ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


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後ろを振り返ることなくひたすら走り続けた

それだけの体力があることに驚いたのは、追われている気配がないと確信してからだった。

斜陽はすでに姿を消し、空に僅かな色を残すのみ。

遠くで太鼓のような音が聞こえていたが、それを気にしている余裕がなかった。

「誰もいないわね……」

関弓へ急いでいるような数人とすれ違った記憶はある。

走っていたので、追い越されることはなかったが、今になって不思議に思う。

なぜ自分と同じ方向に向かっている人がいなかったのだろうか。

辺りに人の気配がない事に気が付くと、追い越されなかったかわりに、追い越してもいない事に気が付いた。

そしてようやく思い出す、こちらでは常識と呼ばれる事柄があった。

「そうだわ……日没後は」

一気に血の気が引くのが分かった。

夜が明けるまで関弓に戻れない。

外は妖魔も出ると聞いた。

「妖魔……」

沛乎島(はいことう)の風景が蘇る。

は辺りを見回した。

街道に沿うような木々がある。

しばらく街道を下りながら木々のざわめきを見ていた。

その中に一際木が密集している場所を見つけた。

街の明かりは四方見渡したが、どこにも見えない。

方角も分からない。

朝まで門は閉まっている。

「仕方がないわ……」

は躊躇いながらもそこへ入っていった。

「外敵から身を守るには、身を隠せばいいのよ。大丈夫、あの島よりは隠れる場所があるわ」

茂みしかなかった事を思えば格段に安心できると思った。

いや、思いこもうとした。

は大きな木を選んで登り、体を固定させるような体勢を作ると、枝を寄せ集めて自らの姿を隠した。

木々がの視界をも遮(さえぎ)り、土色のの景色が消えていく。

頭上を見上げるとちらちらと星が見えている。

すっきりと晴れた空が見え隠れしているが、気温は宮城よりも寒い。

「旅先でも……寒かったし。大丈夫、この木はまだ枯れていないもの。寒さはしのげるわ」

少し安心すると大きな溜息をつく。

ようやく考える事が出来そうだった。

「里謡(りよう)……」

彼女はどこへ向かっていたのか。

「偃松(えんしょう)が犯人だなんて」

自分はなぜ、偃松を犯人にしたがっていたのだろうか。

ふと、思い当たる。

「そうだわ……私は……」

自分にとって一番都合がいいからだ。

尚隆や小宗伯が犯人であると仮定する。

仮定はするがそこから先に進めない。

いや、進みたくなかった。

本能的に嫌だ。

考えなかった訳ではないが、想像したくないものの一つだった。

浅い考えで終わっていたような気がする。

それと同列に朱衡がいる。

朱衡が犯人であれば小宗伯が悲しむことは避けられない。

それもの望む結果とは言えない。

それ以外で山岡と共謀し、が知っている人物となると、単純な消去法でしかありえなかった。

結果、偃松しか思い浮かばなかっただけのこと……。

「なんだ……私の推理はなんて子供っぽいの」

里謡を思うと心が痛んだ。

その裏切りに痛む心。

仲良くなれると思った矢先だった。

空を見上げる

木々の間から見えている星が瞬いている。

「星……どうして星が見えるかしら……?だってあそこには海があるのに」

改めて不思議な世界だと思う。

大きな猫が人間のように歩いていたり、見たこともない獣が乗り物だったりする。

空を飛べる獣だっているのだから、自分の物差しでは何も測れない。

「人の心も……そうなのかしら」

いや、と心中で呟いた。

人の心は変わらないと感じていた。

里謡や山岡に関しては、その心の闇を見抜けなかっただけのこと。

「私もまだまだ人を見る目がないわね」

ふう、と大きな息を吐き出した。

「このまま朝まで何もなければいいんだけど……」

妖魔と遭遇する事だけは避けたかった。

忌まわしき沛乎島(はいことう)での記憶。

その恐怖の塊を思い出したくはなかった。

木々の隙間から見上げる空。

煌めく星がに教える。

「あ……また、アルゴル」

厳密に言うと、それに似た並びの星。

大きな瞬きを見せる悪魔の星を、はまじまじと見つめた。

すると、悪魔の星は急に消えた。

「え……」

小さく声が漏れると、再び現れる星。

「本当に食変光星なのかしら」

そう言うと、また星が消えた。

肉眼で捕らえることが辛うじて可能な明るさならば、見失うこともあるのだろうが……比較的明るい星だと思った。

こちらの瞬きは、自分の常識とは違ったものなのだろうか。

そう考えてから気が付いた。

他の星も見えていないことに。

「!」

視界が遮られていたのだ。

何か大きなものによって。

「まさか……妖魔!?」

見つかったのか。

そう思った瞬間、強い風が木を揺らした。

寄せ集めただけの枝はあっけなくの姿を晒し、同時に視界を広げていた。

「山……きゃあぁ!」

の目前に現れたのは、騎獣に乗った山岡だった。

伸ばされてくる腕が異常なほどゆっくり見えた。

走馬燈のように思い出す他国での自分。

あの手に捕らえられたら最後だ。

とっさに、近くにあった枝を掴んで身を隠すようにした。

引き寄せた枝の端が山岡の顔に命中し、小さな悲鳴と目を覆う仕草が見えた。

は手元に残っていた枝を山岡のほうに投げ、落ちるような勢いで木から降りた。

降りる直前に均衡を崩し、腰を打ち付けたがすぐに立ち上がり、山岡の位置を確認することなく駆け出す。

後ろを振り返っている暇などない。

力の限り走る。

道など気にしている余裕もなくひたすら走った。

しかし闇雲に走ったところで、騎獣の早さに勝てるはずもなく、あっさりと捕まってしまった。

辺りは遮るものがない草原のまっただ中。

「離して!!」

「……」

力いっぱい抵抗しても、力の差は歴然としており、その手から逃れる術を見出せない。

捻られた腕は背に回って固定された。

「私を捕まえてどうするつもりなの」

「それを聞いてどうする?」

「次に出る行動の確証を得るためよ」

「何をするつもりだ」

背後にいる山岡に、吐き捨てるように言った。

「言わないわ。でも絶対に屈しない。あなたのためにも、先輩のためにも」

「……なぜそこで小宗伯が出てくる」

戸惑いを含んだ声。

はやはりと心中で呟く。

「迷いがあるなら、こんなことはやめたほうがいいわ。あなたが亡くなったと聞いて、先輩がどれほど悲しんだか。私を気遣って明るく振舞ってはいたけど……本当は……」

「悲しんで?まさか」

「先輩にとって、あなたの存在は大きかったのよ。もう二度と戻ることの出来ない故郷へ繋がる扉だったの」

「それは……俺も同じように思っていた。ただ……」

「私たちは生きていけるわ。この国で……この世界で」

「……」

動きを止めた山岡。

ややして悲しげな声が言った。

「生きてはいける。それは分かっている。だけど……いつまで経っても埋まらない悲しさがある。隙間風のような寂しさは、どうあっても繕(つくろ)えない」

「だから……」

は背後に立つ山岡に顔を向けて言った。

「だから……先輩を好きになったの?」

「!」

驚いた顔を確認せずに前を向いた。

地を駆ける音が遠くから聞こえる。

尚隆であろうと何故か強く確信を持った。

「あなたは……先輩を好きだった。寂しさを埋めるためだったのかもしれない。あるいは蓬莱、同郷という世界を共有できる、唯一の存在だったからかもしれない。でも……先輩の心にはすでに……」

音が徐々に大きくなる。

木々と風の反響か、音が複数聞こえていた。

「過去、密かに好意を寄せていた人が流れて来て、これは運命だと思ったのかもしれない。でも……」

近付いているのは足音だ。

山岡は冷静に問いかけてくる。

「好きだという感情に、理由がいるのか?」

「それは……」

足音はもう、すぐそこまで来ている。

ふう、と大きな溜息が背後から聞こえた。

「しかし……仮に蓬莱にいたままでも、思いが通じることはなかったのかもしれないな」

さすがに山岡も足音に気付いたようだった。

そう言い終わるとの腕が解放された。

解放された理由が解らず、背後の山岡に顔を向けようとした瞬間。

山岡がを強く抱きしめた。

強く抱きしめられて何も言えずにいたが、もうそこまで近付いている足音に焦り、ふりほどこうともがく。

尚隆に誤解されたくはない、その思いで必死だった。

「今だけ、信用してくれ」

「え……?」



続く






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