※多少(人によっては)グロテスクな描写がありますので、苦手な方はお気を付け下さい。

ドリーム小説




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海客と海客 〜後輩〜


=30=



「俺と里謡は……」

里謡を抱きしめたまま、静かに語り始める山岡。

「巧で知り合った。俺は海客だと追われ、妖魔にも追われ……全身傷だらけで身なりは汚く、もう自分では動くことが出来なかった。もし里謡が通りかからなかったら、きっとその時死んでいた」

山岡から吹き出る血で、里謡が少しずつ赤く染まっていった。

視線を山岡に向ける里謡。

「あの時……黒い犬が街道の途中にうずくまっているのかと思ったわ……血に泥がこびりついた人間だなんて……ちっとも思わなかった。だから伯父に頼んだの。拾って持って帰って、手当するつもりで」

「里謡は俺に言葉を教えた。年が近かったからか、それは懸命に教えてくれた。一緒に学校へも連れて行ってくれた。いつしか競争して学ぶようにまでなった」

「でも巧は荒れ始めた……伯父はそのごたごたで国府にあがり、わたし達は雁へ渡ることを決意したのよ」

「俺は雁へ来てすぐに海客としての申し出をし、当面の生活費を確保した。そして里謡の伯父に選挙をもらい、二人とも内史府へ入ることができた。前の内史は里謡の伯父と共同で、関弓に店を持っていたから繋がりも深かった」

「彼は器量が認められてどんどん昇進していったわ。とても誇らしかった……官邸を賜(たまわ)ったせいで離ればなれになってしまったけど、わたしはそれでもよかった」

「内史府にやっと慣れて来た頃……蝕もないのに一人の海客が流れてきた。春官に配属された彼女は、俺の……思い出のすべてだった」

「彼の目は……わたしを映さなくなった」

「蓬莱へ二人で戻る。そればかりを考えるようになった。この世界で生きようと、必死にしがみついてきたものは……いつの間にか見えなくなっていた」

「本当は二人が仲良くしゃべっているのを見るのが辛かった……初めに天官へ移動したいと言った時はそれが大きかった」

山岡は里謡の頭を撫でながら瞳を閉じる。

軽く息を吐きだすと深く響く声で言った。

「ごめんな、里謡……」

目を見開いたまま涙を流す里謡。

じっと里謡を抱きしめたまま動かない山岡。

気遣って山岡に近づこうとしていた小宗伯。

戸惑いの表情を露(あら)わにしている小宗伯の肩に手を置いた朱衡。

それぞれの想いが交差しないまま、不思議な時が流れていった。

「何のしがらみもない土地で……二人ひっそりと生きてみたかった。だけど……もう無理よ。こんなところまで来てしまった。引き返せないところまで……」

里謡はそう言うと山岡を振り払うようにして立ち上がった。

そして立ち上がると同時に身を翻(ひるがえ)し、まだ隠し持っていた冬器を手に小宗伯へ駆けていった。

とっさの事で誰も動くことが出来ない中、里謡の体はあまりにも近距離にいた小宗伯へと到達しようとしていた。

「里謡!!」

山岡が叫び、里謡の裾を掴んで引いた。

均衡を崩した里謡はその場に倒れ込み、冬器を落とす。

立つことも覚束(おぼつか)なかった山岡は周囲が驚くほど俊敏な動きを見せる。

冬器を拾うと里謡の喉元に素早く振り下ろした。

「ひっ!!……!」

里謡の喉から発せられたのはひゅっと漏れた空気の音。

何故と問いたげな視線が山岡に向かっていた。

「俺が一緒に罪を被ってやる。血に濡れたお前と同じように、この手を血に染めて。・・・一緒に行こう」

山岡がそう言うと、驚いた事に里謡は微笑んだ。

その拍子に血が口から零れたが、里謡は気にするでもなく、ひゅーひゅーと喉を鳴らして口を開く。

「・・・て・・」

里謡の手が喉元の冬器にかかる。

力無く置かれたその手を確認したのか、山岡は冬器からそっと手を放した。

「これ以上……誰も傷つけてはいけない……」

ぽつりと呟いた山岡。

里謡は再び口を開いたが、新たな血が零れて言葉にならなかった。

そこで自らの喉元の冬器を抜くように身振りで山岡に訴えていた。

「何か言いたいのか?」

山岡は里謡の手がかかったままの冬器をそっと持ち、痛々しい傷口を見ながら一気に引き抜いた。

「好……き……」

息の量が多い声が小さく聞こえていた。

「……き……」

口の動きに反して声が聞こえない。

山岡は身をかがめて里謡の口元へ耳を近づけていった。

その時……



「!!!」



まだ里謡の手にあった冬器。

剣が鞘に戻るように、滑らかな動きで山岡の胸元へ消えていった。

「や……山岡くん!」

「岡亮……」

胸から背中を貫通した冬器。

里謡はすでに動かない。

朱衡が里謡とは逆の方向に倒れようとしていた山岡を支え、小宗伯とが駆け寄った。

「山岡くん!」

朱衡にささえられた山岡は、小宗伯に顔を向けて言う。

「もう一度行ってみたかったな……あの岩場の海岸」

「岩場の海岸……って」

山岡の震える手が持ち上がる。

小宗伯を求めているように宙をさまよっていた。

「先輩、手を握ってあげて下さい。朱衡さんも、いいでしょう?」

静かな頷きを確認した小宗伯は、震える山岡の手を両手で包んだ。

「虐められて家に帰りたくない時、よくあの海岸に行った。暗くなると岩場が影を作り、体を隠してくれたから。膝を抱えて丸くなっていたもんだ」

「あ……その海岸……」

小宗伯は何かに思い当たったのか、を見てから山岡に向き直った。

「私もよく行ったわ、その海岸。蓬莱最後の日、私も岩陰に隠れてうずくまっていた……。ちょっと落ち込むような事が続いて……家に帰る気になれなくて、あの海岸に行ったの。そこで……山岡くんの事を思い出してた……」

「懐かしいな……もう忘れたと思っていたのに、今になって思い出した」

山岡は泣きそうな顔を小宗伯に向けて言った。

「俺が死んだら……骨だけでも蓬莱に返してほしいって……無理かな……」

が強い口調で言う。

「死ぬなんて……弱気な事を言っては駄目ですよ」

「里謡と一緒に行ってやることが、せめてもの罪滅ぼしになるかな」

「それをして誰が喜ぶと思ってるんですか!」

そう叱責(しった)したは、穏やかな山岡の笑みを見た。

「ごめんな」

誰に言ったのか、目は宙をさまよっている。

「山岡くん……」

小宗伯の瞳から涙が溢れ出す。

「本当に……ごめんな」

苦しさからか、山岡の目からも涙が溢れ出し、その瞳はゆっくりと閉じられた。

小宗伯が包んでいる手からふいに力が抜ける。

「山岡くん……山岡くん!!」

が山岡の口に手を翳(かざ)す。

しかし期待と反して風が手にぶつからない。

「先輩……山岡さんは……もう……」

「そんな……だってさっきまで動いて……」

動揺を隠しきれない小宗伯に、朱衡が静かな口調で言う。

「彼は今、仙籍から外れています。冬器に貫かれて動いていた事のほうが、本当は信じられないほどです」

「う……そ……。山岡くん……」

朱衡が抱えている山岡を揺する小宗伯。

「山岡くん、ねえ、起きて。二度も死なないで……山岡くん!」

は泣きながら言う小宗伯を背後から抱きしめ、引き離すように力を入れる。

「先輩……先輩!」

山岡から離された小宗伯は抵抗をやめ、その場に崩れ落ちるようにして泣いた。

は励まそうと肩に手を置こうとしたが、それを躊躇(ためら)ってやめた。

近づけない雰囲気が、小宗伯から漂っていたからだ。

その様子を見ていた朱衡はそっと山岡を降ろし、尚隆と何やら頷きあっている。

にも頷きを見せると立ち上がって小宗伯へと歩み寄る。

「死んでほしかったんじゃない。死んでほしかったわけじゃないのに……」

「分かっていますよ」

小宗伯を引き寄せて優しく抱きしめる朱衡。

任せて大丈夫だと判じたはその場を離れ、尚隆に歩み寄った。

「ようやく来たか」

空を見上げていた尚隆がそう呟き、その視線の先を追う

空で何かが動いているのを確認した。

じっと見ていると騎獣が数騎向かってきている。

武装した人物が乗っているのを見て、これが禁軍なのだろうかと考える。

「主上」

地上に降り立った軍人の一人は尚隆に駆け寄り、辺りの惨状を見て息を呑んだ。

「これは……」

「説明は後だ。先に戻る」

朱衡にも視線を送った尚隆は、あっけにとられているの腕を取って騎乗した。

朱衡も小宗伯を抱えるようにして騎乗し、二騎は宮城を目指して駆け出した。

空にはアルゴル……それと同じような並びの星群。

今ばかりは残酷な輝きに見えた。



続く






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