾多の思いは、にもない訳ではない。
だが、五百年ぶりに故郷へと戻る延の感情は、に知れる事はないだろう。
想像にも知る事は出来ない。
生きてきた過程も、背負っているものも、すべてが違う。
同じ蓬莱に生まれてはいるが、蓬莱人ではない。
そういった相手に、どのような言葉をかけて良いのやら、には難しい事だった。
「慶を離れぬと?」
ふと思い立ったように言う延に、は目を向ける。
「はい」
「そうか。雁に引き抜こうかと思ったのだが。柔和な太宰が欲しいと思っておったのでな」
「勿体無いお言葉ですわ」
がそう言うと、延はにやりと笑う。
「冗談ではないぞ。少し考えてみる気はないか?」
「ございません」
あっさりと断られて、延は苦笑しながらそうか、と言う。
「慶が心配か…では、慶が落ち着いてから、と言うのはどうだ?」
は驚いて延を見たが、すぐに口を開いた。
「夫がこの国におります。ですから、落ち着いても雁には参れません」
「夫君がいたのか…それは失礼した」
「いいえ」
はにこりと笑うと、すぐに表情を改めて延に向かう。
「ご冗談は程々にして、もうお休みになられては如何ですか?延台輔はすでにお休みですわ。明日は早くにお発ちでしょう?」
「そうだな。では、の夫君に叱られぬうち、大人しく休むとしよう」
どうゆう意味だと聞き返しそうになったが、これ以上困った冗談を受け止める事はできないと思い、そのまま笑顔だけを延に向けた。
明日景麒と供に、奏へと旅立つ雁の国主を、臥室の入り口まで送り届けたは、その足で太宰府へと戻った。
雑事をこなしながら、今日も帰れそうにないなと考える。
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