ドリーム小説




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煌羽の誓い


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、早くしなさい!」

母、盟羽(めいわ)の声が前院に響いていた。

「はい!すぐに行きます」

ばたばたと大きな足音を立てて、は外へと駆け出した。

待っていられないといった様子の母に謝り、は歩き始める。







「いい天気でよかったわねえ」

母はに微笑みかけ、は天を仰いでそれに頷いた。





ここは慶東国の内海に面した場所、麦州の産県である。

寒い冬が明け、春が訪れようとしていた。

軽い足取りで歩く母子の前に、小さな里が広がり始めたのは、昼をまわろうかという時刻だった。

「母さま。あれが、支松?」

母の頷きを待たずとも、には分かっていたが、気がつけば声に出して問いかけていた。

「緊張しているのね?」

見透かされたは、少し恥じ入ったように俯いた。

「大丈夫。良いお話を聞きに来たのだと思えばいいのよ。大学なんかの勉強とは、少し違うのだからね」

「はい」

素直な返事に母、盟羽は微笑む。





















里に入ってすぐ、木作りの扁額が見え始め、そこに書かれた文字が到着を知らせた。

松塾と書かれた扁額は、重厚な威圧感をに与えているようだった。

しかし母は感じないらしく、何の迷いもなく門を潜ろうとしていた。

だが、はたと足を止め、横を見ている。

横には同じような体制で立ち止まっている年配の男と、と同じように連れられている少年の姿があった。

綺麗な顔立ちの少年だな、とが関心を寄せて見ていると、母から声が発せられる。

「あら、塾頭さん!お久しぶりでございます」

「これはこれは。本当に久しいお方ですな。そちらは娘さんですか?」

「ええ。是非一度お話をと思いまして。娘のと申します。…そちらは塾頭の息子さんですか?」

言われた塾頭は背後に従っている少年にちらりと視線を向け、首を横に振って否定を示した。

「息子ではありませんが、一度乙老師に引き合わせたいと思いまして」

どうやらと同じような思惑で、ここに連れて来られたらしい。

少年の顔も心なしか緊張しているように見えた。

自分も同じような表情をしているのだろうと思うと、何やら可笑しさが込み上げてきて、は少し気が楽になった。

少年も同じように表情が和らいだところを見ると、何を考えているのかは容易に想像できる。

二人は言葉を交わさぬまま、目配せだけをして先ゆく男女に着いて行った。

教堂では講義が行われているようで、中からは熱心に話す声が聞こえている。

それに混じって鳥の囀(さえず)りが聞こえ、のどかな日差しの射し込む院子を抜けて進む。

離れのような場所に辿り着くと、塾頭が扉の中に声をかける。

すぐに返答があり、塾頭と盟羽は二人を残して去って行った。

戸惑いつつも、二人は扉を開いて様子を伺う。

中は書房のようだった。

高く積まれた書物の数は膨大で、今にも崩れてきそうに見える。

「話は聞いておるよ。二人とも入りなさい」

白髪の老人がたおやかに微笑み、二人を迎え入れた。

用意された椅子に腰を降ろした二人は、乙と呼ばれた老師を見る。

小さな卓子を挟み、書物を背景に佇む姿は威厳に満ちている。

椅子は二脚あったが、それ以上は置けないようだった。

なにしろ書物の山で、壁が見えないような状態であったのだから。

老師はまずに目を向け、にこりと微笑む。

「盟羽の娘じゃな。盟羽はよう出来た子じゃった」

言われたは少し驚いて老師に問いかけた。

「はい。と申します。母は、老師の徒弟だったのですか?」

「そうじゃな。あの頃はまだ、頻繁に講義を開いておってな、盟羽は熱心に通う良い徒弟じゃった。人の話に耳を傾け、深く物事を考える利発な子じゃったよ」

母を褒められて、は嬉しくなって頷いた。

確かに娘のから見ても、母はそのような人物であった。

そして、松塾で多くを学んだのだと、を連れて来たのだ。

「官吏になるのかね?」

「はい。国を支える一員となりたいのです」

「お主はどうじゃね?」

に向けられていた目が、隣の少年に移動した。

「わたしも同じく、官吏になりたいと思っております」

始めて言を発したその少年の声は、心の奥底に染みるような色を持っていた。

「あぁ、申し遅れました。わたしは浩瀚と申します」

「聞いておるよ。と浩瀚は初対面かの?」

二人は顔を見合わせ、頷いてそれに答える。

「そうか。ではまず二人に聞こう。どこの官になりたいのかと」

その問いに、は国官だと答え、浩瀚は麦州官だと答える。

「浩瀚は麦州の官になりたいと?それは何故じゃ?」

「わたしはこの土地が好きです…、と言うのは言い訳で、本当は臆病なのです。生まれ育った場所を離れてしまうのが、怖いのです。ですから、麦州が豊かになり、この地を守っていけたらと思ったのです」

「ほっほっ、そうか」

浩瀚は臆病だと言ったが、は後半に言った事が本音なのだと思った。

きっと国官になりたいと言った、に気遣ったのだろう。

「この塾では学問ではなく、人道を教えておる」

乙はそう言って、二人の顔をゆっくりと見ていった。

「あの、老師」

は小さく手を上げて、乙の顔色を伺うように見上げていた。

「なんだね?」

「その人道について聞きたいのですが…。人の守るべき道とは、一体何なのでしょうか。人道とは何を指して言うのですか?」

「難しい質問じゃな。それをここでは教えているつもりじゃが、一言で表現する事は難しい」

乙はそう言うと少し考え込んでから、顔を上げて言う。

「そもそも道とは、各々努力して培(つちか)って行くものなのじゃ。決して天から降ってくるものではなく、また、誰かに与えられたりするものではない」

頭を捻ったの横で、今度は浩瀚から質問が飛ぶ。

「では、官吏としての人道とは、どういった事になりましょう」

「立場にもよるかの。下官であれば、上官が道を踏み外した時に、諫める勇気が必要じゃな。上官であれば、平等である事が必要となろう」

「平等である事…」

反復したのは、のほうだった。

「どうしても人間である以上、人の好き嫌いはあろう。じゃが功績なしに、好きだと言うだけで褒めてはならん。それは褒めた人物を良い気分にさせるだけで、他に災いをもたらすものとなろう」

確かにその通りだと、は納得したように頷く。

好きな人物を贔屓して褒めたてれば、褒められず真面目にやっている者から反感を買うだろう。

それは当然のように思われたが、もしここで聞いていなければ、いつしか初心を忘れ、知らぬ間に実行していたかもしれぬと、はそう思った。

その時、今の話を思い出すのだろう。

松塾で聞いた話を思い出し、踏みとどまる事が出来るのだ。

母がここに連れてきたがった理由が、分かったように思った。




その後も心に染み入る話は続き、は夢中になってそれを聞いていた。

隣に座る浩瀚もまた、同じように聞き入っている。









長い講義が終わり、は伸びを一つして浩瀚を見た。

ふと横を見ると浩瀚もまた、伸びをしている所だった。

互いが同じ体制で顔を見合わせ、同じ間合いで噴出す。

穏やかな日射しは、黙って二人を包み込んだ。



続く






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慶国を舞台にドリームを書くと、何というかまあ…あまり恋愛色がでないと言うか…

…とか言い訳してみたり。

動乱の時代に生きた、さる女性の物語と思って頂けたら、まだまっしかも。。。

そして長編では初めての、元々の国民でございます。

少年時代(とは言え、わりと大人)の浩瀚が書いてみたくなったのはいいのですが、

書き始めるとこれがもう、四苦八苦☆

なんにしろ始まりです。よろしくお付き合いのほどを。

                                            美耶子