ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


=11=



「先輩……」

先程のようなやりとりをしていると、外見で追い越してしまったでも、やはり後輩のままでいるような気がする。

自分の方が大人になってしまったと感じていたが、先輩は先輩と言うことかと、頭の中を占め始めた尚隆を追い出すように考えを巡らせていた。

「遅くまで起きているな」

追い出そうと必死になっている人物の声が、ふいに入口の方から響いた。

「尚隆!」

「どうした」

過剰な反応に、尚隆はそう問いかけるが、もちろん答えてやる気はない。

何でもないと言って、俯(うつむ)いてやり過ごそうとした。

「どうだ、具合は」

「え?ええ……大丈夫よ。痛みも随分まし…と言うよりも、麻痺している感じ」

「そうか。よかった、とは言えん状況だな」

「そうでもないわ。色々と分かったから、少しすっきりしたの」

「色々?」

怪訝(けげん)そうな表情がこちらを見る。

「うん、先輩に少し事情を聞いて。だって悔しいじゃない。犯人だと勘違いされたのって」

「なるほど、その事か。事情を隠していたからな」

「そのようね。話を聞いて納得したわ。確かに口外できる内容じゃなかったもの。でもその他にもね、聞いたのよ。色々と」

そう言うと、はくすりと笑って言う。

「台輔が万引きした話とか」

「ああ、ひょっとしてその場にいたのか」

「ええ、そうね。先輩、凄い剣幕だったもの。よく覚えているわ。その日はもめ事が多くって……そのせいで先輩、仕事を辞めさせられそうだったの。あの万引きは追い打ちだったわね。それから姿を消してしまったから、しばらくは思い出しても痛々しい記憶だったはずなのに……今はなんだかおかしいの。思い出すと、笑えるのよ」

「どのような剣幕だった?」

「こらー!待ちなさーい!って言いながらね、凄い勢いで駆けて行ったの」

「そうか。今も健在かもしれんな、その剣幕は」

「ひょっとして、よく怒られてるの?」

「しょっちゅうだな」

「まあ、駄目じゃない。先輩を困らせちゃ」

「生き甲斐だからな。やめられん」

「またそんなこと言って。聞かれたら怒られるわよ」

「別に構わんぞ」

「反省しないわけね。これは先輩、大変そうだわ」

そうは言っても、の表情は笑っている。

傷の痛みも、尚隆が来たことで緩和(かんわ)されたように感じていた。

































翌日、約束通り小宗伯は史官(しかん)を連れてきた。

「史官の偃松(えんしょう)と申します」

「レギ…です。よろしくおねがいします」

「お怪我は大丈夫でしょうか?犯人だと間違われて、夏官に斬りつけられたとか」

「え?あ、ええ……。いえ、大丈夫です。すぐに誤解は解けましたし、こうして治療を受けておりますから」

どう説明したのだろうか。

はちらりと小宗伯に目を向ける。

小宗伯は少し舌を出して笑っている。

再び偃松に向き直ったのは、彼がほっと息を吐いたからだった。

「そうですか、よかった。でも恐ろしいものを見てしまったのですね。おかわいそうに」

「それはあなたも同じだと聞いています。内史は……残念でしたね。あなたは大丈夫ですか?」

「はい。小宗伯と同じように、硯(すずり)で頭を殴られたのですが、幸いなことに傷はなかったのです。ただ情けないことに、気を失ってしまい、小宗伯をお助けする事が出来ませんでしたが……」

偃松がそう言うと、小宗伯は驚いたように言う。

「そんな事は気にしなくてもいいのに。偃松だって被害者なのよ」

「でも、やはり情けなくて」

「だってあなたは夏官ではないでしょう?気にしないで」

「はあ、そう言って頂けるのはありがたいことです」

それでもまだ申し訳なさそうな表情の偃松。

は偃松に向かって口を開く。

「偃松さんは、硯で殴られたんじゃないんですよね?」

「え?」驚いたようにを見たのは、偃松と小宗伯、二人同時だった。

「なんとなく、聞いてみたかっただけなんですけどね。だって他の何かだったかもしれないでしょう?先輩は頭を切っていたわけだし。偃松さんは違うもの、例えば犯人が直接殴ったのかなと」

「ああ、そう言われてみればそうだったのかもしれません。硯のような固いものじゃなかったような気がします」

考えながら、は偃松から小宗伯へと視線を移動させる。

「そうですか。先輩は間違いなく硯なんですか?」

「冬官が証明してくれたから、今では間違いないと知っているわ。でもその時は痛みよりも強い衝撃で、何が自分に起きたのか理解できなかったし、そのあと気を失っているから考える事も出来なかったわ。鼓膜(こまく)がね、びりびりいうほどの衝撃だったのよ。切れた場所を見て納得したけど。耳のすぐ上だったのよね」

「やっぱりそうですよね」

何かを確認していたのか、は一人頷いていた。

何の事かと顔を見合わせた二人の視線が向かってようやく、その口は開かれる。

「偃松さん、今は辛いでしょうし、仕事面でも色々大変な事が続くかもしれませんけど、辛くなってばかりだとめいってしまいますよ。口封じの為に、二人とも殺されてもおかしくない状況だったんですから、生きている幸運を喜びましょう」

「え?ああ、はい……」

戸惑ったような偃松の横から、小宗伯が首を傾げてに問う。

「生きている、幸運を?」

「はい。犯人の温情であれ、今はこうして生きている。それはもしかすると、とても幸運だったのではないでしょうか」

小宗伯へ向かって言っているが、その実は偃松に向けての言葉だった。

それが伝わったのか、偃松は頷きながら答える。

「そう、そうかもしれませんね」

はにこりと笑って言った。

「わざわざありがとうございました」

「あ、いいえ。こちらこそ、少し気が軽くなったような気が致します」

偃松はそれを最後に退出していった。

小宗伯はそれを見送ると言って一緒に退出し、しばらくすると再び戻ってきた。

「どう?少しは貴女のカウンセリングに役立ったかしら?」

笑って問いかける表情に対し、は真顔で言った。

「内史を殺した犯人の話、あの人は知らないんですよね?」

「ええ、それはまだ伏せたままでいるから。だから葬儀も執り行われないの。仙籍にあるものが死ぬなんて事、普通はないのよ。だから頻繁に葬儀があるのって、とても異常な事なのよ。動揺する者も出てくるでしょうし、しばらくは伏せたままが良いだろうと判断されたの」

「葬儀がない?そうですか……」

はそう言うと、顎元に手を当てて難しい顔をした。

ややして小宗伯に顔を向け、そのままの表情で言った。

「先輩、あの人には気を付けた方がいいかもしれませんよ」

「え、どうして?」

「話がおかしいんですよ」

「おかしい?」

「殴られたかもしれない仮説をたてると、すぐにそうかもしれないって言っていたでしょう?それっておかしくないですか?」

「どこがおかしいの?だって偃松は被害者でしょう。分からないと言うのは、私も同意見だわ」

「そうなんですけど……。硯(すずり)でないとおかしいんです」

「それは?」

小宗伯がそう問うと、は難しい表情を作って言う。

「仙籍にあると滅多に死なないと聞いたんですけど」

「ええ、そうだけど。傷の治りも早いのよ。私の傷だってほら、もうこんなに治っているでしょう」

髪をかきあげて耳元を見せる小宗伯に、は頷きながら答える。

「ええ、随分目立たなくなりましたね。でも、山岡さんは硯で殴られ死亡、ですよね」

「殴られた時点では生きていたのではないかと言う、冬官の意見だったわ。だからその後、雲海に捨てられたんじゃないかしら」

「生きたまま……。それでは雲海の中で意識を取り戻して、自力で帰ってくるかもしれないでしょう?そこを考えなかった犯人の心理とは?」

「激しく動揺していたのではないの?」

「そう、それですよ」

は小宗伯を指さして言った。

「犯人は激しく動揺していた。それは何故か」

まるでどこかの名探偵にでもなったような口調でそう言い、少し肩を竦(すく)めて見せるとは続けた。

「殺すつもりじゃなかったんでしょう?だったら恐ろしくて、どうしていいのか分からなくておろおろしていたはずなんです。そこへ偃松(えんしょう)さんが来た。慌てて身を潜(ひそ)めてその場はやり過ごしたけど、次に偃松さんは先輩を連れて来た。そこで口封じに出るわけですよね。そんな心理の時に、先輩なら硯をどこかに置きます?硯を持っているのは利き手のはずですよね。利き手じゃない、空いた手で偃松さんを殴って、先輩だけを硯で殴ったなんておかしくないですか?殴るなら二人とも空いた利き手で殴るかか、あるいは二人ともとも硯でなくてはおかしいと思うんです」

「それは、そうだけど……でもそれと偃松とは」

関係ないと言いかけた小宗伯を制しては言う。

「どうしてこういった齟齬(そご)が生まれるんでしょう?」

「……分からないわ」

「偃松さん自身、未だ混乱している可能性もありますけど……でも、犯人を庇(かば)っているように感じたんですよね」

「犯人を庇っている?」

「そうです。だって先輩は偃松さんの倒れたところを見ていないでしょう?倒れたことすら気付かなかった。それっておかしくないですか?異変を伝える音が無かったなんて、おかしいですよ」

「でも私も動揺していたし……」

「返答がないのがおかしいと思ったから、偃松さんのほうを振り返ろうとしたって言っていたでしょう?」

ただ頷いただけの小宗伯に、は頷きを返して言う。

「可能性としては、偃松さんが先輩を殴ったと考えることも出来るんです。あるいは共謀していた可能性も」

「そんな……」

「あくまでも可能性の問題ですよ。だけど人を殺すって、そんなに簡単なものじゃないでしょう?その犯人だって……えっと、役職名は忘れちゃったけど、長年ここにいた人なんですよね?」

「大卜(だいぼく)よ。ええ、長いわ」

「私には人を殺してしまえる心情が分からないんですけど、簡単な事ではないって事ぐらいは想像出来ます。ましてや突発的に起こしてしまった、事故のようなものならなおさら動揺したでしょう」

確かにそのような心境で、わざわざ凶器を選ぶとは考えにくい。

しかしの考えに触れた小宗伯の表情は難しく、またとても悲しげにぽつりと呟いた。

「大卜が犯人だってのも、とても驚いたけど……偃松が共謀しているだなんて、出来れば考えたくない事だわ」

「そう、ですよね。ごめんなさい、先輩の気持ちも考えずに。でも、気を付けて下さい。先輩、一度被害に遭ってるんですから、油断しちゃいけませんよ」

「分かったわ」



続く






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