ドリーム小説




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吟酔


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それからは二人の接点がなくなってしまった。

翌日もその翌日も…いや、幾日が経過しても、見かけることすらなかった。

だが月夜の思い出は双方の胸内に残っている。













と最後に合ってから一ヶ月が経過していた。

朝晩は随分と涼しい風が吹くようになったある日。

夕方近くにふと何かを思いだした桓タイ。

何かに呼ばれるようにして歩き出した。





辿り着いたのは、いつかの台地。

夕暮れの景色はまた格別だった。

金に染まる建物と、夕陽に染まる世界。

このままここで夜中まで待てば、が来るのではないかと錯覚を起こしそうだった。

自宅を訪ねて行くのも不作法かと考えていたのだ。

それはも同じだと言うことに、桓タイは気が付いていない。

の方はより深刻だ。

将軍の官邸を用事もなく訪ねる事など出来ない。

しばらく金の世界に佇んでいた桓タイ。

やがて深い溜息と供にその場を去ってしまった。



























夜になって星が現れる空。

台地には涼しい風が吹いていた。

桓タイが帰ってすぐに陽が落ちた。

そしてやって来たのはだった。

桓タイと同じ場所に立ち、柵に手を置いて夜の景色を眺めていた。





酔ってはいたが、はっきり覚えている。

あの夜のことを。

月の光に照らされ、そっと支えてくれた優しい腕を忘れることが出来なかったのだ。

「将軍…」

ぽつりと呟いてその場を離れる。

自宅はもうすぐそこだった。





































「はあ…」

足元を見ながら軽い溜息をつき、自宅へと戻ってきた

しかし人影に気が付き、顔を上げた。

「将軍!」

思わず駆け寄ったその表情は、我知らず笑顔になっている。

「その後、どうしているかと思って…。その、もう大丈夫か?」

今更何を聞いているのだと自分に問いかけたい思いはあれど、出てしまった言を退くことは不可能だった。

口実を考えている途中だったのだ。

あれこれ考えている内に来てしまった。

仕方なくの返答を待つ。

「はい。元気に過ごしております。あの…将軍?少しお話させて頂いてもいいですか?」

「もちろん」

夜だと言うのに大きな声が響く。

はっと口元を押さえた桓タイに、小さい笑い声が答えた。

「中へ入りますか?それともどこかへ行きますか?」

問われて少し考える。

だが女性の居院に入り込むというのは、どうも不謹慎ではないかと思い直した。

かと言って自分の居院は…

「この前行った所に行こうか」

そう言った桓タイに、は頷きながらも場所の検討をつけた。

さきほどたった一人でいた、あの場所ではなかろうかと。



























月はまだ現れていない。

いつもより暗い道を二人並んで歩く。

時折桓タイが道を指し、気を付けるようにに教えた。

台地へはすぐについた。

は想像通りの場所に出て、少し嬉しいような、同時に切ないような気持ちが沸き上がっていた。

月の変わりに星が煌めき、世界を彩っている。

柵に手をかけて無言の桓タイを、少し後ろから眺めていた

この一ヶ月の間に気が付いた自らの感情。

そして告げたい想いを胸に抱えたままその隣に並んだ。

それを待っていたのか、桓タイがぽつりと言う。

「実は夕方もここにいた」

「え…?将軍が、ですか?」

うん、と頷いた顔が少し赤い。

しかしはそれ以上に赤くなって言う。

「私も…いましたよ。さっきまで」

「え?本当に?」

「ええ…将軍がいればいいな…なんて、莫迦な事を考えておりました。ここは外朝ですのにね」

「ではそのまま待っていればよかった」

「え?」

「気が付いたらここにいた。が気になって降りてきてしまったのかもしれない」

そう言ったきり、二人は黙り込んでしまった。

桓タイと同じように、も前方を見つめる。

涼風が駆け抜けて、火照った頬を撫でていく。

しかし熱気はいっかな下がる様子を見せない。

しかしふと最初にかけられた言を思い出した

少しがっかりしながら言う。

「もう…体の方は大丈夫です。だけど、また悪くなりたいと、そう思います」

「それはいけない」

の方を向いて言った桓タイの語調は強い。

驚いて桓タイを見上げると、真剣な眼差しとぶつかった。

「俺まで痛くなる」

「どうして私の不調で、将軍が痛いのですか?」

「体ではないが、心が痛い。心配で夜も眠れなくなる」

「夜も…そんな、まさか」

「冗談のつもりはないんだが…迷惑、か…」

「い、いえ!迷惑だなんて…むしろ、嬉しいですよ。心配してくれる人なんて、私にはいませんから」

「…本当に?」

「ええ、悲しいことに」

「それは、特別な存在がいない、と取って構わないか?」

「え?ええ…」

驚いた表情でそう頷くと、途端に視界が消え失せた。

自分の身に何が起こったのかを理解した時には、飛び上がりそうなほど驚いていた。











の体は桓タイの腕の中。

動く余裕がないほどきつく抱きしめられている。

「こんな気持ちになったのは…初めてで…その、どう言っていいのか難しいんだが…」

「あ、あの…将軍…?」

「ただ、毎日会いたくて、気になって仕方がなかった。かと言って春官府に用事もなければ、外朝に降りる事もない。どこに行けば会えるのかすら、今日になるまで思いつかなかった」

「…軍…将軍、少し力を緩めてくださいますか?」

「す、すまん。痛かったか?」

慌ててを解放する桓タイ。

しかしは桓タイに寄って自らの腕を廻す。

「痛くなんてないですよ。ただ、お顔を拝見したかっただけなんです」

腕を廻したまま、桓タイを見上げる

その表情に、溶けそうな自分がいた。

この表情にやられたのだと、改めて実感する。

「私も…同じように思っていました。だから、今日もここへ寄ったんです。将軍はいないと分かりながらも…微かな希望を抱いて…だから、とても嬉しいんです。今、とっても幸せです」

そう言われてしまえば、もう腕を解放している意味などない。

桓タイもまたに腕を廻して、しっかりと抱きしめた。

互いの熱気が伝わり、少し暑い気もしたが、その腕を緩めることが出来ない。

しばらくすると、が呟く。

「とても胸が苦しかったんです。この一ヶ月、自分の気持ちがよく分からなくて…分かったからと言って将軍にお会いすることなんて出来ません。でも、今は違う意味で胸が苦しいような気がします。辛いとか切ない意味の苦しさではありませんが」

それは桓タイにもよく分かった。

狂おしいほどの愛しさがもたらす苦しさ。

それが今、二人の心を支配している。

「では、それを止めてしまおう」

桓タイはそう言うとの双眸を見つめる。

「止める方法がありますか?」

「もちろん」

そう答える桓タイに、少し傾いたの顔。

それに笑いかけて言った。

「口付けてしまえばいい」

驚きで苦しさから解放されたのかどうか。

それはの胸の内。

桓タイにも分からない事だった。





甘い甘い時間の後、約一ヶ月ぶりの大掃除が待っていることを、はまだ知らない…








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久しぶりの短編…かな?

お付き合い、ありがとうございました。

今回も皆様のイメージが崩れていないことを祈りつつ…

                               美耶子