ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


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落ち込ませてしまっただろうかと心配しながら、が小宗伯を見送った直後。

入れ替わりのように尚隆が訪ねてきた。

「今、先輩と会わなかった?」

「見かけたが、上手く隠れたから向こうは気付いておらんだろうな」

どうして隠れるのか、とは問わずに笑ってそれに答えた。

「ねえ、聞いてもいい?」

なんだと言う表情を向けた尚隆に、は率直に問う。

「尚隆は大卜(だいぼく)って人とよく話した?」

椅子に腰掛けながら尚隆は答える。

「大卜か……今、それを話していたのか」

「ん……今は偃松(えんしょう)さんの事を。気を付けてって言ったんだけど……やっぱり少し落ち込んじゃったかな。でも、警告はしておかないと」

「警告?」

「うん。犯人かもしれないでしょう?」

「大卜が犯人だと聞かなかったのか」

「聞いたわ。でも何か変な感じがしたから」

「……」

「もちろん可能性だけの話。でもその情報を聞いているのと、まったく聞いていないのとでは、何かあった時に大きな差がでるものよ」

そう言いながら、は過去の自分の姿を重ねた。

「ま……予想が大きく外れる場合もあるけど」

災害に注意。

しかし現在の状況を、その時想像出来ただろうか。

「とても人を殺せるようには見えなかったけど、それを言うなら大卜だって同じでしょう?先輩の話を聞いた限りだけど」

「それは分からんぞ。長年生きている者には、特有の杞憂があるものだからな」

「長年……そっか、ここにいる人達って、殆どの人が寿命ないんだった」

「確か偃松はまだ両親が生きているほどの年だな。大卜はそれなりに長いが」

「じゃあやっぱりその人が犯人なのかしら。長年生きている人の感覚を予想する事なんて、私じゃ無理だったって事?」

「そうではないだろう」

「そうではないって、どう言うこと?」

「人は己の心すら見失う事がある」

「それは……」

確かに尚隆の言う通りだと思って口を噤んだ。

己を見失った人物の心を計る事が難しいのは当然の事だ。

「だが、長年生きて来た者にしか分からん事もある。それも確かだな。ただ……生きた年月では、人は計れん」

尚隆はそう言うとから目を反らし、窓のほうを向いて景色を眺めるようにして言った。

「闇を抱える者も多い」

窓に向けられた瞳に浮かぶのは、どんな映像なのだろう。

はその横顔を見つめながらぽつりと呟く。

「尚隆も?」

「……」

無言のまま、じわりと浮んだ感情は読みきれなかったが、それでもは口を開いた。

「……闇なんて誰でも持っているものよ。確かに、生きてきた年月は関係ないのかもね」

だからこそ、とは続ける。

「偃松って人が怪しいかもしれないと思ったの。もしこの予想が当たっていれば、先輩の身に危険が及ばないとは言いきれないでしょう?……これが思い過ごしならいいんだけど」

「そうだな」

ようやく尚隆の視線がに戻ってきた。

何かを含んだ瞳がを捉える。

しかしその表情からは何も読みとる事が出来なかった。

それは瞳がかち合った事によって高鳴った鼓動のせいだろうか。

それとも尚隆自身が言った、年月に由来するのだろうか。































一人になると、は難しい表情で考え込んだ。

様々な人物が脳裏に現れては消える。

疑わしいのは何も一人ではなかった。

ありとあらゆる可能性がある。

想像も出来ないほどの深い闇を抱えていそうなのは複数いた。

まずは大卜の翫習(がんしゅう)。

彼はなんらかの闇によって、山岡を死に至らしめた。

その尊い命を奪った罪の深さは計り知れない。

その死を持って贖(あがな)ったのだろうか。

偃松にも闇があるのではないだろうか。

罪の意識によるものなのか、見知らぬが受けた誤解を心配していた。

それは純粋に心配していたのではなかったのかもしれない。

素直に受け取れば、優しい性格の人物だとも言えるが、の受けた印象は少し違った。

心配する裏に、画策めいた何かを感じ取ったのだった。

さらに言えば、尚隆にも闇は存在する。

同じように長年生きてきた朱衡と言う者にも、闇は存在するのかもしれない。

「先輩の事を思うと、それはないと言いたいところだけど」

大宗伯なら、立場的に隠蔽(いんぺい)が容易である。

「山岡さんと先輩は仲が良かった。それをよく思わない朱衡さんが……」

深く考え込んでいた

ふと顔を上げて窓を見た。

暗い闇が外の世界にも広がりを見せている。

その闇は誰の心にも容易に入り込もうとしているように思えてならなかった。

猜疑心(さいぎしん)が生まれている己の心も、この闇に解けてしまいそうだ。

「尚隆……」

そう呟くと、ふと一つの発想が生まれた。

は慌てて首を振り、浮かんだ思考を消そうとした。

しかし一度浮かんでしまった思考は、電撃のように全身を駆けめぐり、を捉えて放さなかった。

一番考えたくない事だというのに。

「葬儀は……」

王の取り決めにより行われたという。

「犯人が……」

尚隆である可能性。

「……死体のない内史は葬儀があって、死体で発見された大卜の葬儀はなかった。……どうしてかしら」

被害者と加害者の違いかと思っていたが、その裏を考えてみればどうだろう?

仮に尚隆が犯人だと想定してみる。

自ら手をかけ、その死を確認していたから、葬儀を出したのではないのか?

では大卜はどうか。

犯人に仕立て上げるためであろうか?

それとも、尚隆が手にかけたのではなく、大卜は他の誰かの手によるのか。

では他の誰かとは?

王に近い存在で、同じく生に飽いている者……。

「朱衡……さん?」

そこまで考えると、急に恐ろしくなった。

誰も信じられなくなっている自分に気付いた事に加え、尚隆を犯人である可能性から遠ざける為に、小宗伯の大切な人を犯人にしようと心が動いている。

「私って酷い事考えているわ……」

このまま思考を深めていけば、誰とも話せなくなるのではないか……。

窓の闇がすぐそこに迫っているように感じた。

心の内に蹲(うずくま)る闇。

己の心にも存在するもの。

だけど自分が犯人でないことは分かる。

では他に犯人がいるはずだ。

大卜ではない誰かが……。



































































深夜の内殿は安穏とした平和な空気が流れ、静寂が沈着している。

「本当にこんなもので効くのだろうか……。いや、答えは明日分かるだろう」

男はそう言って手に抱えたものを床におろし、紐でくくって釣り上げる。

きりきりと音を立てて昇っていくのは、動かない牛だった。

それが完全に天井に吊されると、今度はもう一つの紐を取りだして、先に上げたものに絡めて近くに括り付ける。

さらに紐を取りだしてまた絡める。

幾度か同じ作業が繰り返され、簡単な仕掛けが出来上がった。

「見通しもあまりよくないし、これで気付かれないだろう」

満足げにそう言うと、男はその場から離れた。

まるで闇夜に消えるようにして。

































翌日の夕刻、珍しい人物がの元を訪れた。

「あ、あなたは……朱衡、さん?」

「はい。お加減はよろしいようですね。小宗伯の代わりに様子を見に参ったのですが」

にこりと微笑む朱衡に、昨日の思考が重なって背筋が震えた。

は声が揺れないように気を付けながら、朱衡に問いかける。

「先輩に、何かあったんですか?」

「はずせない用事がありまして。昨日のお話は伺いました。ですから、こうして伺った方がよいと思いまして」

「どう言うことですか?」

「貴女にも危険があるのではないかと。無事を確認したほうがよいと判じたのですね。たまたまわたしの手が先に空きましたので、こうして足を運んだのです」

「?」

気を付けろと言ったのはのほうだ。

「先輩はまた狙われる可能性があるんです。だけど私は……」

「おや?あれも同じような事を申しておりましたが」

あれ、とは随分と気安い。

それだけの信頼関係にあるのだろう。

「私が狙われるって先輩が言ってたんですか?どうして?」

「核心に迫っているから、ではないでしょうか」

「私がですか?」

事件の核心に迫っているという自覚はなかった。

むしろ暗中模索の状態である。

「あれも、たいそう心配しておりましたよ。もちろん、一番心配なのは貴女の体力だと申しておりましたが」

きょとんとしたはしばらく何も言わずに朱衡を見ていた。

その間に、当初感じていた悪寒のようなものは消え去った。

「私は核心なんて触れてもいませんよ。何か分かったのなら逆に聞きたいくらいですね」

「どうして聞きたいのです?見知らぬ者が死に、見知らぬ者が悲しんだ。その真相を解き明かしたいと思うのは何故ですか?」

そう問う朱衡に、山岡を知っていたとは、やはりここでも言うことが出来なかった。

「謎解きが……好き、なんですよ」

「……そうですか。でもこれ以上はお止めなさい。貴女のためになりませんよ」

「どうしてですか?」

「今は、何故かと言っても理解出来ませんでしょう。その時が来れば、誰かが教えてくれるでしょう」

「それは誰なの?」

「わたしかもしれませんし、小宗伯かもしれません。あるいは主上である可能性もあります」

「なら、尚隆に聞くわ」

「そうですか……では、わたしはこれで。くれぐれもお気を付けて。何かあれば呼んで下さい。すぐに誰かが駆けつけましょう」

何もおこるはずがない。

自分は目撃者ではないのだから。

しかしは頷いて朱衡に答えた。

「分かりました。わざわざありがとうございます」

そう言うと、朱衡はまた笑って小さく会釈(えしゃく)をした。

もつられるように会釈をして朱衡を見送った。



続く






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