ドリーム小説
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懐所舎利 =2=
夕餉の時間に、はまたしてもやってきた。
初めから少し恥ずかしそうに入ってくるを、利達はかわいいなと思い、それを言おうとしたが、また逃げられてはかなわないと思い、言い留まった。
「昼に言った話だが」
そう切り出した利達に、は顔が赤く染まるのを押さえ切れなかった。
苦笑しながら利達は続ける。
「ご両親に話をしてくれただろうか?」
「あ、あぁ。その事。えぇっと。うん、話した。喜んでいたわ。でも、不安がっていた。今までやって来たように出来ないのではないかって」
「あぁ、それなら心配ない。恐らく国の方針と、変わらない事をやっているのだろうし、細かく言うつもりもない」
そういい切る利達に、はくすりと笑った。
「まるで、利達が決定するみたいね」
「あ、ああ。そうだな。でもそうだろうと思うのでね」
利達はそう言って、を見つめた。
は少し考えてから、では、と両手を前に着いた。
そして頭を深く下げ、宜しくお願いしますと言った。
「では、確かに承りました。それで、はどうする?」
「え、私?」
突然言われて戸惑うに、利達は頷いて言った。
「この案が通れば、ご両親は国府と取引をする事になる。経費は国が出すから、忙しくなれば人を雇う事も可能だろう。そこではどうしたい?」
そう言われて、は自分の事を考えていなかった事に気がついた。
「えっと…ど、どうしよう…」
文官になると言っても、試験に合格しなければいけないし、すぐに答えを出すのは難しいように思えた。
「話をしてみて、は地官か天官が適任だと思う。どちらかをやる気があるなら、上の人に口添えを出来るのだが、どうだろう?」
口添えとは、一体この男は何者だろうか?
「利達は、私が思っている以上に偉い人?」
「い、いや。偉くはないが…ただ顔が広いと思ってくれるといい」
「そうなの…そうね。それもいいかもしれないわ。天官と言えば、配置される場所によれば、とても太子に近いのでしょう?」
利達は太子の名前にぎくりとしたが、辛うじてそうだと言った。
「太子はどんなお人かしら。傍でお世話ができるなら、これ以上の誉れはないわ」
夢見るように宙を見上げたは、ふと利達に視線を落とした。
「太子が利達みたいに男前なら、言う事なしだわ」
またしてもぎくりとしながら、利達は言った。
「太子の傍仕えでも、構わないのか?」
は笑いながらそれに答えた。
「それはもちろん構わないわ。だって、それってすごい事でしょう?」
「すごい事かどうかは、判らないが…悪くはない、と思う」
そう言ってを見た。
「明日国府へ戻ったら、さっそく奏上しよう。近い内に知らせに来る」
は頷いて、利達に言った。
「ありがとう。なんだか逆に助けてもらったみたい」
「いや。とんでもない。だけど、太子が男前でなくても、怒らないと約束して欲しい」
笑いながらそう言った利達に、もつられて笑った。
「利達は国府にいるんでしょう?太子が男前じゃなかったら、利達で我慢するわ」
立ち上がりながら、そう言うに利達は苦笑していた。
翌日、の両親に挨拶をし、舎館を後にした利達は、二日ぶりに清漢宮へと戻った。帰ってすぐの夕餉の席で、舎館の話をした。
「それはいい考えだねえ。民間の者に協力を仰ぐなら、保翠院の目が届かない場所でもいいだろうね」
明嬉はそう言って先新を見た。
「今は荒民が多い。保翠院で賄えないのは仕方がないが、これからずっとと言う訳にはいかないだろうな。一時的に援助金を出して、配給させる方が良いだろう」
「そうね、でも、兄様が言っている舎館だけなら、いいんじゃない?方針も国に沿っているのだし」
文姫が言ったのを、先新が受ける。
「一軒だけと言うのは、あまりよくないな」
「なら、何軒かにすればいいじゃないか。その舎館を見本にしてさ。何軒かは国で面倒見るつもりで、話を持ちかければいいんだよ。方針に沿わないなら、あっちから断ってくるさ」
明嬉の言った言葉に、先新は頷き、文姫もまた頷いた。
「それでは、さっそく明日にでも使いを出しましょう」
利達はそう言って、書面を作る。
翌日、の舎館に使いが走った。
しかし、知らせにきたのが利達でないのに、は少しがっかりしたのだった。
はその翌日、国府へ来ていた。
舎館の話は纏まり、試験に向けて勉強をしようと思っていたは、突然の事に驚きを禁じえなかった。
国府に着いたは、天官長だと名乗った人物に、いきなり登用を認められた。
試験も何もかもすっ飛ばしての登用とは驚いた。
また、利達はよほど顔が広いのだと感心もした。
「あ、あの。本当によろしいのでしょうか?その…試験も何もないのに…」
「おいおい覚えていけば、大丈夫ですよ」
鷹揚に微笑んだ天官長は、の分析によると、奏国民の典型だった。
温和な雰囲気の上司に恵まれ、安堵するに、天官長は太子英清君の傍使えを任じた。
ここまで利達の顔が効いていると言うことだろうか。
あまりの事に驚いているを尻目に、天官長は太子に挨拶をと言って歩き出していた。
「本日から上がった女官にございます。太子の傍使えとして、務めさせていただきますので、ご挨拶に伺いました」
そう言って入室する天官長にならい、も頭を下げて続く。
天官長に促され、下を向いたまま挨拶をする。
すると小さく笑うような気配が窺え、の不安は一気に膨れ上がった。
何か挨拶がおかしかったのだろうか。
それとも変な、なりをしているのだろうか。
ひょっとして、太子は意地悪な人では!?
冷や汗の出る思いで、ひたすら声を掛けられるのを待っていると、天官長が退出するのが横目に見えた。それでますます不安は募り、国府に上がった事を後悔する寸前、やっと声を掛けられる。
面を上げよと言われた声に、聞き覚えがあったような気がした。
「知らせに行きたかったのだが、忙しくてね。何しろ二日も宮城を空けたものだから」
「利、達…?どうしてここにいるの?」
「わたしが太子だからだ」
「利達が太子?」
頷いた利達は、遠慮がちに聞いた。
「のお眼鏡に叶うだろうか?」
「そ、それはもちろん…でも、私でよろしいのですか?」
妙に改まったに、利達は眉を顰めて言った。
「今まで通りに接して欲しい。良いも悪いも、が気に入ったのだから、仕方がない」
はまだ驚いた表情のまま、利達に聞いた。
「えっと…気に入った?何故?」
何故と問われて、利達は少し間を置く。
「親思いの所や、分析好きな所や、色々あるが、一番は…」
は固唾を呑むようにして言葉を待つ。
「口付けだな」
はっとなっては忘れていたその事実に、一気に赤くなる。
「だ、だって、利達があんまりにも…」
そこまで言ったものの、これは失礼にあたると思い口を閉じる。
「続きが聞きたいのだが?」
そう言われて、困った顔を見せるが、どうやら許してくれそうにもない。
「あんまりにも、かわいくて…あんまりにも綺麗だったから、励ましてくれたお礼に便乗して…その…」
頭に血が昇って、逆流しているのかと思うほどだった。
「わたしの分析によると…」
静かに利達は切り出した。
「綺麗な顔の人には、お礼に便乗して口付けてもいいと、は思っている」
は慌てて顔をあげて、何か言い返そうとしたが、何も思いつかずに再び俯いた。
「その通りです」
どこか憮然とした物言いがおかしく、利達は自然、笑顔になる。
「すると…」
そう言っての元に歩み寄る。
俯いた顔を軽く手で持ち上げ、その唇に口付ける。
「これもいいという事になる」
驚いて脱力しかけたを、利達は軽く抱いて受け止めた。
「私は綺麗じゃないわ」
「それはの主観だろう。それなら却下する。わたしが見てどう思うかが、重要だと思うのだが?」
そう言われて、は利達から瞳を逸らす。
「私は、利達から見れば綺麗なの?」
利達は苦笑しながら言った。
「わたしから見ずとも、綺麗だろう。今すぐにでも、自室へ連れて帰りたい所だと言うのに」
真っ赤なまま、は言った。
「何のお礼のつもりだったの」
「わたしを介抱してくれたお礼」
「だ、だってあれはうちの出した炒め物に…」
利達は、言い訳を募るようにして言うの口を塞ぐため、再び口付けた。
「その前に倒れていたんだ。まだ回復しきってない所を、妹に遊んで来いと言われて、街に下りていた。あのまま街をうろうろしていても、同じ事だった」
すべての言い訳を介してくれずに、とうとうは口を閉じた。
いや、二度目の口付けの後から、すでに絶句していた。
今はただ、利達の瞳を見つめるばかりだった。
「…他の官に、やきもちを焼かれてしまわれそうね。利達は人気がありそうだし」
やっと口を開いたは、そう言って利達の顔を見つめた。
やはり綺麗だな、と思う。
太子が利達のようであったらいいのに、と思った自分がとてもおかしい。
「ではやきもちを焼かれない所にいけばいい」
言われた意味が判らずに、は首を捻った。
「外朝に住まず、典章殿に住めばいい」
今日、清漢宮に着たばかりのに、典章殿が何処の宮に所属するのか、知っているはずはなかったが、とりあえずは頷いて答える。
「よし。後で喚いても、もう変更しないからな」
訳が判らないと言った様子のの手をとり、利達は歩き出す。
典章殿が後宮にあること、そこで宗王の一家が政務をこなしている事。
そして今まさに、家族に紹介しようとそこへ向かっている事を、が知るのはほんの後の話。
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