ドリーム小説




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昊天夢街道


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奏南国に新王が即位して、約二十年が経過した。

気候に恵まれたこの国では年を追うごとに、少しずつではあったが、豊かになりつつある。






復興の兆しが見え始めた港町の一郭。

雑多な街の中にあって、際だつような景観をそなえたいくつかの建物があった。

柱の色、窓枠、梁や柱にいたるまで、すべてを緑に染め上げたその舎館。

女の花咲く舎館(やど)である。





港には長旅を終えた船が停泊していた。

どやどやと降り立った男達は、地面の感触を確かめるように足下を見て、街をぐるりと見回した。

そして、それぞれに散っていくのであった。

海の上に生業を持つ者には、得てして独り身が多い。

陸の生活を自ら捨てた者、陸から逃げてきた者。

理由は様々だった。

その関係もあったのだろうか。

ここは他の里よりも、妓楼が多かった。

いくつかが密集して柱を緑に染めると、それに習ったのか、近隣に同じ色の舎館が建つ。

やがては歓楽街と呼ばれるのかもしれない、と道行く人々は思うのだった。














「しかし、増えたわねえ……」

困ったように呟く母を左目で見ながら、はうん、と頷く。

ちらほらと道行く男が視線を投げていたが、それには気がつかないふりをしてやり過ごした。

「こうも妓楼ばっかり出来たんじゃあ、商売あがったりだよ」

ふう、と大きな息をついて、舎館に戻るために大門を潜る母を追って、も中へと進む。

舎館の柱は緑。

この界隈の御多分にもれず、妓楼を経営する母子であった。

ここを昊天楼(こうてんろう)と言う。

「うちは花娘も少ないしねえ……そろそろ改装の時期かねえ」

母はそう言いながら飯堂を過ぎ、昊天楼を奥へと進む。

もちろん、もそれに従って歩く。

奥にある小さな房室に入ると、母はまたしても大きな息を吐いて椅子に座り、卓子に肘をついた。

「何か手を考えないと、そろそろやばいかねえ」

「……そうね。私が客を取る事が出来れば少しはましなんだけど……」

今まで気のない顔をしていた母が、その言によって顔を上げる。

「莫迦をお言いでないよ!我が子に客を取らせるなんざ、そこまで落ちぶれたくはないね。天帝がお許しになるもんかい」

「でも、母さん。実際に人手不足じゃない。……ま、花娘が足りなくなるほど、客が来たりはしないんだけどね」

両肩を竦めたに、母はまた溜息を出した。

「そうだねえ。建物が新しいってだけで、すぐに客は流れるからねえ。老舗をやってるだけあって、顔がわれてるから偵察にも行けやしないし。本当に困ったもんだねえ」

「そうだね。まあどのみち……私が客の前に行ったら、逃げ帰ってしまうから無理だわ。何か考案しなければいけないかもね」

そう言ったは、母を見ずに外に目を向ける。

その瞳に映っている景色は、他の者が見る景色よりも狭い。

漆黒に流れる髪は艶やかだったし、立ち姿もすっとしていて美しかったけれど、正常に動くのは左の褐色の瞳だけだった。

右目は白く、その瞳が何かを映す事はなかった。

何も言えなくなった母に、は明るい笑みを向けて言う。

「でもさ、何か考えつくまでは、溜息ばっかり吐いていても仕方ないよ。さ、そろそろ忙しくなる頃合いだよ。きりきり働かなきゃ!」

軽く母の肩を叩いたは、前掛けを締め直して動き出す。

は花娘達の世話をするのが仕事だった。

化粧や着付けの手助け、客から要望のあった、飯や酒の運搬。

その他、雑用をなんでもこなした。

それだけ、昊天楼には人手がなかったとも言える。

繁盛していないからと言って、暇だと言うことにはならなかった。

今日も船が停泊しているだろうし、男達がなだれ込んでくる。

立派な新しい舎館からはじき出された者達が、ここへとやってくるのだから。


















「姉さん、今日はこの簪をさしますか?」

「そうねえ……うん、それでいいわ」

白いうなじを見ながら、花娘の一人について、身の回りを整える。

妓楼の女達はよりずっと年上で、姉さんと呼ぶのにも、呼ばれるのにも抵抗がない。

一人一人の房室を廻って、すべての用意が整った頃、飯堂へと降りていく。

幾人かが好奇の視線を寄越したが、それに気がつかぬふりをして厨房に顔を出す。

「注文届いてる?」

「おう、こいつだ。持って行ってくんな」

「あいよ」

飯堂でもそうだったが、やはりこの瞳のせいか、ちらちら見られる事が多い。

それらを全部不快に思っていては、働きようがないと割り切ってはいたが、やはり房室に入るのは少し緊張する。

その瞳は何だと質問してくる者も多いのだから。

の運ぶ盆に乗せられたのは、酒とつまみだけ。

それを言われた房室へと運ぶ。

指定されたのは、最初に用意を調えに行った房室だった。

「ま、今から動くわけだしね……とと……。失礼します」

すっと扉を開けると、軽やかな笑い声が房室に響いていた。

「ええ!本当に?そんな事があるのなら、一度見てみたいものね」

「本当だよ。機会があれば見に行くといい」

花娘を誘うと言うのだろうか。

「ええ。そうするわ」

嬉しそうな声がそれに答えた。

「へえ、姉さんがそんなに声をあげて笑うなんて珍しいね。でもお客さん、外に誘い出すような事を言ってもらっちゃ困りますよ」

花娘相手に、なんてことを言うのだと、は咎めるように男に向かう。

「ああ、そうか。それはすまなかった」

男は柔和な笑みを浮かべて、素直に謝ってくる。

こんな所には珍しく、若い客だった。

「いえ……。では、酒はこちらに置いておきますね。ごゆっくりどうぞ」

「君は?」

「え?」

「下働きか何か?お客を取っているわけではないのかな?」

「……はい。私はただの雑用ですから」

「そうか。一緒に楽しく話せればと思ったんだけど」

「話しを?でも、ここは妓楼ですよ?」

「わかっているよ。話しをしてはいけない決まりはないだろう?」

「それはその通りですが……」

「何か演奏がついたりはしないのかな?琴を弾く人とかは?」

「琴を?こちらで、ですか?」

「うん。あちらの妓楼では、当たり前のようだよ」

その言に、は固まってしまった。

あちらの妓楼の情報を、この男は知っている。

しばし迷ったまま、はじっと男を見つめていた。

ややして口を開く。

「姉さん、もうちょっと後で来ても良いですか?」

「そりゃあ、構わないけど……でも、お客さんは?それでいいの?」

「もちろん構わない。もし、他に客のあてがあるのなら、わたし一人で待っていよう」

それには、だけでなく、花娘も驚いてしまった。

「いったい、何をしに来たんです?」

「話しをしに」

「ここに、ですか?お客さん、表を見ずに入って来ました?」

「分かっているつもりだったけど、違うのかな?」

「あ、いえ……それじゃあ、とにかく後で。姉さん、頼みましたよ」

「はあい」

変な客だと思いつつ、は房室から出た。

再び厨房に戻り、二〜三の注文を受けて運ぶ。

今日も暇かと思われたが、意外と忙しく、解放された頃には随分と辺りは静まっていた。

「まだ、起きているかな?」

は迷った挙げ句、とりあえず様子を見ようと房室に足を向けた。



続く






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昊天夢街道、始まりました。

長編の『金の太陽 銀の月 〜銀月編〜』とかぶらないように!が目標だったかもしれません☆

リクエストを頂いた感じですと(恐らくですが)弱めの主人公が良かったのでは?

と思ったのですが、それでは『銀月編』の主人公とかぶってしまうのです。

なんだか私節の効いた話になってしまったような……気がします。

それでもお付き合い下さる心の広い皆様、しばしのお付き合いをお願い申し上げます。

                                            美耶子