ドリーム小説
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二人の狩者 =1= 戴の玉泉に一人の女が駆け込んでくる。
その水脈出来た、帯状の瑪瑙は淡く輝きを放っていた。
女は走った。
ぱっくりと割れた左肩から溢れかえる血を、物ともせずに走り続ける。
ただ闇雲に走って、玉泉に出てきたのだが、後悔する余裕もなく、一路奥を目指す。
それを追うような足音が響いたのは、彼女が駆け去った直後だった。
血の跡を確認した男は、無精髭をうっそうと茂らせた顔を歪めて、下品な笑みを浮かべた。
「きゃあああぁぁ!!」
息を整える間もなく、迫った腕に絡め取られたのは、一際大きな瑪瑙が目に入った時だった。
「へっへっへっ。観念しな」
後ろから右手を絡め取られ、背中を押された少女は膝をつく。
そのまま傷口を押さえ込まれ、またしても悲鳴が轟く。
恐怖と痛みで震える体を、なんとか起こそうとするが、がっちりと押さえられていて、どうにもままならない。
やがて女は抵抗するのをやめ、体中から力を抜く。
いや、もう力が入らないと言ったほうが正しいか。
「まったく、手を焼かせやがる」
男は女を仰向けさせ、その顎を手で掴み、手前に引いた。
左肩に激痛を覚えたが、顎を引かれて喉からは何の音も出ない。
口中に血の味が広がる。
「。俺はずっとお前に目をつけていたんだぜ。よくも今の今まで、軽くあしらってくれたな。ああ、もったいねえ。抵抗するから傷物になっちまった」
やれやれと言いながら、男の顔が醜悪に笑う。
「これはもう、俺しか引き取る奴はいねえぜ」
そう言って、の上着を剥ぎ取った。
そのまま両足と片手でを押さえつけ、自分の上着をかき乱すようにした。
もう駄目だ。
そう思ったが、出来る限りの力で顔を逸らし、拒絶の意を示す。
それが楽しいのか、卑下た声とも、醜猥ともつかない声を漏らし、男の顔がの喉元に近付く。
舌を噛み切ってやろうかと、そう思った瞬間。
何かの衝撃を感じ、同時に体が軽くなる。
「ぐっ!!」
潰れた様な男の声がして、同時に大きな物音がする。
は恐る恐る目を開く。
開いた目前で、皮甲に覆われた足が見えた。
男が伸びているのを確認し、助かったのだと感じる。
「大丈夫か」
頭上を見上げると、背の高い男だった。
白髪が暗がりに眩しい。
男は羽織っていた大きな布を外し、後ろ向きのままに渡す。
露になった胸元を隠すように、その布を手に取り羽織った。
「あ、あ――がとう、ご――ま、す」
掠れた声が喉を通り、意味を成さない物として口から出た。
顎を引かれた時に、喉をやられたのかもしれない。
しかし男は意を察したのか、振り向いて頷いた。
褐色の肌をしたその男は、武人のような出で立ちで、その真紅の瞳はの顔ではなく、左肩に向けられていた。その視線に、左肩に目をやったは、布から血が滲み出しているのに気がつく。
「先に手当てを」
そう言って、肩の部分から布をはぐ。
割れた肩の先に白い物がちらちらと見え、それが骨だと判るのに少し時間を要した。
自分の傷を見て、気持ちが悪くなる。思わず顔を逸らした。
肩に布が当てられる感触がする。
「ん…!」
痛みを堪えるために、唇を噛む。
「これは…酷い」
立てるか、と男は問うが、返事を待たずにを抱え込む。
一瞬体が強張り、不安げな視線は、真紅の瞳を覗き込むようにして見上げる。
しかし、ぽとり、と落ちるような音が耳に入り、それが自分からである事をすぐに感じ取った。
音の元は、きっと足だ。
足からは血が滴り落ちていた。
「、と言ったか。わたしは驍宗という。将軍職を拝命している。それを見込んで少しだけ、信用していただいても構わないだろうか」
そう問われて、は頷いた。
どこの州の将軍だろうか。
今は信じるしか他に、道はないように思われる。
「先程の男は…と問うても、その喉では説明できまいか。首を振って答えてくれぬか?このまま一番近い里へと向かっても、よいだろうか?」
ここから一番近い里は、の里だ。
先程の男に、両親は殺された。
を手に入れるためだけに、両親を手にかけのだ。
里には惨状が待っている。
は戻る事が恐ろしく、首を横に振った。
「では、もう少しだけ、我慢できるか?」
今度は首を縦に振る。
玉泉を抜けて閑地に向かった驍宗は、そこで待つ騎獣にを乗せた。
白と黒の艶やかな色の獣で、瞳はとても美しい。
「計都、静かに飛べ」
言われた騎獣は軽く嘶き、大空へと舞い上がる。
里が見る間に小さくなり、やがては見えなくなった。
騎獣の背はあまり揺れなかった。
静かに飛べと言われたからだろうか、そもそもそういうものだろうか。
しかし、は若干力の入る右手で、しっかりと驍宗に捕まっていた。
驍宗に抱えられるようにして乗ってはいたが、大空を飛翔したことなど、ただの一度もない。
手綱を器用に握る驍宗は、時折の位置を確認しながら、目的地に向かった。
やがて、どこかの舎館に運びこまれ、瘍医に手当てを受ける。
「今夜は傷口から熱を伴うかも知れません。今夜を乗り切れば、安心してよいでしょう。それと、あまり高熱がでるようなら、これを飲ませて下さい」
小さな青粒を紙に包んだ瘍医は、それを驍宗に手渡した。
はそれを横目で見ていた。
喉元と、額に冷たい水で塗らした布を当てられ、心配そうな様子を見せて、瘍医は帰って行った。
その様子に自分の状態が、かなり危険である事を感じた。
だが、まだ生きている。
それ以上は考えたくなかった。
「よく頑張ったな」
そう言って薄く笑みを浮かべる顔を、熱の篭りだした瞳でぼんやりと見ていた。
白髪だと思っていた髪は、よく見ると白銀で、時折、青く光る。
端正な顔立ちに、強い意思の篭った目。
その真紅の瞳が、ふいにを捕らえる。
目と目がかち合ったのは、これが初めてだった。
狩る者の目だと、直感的に思ったが、恐怖は湧かない。少し竦む様な気もしたが、瞳を逸らす事が出来ず、見据えられたまま、じっと瞳を固定する。
ふと驍宗の手が伸びて、額の布を取る。
冷たい水に潜らせて、その布はの額に戻ってきた。
少し熱が和らいだような気がしたからか、視線を逸らせた事に安堵したのか、はそっと瞳を閉じた。
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