ドリーム小説




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吟酔


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庭院へ出ると、すでに辺りは青く変化していた。

先日は気がつかなかったが、ここも手入れがされておらず、至る所に草が生えている。

その一角、比較的草の少ない所に、卓子と椅子は置かれていた。

と入れ替えに、桓タイは一度中に入った。

すぐ戻ってきたが、その時には何か包みを持っている。

「昨日堯天に降りたんだが、その時酒の肴になりそうなものがあったので買ってきた」

そう言いながら卓子の上で包みを広げる。

乾物が数点と、小さな包みがあった。

「この小さいのは何ですか?」

「開ければ分かる」

そう言った桓タイを見ながら、包みに手をかけた

包みを開けると、饅頭が出てきた。

「女性は甘いものが好きだろうと思って、一応買っておいた」

「わあ、ありがとうございます」

にこりと微笑んだ

桓タイは照れたように頭を掻いて横を見る。

「まあ、とりあえず吟酔だな」

取り繕うようにそう言うと、酒瓶に手を伸ばして蓋を開ける。

ゆっくり酒杯に注ぐとに渡し、自分の分も注いだ。

「では頂きます」

は横に頭を傾け、微笑みながら酒杯を見る。

一口含むと、芳醇な香りが広がった。

「わあ、不思議な味ですね。でもおいしい」

喉元をするりと通り抜けたそれは、酒と言う感じがあまりしなかった。

とても軽くて飲みやすい。

酒杯を持った時には感じなかったが、冷えているように感じるのは何故だろうか。

吟酔(ぎんすい)とは不思議な酒であったのかと、は頷きながら納得した。

「あまりに飲みやすいので、進みますね」

気が付くと酒杯は空いていた。

桓タイは笑っての酒杯に新たな吟酔(ぎんすい)を注ぐ。

しばらくは味を堪能していただったが、向かいに座って飲んでいる桓タイに目を向けると小さく言った。

「将軍はとても力持ちなんですね」

すると桓タイは少し顔をあげ、しばらくを見ていた。

拙いことを聞いてしまったのだろうかと、不安に思い始めてようやく、その瞳が逸らされた。

「半獣、だからな」

「でも私の知り合いの半獣は非力でしたよ?小さい頃、隣に住んでいて、仲の良かった子がいたんです」

正面に戻ってきた桓タイの顔が、興味深い眼差しでを見た。

「仲が良かった?半獣と?」

「ええ。おかしいですか?」

「いや、むしろ嬉しい」

同じ半獣としてそう言ったのだろうが、は少し頬を染めた。

「だって、同じように考える事が出来て、同じように生きている。獣の姿を持っているのだって個性だわ。半獣を差別すると言うのなら、麒麟だって同じじゃない…って、小さい頃は思っていました。あ、これは台輔には内緒ですよ」

くすりと笑い、口に人差し指を当てて片目を閉じた

「もちろん、内緒にしている…と言うより、とても言えない」

「ふふ、それもそうですね。でも、本当にそう思っていたんです」

「偏見がないのは嬉しいな。半獣などに誘われて、迷惑ではないかと…」

立場上、断ることが出来ずにいるのではないだろうかと考えていた。

「迷惑だなんて…そう思っていればここにいませんよ。だって、将軍は私を助けて下さったでしょう?それなのにお酒までご馳走になって」

「助けたも何も、俺のせいで…」

「いいえ、将軍のせいではありませんよ」

そう言うとはまた酒を口に含む。

香りはまだ消えることなく漂っている。

世界はすでに暗く、灯りのない庭院では桓タイの表情が分かりにくい。

「灯りを持って来ましょうか」

「いや、大丈夫だ。時期に月が昇る。今日は満月だろうから、灯りがなくとも明るいだろう」

桓タイの言うとおり、しばらくすると月の光が射し込んでくる。

「将軍は…月がよく似合いますね」

「え?」

「何というか…その…夜にお会いすることが多いからでしょうか?」

そう言うとは甍(いらか)の端に見え始めた月を仰ぐ。

桓タイも習うように見上げた。

玉鏡は美しく二人を照らし出す。

満足げに酒を煽ると、それが最後だと気が付く。

新しい物を、と言って一度中に入った桓タイ。

棚から新しい別種の酒を持って戻る。

はまだ月に魅入られているようだ。

卓子に肘をついて眺めている。

さわりと吹く風は、柔らかそうな髪を揺らしていた。

その様子に、桓タイは思う。

こそ、月が似合うのではないかと。

そんなことを考えていると、が振り返って微笑んだ。

「将軍はお酒に強いですね。酔ったりしないんですか?」

まだ酒杯に残っている吟酔(ぎんすい)を飲みながら、はそう問いかけた。

「酔わない事はないが…我を失ったりはしないな」

「へえ、凄いですね」

は?」

「私は強くないので、この吟酔で丁度良い感じです」

そう言うと、またしても微笑み、首を少し傾げる。

その諸動作に、桓タイは少し胸が鳴ったような気がした。















それからも二人の酒は進む。

甍を掠めて現れた月は、すでに中天に達しようとしていた。

やがて夜も深まった頃、はそろそろと言って立ち上がる。

「送っていこう」

「いいえ、そんな」

「夜も遅い。女性を一人で歩かせる訳にはいかない」

「でも、国府ですよ?滅多なことはありませんでしょう」

そう言っては立ち上がる。

少しおぼつかない足取りで官邸の中へと入っていった。

「送っていく。こけたりしては大変だから」

言いながら後を追ってくる桓タイ。

それにくすくすと笑う声が答える。

「こけたり致しませんよ。子童ではありませんから」

「うん。でも送っていく」

強く言いきった桓タイに、はそれでも笑っていた。

酔っているのだろうか、それ以上遠慮することはなかった。

ゆっくり下る二つの影。

やがて見え始めた外朝に、桓タイは少し寂しい思いを感じながら歩く。

は相変わらず微笑んだまま、やはり頼りない足取りで進んでいた。

「きゃ…」

小さな叫びが聞こえ、の体が傾く。

桓タイは急いで腕を伸ばし、その体を受け止めた。

「…ついてきてよかった」

そう呟くと、笑ったの顔が桓タイを振り仰ぐ。

「これでは子童と変わりませんね」

大丈夫だと言ったのに、こけそうになった自分が滑稽だった。

「あの、将軍。少し休憩してもいいですか?」

は右に伸びている小道を指さしてそう言う。

細い道がどこに伸びているのか、桓タイは知らない。

「では道案内を頼む」

そう言うとを抱え上げて小道に入っていく。

驚いて言葉を失っただったが、照れたように俯いたまま指さす。

しばらく歩くと、拓けた場所に出る。

平らに均された、何もない円形の台地。

見張りのために造られたのか、見通しがよい。

そこは外朝が一望できた。

夜の闇は月の明かりによって緩和され、穏やかで優しい光を二人に送り続けている。

台地の端には柵が設けられ、その下には誰かの官邸がある。

柵に腕を置いて瞳を閉じる

吹く風が頬に触れ、それを気持ちよさそうに受けている。

桓タイは景色を見ることも忘れて、瞳を閉じたを見つめていた。

何故こんなにも気になるのだろうかと考えながら。

そう、何故か気になって仕方なかった。

危険な冬器がその体を襲い、下敷きになって気を失った時はもちろん心配だったが、回復してからもその様子が気になっていた。

それが体力に関する心配だったかと考えると、少し違うような気もする。

ただ気になって、その顔が頭を離れなかった。

そう、あの時からだ。

眠っているを、ただじっと眺めていた時から…。

「気持ちいいですねえ」

瞳を閉じたまま、首を傾げるようにして風を受けている。

まただ、と自らの胸元に目を落とす。

大きな鼓動が聞こえたのだった。

眠っている穏やかな表情。

それが動き出すと零れるような笑顔が向けられる。

この感情がさすものと言えば…。

「まさか…」

「え?」

気付かぬ内に声に出ていたのか、の瞳が開けられる。

月華の中で、不思議そうな顔が桓タイに向けられた。

「あ、ああ…いや。なんでもない」

誤魔化すようにそう言った桓タイは、景色を眺めるように顔を背けた。

「夜の気候が昼も続けばいいのにな」

「ええ、本当に。よく大宗伯に怒られますから」

「大宗伯に?どうして大宗伯に怒られる事が…」

「あ…それは、その…暑いものですから、少し…なんと言いますか…その…はだける、と言うか…」

「はだける!?」

叫ぶような桓タイの声に、驚いてしまった

「あ、いや…すまん。その…はだける…とは…?」

「少し襟元を緩めまして、風を送るのですが…大宗伯に叱られてしまいます」

恥ずかしそうに言ったは、顔を下に向けて頬を染めている。

しかしその様子を桓タイが見ることはなく、宙を見据えたその視線の先には想像という世界が広がっていた。

ただの想像とは恐ろしいもので、が言ったそれよりもずっと露わである。

自らの想像、いや、妄想と言っても過言ではないそれを、慌てて消すように首を振る。

その動きに気がついたは、桓タイに声をかけた。

「どうかなさいましたか?」

下から覗き込んで問いかける

その視線、諸動作すら、動揺を煽る。

「あ、いや…ちょっと…」

そこから顔を逸らし、あらぬ方向を見つめる。

しかしはさらに詰め寄って桓タイを覗き込むように見ている。

「でも…何かお顔が…まさか今になって酔いが回ってきましたか?」

「い、いや。大丈夫だ…なんでもない」

あまり近付かないでほしいと思うのは、桓タイの心の独白であった。

「本当に大丈夫ですか?」

心配そうに覗き込む顔を直視出来ず、月を仰いでやり過ごす。

少し情けないような気もするが、それ以上どうしようもなかった。

「も、もう遅い。明日に障るといけない」

そう言って歩き出す桓タイ。

一人進んでしばらく、思い出したように立ち止まって振り返る。

少し遅れてついて来るを振り返って手を伸ばした。

「大丈夫か?」

「あ…はい」

にこりと笑い、照れたように伸ばされたの手を取り、支えることが出来るよう隣に並ぶ。

再び小道に戻り、下山を再開した。















の自宅に到着したのは、それから瞬く間であったような気がした。

最後に軽く礼をとって帰っていく後ろ姿を、寂しいような、安堵したような複雑な心境で見送り、一人内朝へと戻っていった。



続く






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