ドリーム小説




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榴醒伝説


=19=




官邸にまだ桓タイの姿はなく、は一人書房に向かう。

椅子に深く座って、誰もいないのを確認すると、大きなため息を漏らした。

肘をついて、両頬に手を当てて、ぼんやりとする。

しかし…

「私は…非力だわ…」

焦る様な、苛立つ様な感情が、今のの中には渦巻いている。

統率のなさが、焦りと苛立ちを呼ぶのだ。

天官だけが浮いているような気がしてならなかった。

「どうすれば…」

泣きたい様な感情が湧き上がって来て、ふと祥瓊に言われた事を思い出す。

『泣き言のような事を言うものだから…ひょっとしてって、かなり疲れていない?』

敬茶を出せなかっただけだと言うのに、その時に限って、折角入れたのにという気分になった。

それに対して怒りがあった訳ではないが…

「疲れいるのかしら…」

疲れていないわけはなかったが、そこは本人の事。

気がつかないものだろう。

体力的な所ではなく、精神的に参っている事に気がついていない。

「禁門は夏官がいるから大丈夫よね…詰めている両は桓タイも大丈夫だと言っていたし…先日、延台輔もお越しだったのだし…賓客に対して…滅多な事はしない…わよね…」

不安ばかりが残る。

麦州の州地官で、あるいは港町でみせた統率力を見込んで、太宰へと選挙してしてくれた、主や浩瀚の顔が過ぎると、目頭が熱くなっていく。

声を押し殺して泣いていると、突然扉が開放される。

は慌てて扉に背を向けて、窓のほうに顔を向けた。

?」

桓タイの声が後ろからかかり、は薄い返事を返した。

用件を告げぬまま、足音が近寄って来る。

今顔を見られるのは嫌だった。

こんなにも自分を非力だと思っている時に、合わせる顔がない。

それは一個人としてではなく、天官長太宰としての感情だった。

禁門に詰めている夏官は、桓タイの選抜によって決まった者だった。

王に程近い所ほど、必ず桓タイがその人物を見極め、その上で配属が決まる。

にも関わらず、の方は人選が限られているとは言え、決して褒められたような人物を送り出していない。

禁門に詰めている夏官達にも、不快な思いをさせているだろう…顔を見られないように桓タイを避け、わざと明るい声を作って言う。

「夕餉の時間かしら?すぐに行くわね」

そう言って横をすり抜けようとしたが、体ごと桓タイに捕まってしまう。

。一人で泣くな」

「な…泣いてなど…」

いないと言いたかったが、残りの声は涙に呑まれた。

こんな事で甘えたくはないのに、ふいに見透かされて、涙が止まらなくなる。

桓タイはただ優しく包み込んで、背を撫でる。

だがその優しさがの涙をいっそう誘う。

「天官の事は気にするな。人が増えて罷免出来る様になるまでの辛抱だ。夏官に謝る必要もない。もとより承知していたんだ。だからが太宰を任せられているんだぞ。でなければ、もっと早くに崩れていただろうし、謀反があったかもしれない。それを抑えているのは、の力だ。悲観する事はない」

「何故…その事を…?」

「祥瓊から、が疲れているようだと聞いた。その直後に凱之――禁門の伍長から報告があった。太宰がわざわざお越しになって、謝っていったと。謝るに気圧されて、言えなかった事を俺に伝えていった。お気遣い感謝します。ですが、我々の事は心配なきように、との事だ」

それで止まるかと思われたの涙は、ますます勢いを増し、次から次へと溢れかえる。

桓タイはそれでもゆっくりと背中を撫でて、落ち着くのを待った。

やっとの事で落ち着きを取り戻したは、桓タイを見上げた。

そっと桓タイの手が頬に当てられ、は瞳を閉じる。

閉じれば残った涙が落ちて行ったが、もう新しい涙はなかった。

それを確認して、桓タイは優しく口付ける。

口付けたのは、何日ぶりだったろうと、頭の片隅で考えながら、桓タイはに報告の続きを告げる。

「伍長が言うには、自分は武人でなければ、天官に入りたいと言っていたぞ。なんと出来た人なのだと言っていたな。両司馬も感心していたようだ」

「取り乱して…ごめんなさい…」

俯いて言うに、桓タイは優しく語りかける。

「何を言う…何のために俺が居るんだ?もっと甘えていいんだ。責任感が大きいのはいい事だが、何でも一人で背負い込むのは感心しないな。俺にも手伝えることはあるはずだろう?」

「ありがとう…」

「夫だからな。当然の配慮だ」

夫、という言葉に、は伏せていた顔を上げる。

「何だ?不服か?」

「ううん」

慌てて首を振って、は桓タイに身を寄せる。

嬉しくて、緩みそうな顔を隠したのだった。

「飯、食えるか?」

「うん」

「じゃあ行こう」

の手を取り、二人で書房を後にする。

まだ問題がなくなった訳ではなかったが、の心はいつになく晴れ晴れとしており、桓タイに深く感謝したのだった。

































それから二日ほどして、陽子は蓬山から帰ってきた。

すぐさま氾王からの親書は渡され、その氾王が御自ら堯天に滞在している事が判った。

李斎に個人的に会いたいと言う内容に、慌てて陽子は返事を書き、祥瓊は堯天へと降りていった。

またしてもバタバタと一日が終わった翌日、範から来たという人物が国府を訪れた。

は遠めにしか見なかったが、背の高い婦人と、何やら何処かで見たような少女だった。

しかし、祥瓊の説明によると、背の高い婦人だと思っていたのは、氾王その人で、婦人ではなく御仁。

少女は氾麟だと言う事だった。

驚いたのも束の間、氾王は李斎に面会をしに行った。

慌てて賓客を迎える為に、走り回るはめとなった。

内宰らに指示を出し、掌客殿にて賓客を迎える用意をする。

が戻った頃に面会は終わり、氾王は舎館に戻ると言っている所だった。

それを陽子が止めて、に目配せした。

用意は出来ておりますと目で訴え、ほっとした様子の陽子はさらに氾王に是非逗留をと進めている。

「では、お言葉に甘えさせていただこうかね」

氾王がそう言ったのを合図に、の紹介がなされ、案内人として歩き出す。

掌客殿の堂に通し、何とか間に合ったそこを見ながら、満足げな笑みを浮かべた直後、氾王から思いもよらない事を言われる。

「趣味の悪い所だねぇ」

ぱさり、と扇を広げて言う氾王に、はしばし固まった。

氾王は堂内をぐるりと一周し、に向き直る。

「他の所も見せてくりゃれ」

掌客殿で用意が出来たのは、ここのみ。

「他の…でございますか…?」

戸惑いつつも、用意が出来ていないので、と断ってみる。

「そんなものは後からでも構わないよ」

そう言われて、仕方なく客殿を案内して回る。

結局、園林(ていえん)に佇む淹久閣が気に入ったようなので、内宰らを呼びつけて用意をさせ、は退出していった。

しかし、またすぐに呼びつけられ、は再び淹久閣へと舞い戻る。

戻った淹久閣は驚いた事に、様変わりをしていた。

家具の配置が代わっており、他の堂にあった絵が入り込んでいた。

「まあ…まるで見違えるようですわ…」

驚いたままの太宰に、氾王は扇で隠した口元から声を発する。

「悪いが勝手にさせてもらったよ。それから、さっきからうろちょろしている、掌客の官なのだけどね、変えてはくれまいか?」

「あ、あの…何か不遜な事でも致しましたでしょうか?」

「不遜なんてもんじゃない。気が利かないったらありゃしない」

「気が…?」

「趣味も悪い」

「はあ…」

「太宰。名はなんと申す?」

「は…?」

「そなたの名は?」

と申します」

「そうか。では。誰が良い人選を頼んだえ。太宰に世話をさせると言うのは、さすがに気が引けるからねぇ」

涼しげにそう言った氾王を、は唖然と見ていた。

ここまでやっておいて、気が引けるもないだろうに…とは思ったが、口に出せるはずもなく、相談の為に陽子の許へと戻る。

「そうか。困ったな…」

「ええ…本当に…。内宰につけたのは掌客の官ですし、それが駄目となると一体…」

も頭を抱えたい思いで、陽子を見ながら考えていた。

ふと、陽子の目が何かを捕らえ、は陽子の目線を追う。

「祥瓊…」

目線の先にいた祥瓊は、ぎくりとした表情で固まっていた。

二人で祥瓊に駆け寄り、懇願するようにして頼み込む。

「お願い!助けると思って引き受けて!貴女の感性が必要なの」

「祥瓊、頼む!」

王と太宰に頼み込まれて、祥瓊はしぶしぶ頷いた。

再び祥瓊を連れて淹久閣に戻ったは、氾王に引き合わして退出していった。

今度は呼び戻されなかったようなので、ほっと安心して政務に戻る。

「祥瓊が抜けたのだから…また忙しくなるわね」

そう言ってから、は書面に向かう。



続く






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実は一番ストレスを溜めていたんですね〜。

気がつかないものなんですね。

みなさんも気を付けてください!!

                          美耶子