ドリーム小説




Welcome to Adobe GoLive 5



楓効薬


=前編=




「おーい。文張!まだかー?」

大学寮の一室で、焦(あせ)る鼠の半獣がいた。

慌てて袍をはおり、人型になる。

弓矢を背負い、飛び出すようにして表へ出た。

「おっそーい!」

まだ肩で息をする人型の楽俊に向かって、鳴賢は笑いながら言った。

謝ろうと見上げた楽俊の目に、二頭の馬が鼻息も荒く佇む。

「ほら、早く乗れよ」

「あ、うん…」

鳴賢に促されて、馬上の人となる。

「おわっ!とと…」

「まだ慣れないのか?早く慣れろよ」

ゆっくりと手綱を握り、馬を進める。

二人と2頭は街を横切り、林のあるほうへと向かっていた。

林の木を利用して、弓射の練習をするつもりだった。

「人型には慣れたか?」

「うーん。まぁ。少しはな」

「そっか」

にかっと笑い、鳴賢は馬を進める。

速足になった鳴賢に追いつこうと、楽俊も運歩を早める。

「まだまだ騎座が浅いぞ!」

追いついた瞬間にそう言われ、高くなっていた重心を下へと移動する。

「そうそう、その調子」

鳴賢に言われるままにしているつもりでも、なぜが上手くいかない。

ついには姿勢を崩し、投げ出された楽俊は、大きな尻餅をつきながら落馬した。

「い、いてぇ〜」

半分涙目になりながら、尻を摩って立ち上がる。

「ぶ、文張!早く馬!!」

叫ぶ鳴賢の指差す先に、独りでに悠々と歩き出す馬がいた。

大学からの借り物である馬を逃がすわけにはいかないと、楽俊は慌てて走りより、手綱を掴もうと手を伸ばす。

それを不快に思ったのか、馬は大きく嘶(いなな)き、駈足になった。

ざっ、と草を切り、横倒しになった古い木を飛び越える。

「きゃっ!」

草の下から小さな悲鳴が聞こえ、次の瞬間馬は、運歩を緩めた。

踵を返し、飛び越えた古木まで戻ってくる。

それを楽俊と鳴賢は不思議に思いながら、ゆっくりと距離を縮めていった。

駆け出したりすると、また馬が驚くと思ったからだ。

ゆっくり近付いていくと、古木の下から長い髪が立ち上がり、馬と向き合うようにしていた。

それは白色の衣を纏った、美しい女性だった。


その女性はゆっくりと馬の顔に片手をあて、目を覗きこんでいる。

「そう、驚いたのね」

横にまわり、毛並みを撫でている。

「あ、あの…」

楽俊は恐る恐る声を掛ける。

女性は手綱を取り、振り向いた。

「あなたの馬?」

にっこりと微笑みながら、手綱を渡す。

「え、いや。あ…はい。大学からの借り物で…。申し訳ねえ、怪我は…」

手綱を受け取りながら、楽俊は女性に見とれて言った。

「大丈夫よ。少し驚いたけど、飛び越えてくれたから。それに、この子も反省して戻ってきてくれたから」

手に持った小さな籠に、茸(きのこ)が入っている所を見てとり、彼女が何をしていたのかを知った。

「あなた、大学生?」

二人を見ながら、女性はそう問うた。

「そうです!」

馬上から鳴賢の緊張したような声がする。

振り向くと、少し赤い顔をしていた。

「お二人とも、若いのね。そんな歳で大学に入れるなんて、とても頭がいいのね」

「いや…そんな事は」

かりこりと耳の下を掻きながら、楽俊は答えた。

「それよりも、さっき馬と話していなかったか?」

「ええ。綺麗な目をしているなと思って。きっと何かに驚いたのよ。急に駆け寄ったりしなかった?」

楽俊は宙を睨みながら、自分の行動を思い返した。

「駆け寄った…す、すまねえ」

女性はくすくすと笑い、いいのよ、と言った。

「俺は鳴賢。こっちは文張。名を聞いてもいいですか?」

鳴賢が馬から飛び降り、女性に問うた。

「私はよ。ご覧の通り、茸を取っていたの」

茸に目をやった楽俊は、その異様な色に疑問を覚えた。

よくよく見てみると、食用では決してない。

むしろ、毒性のあるものまであった。

「それ…食べるのか?その青いの、食べたらお腹壊すぞ」

籠の中を指差しながら、楽俊は心配そうな声を上げた。

するとは驚いたように楽俊を見つめた。

見つめられた楽俊は少し赤面したが、見つめ返す事によって答えを促した。

「これはね、乾燥させて粉にすると龍茸菰(りゅうどくこ)と言う薬になるのよ。こっちは壮翫慈(そうがんじ)になるの。それに…」

次々に説明していくを、鳴賢はぽかんと口をあけて見ていた。

殆ど何を言っているのか、理解できないでいたからだ。

は、瘍医なのか?」

楽俊は説明を終えたに聞いた。

「いいえ。瘍医ではないけれど、薬を売っているわ。ちゃんと知識のある人でないと、使えない薬が多いから、一般の人には売らないけれど」

鳴賢はやっと理解したように、大きく頷いた。

何かを考え込んでいた楽俊は、に問いかける。

「ひょっとして、龍茸菰はお腹の調子を整えるのに使う?」

「その通りよ。よくご存知ね」

驚いた表情のに向かって、楽俊はまた少し赤くなった。

「いや…なにかの本で読んだのを、少しだけ思い出した」

「へえ。ねえ、それって、専門書じゃない?普通の本には載ってないわよ」

その会話に、鳴賢が割って入る。

「大学の本か?こいつってすごい量の本読むんだ。呆れるくらい」

楽俊を親指で指した鳴賢は、を見ながら言った。

「いや、そんなにすごい量というほど…」

「読んでいるだろ?」

意地悪く笑う鳴賢と、照れている様子の楽俊を見ながら、は微笑んで言った。

「お二人とも、とても仲が良いのね。なんだか羨ましいわ」

「そう、かな?」

ふいに言われた言葉に、鳴賢はを見た。

「それに将来とても有望ですもの。きっと大学の人気者でしょうね」

眩しいまでの笑顔でそう言われた二人は、少し苦い顔で互いを見た。

正丁(せいじん)前に入学した鳴賢と、首席で入学した若い半獣。

目障りだと思っている学生も、少なくはない。

老師の中にも、半獣を良く思っていない人物がいる。

その中で人気者など、程遠い話だった。

「あ、ごめんなさい…。そう思ったものだから。だって、お二人供とても綺麗な目をしているのですもの」

「き、綺麗な…」

鳴賢が呟き、楽俊も習うように言った。

「あ、男性に綺麗だなんて、失礼ですよね。ごめんなさい」

慌てて言ったに、鳴賢までも慌てて構わないと言った。

「なんだか足止めをしてしまってますね。ごめんなさい。練習を続けて下さいな」

そう言っては関弓の方面へと歩きだした。

それをぼんやり見送りながら、二人はしばらく突っ立っていた。

「綺麗な人だったよな…」

夢見心地のような顔で鳴賢が言い、楽俊も頷いた。

「はっ!こんなことしてる場合じゃねえぞ!言われた通り、さ!練習、練習!」

鳴賢に追いたてられるようにして騎乗し、その日遅くまで馬の練習に明け暮れた。







後日、楽俊は鼠の姿のまま関弓の西方面へと来ていた。

先日の練習で出来た、落馬の傷に塗る薬を買いに来ていたのだった。

よく効く薬があるとの噂を頼りに、西の方角へ足を向けていたのだった。

「よく効く…かあ」

ふいにの顔が浮かんだが、一般には売らないと言っていたのを思い出し、少しがっかりしたような気がした。



どかん!



「な、なんだ!?」

何かが破裂したような音に、小さな体が飛び上がった。

辺りを見回すと、煙の昇っている一軒を見つけた。

楽俊は慌てて踵を返し、その民居に向かった。

その民居からは誰も出てくる気配はない。

それどころか、近隣からも誰も出てこない。

様子が変だと思った楽俊だったが、中の様子が心配になって民居に入っていく。

「何があったんだ?大丈夫か?」

煙のたちこめる中、ずんずんと進む。

黄色い煙に目がちくちくと痛んだが、なんとか目をしばたせて見張る。

やがて人影が見えて、その人物が倒れている事に気がついた。

「大丈夫か!?おい。しっかりしろ」

前足で、頬をぺちぺち叩く。

「う…ん」

煙の中で目が開いたのが見えたが、顔が判別できない程の濃厚な色をした煙だった。

「はっ!大変!!」

女性の声がして、楽俊の手元から起き上がるのがうっすら見える。

ばたばたと走り、ばたん、ばたん、と音がする。

やがて開かれた框窓から、煙が逃げ出すのが見え、中がはっきりしてきた。

「けほっ、けほっ!あ、あなたが助け、てくれたのね。けほっ。ありがとう」

目に染みた煙と、喉を攻撃する刺激に抗いながら、姿を現したのは、先日林で出会った人物だった。

!」

ピンっと髭と尻尾が逆立ち、楽俊は驚いてを見た。

「あら?私をご存知?」

そう言われて、楽俊は慌てた。

なぜが半獣だと言う事を、悟られたくないと思った。

「あ、いや。その、噂を…」

「噂?変な実験をしているとか?」

は笑いながら言った。

「へ?変な実験?」

「そう。今も実験中だったの。でも失敗しちゃったわ」

そう言って何かを書き付けているを、楽俊は見つめていた。

「伴楓助(はんふうじょ)と胡麻は混ぜると危険、っと」

「伴楓助と胡麻?それは奇抜な実験だなあ」

はそう言った楽俊を見て、不思議そうに言った。

「伴楓助をご存知?」

「ああ。おいら、その伴楓助の傷薬を買いに来たんだ。ちょっと怪我しちまって」

そう言って腕を指すが、毛並みに覆われて傷が見えない。

「伴楓助の傷薬と言うと、楓効薬(ふうこうやく)ね。あなた瘍医?」

「え、いや。おいらはただの…半獣だ」

大学生だと言いかけて、半獣だと言ってしまった。

「成分を知っている人なんて、なかなかいないわよ」

そう言って訝しんだだったが、すくっと立ち上がって、飾棚へと向かった。

棚から木箱を取り出し、中から小さな壷を出す。

「ねえ、そのままじゃ何処に怪我しているか判らないわ。人型になってくれない」

「え!?いや、その、いいよ。あるなら売って欲しい」

慌てて言ったが、は微笑みながら言った。

「助けてくれたお礼よ。でも、ちょっと汚れを落としてくるわね。あ、そうだ。そこに袍子があるから、それを来て待っていてね」

そう言っては奥に消えていく。

どうしようかと迷っていたが、覚悟を決めてそれを着た。

しばらく待っていると、白い衣に着替えたがやってきて、人型になった楽俊を見て微笑んだ。

「やっぱり文張だったのね」

「判って…いたんだ…」

「なんとなくだけどね。雰囲気が似てるなって思ったの。楓効薬は傷だけじゃなく、打身にも効くのよ。あの後何回も落馬したんでしょ」

意地の悪い質問だと思ったが、事実だったので小さく頷く。

「くすっ。じゃあ、腕を出して」

言われたままに、大人しく腕を出す。

「あら…けっこう酷い傷ね。ねえ、乗る馬にちゃんと話かけているの?」

「え?馬に?」

「そうよ。馬はね、とっても繊細なの。頭もいいのよ。だから優しく接する人には、ちゃんと答えてくれるの」

「へえ…騎獣みたいだな」

「そうね。私は、能力が違うだけで、同じだと思っているわ。あら、こっちもすごい打ち身ね」

「いて!…覚えておく」

「うん。あなたならきっと大丈夫よ。あぁ!」

そう言っては大声をだして、楽俊を驚かせた。

「ど、どうし…」

「脱いで」

「へ?」

あまりの事に、目が点になった楽俊は、をまじまじと見つめた。

「あ、何か勘違いしてるでしょう?せ・な・か!背中見せて」

はっとなって慌てて背を向け、上を脱いだ。

「ああ、やっぱり」

つっと指がなぞる様に楽俊の背を這う。

一瞬ぞくっとしたが、直後それは激痛に変わる。

「いっ!!!」

「背中一面に打撲…ねえ、一体どんな落ち方したの?これは酷いわね」

冷たい薬品が塗られる感触がして、楽俊は痛みが和らいでいくのを感じた。

「ひょっとして、この辺りでよく効く薬を売っているのって、ここ?」

「ううん。三軒先よ。でも、私の薬だけどね」

「ああ、なるほど」

「そこに行くつもりだったのね。でもよかったわ。文張が来てくれて」

「近所の人は留守なのか?」

「ううん。みんなちょっとした騒音には慣れっこになっちゃって、さっきの音ぐらいじゃ誰も来ないのよ」

そんなに頻繁に…と言いそうになったのを、楽俊は慌てて引っ込めた。

「はい。終わったわよ。今日は一日人型でいてね。何箇所か布を貼ってあるから」

そう言われて、衣を整えた楽俊は、の方に向き直った。

「ありがとう。助かったよ。痛みも引いてきたし、本当によく効く薬なんだな」

感心したように言う楽俊に、は嬉しそうな微笑を向けた。

「研究の賜物です」

そう言って笑うに、楽俊も微笑んで返した。

「あ、そうだ。おいら、楽俊ってんだ」

「楽俊?文張は字?」

「いや、別字。姓名は張清だから」

「文章の文?」

「そうみたいだ」

「へえ。やっぱり楽俊はすごいのね」

「すごいことなんか、何もねえさ。まだまだ知らない事もたくさんあるし、勉強しないといけない事もたくさんある。それに、弓や馬も…まだまだ苦手だ」

少し情けないような声で言う楽俊を、は笑って見た。

「楽俊って、人間でも鼠でも変わらないわね。あ、当たり前か」

「そうか?よく驚かれるけどな」

「初めだけでしょ?だって子童かと思ったもの。鼠だと小さいから」

「よく言われる…」

「ちょっと卑怯だわ。羨ましい」

卑怯?羨ましい?

それに驚いて楽俊はを見た。

「あ…あのね。気を悪くしないでね。だって、鼠の楽俊って、とてもかわいいんだもん。でも人になると、その…とても、かっこいいと思って…」

面と向かって褒められると、これはもう照れるしかない。

赤くなるのを止められる薬があるのなら、今すぐにでも売って欲しいと思う楽俊だった。

「ご、ごめんね。かわいいだなんて言って。林では綺麗だなんて…」

「い、いや…」

お互い俯いて、しん、となった。

気恥ずかしくて、何を言っていいのか判らない。

これは気まずい、と思った楽俊は、おもむろに立ち上がり、に言った。

「そ、それじゃあ、ありがとう。そろそろ寮に戻らないと…」

そう言って出口に向かって歩き出す。

しかし、出る直前に足を止め、に向き直った。

「その…こそ、とても綺麗だ。眩しくて、直視できないくれえ綺麗だと思った。でも研究に失敗して、慌てたはちょっとかわいかった」

そう言って逃げるようにその場を去った。



続く






100MB無料ホームページ可愛いサーバロリポップClick Here!





友人からのリクエストで、これが一番難しかったように思います。

こんなんでごめんなさい。

美耶子