ドリーム小説
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榴醒伝説 =25=
それから三日の間に、はすり減っていた、体力と気力を取り戻した。
四日目に朝議へと赴き、その後浩瀚に呼ばれる。
「体のほうは大丈夫か?」
「はい。もうすっかり。ありがとうございます。それと…申し訳ございませんでした。内宰らに何とか踏みとどまってもらおうとしたのですが…力が及びませんでした」
「それはもういい。だけの責任ではない。元々危惧していたのだし、主上が内宮からお出にならなければ、このような事もなかっただろう」
そう言って浩瀚は、その日の詳細をに言い、謀反に加担した者の名を連ねた。
怪我人の三名は重傷だったが、なんとか一命を取りとめたようだった。
意識も昨日回復したのだと聞く。
「後で見舞ってみます」
「見舞いか。重傷とはいえ、謀反に加担した者だ。にも危害を加えようとしていたのではないのか?」
「はい。ですから見舞いに行くのです」
判らないと言った感じの浩瀚に、は笑っただけで返した。
「ああ、主上が後で来るようにと」
思い出したかのように言う浩瀚に、はではすぐにでも、と言って陽子の許へと移動する。
陽子は景麒を横に従えて、書面に向かっていた。
「。もう良いのか?働き過ぎだって?」
「ええ、もうすっかり。ところで主上。さきほど浩瀚様にお聞きしたのですけれど…謀反の際、抵抗なさらなかったとか」
「までそれを言うのか?もう勘弁してくれ…景麒にも浩瀚にも叱られたんだ。もう、何を言われても謝るしかないのだから」
隣で薄く笑う景麒を見ながらは言った。
「まあ。では私が言ってしまえば、心労(ストレス)が溜まってしまいますわね」
「本当に…反省しているから」
「でしたら、止めておきましょうか…」
にこりと笑ったに、陽子は泰麒と李斎が、戴へと戻って行った事を告げる。
「そうですか…」
笑みを消したは、慶の主従に目を向けた。
痛ましい顔をした二人の表情に、戴への思いを感じ取るが、かける言葉もなく、同じように押し黙ってしまった。
「玉座とは何だろうな…」
ぽつりと呟いた陽子を、景麒とが見る。
「泰王のように武に長(た)けた方でも、逆賊に国を乗っ取られる。遵帝のような智に長けた王でも、天の条理に触れる事がある。私なんかよりも、ずっと良い王だったと言うのに…」
「主上…」
咎めるような、困ったような声が、陽子のすぐ横からしていた。
しかしはにこりと笑い、陽子に言う。
「業をつぎ基を承くる王は、此れ尤も蒼天の与ふる所なり―――ですわ。主上」
景麒は驚いたようにを見たが、すぐに深く頷いた。。
業(ごう)をつぎ基(もとい)を承(う)くる王は、此れ尤も蒼天(せいてん)の与ふる所なり。
「なんだそれは?」
さっぱり判らない様子の陽子に、は微笑みながら言う。
「簡単に申しますと、玉座は天から与えられたと言う事です」
「それは?」
「ですから、論じる事など出来ないのですよ」
「論じる事など出来ない?」
「はい。天から与えられた物を、どうして論じることが出来ましょう」
「それは、そうだが…」
「主上は智に長けた王と競いたいのですか?それとも武に長けた王と争いたいのですか?そのようなことをして何になりましょう。台輔の存在が、主上の全てを表しているのではないのですか?」
「私の、全て?」
陽子はちらりと景麒に向けた目を、に戻す。
「天命が下ったのです。台輔が主上をお選びになった。それがこの国の全てですわ。そして、それが玉座の意味でございましょう?」
「玉座の意味…」
「深く考えずとも、あるがままを受け入れれば良いのです。そして、出来る限りの補佐をするために、私達が存在するのですわ」
「そうか…ありがとう」
陽子は笑ってを見る。
もまた笑って主を見た。
ふと、は気が付いたように言う。
「忘れておりました。怪我人の見舞いに行きますので、失礼を致します」
「怪我人?、ひょっとして…」
「ええ。謀反に加担した者ですが、あれでも一応天官のはしくれですからね…」
寂しげに言ってみせたに、陽子は慌てたように言う。
「大丈夫か?」
「ええ。重傷だと聞いておりますし」
「それは三日前の話だぞ?」
「容態は分かりません。ですから、見て参りますわ」
不安げな表情の陽子は、隣に視線を送る。
「景麒…」
景麒は頷いて、足元に話しかける。
そしてを見て言った。
「使令をつけてある。気をつけて行かれよ」
「感謝いたします」
は深く礼を取って、その場を退出した。
浩瀚から聞いていた内朝にある、使われていない堂室の一間に向かう。
小路を歩きながら、は一人呟く。
「台輔の使令さん。主上の逆襲に力を貸してくださいませんか?」
返事は無かったが、はそのまま内容を話し、目的地にたどり着いた。
堂内に入ると、三名が沈むようにして横たわっていた。
「さて…」
辺りを見回し、見張りの者を確認すると、はその者に近寄り、外に出る様に指示をだした。
心配をされたが、起きた所で何も出来ないだろうと言い、なんとかそれに成功した。
椅子を引っ張ってきて、端に座って覚醒を待つ。
やがて、一番に近い位置で眠っていた者の目が、薄く開かれた。
はそっと近寄って行く。
「ご機嫌いかが?だからお止めなさいと言いましたのに…でも良かったですわね、命があって」
くすり、と笑ったに、今まで眠っていた者は、涙を浮かべていた。
「ですが、主上を狙った事は許しませんわよ」
がそう言った時、その者の目は大きく見開かれ、その顔は恐怖に捻じ曲がっていった。
声を出すことも叶わず、気絶していく瞳の中に、の背後から鋭い爪を覗かせている、景麒の使令を見つけた。
やがては意識を失ったその顔を見ながら、は使令に礼を言う。
その調子で三名全てに恐怖を植え込み、は満足げな表情で堂内を出て、使令に礼を言って、帰ってもらった。
鬱積が晴れたような表情のを、引き止める者がいた。
「」
祥瓊が駆け寄ってきて、の顔を覗き込む。
「うん。顔色が戻ったわね。大丈夫だったの?内宰の官邸に監禁されていたのでしょう?」
驚いたは祥瓊を見つめ返し、はたと気が付いた。
「浩瀚様から聞いたのですね…」
「あら、冢宰もご存知なの?」
「え?違うの?」
「違うわよ。夏官の人から聞いたの。それに火事になったのだから、宮中の噂にぐらいなるわよ。謀反を止めようとした太宰が、内宰によって監禁され、それを禁軍の将軍が助けたって。見た者がたくさんいるんだから。陽子には伝わっていないけど、みんな知っているんじゃない?」
「そうなのですか…?」
「でも、無事でよかったわ」
「ええ。ありがとう」
「榴醒石の伝説は本当だったって訳ね」
祥瓊はそう言って、の胸元を見る。
「榴醒石の…伝説?」
「あら?知らないの?今、巷じゃ有名な伝説なのよ」
「教えて下さいますか?」
「ええ。私は堯天に逗留していた、朱旌の雑劇で見たのだけど」
そう言って祥瓊は語りだす。 今は昔の話。
蒼穹の如し岩に成る榴醒の石があった。
ある日、慶東国に住まう若い将軍がその石を見つけ、家に持ち帰った。
加工しようにも石は脆く、人の手が入るのを拒むようでもある。
そこで将軍はあきらめ、結晶のまま小卓に飾ってあったという。
それからほどなくして、将軍は愛する妻を娶る。
将軍の妻は明眸皓歯にして眉目秀麗。
その心根は明鏡止水の如し。
邪な者が後を絶たず、将軍は心休まる日がない。
そこで将軍は石に願をかけた。
すると石は瞬き、堅く変化したという。
将軍は石を冬官に渡し、飾りとして二つに分けた。
一つを妻に持たせ、一つを自分が持つ。
ある日妻は邪な者によって捕らえられた。
捕らえられ、絶望がその身を襲おうとしたその時。
妻は夫に渡された榴醒の石に祈った。
すると石は輝きを放ち、石榴の色に覚醒した。
すると夫が引き寄せられるように現れ、妻の窮地を救った。
それ以降、榴醒の石には力が宿った。
一つの石から取れた、二つの色を持つ榴醒石には、引き寄せる力があると言う。
また、榴醒に手を加える事を許されたのは、慶の冬官のみ。 語り終わった祥瓊を唖然と見つめ、はぽつりと言った。
「何、それ…」
「この妻っての事でしょう?昔話のようにされているけど」
それにしても、過大ではないかと思う。
それを見透かしたかのように、祥瓊は笑って言う。
「醜い夫婦が愛を語り合っても、雑劇にはならないでしょう?」
それはそうだろうが…。
「ま、これが今の太宰と将軍だと知っているのは、ほんの僅かだけど」
祥瓊はそう言って内殿の方へと向かって行った。
取り残されたは突っ立ったまま、しばらく動くことが出来なかった。
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