ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


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問題の月末がやってきた。

出勤すると最初にクラッカーを渡される。

パーティーでもないのに、どこで使うのだと言う声がちらほら聞こえ、確かにと呟いて鞄にしまった。

クラッカーを渡されてしばらく、衣装の入った箱が運ばれてくる。

男の占い師はこぞって吸血鬼を取り合っていた。

普段、着物が多いからだろうか。

しかし狼男のように見える不格好なかぶり物を見つけ、これを避けたかったのかと妙な納得をした。

女の占い師のほうは、普段とあまり変わらぬと言って、適当に選んでいる。

も御多分に洩(も)れず、余った物でいいやと残り物を手に取った。

血糊(ちのり)や牙、さらには傷痕(きずあと)シール、装飾品もいくつかある。

「これは何かしら?」

興味本位で装飾品の一部を取った

何かと手にとってみる。

「ああ、折ると発光するやつだわ。コンサートによさそう…。でも私達がこれをどう使えばいいの?」

夏祭りなどでよく見かける。

大抵は子供が嬉しそうにつけているのだが…。

「まさか、輪っかにしてブレスレットに?」

肩を竦(すく)めた

しかしふと繋げてネックレスにしてみようかと考え直し、白い一束をとって更衣室へ移動し着替えた。

白い衣装は、天使を模した仮装だ。

「シプシー占術のレギーナ様が天使とは。笑ってしまうわね」

鏡を見つめながら言うに、似合うわよと声がかかる。

「悦恋。ありがとう。貴女もね、とても似合うわ。でもその格好…なんだかいつもの自分を見ているみたい」

「そう言えばそうね」

いつもは中国風の彼女が、今日に限って魔女の扮装に身を包む。

その姿に、ふとは思いついた。

「ね、どうせなら取り替えない?常連さんにしか分からないけど、悦恋先生と、レギーナ先生が入れ替わっているのって、ちょっと面白いじゃない」

「ん〜、確かにそうかも。でも、ハロウィンとは関係なくなっちゃうわよ」

「まあ、それはそうだけど…」

「でも、面白そうね」

悦恋はそう言って自分のロッカーを開ける。

中から桃色の衣装を出して、に手渡した。

「ね、いつものベールを貸してくれない?それだけで、マニアには通じるはずよ」

「マニアって…まあ…そうね」

は苦笑しながらロッカーを開け、中からベールを取り出す。

くすりと笑い会って、二人は更衣室を出た。

開店を待つ入口を覗き込むと、すでに数名が待ちかまえていた。

中にはただ、占い師のファンだと言う者もおり、料金を安く提供するこういう時には、必ず来て何度も占わせる者もいるのだった。

「うわ…あの人、また来てるわ」

についたファンの一人が、わくわくした顔で並んでいた。

「何?お客さん?」

「うん。あの人、ちょっと気持ち悪いのよね。目つきが恐いって言うか…」

「こらこら。お客さんなんでしょう?まあ、気持ちは分かるけどね。適当にあしらってあげなさい」

「はあい…」

窪(くぼ)んだ穴に落ちたような心情のまま、は持ち場に着いた。

だがそこからは想像を絶する程の忙しさだった。

一律料金の上、今日に限っては時間制限までもがあり、これが短くてすぐに終わる。

少し物足りないところで終わるので、もう一度とリピートする。

つまりはひっきりなしに客が来る。

喋りすぎて喉が渇いても、水を飲む暇すらないと言った状況下のまま、その日の仕事を何とか終えた。

枯れ気味の声色なのは、何もだけではなかったが、終わった時には清々しい達成感があった。

安い分、人数をこなしただけあって、それなりに実入りも良い。

だが…

「社長らしき人なんて居なかったわね…」

着替えながら呟くに、悦恋が問いかける。

「何よ、それ?」

「あ…ううん。何でもないの。あ、衣装ありがとうね。いつまでに洗えばいい?」

「いつでもいいわよ。何着か持ってるし」

そう、と言いながら、はビニールに借りた衣装を詰める。

大きめのショルダーバックに入れると、店を出て帰途へとついた。

















「ああ、ちょっと待って!」

私服に身を包んだ悦恋に呼び止められ、は振り返って問い返す。

「何?」

「言い忘れていたんだけど、私の易占いで警告が出ていたの。今日の貴女は、突然降りかかる災厄に注意よ!」

言われた瞬間、の脳裏に過ぎったもの。

『塔』のカードだった。

今日のことを占ったあの日にも、突然の災厄に対する警告が出ていた。

何を占ったのかは問題ではない。

突然の災厄を示すカード。

近い未来の掲示に出たのが、そのカードだと言うことが問題だった。

「ほら、ちょっと恐い感じの人もいたじゃない?気を付けて帰ってね」

また明日、と手を振った悦恋に愛想だけを送り、

「災厄だなんて…縁起悪いったら」

闇夜に向かってそう呟くと、は急いで歩き始める。

そんな事を考えていたからだろうか、ふと空を見上げると一つの星が視界に入り込んできた。

「アルゴルだわ…」

冷たい風に体が包まれる。

「食変光星(しょくへんこうせい)…悪魔の星…」

暗い道に怖じ気づいたのだろうか、それとも悦恋や自ら出した暗示に怯えているのだろうか。

空にやった視野を広げると、すぐに大きな四角形が現れる。

「ペガススか。…帰ろう。お茶と…おかゆかうどんでも買って」

水を飲む暇がなかったと言うことは、ご飯を食べる暇もなかったと言うことだ。

すでにピークを通り過ぎて空腹感はなかったが、家へ帰って安心すればどうなるだろう。

「随分寒くなったわね…」

はそう呟くと、帰途への道を急いで歩く。









































闇夜の中に、その足を止める者が現れた。

「な、に…?」

それは唐突にの目前に現れ、にじりじりと寄ってくる。

よく見れば、先ほど店に居た客の一人で、今日は三回も占わされた人物だった。

つまり、ファンの一人だと言うことだ。

しかし今のは『占い師・レギーナ』ではない。

衣装を纏(まと)ってはいないし、メイクも施(ほどこ)していない。

ほぼ別人だと思うのだが、相手は分かっているようだった。

「レギーナ。かわいいレギーナ。今日もとても綺麗だったよ。さあ、一緒にこの聖なる夜を祝おうじゃないか」

電灯が瞬いたせいで、向かう男の表情が異常に見える。

「何、言ってるの?」

そう言って一歩下がったと同時に、電灯が再び瞬きを見せる。

「照れているんだね。恥ずかしがっている君もかわいいよ」

なおも寄ってくる男に対し、は後退する。

おかしいファンは多かったが、ここまでの者がこれまでにいただろうか。

まともに相手をするには、あまりに危険だと思ったその瞬間、ぐらりと地面が揺れたような気がした。

「何…。地震…?」

緊迫したまま後退を止めたは、咄嗟(とっさ)に踵(きびす)を返して走り出す。

男が追って来ているのかどうか分からなかったが、とにかく必至に逃げた。

地震のせいだろうか、ふわりと体が浮いた。

それでも何とか地に足をつけて走り続けていたは、ついにはバランスを崩して倒れそうになる。

迫っているはずの地面を見る勇気などあるはずもなく、は瞳を固く閉じた。

軽い衝撃の後、倒れた体の上に何かが落ちてきたのを感じる。

大きな地震だったのだと思い、必至にそこから抜けようともがく。

何が上に落ちてきたのかは分からない。

揺れはいつの間にか納まっていた。

何とか生き埋めにはならずに、体は動いている。

だが狭い空間を這うことしか出来ない事に、焦りと苛立ちを覚えた。

とにかくここから出なければ…

「災厄…災厄…。こんなの、回避、しようが、ないじゃない!」

伏せた体勢のまま文句を言い、それでも体は前進を続ける。

時折(ときおり)行けない場所があったが、あいにくとそれが何かはまったく見えない。

暗闇の中、手探りで這(は)っている状態だったのだ。

行けない所は無視して、自分の感覚を頼りに、ひたすら真っ直ぐを目指した。

そしてついに、微かな光が見え始めた。

先ほどよりも力をいれて、光を目指し進む。

少しずつ大きくなってくる光から、目を逸らさずに、やがては光の許へと到達した。

急いで暗闇の中から抜け出したは、それが月の光であった事を知る。

満月ではないが、世界を照らす機能は果たしていた。

「助かった…」

へたりと座り込んで、正面をただぼんやりと見つめていた。

の正面には、林が見えている。

さざ波を聞いたは、その事実に気がついた。

「え?海?林?まさか…」

の住んでいる所には、海も林もない。

普通の町中だったのだから。

もう一度、頭を振ってから辺りを見回してみる。

それでも視界に変化は訪れない。

立ち上がって見ると、すぐ側に海がある事に気がついた。

「どう言う事なの…ここは、何処?」

中学高校を過ごした町には海があった。

しかし今住んでいる所には、海も林も電車に揺られて三十分ほど行かねば、ないはずだったのに。

打ち付けるような波の音と一緒に、一陣の風がを取り巻いた。

「寒い…」

自らを抱き込むようにすると、布の下にあるはずの地肌が手先に触れ、不審に思って視線を落とす。

服は千切れ、体は傷だらけだった。

浅い傷だったが、血が流れているのを見ると、急に痛みを感じた。

「あ…」

地に座りこんだまま、はしばらくの間、呆然としていた。

だが、ずきずきと痛む体に我を取り戻し、再度体を見下ろした。

ショルダーバックが目に入り、決められた行動のようにそれを開ける。

中からは、ビニールに詰められた衣装と衝撃で発光する棒、化粧道具、財布、ペットボトルに入った水等が現れたが、それらを無視してハンカチを取り出した。

よろりと立ち上がり、海に向かって歩き始める。

「凄い…なんて透明な…」

夜だというのに、少し先の底まで見えている。

これほど澄んでいるのなら、海ではないのかもしれない。

ではさざ波が起きるほど大きな湖なのかと思いながら屈む。

冷たい水にハンカチを浸して、傷口に当てた。

「痛っ!」

擦り切れた肌に水が痛い。

この痛みは真水ではない。

ではやはり海水なのだろうか?海水だと分かっていれば傷にあてたりしなかったのにと言いかけたが、海だと判断していながら、水を求めて動いた事を思い出した。

そこまで考えの及ばなかった自分が腹立たしい。

しかたなくペットボトルの水でハンカチを洗い、血をふき取った。

そのままペットボトルとハンカチを捨てたは、すでにボロボロになった服を千切って止血する。

汚れていない部分を探すのは容易ではなかったが、目立った箇所の処置だけはなんとか終わった。

ビニールから衣装を取り出し、辺りを見回す。

誰もいないことを確認すると、悦恋に借りている衣装に着替えた。

さらりとした生地が心地よい。

まだずきりと痛む傷を我慢して、は歩き始める。

暗くどんよりとした林に入り込む勇気などなく、林を横に見ながら足を進める。

どちらに向かっていいのかも判断出来ぬ中、直感を頼りにひたすら進んだ。

暗闇の中、月明かりだけが頼りである。

街灯などどこにも見あたらず、人のいる気配すら見つける事は出来なかった。

これほど人気がない場所を、近所で見つけるのは難しいだろう。

相当田舎にきてしまったのか。

しかしは地震の中から抜け出したばかり。

伏せたまま腕の力だけで辿り着いたここが、そう遠いとは思えなかった。

しかし近所にはない海と林。

小さな林であれば、知らなかったと言う可能性もあるだろうが、海だけはどうしたって知らない事などないはずだ。

「とにかく、どこかに行かなきゃ…」

誰か人を見つけて助けを求め、家族や職場に連絡しなければならない。

悦恋は無事でいるだろうか。

「はぁ…」

大きな不安を抱えたまま足を進めるが、一向に何も現れない。

息が切れてもなお、止まることが出来ずに、ひたすら進んでいた。



続く






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