ドリーム小説




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それから、を取り巻く雰囲気は、少しずつ変わっていった。


憂いを含んだ瞳は徐々にその色を薄め、夜中に舞う姿もついぞ見かけなくなった。


明嬉は暇を見つけてはを捕まえ、様々な事を学び、文姫もそれに沿うように、の後をついて回っている。


利広はと言うと、相変わらず旅に出る事をやめなかったが、それでも以前に比べれば、よく宮城に留まっている。


宮城にいる間は、と剣舞に興じる事もしばしば。


宗王、宗麟もを信頼しており、助言を請う事もあった。


また、は空いた時間に、利達の政務をも手伝っていた。


細かい仕事が多い利達の自室に赴き、書面の整理をしたり、適度に休息を取らせる事も忘れてはいない。

ある日ふと、炊き込められた香に立ち止まる。


利達に聞けば、白梅香だと返ってきた。


白梅の音に、一瞬白海を連想したが、色彩ではなく、薫りだったためか、それはすぐに姿を潜めた。

そして、が清漢宮にきてから、一年近くが経とうとしていた。










その夜、文姫は鈴の音で目が覚めた。


何だろうと起き上がって、外に出てみる。


遠くのほうから、小さくではあったが時折、ちりんと鳴る音が聞こえる。


音のする方向へ、導かれるように歩みを進め、庭院にたどり着いた。


雲海に張り出した露台で、幻影のような物を発見する。


幻影の正体は、浅葱色の襦裙を着た、であった。

そのあまりに幻想的な光景に、声をかけるのは躊躇われ、ただうっとりと眺めているばかり。


音の正体を見極めようと目を凝らすと、の手に持たれた扇からのようだった。


扇の咲飾りに小さな鈴と、襦裙と同じ色の紐が垂れ下がっていた。


優雅に舞うその姿を眺めることしばし。やがて舞は終わり、は露台に腰を下ろす。



それが合図だったかのように、文姫はに声をかける。


は少し驚いたような表情を見せたが、すぐに微笑を投げかけて文姫を迎え入れる。


「ごめんなさい。随分と前に来たんだけど、声をかけずらくって…とても綺麗な舞を見せてもらったわ。でも…お邪魔だった?」


「いえ。もう舞は終わりましたから」


「よかった。露台からさんが消えてしまいそうで…思わず声をかけてしまったの」


「私が消える…」


そのままの語調を反復したに、文姫は慌てて言った。


「ちょっと、そう思っただけ。消えるなんて思ってないわ」


そう言ったのにも関わらず、からは何の言葉も発せられない。


その様子に、文姫は不安になって聞いた。


「まさか…消えたりはしないわよね?」


「…」


さん?」


不安そうに覗きこんでくる文姫に、はゆっくりと切り出した。



「本日は遵帝が身罷られた日でございます。弔いのための舞を踊っておりました。以前は頻繁に行っていたものですが、この一年ほどは、数える程しか舞っておりません。私の心が変わったからです。以前の私は自らの為に、弔いの舞を踊っていたのだと思います。ですが今、初めて私は本当の意味での弔いの舞を、踊る事が出来たのだと思います。これは、みなさまのおかげですわ」


は文姫に軽く頭を下げて、続きを言った。


「こちらにお世話になるようになって、一年近くが経過いたしました。私の心は、穏やかな空気に触れ、幸せで満たされようとしています。ですが私は未だ、奏の国民ではございません」


はっとなって文姫はを見た。


あまりにも身近に居たために、すっかりと失念していたのだった。


「そもそも、何故私が才の仙籍から、除籍されていないのか判りませんが、奏の民ではない私が、こちらに居ても良いのだろうか、と思うのです。奏の民に向けられるべきはずのご温情を、私が受けても良いのだろうかと」


明嬉は遵帝への、恩返しのつもりだった。


それならば、は才の民として、その温情を賜っている。


奏の民ではない。それが何故か心苦しい。


今までそれで良かったのが、ここ最近は苦しく感じる。

何故かと問われても、に答える事は出来ないのだろうが。


「才の民として、遵帝の臣としてのご温情は、充分すぎるほど賜りました。それならば、私は戻るべき場所に行かなければ…ならないのではないでしょうか?」


「戻るべき場所って…?」


「それは…判りません」


「才に戻りたいの?」


「いいえ…それは違うと申し上げておきましょう」


寂しげに笑うに、身を切られるような思いを抱いた文姫は、拳を握り締めた。

「あたしはさんが好きよ。だから勝手にしたいように接しているだけ。温情とか、そんな大層なもんじゃないわ。さんは、ここが嫌い?」


「いいえ。ここは大好きです」


「なら、いいじゃない!」


「ですが…」


さんが消えたりしたら、みんな悲しむわよ。特に兄様なんて、後を追って行っちゃうから。何処にいても捕まえられるわよ」


文姫の言った事に対して、はくすりと笑みを漏らす。


「お心遣い、感謝します」


さんは、好いた人と離れ離れになってもいいの?あたし、姉様が出来るのを楽しみにしてたのに」


「好いた人?姉様?」


聞き返された文姫は、驚いてを見た。


「やだ…お互い好きあっているのに、まだ何もないの?ひょっとして、気持ちを伝えあってもいないの??」


信じられないとばかりの声に、は苦笑しながら頷く。


「なるほど…考える訳ね。伝え合ってもいないから、きっと苦しいのよ。ここから消えたくなるのは、それも大きいんじゃない?」


そう言われて、は胸に手をあてて考える。


確かに、それも一理あるように思えた。


才の民であると言う疎外感。


奏に居てはいけないのだと、響く声がするように思っていた。


だけどそれは、真実から瞳を逸らしていただけなのかもしれない。


さんは、兄様が好きでしょう?」


微笑みながら聞く文姫に、は頬を赤く染めた。


「お慕いしております…ですが私は…」


が言いかけたものを、文姫は手で止めた。


「才の民とか海客とか、全然関係ないわ。大切なのは、お互いの気持ちだけでしょう?」


文姫はそう言って、を軽く睨んだ。


「そう、でしょうか…?」


「そうよ。それに、兄様も同じ気持ちだと思うんだけど…どう見ても、その様にしか見えないわ」


「それは…どうでしょうか…」


「だってあたしは近々、姉様が出来るのとばかり思っていたんですもの。ただその時まで、隠しているのだと思っていたわ」


は困ったような顔になって、文姫を見ていた。


「隠すも何も…」


突然唸りだした文姫に、の言葉は遮られる。


「駄目、絶対に駄目!兄様とちゃんと話をして!その上で、どこかへ行くと言うなら止めないわ。でも、そのまま消えるなんて絶対に嫌よ。うん。認めないんだから」


そして文姫は立ちあがった。


「明日…そう、明日。ちゃんと話し合って!兄様はあたしが呼びつけておくから」


そう言って、文姫はそのまま自室に戻って行った。


後に残されたは、一人唖然としていた。


明日、気持ちを告げろと言われて、動揺を隠し切れない。


それも文姫が言うには、お互い好き合っているようだった。


「まさか…」


そう呟いて、雲海に目を向ける。

静かな鼓動のように押し寄せる波を眺めて、気を落ち着かせてから、も自室に戻って行った。












翌日。


夕餉が終わった直後、は文姫に連れ出された。



その日は落ち着きを保つのに、全神経を集中させていただったが、さすがにこの時には、早くなる鼓動を押さえつける事は不可能だった。


「ど、どちらに向かわれているのですか?」


典章殿で生活をして一年近く。


どこに向かっているのか、判らぬではないはずなのだが…


「兄様の房室よ。ああ、着いたわ。さ、後は兄様を呼んで来るから、それまでに心の準備をしておいてね」



文姫は屈託なく笑って、を残し、去って行った。

残されたは…





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