ドリーム小説




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翌日、夕暉に客があった。

誰だろうと出てみると、そこには虎嘯と鈴が立っている。


「よお!元気にしてるか?」

虎嘯は夕暉を確認すると、手を挙げて明朗な声で言う。

「兄さんこそ、元気?鈴も久し振り。上はどう?少しは落ち着いた?」

夕暉がそう問うと、二人は顔を見合した。

「官吏の移動がまだ落ち着かないの。それに人が少なくて…結構大変よ」

溜め息混じりに言う鈴に、虎嘯は大きく頷いていた。

「それなら、抜け出してきて良かったの?」

夕暉がそう言うと、二人はすかさず言った。

「陽子が様子を見て来いって。あれは追い出されたに近いわよね」

そうだな、と苦笑する虎嘯に、夕暉は言った。

「ぼくの方は大丈夫だよ。なんとかついていってるし」

「なんか足りねえ物はないか?」

「うん。大丈夫」

笑って言う夕暉に安堵したのか、虎嘯は大きく息を吐いた。

「今日はね、美味しそうなお饅頭があったから、持って来たのよ」

虎嘯を振り返って、鈴が言う。

「そう、ここに…ここ…あれ?」

「やだ、虎嘯!どこに置いてきたのよ!」

いけねえ、と踵を返し、慌てて駆け出す虎嘯を、呆れ顔が二つ見ていた。

「あいかわらずだなあ」

そう言って溜め息をつく夕暉に、鈴はくすくす笑いながら同調した。

ふと何か、目に留めたように、夕暉の腕が上がった。

!」

呼ばれた者は顔を上げて、夕暉を確認したのか、手を挙げて合図をした。

手招きされて、が夕暉のもとへ行くと、黒髪の少女がそこには立っていた。

より、少しだけ年上のように見える。

夕暉は鈴に向き直って、を紹介する。

紹介されたは、何が何だか判らずに頭を下げる。

さんね。あたしは鈴って言います。もう少し待ってくれたら、美味しいお饅頭が届くわよ」

そう言って笑った鈴につられて、夕暉も笑っていた。

はね、とても成績が良いんだ。大学へもいけると思うから、きっと数年後には金波宮に上がると思うよ」

「へえー。凄いわね。楽しみにしてるわ」

そう言った鈴の言に、はふと気がつく。

「鈴さんは、現在金波宮に?」

「ええ。下働きのような物だけど。とてもやり甲斐のある仕事よ」

そう言って鈴は夕暉とを見た。

だから紹介されたのだ、と理解した。

「楽しみだわ。二人が来るのを待ってるからね」

鈴がそう言った時に、虎嘯が戻ってきた。

「すまん、すまん。ほら」

そう言って鈴に袋を渡す。

「虎嘯、あたしに渡してどうするのよ。はい夕暉、お土産。みんなで食べよう?」

「うん、そうだね」

座れるところを探している夕暉に、は袖を引いて振り向かせた。

「院子の木陰に、石案があったわよ。椅子もあったわ」

そこへ向かう間、は三者から一歩引いてついていく。


僅かな疎外感がそうさせていたのだった。

石案にたどり着き、腰を下ろした時には、その疎外感は強まっていた。夕暉の知り合いに囲まれているのだから、当たり前だとは思うのだが、そう思った所で拭えるものでもなかった。


「ほら」

大人しくしているに、虎嘯と呼ばれた男が饅頭を手渡す。

「ありがとうございます」

「おう。おとなしい子だな。夕暉の学友だって?」

「はい」

夕暉はそんなの様子を見て、思わず口を挟んだ。

はとても頭がいいんだよ」

そうか、と言って虎嘯は感心したような眼差しを向けた。

「弟に色々教えてやってくれ」

そう言われたは、そこで初めて気がついた。

「夕暉のお兄さまですか?」

頷く虎嘯に、はこの人が、という視線を投げた。

この人が、殊恩党の頭目。

体躯からは、さぞかし強いのだろうと想像できた。

すると鈴も殊恩党の一員だったのだろうか。

夕暉は殊恩党から数名が、金波宮に上がったと言っていた。

「夕暉はどうだ?その、学友の目から見て」

「とても優秀な学生だと思います。色々教える所か、こちらが考えさせられる事もしばしばです」

そうが言うと、虎嘯は嬉しそうに笑った。

自慢の弟なんだ、とでも言いたげなその表情に、は微笑ましく思う。

その後四人は談笑を楽しんだ。

それは空が茜色に染まるまで続いた。












その日の夜、は寝付けないでいた。


昼間の余韻が残っている、とは思っていたが、実際は違う。


鈴と夕暉が肩を並べる姿ばかりが浮かぶ。

ひょっとして鈴は、昨日夕暉の言っていた人物のことではないだろうか?


傍に居て、見ていないと安心できない。


それは鈴という人を表しているように思えた。


少し頼りなげな雰囲気を持つ彼女は、夕暉から見れば守ってあげたいと思うのかもしれない。


それに比べて自分は、守ってもらうような性格ではない。


はぁ、と零れた溜め息にも気がつかず、ただ暗い天井を見上げていた。


これではいけないと、瞳を閉じてじっとする。


「…」


頭を空にしようと心がけてみる。


「…」


二人の幻影を追い払う。


「…。駄目!」


はそう言って飛び起きた。


とても眠れない。


「きっと、暑さのせいよ」


そう言って外へ出た。


昼間とは違い、比較的涼しい夜の院子にでる。


歩いていると、生暖かい風が耳元を掠めて、過ぎていった。


少しぞくっとしたが、気のせいだと思い、再び歩き出す。


「疲れているのかしら…」


そう呟いていると、今度は微かに何かが聞こえる。


悪寒が走って、は左右を見た。


しかしそこにはただ、暗闇ばかりが広がっている。


は空を仰いだ。


「月が出ていないわ…」


五歩先は暗闇だった。


恐怖心にかられ、戻ろうかと思い始めた。





ふいに呼び止められる声がして、は肩をすくめた。


こんな時間に人が出歩くはずはない。


ふと、過去に聞いた話が頭を過ぎる。




昔、この少学に優秀な若者がいた。


その若者は学頭の推薦を受け、大学へ入るために選挙を受けた。


しかし、その選挙に落ちた若者は、気落ちして、自ら命を絶った。


少学の学生達は、一度や二度落ちたぐらいで、とその若者に同情しなかった。


その話を夜中の寮でしていた時、数名が背後に立つ血まみれの学生を見たと言う。




だけど、まさか…。


はそう言い聞かせようとしていた。


恐怖で硬直した体を動かそうとするが、は突っ立ったまま、首一つ動かせない。


すると肩に手が置かれた。


「きゃ…」


叫ぼうとしたのを、慌てて塞ぐ手があった。


「ぼくだよ、


半泣きで見上げたそこに、夕暉の顔があった。


「あ…」


硬直の解けたは、脱力感からその場に座り込む。


「どうしたの?こんな時間に」


そう言った夕暉に、は睨みながら言った。


「夕暉こそ、どうしてこんな時間にいるのよ」


がこちらに来るのが見えたから」


そう言われてはほう、と息を吐いた。


「びっくりした…よかった、夕暉で」


「ん?すると、何だと思っていたの?」


「何って…」


は立ち上がってから、誤魔化すように言った。


「何でもないわ」


すると夕暉はからかう様な笑みを見せ、の正面に回った。


「血まみれの若者だと思った?」


言い当てられて、は一歩後退した。

その様子に夕暉は笑う。


は意外と怖がりなんだね」


「こわ、怖くなんて、ないわよ!」


「そう?泣きそうな顔してたのに?」


そこまで観察していたのか、とは悔しい思いで夕暉を見た。


「そんな日も、あるのよ」


そう言うと、夕暉はあっさりと頷いた。


「それで、こんな時間にどうしたの?」


舞い戻ってきた質問に対して、は答えに窮していた。


「眠れなかったとか?」


それも当たっていたので、は仕方なく頷いた。


「何か悩み事?」


それに対しては沈黙を守った。


どう答えていいのか、判らなかったからだ。

胸を射す様な痛みを、昼間にも感じた。

だけど、それは体のどこにも異常を訴えなかったし、ある条件が揃った時だけだった。


条件とは、夕暉だった。


だけど、ずっとじゃない。


時折、それを感じる。


そして感じる時には、ある特定の感情を抱いている事までは、気がついた。


だけど、それがどういった物なのか、には理解出来ないでいた。


どのような会話がなされて、そこに至るのか、考えても思い出せない。


今日の昼間には終始痛んだし、その時の会話といえば、どこを取っても格別ではない。


それを説明出来るほど、自分自身で理解していなかったのだ。

答えられずに、ただぎゅっと胸元を握り締める。


?顔が青いよ?熱でもあるんじゃ…」


そう言われて、は慌てて首を振った。


「大丈夫。なんともないわ」


「なんともって…胸が苦しいの?」


は握った胸元に視線を動かし、しばらく逡巡したが、ややして頷いた。


「でも、大丈夫。すぐに治るから。きっと驚いたからだと思うわ」


「鼓動が早い?」


「情けない事に、少しだけね」


いつもの調子に少し戻ったのを感じて、は安心した。


「ごめん、そんなに驚くとは思ってなかったんだ」


申し訳なさそうに謝る夕暉に、は慌てて言った。


「夕暉が悪い訳じゃないの。ただ、ちょっと前に生暖かい風が通り過ぎたから…」


「それじゃ、やっぱり怖かったんだね」


確認するように言われ、はやっと気がついた。


夕暉の罠だったのだ。


「悔しい…」


「素直に怖いって言えばいいのに」

「…怖かった」


悔しさから、ぼそりと言う。


「大変よろしい」


夕暉はに近付いて、頭を軽く叩いた。


「夕暉は、怖くないの?」


の頭に手を置いたまま、夕暉は答えた。


「目に見えない物を怖がっても仕方がない」


「じゃあ、怖い物はないの?」


「怖いものならたくさんあるよ」


例えば?と問えば、夕暉はの頭から手を下ろし、真剣に言った。


「人の心を失った人間。道理の通らない相手」

言われては気がつく。


夕暉は乱のさなかにいたのだと言う事を、失念していた。


人の心を持たない郷長のもとで、生き抜いて来たのだった。

小さく後悔が生まれる。


「ごめんなさい…」


俯いて、謝れずにはおれなかった。


すると、微かに笑う気配がした。


は聡くていけない。深く考えないでいいんだよ」


そう言われて、は夕暉を見た。


乱の事を言ったのだと、夕暉は気がついたようだった。

それは成功したからよかったものの、もしもの時には、ここで話す事もなかっただろう。


「あ…」


また、あの感じ。


胸が痛い。


ぎゅっと手を当てる。


痛みが、消えない。


?」


窺うように問われ、は夕暉を見た。


「夕暉…胸が痛い。夕暉と居ると、とても楽しいのに、たまに苦しい」


自分ではどうにも理解出来なくて、は夕暉に答えを求めた。


教えて欲しい。


そう訴える瞳を、夕暉は正面から受け止めていた。


、手を」


は言われるまま手を胸元から離し、夕暉のほうへ伸ばした。


それを夕暉は両手で包みこんだ。


すっと痛みが引く。


「あ…治った…」


にこっと夕暉は微笑み、説明しようかと問うてくる。


もちろん説明が欲しい。


「じゃあまず、昨日の会話の中で、最初に思い出す事を教えて」


はすぐに浮かんだ会話を口にした。


「ずっと傍に居て見てないと、安心できない人が居るって話」


うん、と夕暉は頷いた。


「思った通りだね。それを、はどんな人だと思った?」


「鈴さんのような人?」


「うん、そうだろうと思った。その事を考えると、今日は眠れなかった。だから院子に出てきた。違う?」


は夕暉に包まれた手を見ながら、自分に問いかけた。


「そう、みたい」


ふわり、と手が解放された。


夕暉を見ると、さっきよりもずっと近距離にいた。


どくん、と脈打つ。


「解答と結果、どっちが先に欲しい?」


「え?解答と結果?」


「そう」


訳もわからず、とりあえず解答と答えた。


「解答は、はぼくが好き、ってこと。鈴にやきもち焼いたんだよ」

時折抱く特定の感情がやきもちだった事は、を驚かせた。


「私は、夕暉が好き?」


問われた当の本人は苦笑していた。


「違う?」


逆に聞き返されて、は下を向く。

はぼくが好き。胸が痛いのは、その結果を悲観するから」


じっと地面を見つめて、しばし考える。


「好き…みたい」


そう言うと、また軽く頭を叩かれる感触がした。


はとても聡い。だけど、これが判らないんじゃ、お兄さんが反対するのも、ちょっと判るな」


「兄様が?どうゆう事?」


顔を上げたは、また近くなった夕暉を見た。

しかし今度は留まらずに、そのまま抱きしめられる。


「ぼくのような人間に、浚われてしまうからね」


そう言って、くすりと笑う。


「夕暉…よく、判らないわ」


「じゃあ、結果。ぼくもが好きだって事」


は軽くなった感情を感じ、夕暉に身を寄せた。


「ああ、それから誤解がないように言っておくけど、目が離せないのは兄さん。の所と逆だと思ってくれていいよ」


そう言ってまた笑う。


「また、夕暉に色々教えて貰っちゃったわね。でも、嬉しい」


「素直なはかわいいからね」


全部は教えないでおこう、と夕暉は心の中で呟いた。


あえてすぐ兄だと言わずに、含ませた言い方をした事。


鈴が訊ねてきたので、の気持ちを擽るような行動をとった事。


(だって、それくらいしなければ、このお嬢さんはきっと気がつかない。博識なくせに、鈍いんだから…とてもかわいい)


一人笑う夕暉を、夜の闇が見ていた。








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純愛

と言う事で勘弁して下さい。

小さな恋のメ○ディー?

この子は将来、恐ろしくも有望ですね。

                      美耶子