ドリーム小説




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煌羽の誓い


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講義の後、浩瀚とは、熱くなり始めた日差しを受けながら、院子を歩いていた。

院子を歩きながら雑談する事が、二人の決まり事のようになっている。

しかし今日は沈み込んだ雰囲気が漂い、それによって浩瀚は口を開く事が出来なかった。

何と言って声をかけようかと悩んでいると、がようやく重い口を開く。

「あの…ごめんなさい。私の両親の話なんかで、講義を潰してしまって」

「いや。謝る必要など何処にもない。とてもためになったし、の両親の事を聞けて嬉しい。その、不謹慎だとは思うのだが…」

「本当にそう思ってくれる?私の両親の話なんて、浩瀚には関係ない事だわ。だって、私が聞きたかっただけだもの」

「でも、とても素晴らしい方々なのだと思った。だからのような人が育ったのだなと、納得して聞いていた」

「ありがとう…私の両親は、正しい事をしたのよね?母は、父を裏切った訳じゃないし、父は私達の事を考えてくれていたのね…」

不安げに問う瞳は、今にも泣き出しそうだと浩瀚は思った。

しっかり頷いた浩瀚は、足を止めてに向き直る。

「素晴らしいご両親だと思う。とても聡明で尊敬すべき方々だ」

止まった浩瀚に習い、も足を止める。

いつも座って話す石案(つくえ)は、まだ先のほうだった。

「私ね…父の最期をちゃんと知らなかった。だから、道を貫く事と、家族を守る事を天秤にかけたのかしらって、そう思った事があったの。そして父の天秤は、道を貫くほうへ傾いたのね。娘が父を、妻が夫を失う事を、自ら実行してしまう行動の、どこが人道にかなっているのだ、って…そう思っていたわ。だから、人道とは何かって、常に考えていた。父が貫こうとしたもの。それによって父を失った母が、未だ人道を守ろうとしている事が、理解できなかったの」

「それは少し、違うと思うのだが…」

「え…?」

足元の雑草を見つめて話していたは、否定の言に顔を上げて目前の人物を見た。

浩瀚は悲しそうな瞳でを見つめ、静かに口を開く。

「妻娘を守るために、父君は諫言したのだと思う」

「…父が私と母を守るために?」

「老師の話を聞いていて、わたしが勝手に思った事だが…」

浩瀚はそう言って、ふとから目を逸らし、空を見上げる。

「幼い娘の将来は、まだ見えてこない。自分達のように官吏になるかもしれないし、田を耕して毎日の糧を得るかもしれない。そのどちらにもならない可能性もある。だが、官吏になるのであっても、田を耕すのあっても、現状を見れば希望が持てない。そのように感じたのではないだろうか?」

浩瀚の見上げる長空は蒼く、果てしない広がりを見せている。

「この国をなんとかしなければならない。そう思ったのは、守りたいものがあったからではなかろうか?妻と娘が安心して暮らせる、そんな国にしたかったのだと思う」

幼い娘を守るために、父は国を豊かにしようとし、母は愛を与え続けた。

浩瀚の言によって、両親の愛情が深く刻まれているように、感じる事ができるとは思った。

「そう、なのかな…父は、私を愛してくれていた?家族を…大切に…思ってくれていたの?」

が見つめる浩瀚は、いびつに変形している。

ぐにゃりと滲む景色の中、浩瀚の顔が空から離れ、に向けられた事も分からぬほど歪んでいた。

「天秤にかけたとしたなら、ご自分の命だろうと思う。成長する娘の姿を、傾く国府で見つめるのか、未来の良い国で、伸びやかに生きる事を願い、ここで命をかけるのか」

「…浩瀚は…父を知っているみたい…」

もうの瞳には、何も映っていなかった。

頬を伝う涙の感触をそのままに、は立ったまま瞳を伏せていた。

「知っている訳ではないが、父君の気持ちに共感する事は出来る…」

そう言うと浩瀚は、顔を覆うこともせずに涙を流すに、そっと手を伸ばす。

頬を伝う涙を指で掬うが、次々に溢れ出す雫に袖をあてた。

「ごめん…すぐ…泣き止むから…ごめんね…」

気遣わせている事に気づいたがそう言えば、浩瀚は袖を頬から離し、その直後体を引寄せていた。

「無理に泣き止まなくてもいい。ずっと泣きそうな顔をして、我慢しているのを見るよりも、泣かれてしまうほうがいい」

耳のすぐ後ろで、染みるような声色が響く。

それは心の奥底にまで入り込み、全身に浸透していくようだった。

泣いていいと言われてしまえば、もう涙を止める術がない。

は浩瀚に包まれたまま、しばしの間泣いた。
































柔らかく擽る風は、まだ濡れたの瞳を掠めていく。

「ごめんね。でも気が晴れたわ。もう何年も考えていた事の、答えがちゃんと見えた。父はやはり尊敬すべき人だった。誰に対してでも、誇れる両親だったのだわ」

まだ少し掠れた声で、はそう言う。

微笑を作って、浩瀚を見上げた。

睫についた雫が光を受け、きらきらと瞬いている。

それを見ていると、胸に燻っていた思いが口を割って、外に飛び出していた。

「わたしは必ず生きる。たとえ何があっても生き抜いてみせる」

「え?」

「あ、いや…」

浩瀚はそっと腕を放し、を解放した。

そのまま石案に向かって歩き始め、いつものように右側に座る。

の定位置は左だった。

二つの椅子が埋まり、向かい合うと、いつもの空気が戻ってくるようだった。

するとはくすりと笑う。

浩瀚は笑った音に首を僅かに傾げ、を見つめていた。

「父はね、母によると、冷静沈着な人だったらしいわ。常に冷静で、いくら仕事が溜まっても、どんなに山のような書面を出されても、全然動揺しなかったのですって。さらりとこなしてしまう父を、母は憎たらしいって思っていたそうよ。でも朝議で諫言したあたり、実は熱い人だったのかもね」

「愛の大きな方だった…?」

「うん…きっとそうね。守りたいものがあるって、大切なのね」

「それはもちろん」

断言した浩瀚に、の目が向けられる。

「もちろんって…浩瀚には守りたいものが存在するの?」

「守りたいものなら、もう存在する」

何かとても意外な事を聞いたようで、は軽く目を見開いていた。

「へ…へえ…そう。そうなの…」

なんとかそう答えると、それ以上は何も言葉が思いつかなかった。

「ただ、偶然に会うだけの人なのだが…話をしているととても楽しい人で、気高い精神を持った方だ。とても優しい方だ…と思う」

浩瀚は心なしか照れているように見え、はさらなる意外さに驚きを表した。

「思う?あまりその人の事を知らないの?」

「そう…ここに来る時にしか会わないから」

では、浩瀚の想い人は松塾の中にいるのだろう。

は居院の里から通ってくるので、週に一度が精一杯だったが、浩瀚がどれほどの頻度でここに出入りしているかは知らない。

聞いたことがなかったからだが、たまに来るですら、顔馴染みが数名出来ている。

そして、ちくりと痛み始めた、自らの心にも驚いていた。

そんなの口を、知らずを突いて出た言葉があった。

「その守りたい人は…ここの人?」

そう問えば、浩瀚は微笑んで答える。

も良く知っている」

「私も?」

よく知っていると言うほど、仲の良い人物は誰だろうかと考えていると、浩瀚の口が開かれる。

は、来週も来るだろう?」

「え?ええ…もちろん、来るわ」

「では、答えは来週に」

「ええ!そんなの酷いわ」

「どうして?今知りたい?」

「えっと…」

知りたいと思ったが、聞くのが少し怖い気もしていた。

「いいわ。来週ね。誰なのか考えておくわ…」

























その日の夜。

は母と話をした。

乙から聞いた事を言い、父に対して誤解を抱いていた事を告白した。

その上で父を尊敬し、母に感謝すると言うと、母は泣きそうな表情になる。

だが、涙は溢れることなく、そのまま笑顔を作った母はに言う。

「さあ、夕餉にしましょう。支松まで歩いて帰ってきたのだから、さぞお腹が減っている事でしょう」

母はに背を向け、夕餉の用意に取りかかった。

そっとしておこうと思ったは、夕餉が始まるまで待つことにした。

聞きたいことがあったのだった。



続く






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次章までが少年期です。

よって、次に少し展開いたします。

春の木漏れ日、夏の涼風。

そんな少年期でした。

                   美耶子