ドリーム小説
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「ねえ、仙になれば呪を使うことが出来るって知ってる?」
「呪?諷詠、それはどんなもの?」
「さあ?そこまでは分からないけど、きっと凄い事よ!」
「凄い事?」
「そうよ。ねえ、何か一つだけ好きな呪を覚えられるとしたら、何を望む?」
「え?う〜ん…例えば何が出来るの?」
「何でもよ!好きなことを考えてみて」
「そうね…じゃあ、私はいつでも好きな所へ行きたいな。意識だけでもいいから。そうすれば真冬に暖かい国の景色を見に行ってみたい。南の国では冬でも花が咲いているんでしょう?」
「そうらしいわね。そっか、それも面白そうね」
「諷詠はどんな事がしたいの?」
「そうね。その力を使って仙になりたいわ」
「…?仙だから力が使えるんでしょう?仙になる必要はないんじゃないの??」
「え?あ、そっか!」
「もう、諷詠ったら」
若い笑い声が、蒼穹に溶けていく。
ここは慶東国の一つ、紀州の鄙びた里である。
里家で生活をする二人の女の子。
一人は諷詠と言い、一人はと言う。
同じような年頃の二人は、よく一緒に行動し、遊び、夢を語った。
しかしある日を境に、諷詠は里から姿を消した。
誰にも何も言わず消えてしまった諷詠を、死んだのだとする者は多かったが、だけはどうにも信じられなかった。
いつものように笑い、いつものように語った。
ただ一つ違う事と言えば、諷詠が興奮気味に告げた言葉。
「、わたし絶対に仙になる。だからと離れてしまうかもしれないけど、悲しまないでね。心残りと言えば、あなただけなんだから」
ただ訳も分からず頷いたのは、諷詠の消えた朝の事。
だから、きっと彼女は仙になったのだろうと、幼心に思っていたのだった。
それから数年。
もまた、仙になるべく勉学に励んでいた。
国に仕える地仙である。
とは言え、思った以上に官吏になるのは難しい。
幾多の学歴を治める必要があったし、上の学校に行くたびに難しくなっていく。
元来、努力家であったはそれでも必至に勉強して、ついに大学に入ることを許された。
後は允許を取得して、卒業するのみである。
そしてが念願の国官になったその年、王の崩御が国中に触れ渡った。
麹塵の袍 =1=
「ぬしも気の毒よの。こんな時期に登用されてしまうとは」
「白雉は…本当に人語で鳴くのですね…」
国官になってまだ半年。
は春官に所属していた。
大学を出ていたため、士の官として登用され、二声氏となっていた。
つまりは配属されて早々、末声を聞いてしまったのだ。
王も麒麟もいない宮城に於いて、次の一声を聞く事が出来るのは、後何年先になろうか。
そうしてゆうに二十五年以上が経過していった。
麒麟はいるが、所在はまだ蓬山におり、生国であるここには一度も訪れていない。
今日もは白雉の世話をする。
現在は大卜(だいぼく)にその官位を進めていた。
下官であったが、大卜に官位を進めたそれには理由があった。
同じく二声氏として所属していた同僚らが、少しずつ減っていったからだ。
空位の続く国、治まらない地。
何よりも大きく仙籍から欠落する者を排出した背景には、官吏同志の覇権争いにあった。
空位だと言うのに、そこだけはいっかな変わらぬ。
いかに地が荒れようが、いかに天災が増えようが、これでは民を救済する事すら叶わぬと言うのに。
城内にはいつの間にか派閥が生まれ、誰を信じて良いのか分からない日々が続いていた。
春官長、直々に大卜(だいぼく)へ任じられたが、実を言うとその春官長大宗伯を信じて良いのかも、判断が難しい事だった。
実際、話をしてみて悪い人間ではないと思うのだが、悪くない人間が派遣を争って、自分の地位を守れるものだろうかと、そのように考えが及ぶ。
それほどまでに、宮城の空気は軋んでいる。
金波宮、その名が示唆するはずの色は、今の慶には皆無であった。
「これでは…よほど強い方が王にならなければ…。いや、それでも困窮するでしょうが」
ぽつりと呟いたのは、同じく梧桐宮に勤め、大卜(だいぼく)の下につく鶏人であった。
三十を過ぎた風体の男である。
比較的政に遠い位置に所属する官であったため、派閥の波は激しくない。
それでも幾人がこの宮を去っていった事だろう。
鶏人もまた、と同じように何とか留まっている内の一人だった。
梧桐宮は閑散としている。
祭祀がないと言うのもあるだろうが、本来いるべきはずの定員に満たないのが大きかった。
霊鳥は梧桐…青桐にしか宿らず、よって梧桐宮は青桐によって構築されている。
静寂を守る桐の宮。
それが梧桐宮であった。
これだけ荒れた仮朝にあって、が未だ留まっている理由とは、対面している鶏人と同じである。
二人が言うには、梧桐宮に配属された者としての矜持。
『鳳飢えても粟を啄ばまず』
なのだと言う。
鳳(ほう)飢えても粟(ぞく)を啄(つい)ばまずとは、自らを鳳に例え、高潔の士と称す。
例え貧しくとも、正道に悖った禄を受け取らぬ、つまりは賄賂を受け付けないと言うことである。
自らを鳳に例えるのは、通常なら憚られる事なのだが、梧桐宮の官吏が通常身につける位袍が、そもそも禁色の一だった。
その名を、麹塵(きくじん)の袍と言う。
麒麟を象徴する貴色である黄色の糸と、鳳凰を象徴する青で織り込んだ布で作る。
もちろん王が着る物のように刺繍が施されている訳ではない。
王の着る物には、麒麟、鳳、凰、それに竹と桐の刺繍が施されている。
これが何故、梧桐宮に仕える者の位袍になったのかと言うのを説明しようとすると、遙か過去に遡り、十二国すべての史書を紐解いてゆかねばならず、明確な所は分かっていないとされている。
簡単にだけ言うと、過去、何処かの国の春官が、王から拝領したのが元だと言われている。
ともかくも、春官の中で梧桐宮に勤める者達には、それらの事から確たる矜持が存在していた。
麒麟と鳳凰を織り込んだ位袍を纏い、霊鳥の世話をする。
それが高潔な仕事なのだと信じているのだった。
もちろん、全員がそうではない。
去って行った者達には、その矜持がなかったと言えよう。
天官が王の側に侍ることを誇りに思っているように、大卜(だいぼく)達にも似たような矜持がある。
凰は他国の凰と意志の疎通ができる。
ゆえに、諸国へ向ける扉の一端を担い、王の命によってのみ、その扉を開くのだ。
鳳は他国の大事を鳴くものであるし、鸞は王でなければ使うことが出来ない。
白雉は言うまでもないが、即位と崩御を知らせる。
すべてが王を中心に動くのだ。
空位であれば変化のない毎日ではあるが、世話がなくなる訳でもない。
新王が来ることを待ち望む気持ちも、他官府の者より強いだろう。
「そのような人物が、現在の慶にはいないのかしら?」
は首を傾げてそう言った。
「それは、どうゆう意味で?」
「なかなか新王が現れないのは、そのような方が存在しないから…かと。実際、天命のなんたるかを知っている訳はございませんから、ほんの一瞬思っただけなのですが」
「ああ、でも確かにそうかもしれませんね」
「ええ、麒麟は民意の具現と言いますから、民が求める王が難しいのかもしれませんわね。先の女王は酷い有様だったようですし。私はあまり存じ上げませんが」
男に目を向けると、鶏人は大きな溜息を吐いて答える。
「確かに、政にあまり向いた方ではなかったように思いますね。民の意見として言わせて頂けるなら、わたし自身男の王が良いと考えております。官吏の横行も日増しに酷くなっていくので、今度は武断の王が好ましいでしょう」
「いずれにしろ、まだ見ぬ次王が、早く昇山されるといいのですが」
「本当に」
そんな会話の直後だった。
庭院を横切っていたは、ふと下に目を落とす。
淡青色の可憐な一輪に目が止まった。
「…。これは…これはひょっとして…」
口元を押さえてしばし花を見つめる。
ややして踵を返し梧桐宮を目指す。
宮の門前を急いで通り過ぎ、格宮へ触れ回るようにして叫んだ。
「瑞花が…瑞花が咲いております!淡青の瑞花ですわ!!」
その声に気が付いた者は、一様に二声宮へと駆けつていった。
梧桐宮に詰める春官達は、息を呑むようにして見守った。
未だ人語で鳴いたことのない白雉を。
諸官に注目された白雉は、無垢な羽毛に首を埋めて眠っている。
やがて訪れた静寂によって、張りつめたような空気が生まれた。
それでも誰も言葉を発さない。
如何ほどの時間が経過しただろうか。
諸官の目前で、無垢な鳥の首があがる。
単に目が覚めたのか、それとも鳴くのか。
は拳を握りしめて、白雉を見守った。
毎日世話をしていると、普通の鳥と変わりないように感じる時すらある。
ゆえに矜持を持てぬ者が現れるのだ。
美しい雉の世話をしているだけ、と言う思念に囚われるらしい。
何のために国官になったのか、覇権争いに巻き込まれるためか、そう思って辞めていくのだろう。
は末声を聞いているがゆえに、今日(こんにち)まで霊鳥だと信じてきたが、そう言った気持ちも少し分かる。
しかし今、目前にいる白雉は神々しいまでに輝いて見える。
その一挙一動が、この場にいるすべての人々の心を掴んで離さないのだから。
ゆっくりと首をあげた白雉は羽を大きくばたつかせ、軽く首を振った。
これはよくする動作だった。
いつもはそのまま片羽を広げ、毛繕いを始めるのだが…
小さな風を生んだその羽ばたきは、白雉の体を少し浮かせる。
呑む息が大きくなる。
手に拳を握っているのは、もはや一人ではない。
幾人もが見守る中、白雉はぐるりと見回すような動作をとり、そして…
「即位」
白雉がその生涯、初めての人語を発した。
しかしその場は静まりかえっている。
「白雉…、一声鳴号…早く、早く知らせを!諸官に…金波宮全域に知らせを!!」
が叫ぶと、弾かれたように駆け出す数人。
「白雉鳴号!第一声、景王が即位された!」
「景王即位、新王が誕生したぞ!白雉が鳴いた!!」
人々の反応は様々だろう。
焦る者と安堵する者に別れよう。
はもちろん、安堵する側の官吏であった。
派閥争いも下火になろうと、まだ見ぬ新王に思いを馳せる。
歓喜の声は早くも金波宮を包もうとしている。
庭院の瑞兆はそれとは知らず、ゆるりと風に揺れていた。
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