ドリーム小説
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海客と海客 〜後輩〜 =1= 「はあ?イベントですって?」
「そ、上からのお達しよ。衣装は貸衣装店で大量に借りてくるそうだから、各自好きな物を選んで着るようにと」
来(きた)る十月三十一日。
万聖節前夜祭。
つまりはハロウィンに、仮装して仕事に就けとの指示が出た。
そう言いに来た同僚に、は呆れた顔を向けていた。
「これ以上不可思議にしてどうするって言うのよ…今でも充分仮装だと思うけど?」
ひらりと薄青のベールを持ち上げた。
ベールは白銀のティアラで止められており、その下に見える髪は金に染め上げられていた。
薄い緑の絹地によって、きゃしゃな肩の線は露わに、胸元は煌びやかな装飾品に覆われている。
様々な色の石が左肩から、細い腰を巡って流れるようにかけられており、スカートは長く、ビーズと刺繍が複雑に施されている。
「まあね…タロット占いの“レギーナ先生”は、そのままでもいいかもね。でも私は無理よ。ハロウィンなんてほど遠いわ」
そう言った同僚は、天女のような格好をしている。
彼女は易占いを担当し、“悦恋(えつれん)先生”と表示されていた。
ここは繁華街の一角。
ビルの中にある『占いの館』である。
間違えてもそのまま昼食に出る事など、不可能な衣装を着ていたのだった。
「そもそも占いの館で、仮装した占い師に会いたい客なんているのかしら?私なら嫌だけどなぁ…」
ふう、と大きな息を吐いたに、悦恋が笑いながら言う。
「しかたがないじゃない。全店舗でのイベントなんだから。一律料金になるらしいから、きっと忙しいわよ」
「ええ!そんなぁ…」
この占いの館は歩合制である。
一律にされれば、それだけ取り分が減ってしまう。
また一つ、大きなため息をついたは、同僚を見上げて言う。
「きっと今、自分を占ったら『愚者』の逆位置が出るわね」
「タロットの事は分からないわ。どう言う意味?」
「すべてが虚しくなる時」
それに大きく笑った同僚を、恨めしげに見る。
「だめだめ。そんな顔で私を見たって、しかたがないでしょう?私はただ伝えに来ただけだもの。まあ、本当に愚者が出るのか、試しに占ってみれば?じゃあね」
ころころと笑いながら、持ち場に戻る同僚を見送り、は散らばったカードをかき集める。
入り口には誰の気配もない。
「そうね…時間もあることだし」
は一度集めたカードを手に取る。
邪念を払い、じゃっと音を立ててカードを混ぜ始めた。
再び一つに集めて、運命札を一枚抜き取る。
通常はここで展開するのだが、自分で占う時には伏せたままにする。
カードの持つ意味を把握しているにとって、ここで見てしまうのは邪念の入る原因になるからだ。
運命札を伏せたまま、残りを軽くきる。
そしてようやく、運命の札を表に向けた。
「運命の輪…」
最初に出たカードの上から、次々に展開させていく。
「皇帝、月、死神、塔、隠者、力、女教皇…。そして最後は恋人…?」
インスピレーションを働かせて、はカードの示す未来を読みとる。
「運命の輪…仕事運だから、とってもついてるって事よね。それって、忙しいって事なんじゃないの。皇帝は権力者の象徴だから、…社長が顧客につく可能性が高い。ふんふん、なるほど。でも、ここで月か…。別れの暗示、死神…死線を越えるほどの苦しみが待っている?塔のカードまで…突然の災厄。この隠者は警告ね。何か良いお話が来るのかしら。用心しなきゃね。あら、でもこの位置に力があるのなら、ひょっとして独立できる?恋人が出ているから、独立を考えるなら、パートナーを選んだ方がよさそうね。裏切りにも注意が必要かぁ」
カードが示すもの。
仕事は絶好調だが、同時に災厄と隣り合わせ。
だがそこを乗り切ると、良い巡り合わせに出会って独立のチャンス有り。
「ふうん…」
はそう言って、カードをじっと見つめる。
「あら?」
何かに気がついたように声をあげ、再びカードを見つめる。
「これは…」
仕事運を占ったのだが、この出方は少し違うと直感が教える。
「…私の運命?」
そう呟くと、少し視点を変えて解読を始める。
「権力者との運命的結びつきがある。だけど幸せを掴むためには、別れと死線、さらに裏切りをも乗り越えねばならない。何者にも負けぬ強い心で、真実の愛を求めれば、知らぬ間に愛は深まるだろう。…なにこれ?」
ふと顔を上げて笑う。
「そんな辛い恋なんて、出来るわけないじゃない」
運命的な出会いなど、ドラマの中だけだ。
レギーナの許に来る客からですら、そんな話は聞かない。
つまりは、常識を超越したような状況下での恋。
あるとしても、上手くいくはずないだろうしと、は思っていた。
「平凡でいいわぁ。優しく包んでさえくれたら」
くすりと笑ったところに、客の影が入り口に現れる。
素早くカードをまとめて笑みを隠し、身構えて仕事へと戻っていった。
「何度言えばお分かりになるのです!」
だんっ、と卓子(つくえ)を叩いた女官。
肩を上下させ、怒りに震えていた。
「小宗伯」
隣に立っていた太宰が声をかける。
しかし小宗伯と呼ばれた女官は王を睨み据(す)えたまま退く気配を見せない。
雁州国宮城では久しく主が不在であった。
何も言わずに消える事は、もはや珍しい事ではないにしろ、消えた日が拙(まず)い。
祭祀を目前に控え、かなりの者がこの事態にかり出されていた。
ようやく見つけて連れ戻したものの、本人にまったく反省の色が見えぬ。
祭祀が嫌なのかと問えば、忘れていたとのんきな答えが返ってきて彼女の琴線(きんせん)に触れた。
「あまりにも朱衡が卓子を叩くから減ったと言うに。それを更に減らそうというのか?」
「真実、そうお思いなら、叩かせるような行為をなさいますな!」
「近頃物覚えが悪くてな」
そう言うと、小宗伯は冷ややかな目で尚隆を見た。
隣の太宰に顔を向けて問う。
「古くから主上を存じあげている訳ではありせんが、近頃物覚えが悪くなったと申される。それは真でございましょうか。それとも、元より覚える気がないのでしょうか」
問われた太宰は間髪いれずに答える。
「後者だろうな」
きっ、と正面を向いた女官は、叩いた所に手をおいて言った。
「では、きちんと覚えて頂く必要がございますね」
そう言ってにこりと微笑む。
「太宰にご協力を賜ります。ただ今より、主上の生活を監視させて頂きますゆえ、そのおもつりで」
小宗伯は懐から書面を一枚取りだして広げる。
「起床から就寝まで、すべてこの通りに動いて頂きます。念のため申しておきますが、大司馬にも応援を願っておりますので、易々と抜け出すなど考えても時間の無駄でございますよ。夏官か天官が、常に張り付いていることでしょうから」
「いつまでだ?」
「主上が所業を改めるまでです!」
と言うことは、少なくとも次の祭祀までは警戒しているだろう。
ふう、と大きな溜息がつかれた。
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