ドリーム小説




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懐所舎利


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「ふう…」

大きく溜め息を着き、英清君利達は喧騒の漂う隆洽の街を眺めていた。

近く、巧が荒れている。

王はまだ健在のはずだが、それももう僅かな時間しか残されていない。

何しろ麒麟が崩御したのだから。

塙麟失道から、崩御までは早かった。

塙麟崩御の報は、巧国を揺るがせ、民は一斉に国外を目指す。

隣国である奏は、その煽りを受けていた。

新王登極間もない波乱の国、慶に逃げようとする民は少ない。

少々遠くても、民は奏を目指すだろう。

奏は浮民の救済施設として、保翠院がある。

その大翠として公主文姫が長に納まっているが、それだけではどうにも賄えきれなくなっていた。

何しろ今まで慶から逃げてきた荒民も、まだ国内には数多く残っているし、さらに隣国からともなれば、その数は尋常ではなくなる。

今はまだそれほどでもないが、時間と供に加速度的に膨れ上がるだろう。

自分の仕事に加えて、荒民問題の為、昼夜を問わず書面に囲まれ、目も回るような忙しさの中、本当に目が回って倒れたのだった。




「少し養生なさいませ」


そう言ったのは、宗麟昭彰だった。


「今の内に休んでおおき。お前の分はやっておくから」


これは母である、王后明嬉からの言葉。


「利広のようにとは言わないが、たまには遊んできたらどうだ?」


宗王からの言葉に引き続き、


「そうよ、保翠院の大翠はあたしですからね。兄様は少し街に下りて、遊ぶぐらいが丁度いいわ」


文姫はそう言っただけではなく、本当に利達を後宮から締め出した。


唖然とするのも束の間、利達は諦めて隆洽に降りて来たのだった。


荒民の様子を見に、高岫山まで行ってみようかとも思ったが、騎獣を伴ってきていないのもあり、なんとなく街をぶらぶら歩いていた。


「この舎館、まだあったのか…」


ふと一軒の舎館に目を留めた利達は、その前で足を止めた。


街に下りるのは久し振りだったが、この舎館は覚えていた。


昔、家族で営んでいた舎館に、とてもよく似ていたからだ。


初めてその舎館を目にしたのは、いかほど前の事であったのか。


遠く記憶を手繰る。


「あの、何かご用ですか?」


突然声を掛けられた利達は、自分の事だと気付かずに、辺りを見回した。


左後ろに佇んで、自分をみつめる女性と目が合い、それで初めて自分が問われたのだと気がついた。


この舎館の者だろうか?


手には蔬菜の入った、竹篭を抱えている。


「私、ここの娘です。お泊りですか?」


「あ、いや。昔、似たような舎館にいたものだから、懐かしいなと思って…」


「お客さんじゃないのね」


少しがっかりしたような様子に、慌てた利達は急いで言った。


「い、いや。飯堂をお借りしようかと。丁度お腹も減った事だし」


女性はぱっと明るい表情になり、


「こちらへどうぞ!」


そう言って片手で竹篭を支え、もう片方の腕を利達に伸ばした。


飯堂に通されて、その一角に座らされた利達は、中を見渡してもう一度思った。


やはり、似ている。


もう随分と薄くなってしまった、遠い記憶。


「お待たせしました」


炒め物を皿一杯に持って、先ほどの女性が利達の元へとやってくる。


「うちは量の多さが売りなのよ」


そう言って片目を閉じる。


「確かに、すごい量だな」


実を言うと倒れてから、粥のような物しか口にしていなかった利達は、その量に再び目眩を感じた。


「残してもかまわないわ」


そう言われて、仕方なく食べ始める。


味はまあまあだったが、いかんせん量が多い。


しかし、女性は奥に引っ込まずに、じっと利達が食べるのを見守っている。


残すわけにもいかず、利達はなんとか完食した。


吐き気を覚えて、あわてて立ち上がり、もう無理だとばかりに外に向かう。


だが無理が祟ったのか、視界がぐらぐらと回転を始める。


やがて大きな音と供に、利達の体は飯堂の床に伸びた。









気がつくと衾褥の中だった。

ぼんやりと天井を見上げていた利達は、食べすぎで倒れたのを思い出し、慌てて起き上がった。

「うっ…」

またしても目が回り、臥牀に倒れ込む。

目眩の他、腹の辺りもきりきり痛む。

「あ、気がついたのね。驚いたわ、倒れるんだもの」

起きた気配に気がついたのか、少し怒った様子で、さきほどの女性が入ってきた。

「お前の店の飯には、何か毒でも入っているのかーって、怒って一人帰っちゃったじゃないの」

それで怒っているのだと判り、利達は謝ろうとして、もう一度起き上がった。

「寝てなきゃ駄目じゃないの!」

ばしっと怒られて、起きるのを諦めた利達は臥牀の上から謝った。

「申し訳ない」

「いいのよ。でも、無理して食べたのは許せないわね。お詫びにきちんと治して帰ってちょうだい。治るまではここから出さないんだから」

にこっと笑って言う女性を、利達は呆気にとられて見ていた。

「私、って言うの。あなたは?」

「わたしは、利達」

「利達さんね。で、どうして倒れたの?やっぱり、うちの…」

「いや、ちょっと働き過ぎのようだ」

「まあ、それは大変。適度に働いて、適度に遊ばなければいけないわ。それとも利達さんは、奏の人じゃないの?」

「え…いや。生まれも育ちも奏だが…」

「あまり奏国民っぽくないわね」

「そう、だろうか?」

「ええ。私の分析によると奏の人って、もっとのんびりしてるわよ。適度に働き、適度に遊ぶ。南国だからかしら?」

真面目に語るの顔を見上げて、利達は思わず目が点になった。

「あら?どうしたの?」

「あ、いや…よく観察しているなと思って」

「そう?ありがとう。これでもね、少学まで行ってるのよ」

自慢げに胸を張り、そう言うに、利達は問いかける。

「大学へは、行かなかったのか?」

「ええ。うちは大学へ行けるほどお金がなかったの。だから、少学を出てすぐに家業を手伝っているって訳。国から貰った田圃も、すぐに売ってしまったわ。そのお金で少し改装をしたから、今もまだあるのよ」

は少しも悲しそうな表情をせずに語ったが、聞いている利達は思わず同情をした。

何故そんなにお金がなかったのだろう。

不思議に思った利達は、それをに聞いた。

「ああ、父の性格なのよ。この舎館はね、荒民や浮民にも利用出来るように格安なの。母もそんな父を尊敬しているしね。泊まる人はそんなにいないけど、飯堂はお陰さまで大繁盛よ」

利達は感心してを見上げた。

「勉強も好きだったけど、あの時は両親に負担をかけるのが嫌だったの。だから嫌いなふりして帰ってきちゃった。だって人を雇う余裕もなかったんだもの。娘ならただで働けるでしょう?」

「今も、まだ苦しいのか?」

「ううん。今はもう平気よ。改装してからは、少しは奏の人も来てくれる様になったから。概観を変えると浮民が入りにくいからそのままだけど、中を綺麗にしたら、一度来てくれた人が宣伝してくれるようになったの。この三年で、随分人が増えたわ。今では人を雇っても大丈夫なくらいよ」

そう言っては溜め息をつき、遠くを見ながら言った。

「だからかしら。最近は頻繁に大学へ行けって言うの。実はばれていたのね…」

「大学へ行くのは嫌なのか?それとご両親が心配?」

「う〜ん…。もう心配でもないけど、嘘がばれていたってのがね。何か他の理由で出て行くのならいいのだけど…文官でも目指してみようかしら」

「ああ、それはいいかもしれないな。なら大丈夫だろう」

冗談で言ったのに、あまりにもあっさりと返された上、肯定されては驚いて利達を見た。

「本当にそう思う?」

「そう思う」

にこりと笑いは利達に言った。

「ありがとう。考えてみるわ」

は利達の額にそっと口づけて、房室を後にした。

そして残された利達は唖然としていた。

「今のは…」

額に手を当てて、先ほどの口付けを思い出す。

やがて遡るように、が房室に入ってきた辺りまで思い出すと、唐突に笑いがこみ上げてきた。

「わたしが怒られるなど…子童の時以来だ」

いつもは弟を嗜めたり、叱り付けたりしている利達は、この様子を絶対に利広には見られたくないな、と思った。








翌日、目が覚めた利達は起き上がって、大きく伸びをした。

目眩は軽く起ったが、体力も戻ってきたようだ。

「あら、おはよう。起き上がって大丈夫なの?」

粥を持って現れたに、利達は微笑んで返した。

「お陰さまで」

「でも、まだあんまり顔色がよくないわ。今日一日休んでいて欲しいけど、お家は大丈夫なの?」

「あ、ああ。恐らくは…」

はそれに微笑み、粥を置いた。

「妻君が心配してらっしゃるのなら、馬を出しましょうか?」

「妻君?」

違ったのか、と言っては微笑んだ。

「そうかな、と思っただけ。気にしないで」

そう言って粥を指差す。

利達はそれを頂き、丁寧に礼を言った。

「とにかく、まだ寝てなきゃ駄目よ。昨日よりは元気そうだけど、まだ目眩があるんじゃない?」

利達は軽く頷いた。

「お代は心配しなくていいから、しっかり治しなさいよ」

そう言って出て行くを、利達は見送って思った。

こんな事をしていれば、お金もなくなる訳だ。

何とか出来ないものだろうかと思いながら、その日の午前を利達は考え込んですごした。

午後になって、再び粥と、少量の炒め物を持ってやってきたに、利達は一つ提案をした。

「もし、この舎館を国に預けるとしたら、ご両親は怒るだろうか?」

は言われた事が理解出来ずに、首を傾げて問い返した。

「どうゆうこと?」

「荒民のための施設として、ここを解放し、必要な経費は国庫から賄う。それから給金も国が支払う。と言うことなんだが…」

は理解したと頷き、少し考える。

「それが実現すれば、父も母も喜ぶとは思うけど…無理な話ね。奏にはすでに、保翠院があるし、それを国に奏上できるほどのつてもないわ。それに、国がそんな都合のいい事を認めてくれるかしら?」

利達は微笑んで言った。

「つてはともかく、国にとってはいい案だと思ったんだが。近く、荒民が増えてくる。保翠院だけではとても賄いきれなくなる。とすると、民間に協力を仰ぐ事が出来れば、国としては助かる」

は感心したように頷いて、利達の顔を眺めた。

「利達は詳しいのね。国府の役人か何か?ひょっとして、文官?」

それに対し、利達は迷ったが、文官だと答えた。

「すごいお人だったのね。道理で詳しいはずだわ」

「つてを言うのなら、わたしが国府に進言しよう」

「ありがとう。でも、私の分析を覆すなんて、ちょっとがっかりだわ」

肩を竦めて見せて、は笑顔を浮かべた。

「分析?」

「そう、男前は頭が良くない。利達は美男だから、頭のいい文官なら私の分析は外れた事になるわ。あ、ちなみに美人は性格が良くないの」

「じゃあ、は性格が良くない?」

へっ、と気抜けしたような声を上げて、は利達を見た。

「私は美人じゃないから、性格くらい良くないと、誰も好いてくれないわ」

それを受けて利達は真面目に言った。

はとても綺麗だと思うのだが」

一気に頬を染めたは、利達を見て慌てて言った。

「そ、そんな事、言われた事ないわ」

「本当に?周りの男は見る目がないな」

微笑んで言う利達にますます赤くなる顔を、これ以上見せられないとばかりには立ち上がり、慌てて言った。

「もう!からかわないで!!」

そう言って房室を出て行くを、利達は面白そうに見送った。



続く






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お舎館の娘です。

利達さんも友人からのリクエスト。

しかし…この人あんまり出て来ませんよね。

想像の産物のようになってしまって…

友人始め、皆様のイメージが壊れない事を祈るばかりです☆

美耶子