ドリーム小説




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金の太陽 銀の月 〜銀月編〜


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その日の夜中、利広はの使っていた房室にいた。

露台に出て欄干に座り、静かな雲海を眺める。

その手には月の連珠が揺れていた。

捨てようと思ったその連珠は、結局捨てることが出来なかった。

月の光を受けて、連珠は青銀に光る。

無くなったものを思うと、それがいかに大きかったのかを、利広に教えていくようだった。

月に向かって、利広は一人呟く。

「この世の誰よりも、幸せになって欲しい。わたしはそう願ったんだよ。今は消えてしまった君に…。伝えたかったのは、ただそれだけ…だけど、それを面と向かって言う勇気はなかった」

それでも、彼女の幸せを思えば仕方がないのだと、言い聞かせなければならなかった。

寂しい笑みが漏れる。







「莫迦な事をしたかなあ…」

月に向かってそう言った利広に、答える声があった。

「本当にね」

驚いた利広は、弾かれたように振り向く。

そこには月の光に照らされた、の姿があった。

「まさか…いや、でも…」

驚いたまま、利広は欄干から降り立った。

「蝕があったと、報告を受けた?」

はそう言うと、利広の前に進む。

欄干に手を掛けて、その隣に並んだ。

「蝕が起これば、どこかで罪もない人が死ぬかも知れない。里も沈む事だってある。虚海を渡っている時、それを教えてくれたのは、昭彰の使令だった。たった一人の為に、麒麟にそれをさせたら…自責の念で死んでしまうのではないかと思ったの」

「だが…」

何かを言いかけた利広に、は微笑みを向けた。

「だから、手紙を頼んだの」

「手紙…?」

「ええ…蓬莱に行ってもらったの。昭彰一人で。麒麟だけが渡るなら、蝕は起きないと聞いたから。そこでポストを見つけて、手紙を投函してもらったわ。少し分かりにくかったみたいで、時間がかかってしまったけどね」

寝静まった宮城に戻ってきた直後、昭彰の自室に籠もって筆を走らせた。

書き終えた物を持って、昭彰は蓬莱へと向かったのだった。

「何に入れたって?」

「そうね…蓬莱には、街の至る所に赤い箱があるの。そこに手紙を書いて入れると、表に記載された場所まで運んでくれるのよ」

はそう言うと、利広に腕を廻して続けた。

「母に手紙を送ったの。私は元気でやっています。私を優しく包む月の許で、幸せに生きていますって…そう書いたの」

の幸せは…」

利広の言を、の手が制す。

「虚海に向かう前、お姉さまに言われたわ…。本当の幸せを考えなさい。何が一番大切なのかを…って。そしてこれが私の出した答えなの。私の幸せは、母といることではないわ…利広は私にとっての月だもの。そして、利広にとっての私も、暗闇を照らす月なんでしょう?それなら、離れてはいけないわ」

「…わたしの許に戻ってきた?」

「いけなかった…?」

利広はを強く抱きしめて言う。

「いけない事なんてない…だけど、あんなに辛そうにしていた…それを見ていられないほどに、寂しい面持ちをしていた」

「母が辛い思いをしていると、知ったから…でも、生きているなら、それでいいと思ったの。私はとても恵まれていた…母に無事を知らせる事ができたもの、それで充分よ。それに…」

は一度切って利広を見上げ、月に照らされながら続きを言った。

「帰ってしまえば、二度と利広に会えない。そうしたら、今の倍以上辛くなるもの。二度と会えないなんて…耐えられないと思ったの」

「だけど、蓬莱には…」

は利広の腕の中から逃れ、欄干に手をかけて月を眺める。

「親子はいずれ離れるもの。蓬莱では、それが当たり前なの。寿命だったり、結婚だったり、理由は様々だけど…」

利広に顔を向けて続ける。

「利広がいるなら、私は幸せになることが出来る。それなら、母の願いは叶うでしょう?」

そして利広から目を反らし、月を見上げる。

にこりと笑んたその顔には、再び月華が降り注ぐ。

「月を見るたびに、私はきっと利広を思い出す。そして月を見るのが辛くなるのよ…赤海を綺麗だと思わなくなったように…。蓬莱に赤海はないわ。でも、月は同じように存在する。実際に同じ物かどうかは知らないけれど、同じ顔で私に語りかけるの…、元気でいるだろうかって…それを考えると…とても辛い。それに、私はまだ利広に言っていない事があるの」

欄干に置かれていた手は放れ、利広の頬に移動して止まった。

「利広…。好きよ。この世の何よりも、誰よりも愛しているの」

…」

頬に置かれた手は、利広の手に包まれる。

「私はずっと利広に与えられてばっかり…黒海から助けられて、暗闇から助けてくれた。その上、大きな愛情を貰っていたのに、一度もそれに答えていないの。恥ずかしくて…答えることが出来なかったのだけど…でも、このまま離れてしまったら、二度と答えることが出来ない。利広を好きだって、まだ言っていないのに、蓬莱に戻る事なんて出来ない…」

利広と向き合うの瞳には、銀の光が宿っていた。

はらはらと舞い落ちる様(さま)は、銀の月が流す涙。

その涙の意味は…。







「辛かった…利広と離れてしまうと思うと…本当に辛かった。二度とこちらに戻って来ることが出来ないなんて…赤海も、白海も、雲海さえも見ることが出来ない。もう、赤海は恐くないの…白海だって…美しいと思えるはずなの…。私はこの世界を否定し続けていたのかもしれない。蓬莱や崑崙の物に固執して、そこに居場所を求めていたの。でも、私の居場所は利広が作ってくれていた…いつでも優しく迎えてくれて、その光で照らしてくれる。私が消えてしまわないように…」

…その涙は…」

「利広に会えて、嬉しいの…私を包むその手を、とても求めていた…」

堪えきれなくなった利広は、を再び引き寄せる。

息も止まりそうなほどきつく抱きしめて、何度も口付けを落としていく。

だが、何度口付けても足りない。

の芳香が利広を包み、利広の薫りがを包む。

互いが何よりも大切なのだと、それが引き立てるようにして教えていく。

「ねえ、利広…私が何故利広を月だといったのか、知っている?」

「何故って…太陽では消えてしまうから?」

「そうね…それもあるけれど…太陽は見ることが出来ないでしょう?照らしてはくれるけど、それを眺めて美しいと褒め称える事が出来ない。でも、月はこんなにもはっきりと瞳に映す事が出来る。真っ直ぐ見ても、目が痛くならないの。だから言えるの、美しいって…それと同じよ。利広はとても素敵」

利広は突然言われた事にも動揺せず、の肩を包み込んで言った。

「わたしにとっての月もだから、いつでも思っているよ。時には翳って姿を消してしまうけど、その姿をいつも瞳に映したいと思っている。とても愛しい月を、この腕に抱けるのだから、それが可能などだと信じてね」

「利広…」

交わされた口付けは甘いものだった。

…白海を見に行こう」

「え?」

腕の中にを閉じこめたまま、利広はそう言って顔を上げる。

「今すぐ」

そう言うと体を離し、の手を取って歩き出した。

「で、でも…こんな夜中に…?」

「夜中でないと、意味がないんだよ」

は引かれるままに宮城を歩いていった。






































数刻の後、二人は赤海を抜けて白海の上にいた。

目前には、いつかの風景が映し出される。

銀に縁取られた世界が一面に広がっており、赫然たる月光は、やはり心を奪っていく。

「綺麗…初めてこの景色を見たとき以上に綺麗。これだけ綺麗な物は、きっと、蓬莱にも崑崙にも存在しないわ…」

そう呟いたは、利広を振り返る。

「きっと、愛しい人と眺めるからなのね…。もちろん、蓬莱に白海があるわけではないわ。でも、利広がいるからずっと輝いて見えるのだと思うの」

「わたしも、この景色は綺麗で好きだよ。何度も見に来てしまうほどに。でも、と見ている時が、一番に綺麗だと思うよ」

それを受けたは、そっと背を利広に預ける。

とくん、と鳴った鼓動を背に感じ、小さく微笑んだ。

「幸せって、今…とても強く思ったわ」

「偶然かな?わたしもそう感じた」

利広はそう言って片腕を前に廻す。

目前に現れた利広の手の中に、連珠が輝いているのをは見つけ、あ、と小さく呟く。

「これを捨てずにいて、よかった。どうして返したのか、理由を聞かせてもらってもいいかい?」

「私の意地悪なの…」

は俯いて小さく言った。

「え?」

聞き返した利広に、顔を上げては言う。

「だって…気持ちを確認したかったのに…最後の最後まで利広は私の前に現れなかった。怒っているのか、愛想が尽きたのか…とても辛いのか…あの時の私には分からなかったの。でも、伝言を聞いてくれた?」

「月の石はいらない。すでに月を手にいれた…」

「そう…月がこうして私を包んでくれているもの」



















見上げた空には銀の月。

凪いだ風に雲は動かず、月の洗う景色は瞬きを見せる。

銀の月は互いを照らし、白海をいつまでも輝かす。

太陽に教えられた幸せを、はしっかりと噛みしめる。

銀の月の中で、煌めく海を見ながら。








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終わりました。

ご想像通りだったでしょうか?

ま、今回はハッピーエンドということで!!

                  美耶子