ドリーム小説
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吟酔 =5= それからは二人の接点がなくなってしまった。
翌日もその翌日も…いや、幾日が経過しても、見かけることすらなかった。
だが月夜の思い出は双方の胸内に残っている。
と最後に合ってから一ヶ月が経過していた。
朝晩は随分と涼しい風が吹くようになったある日。
夕方近くにふと何かを思いだした桓タイ。
何かに呼ばれるようにして歩き出した。
辿り着いたのは、いつかの台地。
夕暮れの景色はまた格別だった。
金に染まる建物と、夕陽に染まる世界。
このままここで夜中まで待てば、が来るのではないかと錯覚を起こしそうだった。
自宅を訪ねて行くのも不作法かと考えていたのだ。
それはも同じだと言うことに、桓タイは気が付いていない。
の方はより深刻だ。
将軍の官邸を用事もなく訪ねる事など出来ない。
しばらく金の世界に佇んでいた桓タイ。
やがて深い溜息と供にその場を去ってしまった。
夜になって星が現れる空。
台地には涼しい風が吹いていた。
桓タイが帰ってすぐに陽が落ちた。
そしてやって来たのはだった。
桓タイと同じ場所に立ち、柵に手を置いて夜の景色を眺めていた。
酔ってはいたが、はっきり覚えている。
あの夜のことを。
月の光に照らされ、そっと支えてくれた優しい腕を忘れることが出来なかったのだ。
「将軍…」
ぽつりと呟いてその場を離れる。
自宅はもうすぐそこだった。
「はあ…」
足元を見ながら軽い溜息をつき、自宅へと戻ってきた。
しかし人影に気が付き、顔を上げた。
「将軍!」
思わず駆け寄ったその表情は、我知らず笑顔になっている。
「その後、どうしているかと思って…。その、もう大丈夫か?」
今更何を聞いているのだと自分に問いかけたい思いはあれど、出てしまった言を退くことは不可能だった。
口実を考えている途中だったのだ。
あれこれ考えている内に来てしまった。
仕方なくの返答を待つ。
「はい。元気に過ごしております。あの…将軍?少しお話させて頂いてもいいですか?」
「もちろん」
夜だと言うのに大きな声が響く。
はっと口元を押さえた桓タイに、小さい笑い声が答えた。
「中へ入りますか?それともどこかへ行きますか?」
問われて少し考える。
だが女性の居院に入り込むというのは、どうも不謹慎ではないかと思い直した。
かと言って自分の居院は…
「この前行った所に行こうか」
そう言った桓タイに、は頷きながらも場所の検討をつけた。
さきほどたった一人でいた、あの場所ではなかろうかと。
月はまだ現れていない。
いつもより暗い道を二人並んで歩く。
時折桓タイが道を指し、気を付けるようにに教えた。
台地へはすぐについた。
は想像通りの場所に出て、少し嬉しいような、同時に切ないような気持ちが沸き上がっていた。
月の変わりに星が煌めき、世界を彩っている。
柵に手をかけて無言の桓タイを、少し後ろから眺めていた。
この一ヶ月の間に気が付いた自らの感情。
そして告げたい想いを胸に抱えたままその隣に並んだ。
それを待っていたのか、桓タイがぽつりと言う。
「実は夕方もここにいた」
「え…?将軍が、ですか?」
うん、と頷いた顔が少し赤い。
しかしはそれ以上に赤くなって言う。
「私も…いましたよ。さっきまで」
「え?本当に?」
「ええ…将軍がいればいいな…なんて、莫迦な事を考えておりました。ここは外朝ですのにね」
「ではそのまま待っていればよかった」
「え?」
「気が付いたらここにいた。が気になって降りてきてしまったのかもしれない」
そう言ったきり、二人は黙り込んでしまった。
桓タイと同じように、も前方を見つめる。
涼風が駆け抜けて、火照った頬を撫でていく。
しかし熱気はいっかな下がる様子を見せない。
しかしふと最初にかけられた言を思い出した。
少しがっかりしながら言う。
「もう…体の方は大丈夫です。だけど、また悪くなりたいと、そう思います」
「それはいけない」
の方を向いて言った桓タイの語調は強い。
驚いて桓タイを見上げると、真剣な眼差しとぶつかった。
「俺まで痛くなる」
「どうして私の不調で、将軍が痛いのですか?」
「体ではないが、心が痛い。心配で夜も眠れなくなる」
「夜も…そんな、まさか」
「冗談のつもりはないんだが…迷惑、か…」
「い、いえ!迷惑だなんて…むしろ、嬉しいですよ。心配してくれる人なんて、私にはいませんから」
「…本当に?」
「ええ、悲しいことに」
「それは、特別な存在がいない、と取って構わないか?」
「え?ええ…」
驚いた表情でそう頷くと、途端に視界が消え失せた。
自分の身に何が起こったのかを理解した時には、飛び上がりそうなほど驚いていた。
の体は桓タイの腕の中。
動く余裕がないほどきつく抱きしめられている。
「こんな気持ちになったのは…初めてで…その、どう言っていいのか難しいんだが…」
「あ、あの…将軍…?」
「ただ、毎日会いたくて、気になって仕方がなかった。かと言って春官府に用事もなければ、外朝に降りる事もない。どこに行けば会えるのかすら、今日になるまで思いつかなかった」
「…軍…将軍、少し力を緩めてくださいますか?」
「す、すまん。痛かったか?」
慌ててを解放する桓タイ。
しかしは桓タイに寄って自らの腕を廻す。
「痛くなんてないですよ。ただ、お顔を拝見したかっただけなんです」
腕を廻したまま、桓タイを見上げる。
その表情に、溶けそうな自分がいた。
この表情にやられたのだと、改めて実感する。
「私も…同じように思っていました。だから、今日もここへ寄ったんです。将軍はいないと分かりながらも…微かな希望を抱いて…だから、とても嬉しいんです。今、とっても幸せです」
そう言われてしまえば、もう腕を解放している意味などない。
桓タイもまたに腕を廻して、しっかりと抱きしめた。
互いの熱気が伝わり、少し暑い気もしたが、その腕を緩めることが出来ない。
しばらくすると、が呟く。
「とても胸が苦しかったんです。この一ヶ月、自分の気持ちがよく分からなくて…分かったからと言って将軍にお会いすることなんて出来ません。でも、今は違う意味で胸が苦しいような気がします。辛いとか切ない意味の苦しさではありませんが」
それは桓タイにもよく分かった。
狂おしいほどの愛しさがもたらす苦しさ。
それが今、二人の心を支配している。
「では、それを止めてしまおう」
桓タイはそう言うとの双眸を見つめる。
「止める方法がありますか?」
「もちろん」
そう答える桓タイに、少し傾いたの顔。
それに笑いかけて言った。
「口付けてしまえばいい」
驚きで苦しさから解放されたのかどうか。
それはの胸の内。
桓タイにも分からない事だった。
甘い甘い時間の後、約一ヶ月ぶりの大掃除が待っていることを、はまだ知らない…
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