ドリーム小説




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煌羽の誓い


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「ね、少し院子を歩かない?」

頷いた浩瀚は立ち上がり、もそれに習って立ち上がった。

院子には鳥が舞い降り、涼やかな声で鳴いていた。

風は穏やかに過ぎ、花の香りを運んでは消え、また新たな香り作り出す。

緩やかに流れる時間を過ごしながら、は浩瀚を見ていた。

やはり、整った顔立ちだと、少し悔しい思いさえ抱きながら思う。

視線に気がついた浩瀚は、小首を傾げてを見つめ返す。

見つめ返されると急に恥ずかしくなり、は慌てて話題を探した。

「お、乙老師の講義、面白かったわね」

そう言えば、浩瀚は頷いて答える。

「とても心に響く言が多く、素晴らしい講義だった」

「うん。私もそう思ったわ。あなたは麦州の官吏になりたいのよね?麦州が好き?」

二度目の頷きを見せ、浩瀚は口を開く。

「麦州はとても良い土地だと思う。ここを守っていきたいと思わせるほどに。ただそう思うのは、国官になろうと思う勇気が、ないだけかもしれない。貴女は国官だと。とても志が高く、感心いたしました」

若く聡明な少年はそう言って微笑む。

「そんな大層なものでは…父が国官だったの」

「だった?」

「うん。先の王の時代に処刑されてしまったけど」

「それは…申し訳ない。いらぬ事を聞いてしまった」

「ううん、気にしないで。あ、父と母はこの松塾で知り合ったのですって。母もね、元は国官だったの。父が処刑された時、罷免されたのだけど…。温情があって命だけは助けられた。―――――温情だなんて…正しい事を言っただけなのにね」

小さな笑みが、軽く胸の痛みを呼ぶ。

しかしは笑顔を崩そうとはしなかった。

「王を諫めた罪で?」

「そう。税を減らし、地を均しましょうと…。当然の事を言っただけだったの。女王だからと甘く見て、そのような諫言を口にするのかと、大層お怒りになられたようで、傍にいた大僕によって斬られてしまった。朝議の最中によ?」

「酷い事を…」

「だから王が倒れても、悲しくなんてなかったわ。むしろ嬉しかったぐらい」

「それでは何故国官になろうと?」

「…父を失って、泣いていた私に母は言ったわ。父は人道を貫いたのだって。国官になりたいと思ったきっかけはね、父が果てた場所に行きたかったの。その場に立ってみたい、ただそれだけなの」

そう言うとはふと真面目な顔になって、続きを話した。

「父が命をかけて守ろうとしたもの、それが分かったら、人道を貫く事の大切さが分かるような気がしたの。今はまだ分からないわ…」

「貫かねばならないもの…」

「うん。正しい事を言っても、父のように殺されてしまう事がある。それなら、人道を貫くとは一体どうゆう事なのかって。一度母に尋ねたの。母は母なりの答えを持っていて、私に教えたわ。だけど、よく分からなかったの。だからかしら、ここに連れて来られたのは」

そう言い終わった後、は浩瀚に微笑みかける。

「ごめんね。なんだか辛気臭い話ししちゃって。私ね、そんな理由で国官になりたいって思ったものだから、あなたのような純粋な考えが羨ましいわ。国府に入って何か変える事が出来るとは、とても思えない。それなら州や県の官吏になって、目の届く範囲の人々を守っていくほうが、有意義だと思うもの」

微笑んだその顔は少し寂しそうに見え、浩瀚は知らずの手を取っていた。

「それなら一度国府に上がってみて、駄目だと思ったら帰ってくればいい。麦州で民と一緒に生きていこう」

「民と一緒に…?」

「そう。わたしと一緒に、民と一緒に。は一度国官になる。その間わたしは麦州で、それなりに権威ある地位になってみせる。が父君の思いを感じ取れたなら、麦州に戻ってわたしを訪ねてくる。わたしは権威ある地位に就いているはずだから、一緒に生きていけるように取り計らう」

今やの両手は、包み込む大きな手によって隠されていた。

整えられた面差しの中で、その瞳はに向けられている。

真摯に見つめる少年に、は薄赤くなった顔を逸らして言った。

「それって…さっき老師が言っていた、してはいけない事ではないの?平等とは言えないと思うのだけど…」

あ、と小さく言った浩瀚はの手を離す。

「そうか…でも、は国官になっているのだし、国官が州に派遣されてくるのだと言えば、問題ないのでは?老師が言ったように、功績がなければいけないと言うのなら、功績をでっち上げればいい」

「で、でっち上げ…?」

驚くをそのままに、浩瀚は横を向いて歩き始めた。

の足も自然に進み、浩瀚の横に並ぶ。

「わたしはずっと迷っている。だからここに連れて来られた。老師が迷いを溶かしてくれるだろうと」

「迷い?」

「どこの組織にも、規律というものは存在する。それらは守られるべきであって、決して疎かにしてはならないものだ。しかし、すべての規律が正しいとは言い切れない。中には理不尽に思うこともある。差別を推奨するようなもの、民を悪戯に搾取するもの、これらを決められているからと言って、喜んで実行することは出来ない。かと言って、堂々と無視してしまえば秩序は乱れ、事によると反逆にも取られかねない事もある。畢竟、どのように振舞えばよいのか、分からなくなることが多い」

「仰いで天に恥じずじゃよ」

突然茂みの中から声が聞こえ、二人の足は止まった。

辺りを見まわし、声の主を探して首を捻っていると、また声が聞こえた。

「こっちじゃよ」

茂みの後ろから、微笑んだ老人の顔が現れた。

「乙老師…」

浩瀚は乙の名を呼んで口を閉ざし、が代わりに問いかけていた。

「仰いで天に恥じずとは、どうゆう意味なのでしょう?」

「自分の心に、欠片ほども疾しい事がない、と言う意味じゃ。正しい事など、人によって変わるものじゃからの。それなら、良心に恥じぬような判断を、自らが下していくしかないのじゃ」

「自らの心に問うのですか?」

「そうじゃな。規律がいつも人道に沿うとは限らぬ。多数の人間が二つの答えを用意する事もあるじゃろう。そのような判断に困った時は、自らに問うしかないのじゃ。己の心に素直にあれば、後に悔いる事も少なかろう。そしてお前達なら、きっと正しい選択をすると信じておるよ」

「老師…」

浩瀚は頷いて乙を見上げ、痞(つかえ)えが取れたように微笑んだ。

胸元に手を組んで、跪いた浩瀚が横に見え、もそれに習う。

頭を垂れて感謝の意を伝えた二人を、老師は温かく見守っていた。

























翌週も、その翌週もは松塾に通った。

週に一度ほどの間隔で通っていたのだった。

浩瀚も同じような間隔で来ていたのか、同じ時間に講義を受ける事が多い。

そして老師の語りは、二人の心に深く響いていた。

ある日の講義後、は院子で浩瀚に問うた。

「乙老師のお話は、水が岩を打つ音に似てない?」

浩瀚は瞳を閉じて天を仰いだ。

想像しているのか、思い出そうとしているのか、そう思いながら見ていると、浩瀚は首を下げてを見る。

「よく、分からない…わたしは想像力が乏しいらしい」

苦笑しながら言う少年に、はまだあどけなさの残る笑みを向け、院子にある石案に寄りかかる。

「大きな岩に、一滴の水が落ちてくると、弾けて消えてしまうでしょう?静寂の中でその音を聞くとね、響くような音がするの」

「へえ…」

素直に感嘆の声を上げた浩瀚に、の笑みは深まる。

「想像力は関係ないわ。聞いた事があるか、ないかの違いだけよ」

首をかたむけて言うに、浩瀚は笑みを返す。

「一度聞いてみたいな」

「そうね、一度聞かせてあげたいわ」

笑い合った二人に春の陽気が語りかけ、桜色の時間を作り出していた。

の目は浩瀚に向けられ、浩瀚の視線の先には風に揺れる薊が映る。

端正な横顔に見惚れ始めたは、その顔がゆっくりとこちらに向けられた事に気がつくのが遅れ、不思議そうに見つめる瞳に驚いて目を離した。

慌てたは、先程の話を引っ張り出し、再び語った。

「そう、そうれでね、これは老師とは関係ないんだけど、水はずっと同じ場所に落ち続けるの。何度も何度も弾けていき、岩はびくともしない。でもね、水滴は長い年月をかけて、少しずつ、本当に少しずつ落ち続けて、やがては岩を削る。滑らかに削られて、ようやく岩は水の存在に気がつくのだわ」

「それは少し、悲しいな」

「え?」

慌てていたため、何を言ったのかあまり理解していなかったは、自分の言った事を思い浮かべる。

「何故、悲しいの?」

「ずっと、打ち続ける存在があったのに、身が削げてしまってから気がついたとあっては、少しやりきれないだろうと思って…」

「そうゆう考え方もあるのね」

がそう言うと、浩瀚は問い返す。

「では、の受けた印象とは?」

「微弱な力でも、大きな物に勝つ事が出来るのだって…そう思っていたわ」

「ああ、なるほど。確かにそうだ」

感心したように言う浩瀚に、は笑いながら言った。

「受ける印象だもの。個人それぞれあって面白いわ。でも浩瀚の考えることって、とても素敵だと思うわよ。…そんな恋をした事があったの?」

「恋?どうして?」

「あ…気を悪くしたらごめんなさい。そのような発想に聞こえたから。私が受けた勝手な印象」

「謝る必要はないが…そうか。確かにそのようにも思うな」

一人納得する浩瀚を見ながら、は石案から身を起こした。

「私最近ね、家に帰るといつも思うの…」

は唐突に話題を変え、そう言って浩瀚の反応を待った。

それに対し、浩瀚は次の言を待っているようだった。

「早く来週にならないかなって。老師の話が聞きたくて、とても楽しみなの」

「わたしも同じように思う。これほど奥の深い講義は始めてだから」

浩瀚はそう言ったが、の心情としては、少し違った。

もちろん乙の話は面白く、楽しみにしていることには違いないのだが、は何よりもこの時間が好きだった。

浩瀚と語り合う事が楽しく、春の天候のような気分にさせる。

それを待ち遠しく思っている事を、告げることはせず、は陽を仰いで手をかざした。

「仰いで天に恥じず、か…」

ぽつりと言った声に、浩瀚の頷きが見えた。

その後二人は口を閉ざし、ただ慈しむような陽にくるまれていた。



続く






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うららかに、春の一場が流れてゆきます。

しばらくはここから動きません。

さあ、みんなで道徳の勉強だあ!

ナニカガチガウ…

                  美耶子