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煌羽の誓い


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三ヶ月後。



二人はいつものように講義を受けていた。

「私利私欲を捨て、公正に民を慈しむ。そうでなければ国は立ち行かん。暴利をむさぼれば土地は荒れ、人の心もまた荒れる。国の基(もとい)となる民が荒れれば、たちどころに国は荒れる」

国が荒れれば妖魔は跋扈し、罪科のない者が被害に遭う。

世の常であった。

現在慶東国に王は存在しない。

ゆえに理は欠け、天災が増えつつあった。

前王は無能であったがゆえ、暴利を貪る官吏が横行し、いっかな地は収まらず、困窮に陥る里も珍しくはない。

そして、は問うのだった。

「それでは、国が荒れないようにするには、一体どのように振舞えば良いのですか?」

「もちろん献替(けんたい)の精神は必要じゃ。しかしながら、君主が必ずしもそれを求めておるとは限らん。その君主が己の理解できる範疇を超えてしまえば、よく吟味し行動する事が必要かの」

「よく、吟味して?」

「そうじゃ。諫言ひとつをとっても、その場の感情だけで言を吐けば、己の身を危険に晒す事にもなりかねん。そうなってしまえば、道を正すものを悪戯に減らすだけじゃ。わしも出来のいい徒弟を失のうてしまう」

今度は浩瀚が問う。

「それでは、身の保身を守りつつ、諫言を行えと言う事でしょうか?」

「時と場合によってはな。吟味した上で、死を賜っても諫言せねばならぬと、行動に移す者も中にはおろう。とても崇高で、立派な行為じゃと思う一方で、その者の死を嘆くのは、やはり人の性かの…」

あまりに辛そうな表情になった乙に、は思わず質問を飛ばした。

「松塾の出身で、そのような方がいたのでしょうか?」

乙はしばらく沈黙し、やがて静かに口を開く。

「敦厚(とんこう)…お前さんの父がそうじゃよ…」

「あ…父が…。あの、老師。父の話をご存知でしょうか?」

「お前さんが知っておる程度のことはな」

「私は…あまり詳しくは知らないのです。母は…今でも父を愛しております。その母に、聞くことは躊躇われるのです。いえ、父の話は聞いております。しかし詳しい事はあまり…。朝議の場での惨殺が許される状況とは、一体何だったのかを、私は知りません。未だもって不思議でならないのです。だってそうでしょう?仁の麒麟が王の傍には居たはずですもの。先の台輔がお亡くなりになられたのは、父の亡くなった後ですもの」

冷静に努めて言ったつもりではあったが、の口調はいつもより早く、そして悲痛であった。

それを受けた乙は静かに頷き、の知りたい事を教える。

「王の死期が近かったのじゃ。先の台輔はすでに失道され、朝議に出席する事も適わぬ状態であった。これは盟羽や他の徒弟から聞いた話じゃが…」

乙はそう言って、の父の最期を語り始めた。

「お前さんの父、敦厚は当時六官の一を勤める、大宗伯であった。何もない時期に行われる礼典、無意味な祭祀が何度も行われた為、国庫は目減りしていった。民は五割の税を徴収され、明日の糧にも苦しまねばならん有様じゃった。しかし、何も王ばかりが悪かったとは言えんの。他の六官も私服を肥やしておったから、礼典が必要と言っては国庫を開き、祭祀を執り行うと言っては税を徴収し、国に献上する前に、一部を懐にしまいこむ。それが朝廷の実情じゃった。今もさほど変わらぬと聞いてはおるがの…」

乙は一息ついて再び口を開く。

「敦厚が大宗伯であったため、それらは最小限に食い止められた。それでも目を盗んで専横を極めようとする官吏の多さに、苦吟した敦厚はついに諫言することを決心したのじゃ。諸侯の見守る中、敦厚は意を決して王に向かった。叩頭をせず、立ち上がって王に言ったと、そのように聞いておる」

の父、敦厚が言った事は次の三つだった。





一つ、税を二割に引き下げよ。



一つ、浮民同様の生活を余儀なくされている自国の民に、救済の手を差し伸べよ。



一つ、直ちに官吏の移動を行い、邪な官吏を一掃せよ。



しかし王はそれを反逆と捕らえた。

「何故です?何故父が反逆者になるのです?」

「前もって手が回っておったのじゃ。大宗伯は謀反を起こす心づもりがあると。邪魔だと思っていた官吏が結託し、王の周りにそのような噂を流し始めた。何を合図に謀反を起こすのだろうか、それとは気付かれぬ方法を取るに違いない。そのような噂があると、王の耳に入れておいた。その後、正道を持って合図とし、諫言を持って反旗を翻すのだと、王にそうほのめかせてあったそうじゃ」

「そんな…なんて酷い…でも、父は間違っておりません。先に老師が上げられた三つの事は、すべてが国を思っての事です…それを謀反の合図だなんて…」

は初めて知った詳細に、憤って震えを感じていた。

隣に座る浩瀚が心配そうに見ていたが、それに何かを返す余裕など、今の心中には存在しなかった。

「…もう一つ、教えていただけますか」

俯いたは、毅然と顔を上げて問うた。

「…なんじゃね」

「母は何故、その事を私に言わなかったでしょうか?ただ、人道を貫いたと言われただけでは…私が人道を理解する事は出来なかったでしょう。ですが、今の話を聞けば形ぐらいは見えてきます。父は…父は立派な事をしたと思います。それならば、どうして母は詳細を語らないのでしょうか?その時母は、何処にいたのです?」

乙は苦渋に満ちた表情で浩瀚に目を向け、しばし沈黙を守った。

しかしはその意味を知り、構わないと言う。

「過去の事です。官吏になりたいと思った、不肖の若者が二人居るだけと思い、続きを話して下さいませんか」

乙は逡巡したのち、再び口を開く。

「盟羽は恥じておるからじゃ。その場にいた自分の行動を恥じ、悔いておるのじゃ。盟羽は敦厚の背後に控えておった。諫言する意がある事を、聞いておったそうじゃ。敦厚は盟羽に約束をさせた。諫言し、もし自分に何かあったときには、何も知らなかったと言う様に、盟羽に約束させておった」

「それは…何故です?」

「お前さんがおったからじゃな。二人が同時に亡くなれば、幼いお前さんはどうしたね?生きてはいけよう。じゃが、二人の望むところではないだろう」

母は裏切ったような思いに、苛まれたに違いない。

目前で斬られる父を、母はどのような心情で見ていたのだろうか。

「敦厚の処刑は朝議の最中(さなか)行われ、盟羽にもすぐに詮議がかけられた。しかし盟羽は知らぬ存ぜぬを貫き通し、生きて野に下った。娘と供に瑛州を離れ、この麦州産県に戻ってきたのじゃ」

は知らぬ間に俯き、相槌も打たずに話を聞いていた。

卓上に置かれたの手は震え、硬く握られている。

心配したのか、の拳を上から包むように、浩瀚の手が置かれた。

しかしはその手にも気がつかず、憤りを吐き出すようにして叫んだ。

「天は…天は民を見ておられないのでしょうか?そもそも、何故王が迷うのですか?何故、民を苦しめようとなさるのです!正しい事を言う者の命を取る様な王を、何故天は選んだりするのです?」

房室に響く悲痛な声は、書物の山に呑まれていった。

変わりに静かな乙の声が響く。

「それは王も人だからじゃよ。神籍に入ろうがその本姓は人。決して麒麟のような生き物ではない。仙籍に入った者が迷うように、王にも迷いがある。逃げ場がないだけ、軌道を逸れたときの反動が大きいのじゃ」

は俯いたまま乙の声を聞いていた。

ややして顔をあげ、ゆっくりと頷く。

「だから、諫言が必要なのですね」

「そうじゃな。諫言に留まらず、不正を暴く勇気はいる。取る行動はその者によって変わってくるじゃろう。じゃが…二人とも、よく聞きなさい」

乙はそう言うと一度切って、二人の若者を交互に見る。

「現在この国は困窮に陥っておる。あまり政に向かぬ王の時代が続き、官吏の専横は目に余るほどじゃ。昔はこの松塾でも多くの官吏を輩出した。しかし今では侠客を出す事のほうが多い。官吏になるのを良しとせず、地に生きて正道を貫こうとする者が多いのじゃ。これが意味するものが何か、分かるかね?」

乙の意見に答えたのは、浩瀚の方だった。

「充分注意していなければ、闇に呑まれてしまうということでしょうか?官吏になり、正道を説くのは危険だと…?」

浩瀚の答えに是も非もなく乙は言う。

「これは個人的な意見じゃ。くれぐれも気をつけてな。道を正すのも、状況を見極め、保身を考えねば危険じゃ。何も死なせたい訳ではないからの」

はい、と二人の若者は答えた。



続く






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う〜ん、道徳のお時間が続いておりますね。

人格構成編だと思って頂ければ…?

もうちょっとだけ続きます。

                   美耶子