ドリーム小説




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昊天夢街道


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と言う花娘が居ると聞いてきたのだが」

その日一番の客は、門を潜ってそう言った。

誰もが驚いてその男を見たが、何より、本人が一番驚いた事だろう。

数名に引き出され、は男と対峙した。

「おお、噂に違わず美しい……では、指名させていただこう」

どこか他人事のように聞いていた

何事かと首を傾けていた。

ちゃん……代わりに……私が……」

帛縷(はくる)がそう言って前に出る。

「とにかく、先に房室に通してもらえないかね?ここの噂は聞いておる。気が向いたら来てくれたまえ」

男はそう言うと、下男について歩き出した。

それを見送って、の周りに集まった女達。

「主役はなしで、他はいつも通りにやろう」

そう言ったのも帛縷(はくる)だった。

彼女は気がついていたのだった。

もちろん、この妓楼を立て直すための考案ではあったが、そこに身を売る以外で、花娘達が出来る手法を考え出したの心情を知っていた。

哀れんでくれているのだと、知っていたのだった。

経営する者が客の前に出る必要など、本来なら……ないはずなのに。

帛縷の考えが分かったのか、は少し感動して言った。

「ありがとう。でも大丈夫よ。その代わりに、うんといい演奏をするわ。帛縷姉さんの舞が際だつように。姉さん達が引き立つように!」

元気を振り絞るように言ったに、幾多の頷きが見えた。

賄夫の後について、房室へと向かう幾人もの華。

その最後尾に、はついていた。

全員が座するのを待って、帛縷と房室へと入る。

軽くお辞儀をすると、客の方はいっさい見ずに演奏を始めた。

しばらく演奏していると、新たな客がついたとの知らせが入る。

はそれを機に、帛縷を伴って房室を出てしまった。















客を断った女はの房室を使った。

最初のほうこそ、まだ慣れぬ事に一人が出入りする程度だったが、一ヶ月の内に幾人かがの自室で寝ていくようになっていた。

狭くとも、男と寝るよりは良いのだろう。

もちろん、が自室へと戻らぬ日はない。

花娘達の手慣れた手法を小耳に挟みながら、眠りにつくと言うのが日常となっていた。

だが、その日、は自室へと戻らなかった。

新たに来た客を見つめたまま、は驚いて立っていた。

しかし、客のほうも驚いた様子でを見つめている。

「見違えたよ……」

「あ……」

「昊天楼もね。何か統一感が生まれたね」

訝しげに、数名の花娘達が利広を見ていた。

「帛縷姉さん、琴が入り用だったら呼んで。ここにいるわ」

数名の花娘達が、頷いて房室を後にした。

賄夫達も房室から消え、下男も消えた。

利広とだけが残る。

「本当に、見違えた。計画は上手く行ったようだね」

「まだ分からないわ。ちらほら指名が来ているようだけど……」

「そう。近くの街で噂になっていたよ」

「本当?嬉しいわ」

「……この昊天楼にいる、花娘がね」

「え?そうなの?それは凄いわね。誰かしら」

「わたしが聞いたのは、二人だね。きっと一人はだよ」

そう言う利広に、は笑って言う。

「利広はいつも私を悦ばそうとして……」

「芸子と舞子がとても噂になっていてね」

「え?」

「舞う花娘は艶やかで美しく、雅溢れるその雰囲気が良いそうだよ。もうひとりは、必ずその演奏をする花娘で、清楚で美しく、教養溢れる雰囲気が良いそうだよ。それに付随して……瞳の色が違うところが、堪らなく良いと。でも、決して瞳を合わさない。どうやってその人に見つめてもらおうかという噂」

花娘ではなかったが、まだ以外に琴の弾ける者はいない。

もちろん、舞を見せる者も帛縷以外にいなかった。

ましてや瞳の色が違う者は、この界隈にいない。

「まさか……」

そう言うと、利広はくすりと笑う。

はいつもそう言うね。まさか、と」

「だ、だって……」

「指名されなかった?」

「……されたわ、今日始めて名指しで」

「それだけ魅力があると言うことだね」

「まさ……」

か、だけを何とか飲み込んだ

そこへ帛縷が呼びに来た。

「琴の独奏をとお客様が」

気を使ったのか、帛縷は扉の向こうでそう言った。

「独奏って……利広、どうしよう。私、男のあしらい方なんて知らない……」

「……目を合わせない事だね。それから、興味のないふりをするんだ。だけど、決して嫌だと言ったりしてはいけない」

「わ……分かったわ。待っていてくれる?」

「もちろん」

利広の返事を待って、は房室を出た。

帛縷と供に指定された房室へと向かい、中へ進んだ。

を指名した男が、房室の中で待ちかまえていた。

「舞はいらないのだが……」

「……では、私もこれで」

「待て、待ってくれ!舞もつけてくれ!」

「では、妹分達に手拍子打たせましょう」

顔を伏せたまま、は下男に目を向ける。

心得たように頷いた下男は、手の空いている花娘を呼びに行った。

再び、房室が華やかになる。

軽やかな琴の音と、舞う帛縷。

手拍子は多く、下男までもが座している。

これで、相当金が出ていくはずだ。

当分来ることはないだろう……いや、二度と来ないかもしれない。

そんなことを考えながら演奏を終え、他の房室に呼ばれておりますと言って退出した。

そして、その房室を訪れる事はなかった。

昊天楼の慣例にしたがって、その日、客はたった一人で眠る。










再び利広の許へと戻り、報告をする。

しかしまたすぐに呼び出しがかかった。

「今日は一体どうしちゃったのかしら?」

そう呟きながら、は琴を弾くために、房室を廻っては利広の許へ戻るという作業を繰り返していた。

結局くたくたになって夜中を迎え、は深い溜息と供に利広に言った。

「ごめんなさい。せっかく来てくれたのに……」

「構わないよ」

にこりと言った顔はやはり眩しい。

「目を合わせないようにしたけど……でも不思議。何回も指名が来るなんて……」

まるで、夢を見ているようだと思う。

「ひょっとして、道行く人に見られている時は、好奇の目で見られていると思っていたのかな?」

「もちろんよ。他に考えようがないもの」

「それは間違いだよ。綺麗な女性が歩いていれば、誰だって振り返ってしまうものだし、中には食い入るように見つめる者もいる。目があった瞬間、話しかけようと機会を狙っている者だっている」

「まさか……」

「ほら、また」

「あ……」

口に手を当て利広を見る。

「もっと自信を持ってもいいと思うよ」

「……でも」

「否定的な言葉は自分をどんどん落としていく。逆に肯定的な言葉は、己を向上させてくれる。だからも自分を否定してはいけない。自信過剰は良くないけど、適度に自分の魅力を分かってあげないと」

「自分の……魅力?」

「そう。少なくとも、わたしはを美しいと思った。でも、それを本人があまりにも否定すると……わたしの前では美しくありたくないと言う、意思表示だと思ってしまう」

「そ……そんなことないわ!」

「うん。よく話しをしてみて、分かったからそれはいいんだけどね」

「あ……うん」

「でも、やはりそう思われてしまう。人は思った以上に他人を見ていない。それなのに、簡単に勘違いをしてしまう、悲しい生き物だ。例えば、ある男が花娘に好きだと言われたとしよう」

そう言った利広に、は神妙に頷いて次を待つ。

「態度や仕草がそれを語っていなくとも、そう言われた事だけに囚われてしまうと、後は自分のいいように勘違いしてくれる」

「ちょっと、分かる気がする……。他には?」

「そうだね……」

利広は少し考えながら、話し始めた。

は熱心にそれを聞き、その日は人の心の動きを聞いて一晩を過ごした。

























朝を告げる鳥の鳴き声に、の意識が覚醒される。

ぱちっと開いた視界……。

一瞬、両目の視力を失ったのかと思った。

しかしすぐに理解した。

自分が今置かれている状況を。

は利広の腕の中にいた。

左の目は利広の裾が隠していたのだった。

いつの間に眠ってしまったのか覚えていない。

だが、状況が分かって、胸が早鐘を打ち出したのを感じていた。

腕の中から抜け出さなければと、そう思う気持ちはあるのに、固まったように動けないでいた。

ずっとこのままでいたい……

でも、このままでいると、胸が破裂してしまいそうだった。

どうしようかと焦っても、どうにも動けず、ただ朝の音だけが耳にうるさい。

このまま、何も考えずに眠れたら……

いや、姉さん達のように、誘うことが出来たなら……

いやいや、何を考えているのだ……。

そんな葛藤が続いていた。

そのせいか、利広の呼吸が変わった事に気がつかなかった。

「おはよう」

声が聞こえてようやく、は慌てて起き上がる。

「お、おはよう!」

「逃げなくてもいいのに」

少し不満を残したように声に、はたと利広を見る。

にこりと微笑むその表情を見て、ほっと息を吐いた。

「ごめんね、今はあまり衾褥を入れないから……」

はそう言って、変わった規則の一つを利広に言う。

「うちはあまり広くもないし、舞や演奏をするのに衾褥があったんじゃ邪魔なのよ」

花娘が了承を出してようやく、下男が衾褥を運んでくるのだった。

もちろん、それにも僅かだが、金が動く。

中にはすぐに衾褥を持って来いと言う客もいたが、それを言ったが最後、花娘はもちろん相手にしないし、非難の視線を一斉に浴びせられる。

挙げ句の果てには、料理代や案内代だけを取られて、外に弾き出されてしまう。

「へえ、それは良い考えだね」

褒められた事によって、笑顔になる

「あ……そろそろ仕事を始めなくちゃ」

そう言ったに、頷く利広の笑顔があった。



続く






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互いの心の在処は……

まだ秘密かもしれない。

             美耶子