ドリーム小説
Welcome to Adobe GoLive 5
昊天夢街道 =3= 翌日、は眠い目をこすりながら房室を出た。
一晩中、利広と話しをしていたのだった。
もちろん、ずっと昊天楼の将来について話していた訳ではない。
よく旅に出ると言う利広の話を聞いていたのだった。
利広はとても博識で、を飽きさせなかった。
つい夢中で聞き入っていると、夜が明けていたのだった。
その利広は明け方、次には北の国の土産話しを持ってくると言って、昊天楼を出てしまった。
それを見送ったはまず、母を起こして昨夜思いついた事を告げた。
初めは笑って聞いていた母も、の真剣さに打たれ、しぶしぶではあったが承知した。
「ま、好きなようにやってみな。どうせ他に手はないんだし。駄目なら駄目で、また元に戻せばいいさ」
母の了承を貰うと、さっそく人事の手配にかかった。
自らが手解きを受けた老師の元に赴き、昊天楼に教えに来て欲しいと懇願した。
「出来の良い徒弟の頼み、何とか都合をつけよう」
琴の老師はそれで決まった。
そして舞の老師は、金銭交渉により決定した。
それぞれ週に二度来てもらうよう手配を終えると、昊天楼に戻って房室を巡る。
昼過ぎであったが、半分ほどの客が残っていた。
母と手分けして客を追い出すと、花娘、賄夫、下男に至るまでを花庁に集めた。
「今日から、ここは三ヶ月間、閉業いたします。近隣の妓楼に対抗するため、改装を行いたいと思います。そして新しくなったその時、昊天楼の規律が変わります」
女将を横に据えて言うに、花娘達はざわめきだす。
対抗するために少し声を張り上げて言った。
「まずは質問からです。姉さん達の中で、舞の得意な人はいますか?」
おずおずと、一人の手が挙がった。
ほっと安堵の息を吐きながら、は続けて言う。
「帛縷(はくる)姉さん。では、姉さんは前へ。今日から私と稽古です。私の琴で舞ってもらいますから。それから賄夫は手分けして、食器の仕入れに向かってください。なるべく小皿がいいわ。色に統一感を持たせて。安くて高級に見える物を選定する事。もちろん、それにちなんだ料理の考案もね。献立はお任せ致します。でも、妓楼だと言うことは忘れて。一流を目指してほしいの」
ぽかんとしている賄夫の連中をそのままに、は下男に目を向ける。
「女将さんの代わりに、客を房室に案内して。繋ぎとしてお客さんの話し相手になってほしいの。芸が出来ればいいんだけど、それは残念ながら何処で教えているのかわからないの。朱旌に知り合いでもいればよかったのだけど」
「お、女将さんの仕事を……我々に任すと言われるのですか?」
「ええ、そうよ。それから、これはみんなだけど、下手でもいいから、丁寧な言葉使いを心がけてね。それから、お客さんに……お客様に、気さくに話しかけていいのは、案内の者だけよ。後は礼儀正しくね。それから、姉さん達……」
は花娘達に目を向けて、にこりと微笑む。
「今までとは違った方式でやります。もし、客が気にいらなかったら、断って下さって結構です」
「え?」
「どうゆうこと?」
は笑みを深めて、昨夜の提案をする。
「教養なんて……」
「あたし、からっきし!」
そのようにざわつく中を、の声が響く。
「だから!明日からお稽古です。お客様には昼前に帰って頂きます。週に舞が二日、琴が二日、読み書きが二日。残り一日は、お休みにしましょう。舎館の男を連れてなら、外出も許可します」
「本当かい!?」
「ええ、その代わり、上客を引き寄せて下さいよ?」
不安気な瞳がちらほら向けられたが、は微笑んで散会を命じた。それぞれに散っていく者達。
「上手くいくかねえ……」
溜息をつきながら言った母は、それでもどこか笑っているように見えた。
翌日から、改装と供に稽古が開始される。
舞や琴の基礎を必至に覚える面々とは違う房室で、客に見せるための実践的な稽古を二人でつけると帛縷。
帛縷(はくる)は思った以上に舞が上手かった。
客に教わって、我流だが続けていたらしい。
も謙遜していたがそこそこの実力であったため、三ヶ月後にはなんとか人前に出すことが出来そうだった。
改装の関係もあったが、夕方には全員が花庁に集まって夕餉を取った。
賄夫は買い付けてきた食器や、出す考案した料理などを女将に相談していた。
下男達はどこで仕入れてきたのか、曲芸の道具を時折廻しながら、花娘達は舞や琴の出来具合について話し合いながらの夕餉であった。
それが幾日か続くと、まるで大家族のような連帯感が生まれていった。
そして流れる時は三つの月を越え、いよいよ開門の日がやってきた。
夕方までを、ばたばたと慌ただしく過ごした昊天楼の面々は、それぞれに引き締まった表情で大門を見つめていた。
今まで閉ざしたことのなかったその門は、三ヶ月前の昼を境に、閉ざされていたのだった。
もちろん、飯堂も開かれていない。
大門には張り紙。
それを通りすがりに見る男達。
三ヶ月の沈黙を守って、開門の時を迎えたのだった。
ふらりとやって来た男。
比較的身成は良い。
その男は少し戸惑った様子で、辺りを見回していた。
通常、入ってすぐにあるはずの飯堂が、ここには見あたらない。
朱色の上がり框を奥に、ずらりと並んだ華美な女達。
どこもかしこも新しく、豪奢な作りだった。
あっけにとられて眺めていた男に、女将らしき身成の良い女が問う。
「まずは気にいった者をお選び下さい」
「あ、……ああ。そうだな……。では、真ん中の簪をさした……」
女将は優雅に移動し、一人の花娘の前に立つ。
そっと肩に手を置いて言った。
「この娘でございますか」
「そうだ」
男がそう言うと、花娘はたおやかに礼をし、すっと立ち上がって一人で歩き出した。
ぽつんと残された男は、女将に目を向けて何か問いたげな視線を投げる。
「下男が案内を致します」
女将がそう言うと、小柄な男が愛想良く笑ってやってきた。
「ではお客さん、お食事はされますか?」
回廊で下男に問われた男は、頷いてそれに答えた。
「琴や舞もおつけいたしましょうか」
「いや、それはいい」
「さようでございますか」
房室に入ると、指名した女が待っていた。
しかし、他の妓楼とは違い、牀がどこにも見あたらない。
それどころか、衾褥すらないありさまだった。
きょろきょろしていると、女が声をかける。
「何かお探しでございますか?それとも、張り紙を見ずに入って来られましたか?」
「張り紙?そんなものはなかったが……いや、気がつかなかった……」
「花娘を口説けぬ者は、邯鄲の夢はおろか、通常の夢すら見ることは出来ぬ。と、そのように」
「ほほう、それは面白い。では、お前を口説き落とせば良いのだな」
「……さて、それがかないますかどうか」
せせら笑った女に、男は挑戦的に笑う。
丁度その時、扉の向こうから男の声が響いた。
「失礼いたします」
賄夫の者だった。
しかしその後にはつらつらと男が続く。
小皿に小鉢、酒杯などを持って、房室に入ってきた男達。
客の周りに置いていき、脇に控えて座る。
「足りなくなれば、お持ちいたしましょう」
花娘はそう言ったが、酒を注ごうとしない。
「なるほど、気が向かないと言った所か。では、舞も頼もうか」
「妹分達も、この楽しい席に呼んでもよろしいかしら?」
「……構わないだろう」
そう言うと、賄夫の男がすっと立ち上がって、女達を呼びに行った。
やがて十重二十重の衣擦れが房室を包んだ。
実を言うと、妹分などは存在しないのだが、指名された彼女を引き立てる為の作戦であった。
房室が華やかになった所で、最後の二人が登場する。
琴のと、舞の帛縷だった。
花娘達は赤を基調とした襦裙を纏っていたが、と帛縷は青を基調とした。
そして始まった舞と演奏。
二人ともが緊張していた。
顔には出さぬよう、注意していたが、それが出来ているのかは分からない。
ただ夢中で演奏して、客の大きな拍手を賜ってようやく、ほっと安堵の息を吐いた。
だがは、決して客の顔を見ようとはしなかった。
その勇気が、まだなかったのだ。
髪を結い上げ、化粧をも施した顔は、いつも見る自分とは違って、それなりに見えた。
だが、やはり片目は真珠のままで、それを隠す化粧はない。
と帛縷が退出してしばらく、新たな客がやってきた。
下男が案内をし、先に来ていた房室へ報告に入ってきた。
「では、挨拶に参ります」
花娘達はどやどやと房室を後にし、残されたのは指名した女ではない、花娘が一人と護衛のためか下男が一人だった。
同じような格好をしているのに、先ほどの女の方が格上のようだった。
「お話のお相手を」
そう言って話し始める女を見ながら、男は先に出ていった女を焦がれて待つ。
それを狙っての事だった。
上手く行くかは分からないが、とにかくそれが新しい方針だった。
一番に指名された花娘が、その日の役者になる。
もてはやされ、さも一番人気があるように振る舞わなければならない。
それはそれで気持ちの良いものらしく、一番に選ばれようと、女達は前にもまして化粧に力を入れた。
立ち振る舞いを研究しだす者も中には現れた。
舞や琴の稽古にも熱が入り、それぞれが必至に頑張っていた。
読み書きを教えるも、教える以上の事を学んでいかねばならならず、誰よりも必至になって勉強をした。
そして新しい方針で動き出して、一ヶ月が流れようとしていた。
一ヶ月の間に、琴を演奏するは芸子と呼ばれるようになり、帛縷は舞子と呼ばれるようになっていた。
|