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海客と海客 〜後輩〜


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「今だけ、信用してくれ」

「え……?」

不可解な言葉に、左上の表情を見ようとした直後、鈍い衝撃が山岡から伝ってきた。

とっさに目を閉じたが、すぐに開いた。

人の気配がしたからだ。

山岡のすぐ後ろに人がいる。

しかし尚隆ではなく……

「り……里謡……」

ぴったりと山岡の背後に張り付くようにいる人物。

顔は見えなかったが、見えている髪や襦裙等で里謡だと確信を持った。

足音はまだ聞こえている。

だが、目前の不自然さに気を取られていた。

「どうして彼女を庇ったの!」

悲痛な里謡の声が闇夜に響く。

何を言っているのだろうかと思った

しかしすぐに状況を把握した。

「まさか……」

から離れていく山岡の体。

背中に深く短剣が刺さっている。

「里謡!どうして……!」

言い終わらない内に、山岡の体が倒れた。

駆け寄って声をかけると、少し体が動いた。

「逃げ、ろ……」

山岡のくぐもった声が下から聞こえる。

「山岡さん!」

何故庇ったりしたのだろうか。

剣の刺さった場所からじわりと血が滲み始めている。

残った半分の刃からしたたり落ちる血。

「逃げないの?」

里謡の声が上から降ってきた。

「逃げないわ!こんな状態で逃げてたまるもんですか。里謡、あなたを信じた自分に後悔はしていない。でも、こんな事をしたあなたを、私は絶対に許さない!」

「冬器は他にもあるのよ」

では、山岡に刺さっている剣も冬器なのだろう。

冬器に関しての知識はさほどない。

しかしただではすまない事だけはその口振りから分かった。

「それがどうしたのよ!例え指一本動かせなくても、脅しに屈したりしないわ。他国に渡ってまで人を騙すくらいなら、悪事にこの身を利用されるくらいなら、今この場で果ててしまったほうがましよ!」

投げつけた言葉に、里謡はくすりと笑う。

「あら、体なんか動いてなくてもいいのよ。ただそこにあればいい。生きていても死んでいても同じ事だわ。いいえ、むしろ抵抗しない分、死んでいたほうが都合いいかもしれないわね」

悪寒がぞくりと背筋を撫でていった。

「なんて事を……」

「もう、仕方ないのよ。だって、もうこんなところまで来てしまった!!」

里謡はそう言うと袂から刀剣を出した。

鞘を振り払うと大きく振りかぶる。

とっさに逃げようとしただが、均衡を崩して後ろへ倒れた。

闇夜に光る鈍い光が迫ってくる。

「!」

直後、金属音が聞こえた。

いつの間にか閉じていた瞳を開くと、二つの刀剣が交差している。

「そんな……まさか」

この世で一番会いたかった人物。

驚いた里謡の声とは正反対の声が自らの喉を通り、その人物の名を叫んだ。

「尚隆!!」

力で押し返した尚隆に、尻餅をついて短剣を落とす里謡。

さらに数人の足音がして、里謡の背後に廻った人物が二人。

「先輩!それに、朱衡さん」

里謡の背後に回った小宗伯は地面に伏した人物に目を留めると、手に持っていた発光している棒を数本落として小さな悲鳴を上げた。

「うそ……山岡くん!」

山岡に駆け寄った小宗伯。

朱衡は尻餅を付いた里謡から刀剣を奪うと、腕を背後に固定してその自由を封じた。

先程が山岡にされたように。

「レギーナ、それに、里謡……」

小宗伯の声が悲しげに響く。

「う……」

小さな呻き声。

山岡だった。

「山岡くん、大丈夫なの?」

肩に手をかけて山岡の上半身を起こした小宗伯。

うつぶせから仰向けになった山岡が、咳き込んで喘いだ。

小宗伯の目を見つめながら口を開く。

「生きていて……驚いたか……?」

小宗伯は山岡に刺さった剣を抜くと、袂から白い布を取り出して山岡の傷口にあて、静かに首を横に振った。

「……いいえ。知っていたわ」

その言に驚いたのは、山岡だけではなかった。

「先輩……知ってたんですか……?」

「ええ……貴女にも何も言ってなかったわね。知っていたの。随分前から」

では、先ほどの驚きは山岡が生きていたからではなく、刺されていたからか。

「どうして……」

呟きは山岡との双方から。

小宗伯は山岡に顔を向けたまま言う。

「あなた達、一度慶に行っているわね。景王と……話していたのよ」

「そうか……あれが景王……か。同じ……海客の……。俺はてっきり……」

「胎果でいらっしゃるの。でも蓬莱のお生まれよ。様子がおかしかったのを気にかけて下さって、宝重を用いて調べて下さったの。そしてすぐに連絡を下さったのよ。海客同士の夫婦を装った二人がいるが、大事ないかと。ただ、その確認をこちらとしている途中に、あなた達は慶を離れたようだけど」

「やはり疑っていたか。引き離されたので焦ったが……そうか、あの方も、海客だったのか……」

「生きていると知って……色々調べたの。信じたかった……でも……」

小宗伯はそう言って口を噤(つぐ)んだ。

こみ上げてくるもので声が出せないようだった。

「先輩……」

無理もない。

犯人も被害者もすべてが春官である。

顔見知りであっただけでなく、同じ時間を共有した仲間だったのだろう。

山岡はどうみても主犯である。

同郷の者が主犯であったのなら、平静でいろと言うほうが難しい。

「先輩、ごめんなさい。ずっと……ずっと言えなくて、今まで黙ってました。先輩に傷ついてほしくなかったんです……」

小宗伯は山岡の傷口を抑えたままに顔を向けた。

その顔が怒っている事に驚いた

戸惑いの表情を返していると、小宗伯の口が開かれた。

「こちらも同じ気持ちでいることを、どうして分からなかったの?傷ついてほしくないのは私も同じなのよ。どれだけ心配したと思っているの?」

「あ……」

まったく失念していた。

冷静になって考えてみれば分かったはずなのにと、言われてようやく気がついた。

「貴女は私が狙われるかもしれないと言っていたけど、本当に狙われていたのは貴女なのよ。貴女のその髪が、どれだけ危険な利用のされかたをするか分かっているでしょう?なのに自分のことには無頓着で……」

「ご……ごめんなさい」

しゅんとして下を向く

未熟な自分が恥ずかしく、また愚かしいと思った。

「本当に……心配で心配で気が狂うかと思ったわ。だから反対したのです、しばらく様子をみようなどと……聞いておりますか、主上!」

尚隆を睨みながら言った小宗伯に、はっと息を呑む山岡。

顔を捻って確認するように王を見た。

山岡にとってみれば、なぜここに王がいるのか不思議だろう。

「ちょ……ちょっと待って下さい、先輩。ずっと前から知っていたんですか?」

「ずっと、でもないわ。でも主上はある程度分かっておられたのではないかしら。巧から戻ってきた辺りから、動きが……それはもう怪しくて怪しくて」

「なぜ……」

朱衡に自由を奪われた里謡がそう呟いて続ける。

「台輔から春官府に戻り、さる人物の教育係にならないかと言われ、さぞや信頼されているのだと思っていたのに……まさか疑われていたとは……」

それに答えたのは尚隆。

「関弓で岡亮(こうりょう)と会っていれば嫌でも目につく」

「!……見られて……いたのね。気が付かなかったわ」

「王が関弓をふらふらしているなんて、気が付きませんでしょうね」

小宗伯の声が棘を含んで尚隆に向けられる。

「じゃあ、私が犯人だと思っていた偃松(えんしょう)さんは無実……?」

は唖然とした表情で言った。

それに答えたのは朱衡だった。

「偃松はすでに捕らえてありますよ。それと彼の両親は救出いたしましたので」

「なんですって!」

里謡が朱衡を振り返って叫んだ。

尚隆がふっと息を吐き出して言う。

「居場所に難儀したがな」

「どう言う……?」

は一人、まったく事情が分からず混乱していた。

それにこたえたのは小宗伯だった。

「偃松は脅されていたの。共犯と言えばそうなのだけど、関弓に住む高齢の両親を攫われて、ずっと協力させられていたのね。レギーナ、貴女が出先で見たのも偃松と山岡くんで間違いなかったの」

「お前……まさかそんな事まで……どうりで様子がおかしいと……」

小宗伯に支えられている山岡は、じっと里謡を見ながら意外な言葉を発した。

「岡亮は……その事実を知らなかったのですか?」

朱衡さえも驚いて聞いた。

「偃松が巧の玉座につきたいのだと、そう聞かされていた。里謡に……」

「じゃあ、巧で私に会わそうとしていたのは偃松さんだったのね」

はそう言って山岡を見る。

しかし声を発したのは山岡ではなく、彼を支えている小宗伯だった。

「では……大卜(だいぼく)を殺したのはあたなではないの?」

「大卜……殺す?翫習が……」

少し苦しそうな声でそう答える山岡。

しかしはっと何かに気が付いたように顔を上げ、気力を振りしぼるようにして里謡に問う。

「まさか翫習を手にかけたのか!」

「……」





続く






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