ドリーム小説
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昊天夢街道 =4= 「と言う花娘が居ると聞いてきたのだが」
その日一番の客は、門を潜ってそう言った。
誰もが驚いてその男を見たが、何より、本人が一番驚いた事だろう。
数名に引き出され、は男と対峙した。
「おお、噂に違わず美しい……では、指名させていただこう」
どこか他人事のように聞いていた。
何事かと首を傾けていた。
「ちゃん……代わりに……私が……」
帛縷(はくる)がそう言って前に出る。
「とにかく、先に房室に通してもらえないかね?ここの噂は聞いておる。気が向いたら来てくれたまえ」
男はそう言うと、下男について歩き出した。
それを見送って、の周りに集まった女達。
「主役はなしで、他はいつも通りにやろう」
そう言ったのも帛縷(はくる)だった。
彼女は気がついていたのだった。
もちろん、この妓楼を立て直すための考案ではあったが、そこに身を売る以外で、花娘達が出来る手法を考え出したの心情を知っていた。
哀れんでくれているのだと、知っていたのだった。
経営する者が客の前に出る必要など、本来なら……ないはずなのに。
帛縷の考えが分かったのか、は少し感動して言った。
「ありがとう。でも大丈夫よ。その代わりに、うんといい演奏をするわ。帛縷姉さんの舞が際だつように。姉さん達が引き立つように!」
元気を振り絞るように言ったに、幾多の頷きが見えた。
賄夫の後について、房室へと向かう幾人もの華。
その最後尾に、はついていた。
全員が座するのを待って、帛縷と房室へと入る。
軽くお辞儀をすると、客の方はいっさい見ずに演奏を始めた。
しばらく演奏していると、新たな客がついたとの知らせが入る。
はそれを機に、帛縷を伴って房室を出てしまった。
客を断った女はの房室を使った。
最初のほうこそ、まだ慣れぬ事に一人が出入りする程度だったが、一ヶ月の内に幾人かがの自室で寝ていくようになっていた。
狭くとも、男と寝るよりは良いのだろう。
もちろん、が自室へと戻らぬ日はない。
花娘達の手慣れた手法を小耳に挟みながら、眠りにつくと言うのが日常となっていた。
だが、その日、は自室へと戻らなかった。
新たに来た客を見つめたまま、は驚いて立っていた。
しかし、客のほうも驚いた様子でを見つめている。
「見違えたよ……」
「あ……」
「昊天楼もね。何か統一感が生まれたね」
訝しげに、数名の花娘達が利広を見ていた。
「帛縷姉さん、琴が入り用だったら呼んで。ここにいるわ」
数名の花娘達が、頷いて房室を後にした。
賄夫達も房室から消え、下男も消えた。
利広とだけが残る。
「本当に、見違えた。計画は上手く行ったようだね」
「まだ分からないわ。ちらほら指名が来ているようだけど……」
「そう。近くの街で噂になっていたよ」
「本当?嬉しいわ」
「……この昊天楼にいる、花娘がね」
「え?そうなの?それは凄いわね。誰かしら」
「わたしが聞いたのは、二人だね。きっと一人はだよ」
そう言う利広に、は笑って言う。
「利広はいつも私を悦ばそうとして……」
「芸子と舞子がとても噂になっていてね」
「え?」
「舞う花娘は艶やかで美しく、雅溢れるその雰囲気が良いそうだよ。もうひとりは、必ずその演奏をする花娘で、清楚で美しく、教養溢れる雰囲気が良いそうだよ。それに付随して……瞳の色が違うところが、堪らなく良いと。でも、決して瞳を合わさない。どうやってその人に見つめてもらおうかという噂」
花娘ではなかったが、まだ以外に琴の弾ける者はいない。
もちろん、舞を見せる者も帛縷以外にいなかった。
ましてや瞳の色が違う者は、この界隈にいない。
「まさか……」
そう言うと、利広はくすりと笑う。
「はいつもそう言うね。まさか、と」
「だ、だって……」
「指名されなかった?」
「……されたわ、今日始めて名指しで」
「それだけ魅力があると言うことだね」
「まさ……」
か、だけを何とか飲み込んだ。
そこへ帛縷が呼びに来た。
「琴の独奏をとお客様が」
気を使ったのか、帛縷は扉の向こうでそう言った。
「独奏って……利広、どうしよう。私、男のあしらい方なんて知らない……」
「……目を合わせない事だね。それから、興味のないふりをするんだ。だけど、決して嫌だと言ったりしてはいけない」
「わ……分かったわ。待っていてくれる?」
「もちろん」
利広の返事を待って、は房室を出た。
帛縷と供に指定された房室へと向かい、中へ進んだ。
を指名した男が、房室の中で待ちかまえていた。
「舞はいらないのだが……」
「……では、私もこれで」
「待て、待ってくれ!舞もつけてくれ!」
「では、妹分達に手拍子打たせましょう」
顔を伏せたまま、は下男に目を向ける。
心得たように頷いた下男は、手の空いている花娘を呼びに行った。
再び、房室が華やかになる。
軽やかな琴の音と、舞う帛縷。
手拍子は多く、下男までもが座している。
これで、相当金が出ていくはずだ。
当分来ることはないだろう……いや、二度と来ないかもしれない。
そんなことを考えながら演奏を終え、他の房室に呼ばれておりますと言って退出した。
そして、その房室を訪れる事はなかった。
昊天楼の慣例にしたがって、その日、客はたった一人で眠る。
再び利広の許へと戻り、報告をする。
しかしまたすぐに呼び出しがかかった。
「今日は一体どうしちゃったのかしら?」
そう呟きながら、は琴を弾くために、房室を廻っては利広の許へ戻るという作業を繰り返していた。
結局くたくたになって夜中を迎え、は深い溜息と供に利広に言った。
「ごめんなさい。せっかく来てくれたのに……」
「構わないよ」
にこりと言った顔はやはり眩しい。
「目を合わせないようにしたけど……でも不思議。何回も指名が来るなんて……」
まるで、夢を見ているようだと思う。
「ひょっとして、道行く人に見られている時は、好奇の目で見られていると思っていたのかな?」
「もちろんよ。他に考えようがないもの」
「それは間違いだよ。綺麗な女性が歩いていれば、誰だって振り返ってしまうものだし、中には食い入るように見つめる者もいる。目があった瞬間、話しかけようと機会を狙っている者だっている」
「まさか……」
「ほら、また」
「あ……」
口に手を当て利広を見る。
「もっと自信を持ってもいいと思うよ」
「……でも」
「否定的な言葉は自分をどんどん落としていく。逆に肯定的な言葉は、己を向上させてくれる。だからも自分を否定してはいけない。自信過剰は良くないけど、適度に自分の魅力を分かってあげないと」
「自分の……魅力?」
「そう。少なくとも、わたしはを美しいと思った。でも、それを本人があまりにも否定すると……わたしの前では美しくありたくないと言う、意思表示だと思ってしまう」
「そ……そんなことないわ!」
「うん。よく話しをしてみて、分かったからそれはいいんだけどね」
「あ……うん」
「でも、やはりそう思われてしまう。人は思った以上に他人を見ていない。それなのに、簡単に勘違いをしてしまう、悲しい生き物だ。例えば、ある男が花娘に好きだと言われたとしよう」
そう言った利広に、は神妙に頷いて次を待つ。
「態度や仕草がそれを語っていなくとも、そう言われた事だけに囚われてしまうと、後は自分のいいように勘違いしてくれる」
「ちょっと、分かる気がする……。他には?」
「そうだね……」
利広は少し考えながら、話し始めた。
は熱心にそれを聞き、その日は人の心の動きを聞いて一晩を過ごした。
朝を告げる鳥の鳴き声に、の意識が覚醒される。
ぱちっと開いた視界……。
一瞬、両目の視力を失ったのかと思った。
しかしすぐに理解した。
自分が今置かれている状況を。
は利広の腕の中にいた。
左の目は利広の裾が隠していたのだった。
いつの間に眠ってしまったのか覚えていない。
だが、状況が分かって、胸が早鐘を打ち出したのを感じていた。
腕の中から抜け出さなければと、そう思う気持ちはあるのに、固まったように動けないでいた。
ずっとこのままでいたい……
でも、このままでいると、胸が破裂してしまいそうだった。
どうしようかと焦っても、どうにも動けず、ただ朝の音だけが耳にうるさい。
このまま、何も考えずに眠れたら……
いや、姉さん達のように、誘うことが出来たなら……
いやいや、何を考えているのだ……。
そんな葛藤が続いていた。
そのせいか、利広の呼吸が変わった事に気がつかなかった。
「おはよう」
声が聞こえてようやく、は慌てて起き上がる。
「お、おはよう!」
「逃げなくてもいいのに」
少し不満を残したように声に、はたと利広を見る。
にこりと微笑むその表情を見て、ほっと息を吐いた。
「ごめんね、今はあまり衾褥を入れないから……」
はそう言って、変わった規則の一つを利広に言う。
「うちはあまり広くもないし、舞や演奏をするのに衾褥があったんじゃ邪魔なのよ」
花娘が了承を出してようやく、下男が衾褥を運んでくるのだった。
もちろん、それにも僅かだが、金が動く。
中にはすぐに衾褥を持って来いと言う客もいたが、それを言ったが最後、花娘はもちろん相手にしないし、非難の視線を一斉に浴びせられる。
挙げ句の果てには、料理代や案内代だけを取られて、外に弾き出されてしまう。
「へえ、それは良い考えだね」
褒められた事によって、笑顔になる。
「あ……そろそろ仕事を始めなくちゃ」
そう言ったに、頷く利広の笑顔があった。
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