ドリーム小説
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昊天夢街道 =2= 寝ているかもしれないと危惧したにも関わらず、房室からは相変わらず軽やかな笑い声が漏れていた。
「姉さん、いいですか?」
少し扉を開けて言うに、気がついた花娘が立ち上がって入り口まで来る。
「終わったの?待っていたの。ね、今日はちゃんの房室を貸して。じゃあ、後よろしくね」
それだけ言うと、あふっと大きな欠伸を残して、さっさと出ていってしまう。
「え?ええ!よろしくって、ちょっと、姉さん!」
「やあ、待っていたよ。さあ、大人の時間だ。何を話す?」
にこりと笑った顔は、先ほどと同じ笑顔なのだろうか。
「あの、私……色は売ってないんですけど」
「知っているよ」
「あ……ま、まあ……見れば分かりますね」
「いや、彼女から聞いた」
「じゃあ、もうお済みになったんですか?」
僅かに頬を染めながら言うに、男はにこりと問う。
「何を?」
「何って……そりゃあ、ここは妓楼なんだし」
「ああ、何もしていないよ。本当に話を聞きにきただけなんだ。この辺りの様子をしりたくてね。でも、随分と復興したようだ」
「復興……それは、ええ。本当にそうね。復興どころか、これからますます発展してくわ」
「そうだね」
にこりと笑った顔が、何故か眩しい。
「……あなた、変わってるわね。私、。あなたは?」
「利広」
「利広ね。で、どうして彼女を追い出したの?ここが彼女の房室なのよ。一人で寝る事はあまりないけれど……それでも他に寝る所がないんだから」
「らしいね。でも、わたしはを待っていたし、は遅くなってしまった。これから計画を立てるのなら、明け方になってしまうかもしれない。彼女は眠たいだろうし、たまには一人で寝てみたいと言う。だから提案したんだけどね」
「私と入れ替わればいいって?そうゆうこと?」
「まあ、そうだね」
「計画ってなに?」
「今後の昊天楼建て直しについて。はここの経営に携わっている。違うかな?」
の返事を待たずとも、驚いた表情で理解した利広。
そのまま言を繋ぐ。
「顔は綺麗だし、色を売らないとなると不自然だからね」
「は?顔が……?私……の?」
あまりに驚いたは、微笑む利広をぽかんと眺めていた。
「そう。どうして化粧をしていないのかと思ったよ。がここの房室で待っていたのなら、話しだけでは終わらなかったかもしれない」
「ま、まさか!気持ち悪いって思わないんですか?この動かない目……この目を見て、驚かない人は今までいなかったわ!!」
一気に興奮状態に陥ったを、利広はただ静かに見ていた。
「わたしは驚いたかな?」
「え……」
思い返そうと記憶を辿る。
ややして、は首を横に振った。
「ひょっとして、見えない?」
「うん……」
「そうか……でも、気がつかなかった。なんて綺麗な瞳なんだろうとは思ったけどね。褐色と真珠の瞳。艶やかで、とても美しい」
「嘘!」
動揺を露わに、は顔を背けてなんとか耐えた。
「信じてくれないようだね。素直に思った事なんだけどなあ」
「そんなこと、今まで言われた事ない!それに……ただの雑用だって言ったでしょう?」
「では、もう一つ確かな推察を。ほかの妓楼の様子が気になるって事は、経営に携わっている証拠。違うかな?」
「あ……それは……確かに」
「そしてわたしはそれを教える為に待っていた。聞きたいことは?」
「……お、教えて。見てきた事全部!思い出せるだけでいいの。内装とか、花娘の様子とか、料理とか」
そうだね、と言って、利広は語り出す。
偵察に行けなかった、新しい妓楼の様子を。
しかし、初めは興味深く聞いていただったが、次第に顔は俯き始め、最後には深い溜息を落としていた。
「それじゃあ、うちがいくら頑張っても追いつけやしない。かけてるお金が違い過ぎるわ」
利広の話を総合すると、あちらの妓楼では琴の演奏から始まって、花娘達が数名出てくる。
その中から好みの女を選んで、それぞれの房室に案内されると言う仕組みらしい。
調度品も聞く限り贅を懲らして良い物を揃えている。
ここの妓楼では、客が女を指名するのに房室を選ぶ。
女を選んでいると言うよりは、房室を選んでいると言った方が近いか。
それに琴を演奏させるような場所はない。
琴を演奏出来る者はだけだったし、それも教養程度にたしなむ程度のもの、とても人様に聞かせられるものではない。
「豪華さだけで売るのなら、ちょっと難しいだろうね。でも、他にも出来る事はあるだろう?」
「他に出来る事?」
「妓楼は色を売る。だけど、色しか売ってはいけないと思うかい?」
「どうゆうこと?」
「夢を売ればいい」
「夢……を?」
それをどのようにすればいいのかが、には検討がつかない。
考えついているのなら、すでに実行しているだろうし……。
その様子に、利広は小さく笑うと、片目を閉じて言った。
「わたしなら、に見つめていてほしいかな。何をせずとも、ただ、じっと見つめてほしい」
「まさか!そんなの……気持ち悪くなるに決まっているじゃない」
「ならないよ。ただ、これはわたしの欲求であって、大勢の男の欲求ではないのだけど」
それもそうだと、固まったように思案していた。
しかし唐突に顔を上げて叫んだ。
「あ……そうか!」
男達が欲するものを考え、それを花娘達に演出させれば良いのだ。
だが、男が欲するものとは何だろう。
「ねえ、男の理想的な女性像って、どんなの?」
「……難しい事を聞くね。そうだなあ……手に入りそうで、手に入らない……かな?」
「手に入りそうで……手に入らない?それって嫌じゃないの?」
「どうだろうね。でも男は莫迦だからね。手に入れるためならって、頑張ってしまうものだよ」
「ふうん……難しいのね」
「そう、難しい。だから計画しなければならない」
「あ……なるほど……。ねえ、どうしてそこまで親切なの。その親身さがなんだか怪しいわ。ひょっとして、あちらの妓楼の回し者?」
「まさか。繁盛している所から、ここへ来る理由があるかい?」
むっとしたが、それと同時に納得した。
たしかに、ここへ偵察に来ずとも、他の妓楼の方が儲かっている。
ならば偵察に来たところで、実入りなど何もないだろう。
ふいっと横を向いてしまっただったが、それでも小さく謝った。
「ごめんなさい。本当にうちは儲かってなくて。ちょっと苛立っていたわ」
「手練手管と言ってね」
「え?」
利広のほうへ顔を向けると、微笑む表情と行き当たる。
微塵も気にしていない様子を見て、心なしか安堵する。
「嘘や偽りがとても上手いんだ。男の欲するものを瞬時に感じ取り、それを嘘や偽りの中からそれは見事に再現する。手慣れた花娘の常識だよ。だけど、ここの花娘達はみんな素直で良い人ばかりだね」
昊天楼を褒められたように感じ、一瞬笑顔になったはその直後、その表情を曇らせて俯いてしまった。
「ええ……だから、それだけ悲しみが深いわ」
「そうだろうね」
「本当は……私がこんな事を言ってしまうのはいけないんだけど……姉さん達には、幸せになって欲しいと思ってる。早く良い人に貰われてほしい……。だって、そうすればもう好きでもない男と……あ!」
何を思いついたのか、はそのまま絶句してしまった。
時折頭を振ったり、捻ったりして考えている。
ただじっとそれを待っていた利広は、ようやく向けられた顔に、問うような目を向ける。
「聞いてくれる?理想の女かどうか」
それに頷いて返した利広は、の口元に集中した。
「どれだけ手を伸ばしても届かない。切ないまでに美しく、教養が高く、芸も達者な女性。花娘だと言うのに、その気がないのなら断られてしまう……これって、どう?」
「とてもいいと思うよ。でも、断ってもいいのなら、ここは儲からないよ?」
「ええ。だから提案するのよ。姉さん達に。一人を総勢で持てなすの。厨房からも顔を出させて、飯堂の男達も顔を出す。もちろん母さん……女将も顔を出して、他の花娘も顔を出す。これらすべてにお金がかかる。当然、客に払ってもらう。それが出来ない客には、軽蔑の眼差しを向けてもらうわ。そんな客とは、同じ房室に寝る事は出来ないと断るのも自由。そのかわり、それらを一式揃える事が出来たなら、その分姉さん達に還元する」
「なるほど。でも、上手くいくかな?」
「やってみないと分からないけど……これが上手くいけば、姉さん達は嫌なお客を取らなくても足しになるじゃない?本気で惚れ込んだ男なら、それでも通うだろうし、それだけの富豪なら、引き取られても幸せになれるわ。少なくとも……ひもじい思いをしなくてもすむから」
昊天楼にいる女達は、食い扶持を減らす為に捨てられた者が多い。
「そうか。でもそこまで高級思考だと、それなりの教養を求められるよ」
「例えば?」
「そうだね。まずは全員が琴ぐらいは弾けなくてはいけない。舞のひとつも舞えないようでは、優雅さは身につかないし、知識も求められるだろうね。ちなみに、琴の弾ける者は?」
「私だけ……」
「では、舞は?」
「それは分からない……私もたしなみ程度だし」
「では、が舞か琴を受け持たなくてはいけないね。房室の様子を見ることも可能だからね。昊天楼を率いていかなくては」
「私は!人前に出るなんて……無理に決まっているじゃない。客に逃げられては意味がないのよ」
「目の事なら問題ないと思うけどね」
「……それだけじゃないわ」
「他に問題でも?」
「ありすぎて……琴も舞もたしなみ程度だし、手練手管だっけ?そんなのどうしたらいいのか分からない。客の前に出て、花娘ではないなど……通用する世界ではないもの」
「不躾な事を聞いて申し訳ないけど、ひょっとして男を知らない?」
「……知らないわ。ご覧の目ですから、誰も気持ち悪がって、寄ってこないのよ」
街を歩くと向けられる好奇の目。
にやにや笑いながら、じっと見つめてくるような嫌な奴だっている。
好きでこんな目でいるんじゃないと、何度も心の中で叫んだ。
だから、髪は目にかかるようにしていた。
そのように考えていると、だんだん陰鬱な気持ちになってくる。
私なんて、と知らず心の中で呟いていた。
「……?」
ふいに頬に触れた肌の感触に、はたと思考を止めた。
頬に触れた手は額に移り、の前髪を浚って上で制止する。
「ああ、やっぱりこの方がいいよ。とても綺麗な顔立ちをしているから、髪は上げた方が似合うね」
にこりと微笑む相貌が、すぐ目前にあった。
「顔を上げて、前を向いて。自分を愛してあげないと、誰からも愛されなくなってしまうよ?」
「え?」
「試しに、一度着飾ってみるといいよ。それで、昊天楼に来る男達の反応を見ればいい。そうだね……花娘に呼ばれて行く、琴の奏者として出てみるんだね」
褐色と真珠の瞳は、ぱちくりと瞬きを繰り返す。
その様子に、利広はの額に乗せていた手をそっと解放した。
「それから、琴や舞は専門家を呼んで訓練するんだね。客は必ず午前中に帰って貰う。午後から夕方にかけて、全員でそれらを習う」
まだ赤いままだったが、その案には叫ぶ。
「凄い……凄いわ!本当に実現すれば、とても凄い事になるわ。妓楼の持つ印象すら、変わってしまうかもしれない」
「そうなるといいね」
「ええ、本当に」
夢見るように言ったの瞳を、利広は微笑みながら見つめていた。
やはり、とても美しい瞳だと思いながら。
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