ドリーム小説
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=後編=
「ふう…」
大学寮に戻ってきた楽俊は一人、卓に向かって溜め息をついた。
なんて大胆な発言をしたのだろう、と思うと顔から火が出るようだった。
「でも…そう思ったんだから仕方がない…」
借りて来た本をぱらぱらと捲りながら、目だけは字を追っていたが、その内容はさっぱりと頭に入ってなかった。
「おーい、文張!」
鳴賢が入ってきたのを、頭の隅で感じながら、後ろに顔を向ける。
「お、今日はちゃんと人型なんだな。えらい、えらい」
「ああ…」
「ん?どうしたんだ。それ」
治療の痕を指差す鳴賢に問われ、楽俊は急激に頭が覚醒した。
「あ、いや!これは…」
「はっは〜ん、さては…」
意地悪く笑った鳴賢に、楽俊は慌てて手を振る。
「違う違う!は関係ない!!」
「え?さん?」
ぽかんとした鳴賢の顔を見て、楽俊はしまった、と思ったが後の祭り。
今日の経緯を話す羽目となった。
「そうかぁ。さんはいい人だなぁ。文張、よかったな!美人のさんに手当てしてもらって!」
赤くなった楽俊を見て面白いのか、鳴賢は必要以上にの名を連ねる。
「で、今度はいつ会うんだ?さんと」
にやにやしながら聞く鳴賢に、そんなんじゃないと言って楽俊は後ろを向いた。
「え?何も約束してねえの?」
「約束も何も…ただ薬を売ってもらいに行っただけだし、たまたま事故みたいなもんに行き当たっただけだ。偶然、話が出来たってだけだよ」
「へえ、もったいない」
そう言って鳴賢は出て行こうとしたが、思いとどまったように振り返った。
「ああ、そうだった。明日、また馬を貸してもらえるみたいなんだ。今度は怪我をしないようにな」
「あ、ああ。ありがとう」 翌日、鳴賢と供に再び林へ向かう。
に言われた通り、乗る前に話しかけてやると、不思議と上手くいく事に気がついた。
「本当に、騎獣と一緒だな」
馬の瞳を覗き込みながら、楽俊はそう呟いた。
その日は落馬をせずに終わり、なんとなくコツもつかめたような気がした。
充実感と供に、就寝に着こうとした楽俊は、ふと卓上の壷に目が止まった。
「のおかげだな」
そう呟いて笑みを零す。 それから五日後、慌てて飛び込んできた鳴賢を、楽俊は驚いて迎えた。
「あ!またそんな格好でいる。ほら早く人型になれよ。急いで!」
何がなんだか判らず、言われるままに袍子を着て、手をひかれるままに鳴賢に着いて行く。
寮の入口まで引っ張って行かれて、耳打ちされる。
「女性の前で裸はどうかと思うぞ。あ、それから上手くいったら、ちゃんと報告しろよな。ついでに、誰か紹介してくれって頼んどいて」
そう言って寮内に戻って行く鳴賢を、呆気に取られながら見送った楽俊は、何事だろうかと寮を出た。
するとそこにはが立っていた。
「楽俊!」
手を挙げて、嬉しそうに駆け寄ってくるに、楽俊はどう反応していいのか判らずに立ち竦んでいた。
「ど、どうしたんだ?一体…」
「ちょっとお話がしたくて。研究の事で」
ああ、と思ったが、の研究の事で、役にたてるような知識など、自分にあるのだろうかと首を捻る。
木々の立ち並ぶ木陰へと移動し、そこに置かれた椅子に二人で座る。
「実はね…この前楽俊に使った楓効薬(ふうこうやく)ね、実は新作だったの。どれくらい効き目があるのか、確かめたくて」
なるほど、と思い、楽俊は少しほっとした。
そして腕を出し、傷のあった場所を見せる。
「ここだな。この傷の大きさ覚えてるかな?三日で綺麗に塞がって、もう殆ど見えないだろ?すごい効き目だよ」
「本当ね。うん、これなら痕も残らずに綺麗に治りそうね」
満足そうに言って、は傷痕をじっと見つめた。
いつまでたっても目を逸らそうとしないを見て、楽俊も腕を引くのを躊躇(ためら)っていたが、無言の間にどうにも居心地が悪くなってきた。
「も、もういいか?」
「え、ええ。ありがとう」
腕を下ろした楽俊だったが、その後も何も言えないでいた。
これは戻ったほうが良いと思い、立ち上がろうとした瞬間、の手が触れた。
の手は、楽俊の傷痕に触れていた。
また見せたほうがいいのかと思った楽俊は、袖をたくし上げようとしたが、それをが止めた。
「あ、あの…私、楽俊と話がしたくて…。その、傷痕の話じゃなくて…」
「え…?」
そう言ったまま再び黙ったを、楽俊はどうしたものかと見つめていた。
しかし、は意を決したように顔を上げ、楽俊の目をまっすぐに見た。
「あの日、楽俊が帰ってから…私、ずっと考えてたの。何を考えていたって言われると、困ってしまうんだけど…ずっと楽俊の事を考えてた」
「おいらの、何を考えてたんだ?」
「何って言われたら困るって…今、言ったのに…」
そう言われて、楽俊はこりこりと耳下を掻いた。
「そ、そうか。すまねえ」
「あ…ごめんなさい。判らないわよね…」
そう言って、はぽろぽろと涙を流し始めた。
「ど、どうしたんだ?どっか痛いのか?」
慌てた楽俊はの背に手を当てて、顔を覗き込もうとした。
しかし、の顔は逃げるように逸らされ、反対の方向を向いた。
「ごめんなさい」
そう言って立ち上がったは、楽俊が止める間も与えずに去って行った。
後には呆然と残され楽俊がいた。 「あーあ。お前酷い事するなあ。せっかくさんが来てくれたのにさ」
後ろの木から声がして、楽俊は飛び上がって驚いた。
木陰から鳴賢が顔をだして、呆れた表情をしていた。
「こっそり見ていたんだな。趣味が悪いぞ」
少し怒ったように言った楽俊だったが、鳴賢は気にも留めずにの座っていた場所に陣取る。
怒るのをやめた楽俊は大きく溜め息を着いて、再び座った。
「なんで泣いていたんだろう…」
その呟きに、鳴賢はぎょっとして楽俊を見た。
「お前、それ判ってないの?」
そう言われた楽俊は、首を横に振って判らないと言った。
「判っていたら、何か言えたんだけどな」
「信じられない…勉学に鋭くても、こうゆうことには意外と鈍いんだな」
「こうゆう事って何なんだ?」
鳴賢に聞く楽俊の声は、いつになく情けないようだった。
「だから、恋愛についてだよ。さん、文張にその気がないってのを感じて帰って行ったんだぜ。可哀想に、泣くくらい好きだったんだな」
「え?恋愛?好き?」
「そうだよ。文張に逢いたくてここまで来たんだぞ。まあ、さん自身も、あまり判ってなかったようだけどな。どうしていいのか判らなくて泣いたんだろう。でも恐らく泣いた事によって、今頃は判っているはずだぞ」
諭すように言う鳴賢を、楽俊は尊敬せずにはいれなかった。
何故そのような複雑な事が判るのだろうかと。
「で、お前はどうなんだよ」
「へ?おいら?」
うん、と頷く鳴賢を見ながら、楽俊は考え込んだ。
しかし、答えなどすでに見えていた。
この数日間と言うもの、卓上の壷に目が行き、ずっと思い返していた。
いや、壷が目前にない時にすら、の顔が幾度も脳裏を過ぎる。
が気になって仕方がないといった状態だったのだ。
これで、好きでないはずがない。
楽俊の表情の変化を見取った鳴賢は、にやりと笑い、背中を叩いた。
「判ったらすぐに追う!行ってちゃんと言うんだぞ?」
激励を受け、楽俊は立ち上がった。
「ありがとうな、鳴賢!」
そう言って、の後を追うために駆け出した。 「はあ、はあ…。逃げて…きちゃった」
立ち止まったは、息を整えて辺りを見回した。
まだ涙の残る顔を、ちらほらと見る人の目を逃れて途を逸れた。
物陰に隠れるように座り込んだら、安心したのか再び涙が零れる。
「うっ…まだ…何も言ってないのに…何も告げていないのに…」
どこか痛いのかと聞かれて、胸が痛いと言えたら、どんなに楽だった事か。
しかし、楽俊のあの感じからは、何かの病気と判断されかねない。
「胸が痛い…楽俊を思うと…こんなにも苦しい…」
「すまねえ」
独り言に返す声がありは、はっと上を見上げた。
覗き込むように見つめる、楽俊の笑顔があって、はしばし呆然とした。
「鳴賢に怒られた。その、ちょっと話したいんだけど、いいかな?」
は小さく頷き、立ち上がった。
民居の裏にある木箱に腰を下ろし、楽俊は横を指した。
は大人しくそこに腰かけ、黙ったまま涙を拭った。
「この前、に治療してもらってから…その、ちょっと変なんだ」
「え…」
ひょっとして薬が何か変な作用を起こしただろうか。
「帰ってからも、の顔が頭から離れねえし、その日だけかと思ったら、次の日も離れねえ。これはどうゆう事だと思いながら、の壷を見ていたら、やっぱりが出てきて、おいらの頭を占領していくんだ」
少し照れながら言う楽俊に、の頬は赤く染まっていった。
「打身が消えると、の記憶が消えそうな気もした…だけど、日を追うごとに強くなっていって、どうしたもんかと思っていた」
そこにが尋ねて来たと言われ、は胸の痛みが少し和らいだ気がした。
「楽俊、私…あなたが…」
言いかけた言葉を、楽俊が止める。
「が好きみたいだ」
そう言って楽俊はの手を握った。
「わ、私も…楽俊が好き」
自分のいった事に、お互いが恥ずかしくなり、慌てて顔を逸らす。
は立ち上がって、両手を頬に当てた。
燃えるように熱い頬を、なんとか冷やそうと頑張ってみるが、温度は下がらずじまいだった。
どうしようかと思っていると、後ろから腕が伸びてきて、を包む。
「ああ、なるほど」
何かに気がついたように、耳元から楽俊の声が聞こえた。
「さっき、鳴賢が人型になれって言ったのは、こうゆう事を見越して言ったのかな?だとしたら、すごいぞ、鳴賢は」
背中に楽俊の胸を感じ、は幸福感に浸っていたが、楽俊の言った事が気になって、問い返した。
「どうゆう事?」
「だって、おいら鼠のままじゃ、を包み込むなんて事、出来ねえもんな。背もより小さくなるし、それに…」
そう言って楽俊は腕を放した。
放してすぐにの前に回って、肩に手を置く。
「口付けも、難しい…」
そう言って近付いてくる顔を、直前まで見届けたは、ゆっくりと瞳を閉じた。
甘い口付けは、互いの心を溶かすように深くなっていった。
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