ドリーム小説




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煌羽の誓い


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「ねえ、父さまと母さまって、松塾で知り合ったのよね?」

「そうですよ」

「やっぱり院子でお話した?」

「院子?ああ…そうねえ。話しと言うよりは、論議が多かったわねえ。よく喧嘩になったものだわ」

「父さまが喧嘩?」

「そう。あの人は激しい口調にはならないのだけど。冷静に怒るのよ。君の考えは少し違うって」

どきっと胸が鳴った。

今日、同じような事を言われたように思ったのだ。

「そ、それでどうなるの?」

「諭されるのよ。お説教されて怒られている、子童みたいな気分だったわ」

げんなりした声で言う母に、は声を立てて笑った。

そんな娘の様子を見ながら、母はふっと微笑む。

「懐かしいわねえ。院子の石案を囲んでよく話したかしら。そう…二人が国官になったら、木に帯を結びに行こう。きっと、天帝が良い子を授けて下さるからって。子が出来れば、守るべきものが増え、今よりもっと頑張る事が出来ると仰ってたわねえ」

昨日までなら、には信じる事が出来ない言だったかもしれない。

しかし、今のは違った。

それに大きく頷いて母に言う。

「母さま、松塾に連れて行ってくれて、ありがとうございます」

母はただ微笑んでそれに答えていた。



























翌日、まだ明けやらぬ頃。

はがたがたと鳴る物音に目が覚めた。

何事かと訝しんだが、やがて収まった音に再び目を閉じた。







『わたしはこの土地が好きです…、と言うのは言い訳で、本当は臆病なのです。生まれ育った場所を離れてしまうのが、怖いのです。ですから、麦州が豊かになり、この地を守っていけたらと思ったのです』

薄く白い世界の中で、浩瀚は微笑みながら言う。

(ああ、そうか。浩瀚の守りたいものは麦州なのね…)

「娘は関係ないでしょう!あの子は塾の寮に入っております!手を出さないで!!」

『ただ、偶然に会うだけの人なのだが…話をしているととても楽しい人で、気高い精神を持った方だ。とても優しい方だ…と思う』

(あら?そうか…こんな事を言っていたわね。だとすると誰かしら?いつも見かける、可愛らしいあの子かしら?それとも凛としたあの人かしら?)

喧々と響く耳障りな音が、の夢を邪魔し、知らず眉間に力が入っていた。

『では、答えは来週に』

「おやめなさい!煌羽(こうわ)など知らぬ同盟の事で、刃を向けられる筋合いなどないはずです!!」

(早く来週にならないかしら…)

誰かの叫び声の後、がらがらと馬車の過ぎ去るような音が聞こえ、は身を反転させて音を振り払うような仕草をした。

自らの動きによって、夢の世界から引き戻されたは、自然と開かれる瞳に気がついた。

「な、何?」

夢現(ゆめうつつ)であった。

どこまでか夢で、どこからが現実なのか。

「あの音は…?」

耳を澄ましても、何も聞こえない。

しかし、居院の中で何かの音が聞こえていた。

言い争うような声と荷馬車の音。

これらが、母一人で出せるはずがない。

不安が胸中に広がり、はそっと臥牀を出た。

朝の蒼い世界の中、静まり返った居院を歩く、の足音だけが小さく響いていた。

次第に膨れ上がってきた不安に、押し潰されそうだった。

「母さま…?」

音を立てないように扉を開く。

しかし母の姿はどこにもない。

次第に物音に構わなくなり、は母の姿を捜し求めた。

「母さま、母さま!何処にいるの?」

しかし何処からも母は現れない。

居院の何処にも、何の気配もなく、は扉を開いて外に出た。

裏口のほうへ回り、列植された花々の合間を抜ける。

高鳴る胸を押さえながら、はそちらへと歩いていく。

昨夜白かった花弁は斑に赤く染まり、陽を求めて東に顔を向けた花々の下には、人影のようなものが見えている。

「まさか…まさか…」

踏み出す足は震えている。

何度も立ち止まりながら進んでいたは、僅か二十歩ほどの距離を長い時間かけて歩いた。

しかしついには辿り着いてしまい、一面に広がる鮮血の中に膝をついた。

「母さま…ねえ、母さま…」

肩を揺さぶって母に声をかける。

当然の如く返答はなく、の頬には熱いものが伝い始めていた。

「何があったの…ねえ、母さま。返事をして…お願いよ…母さ…」

それ以上は涙によって声にならなかった。

母の背に顔を伏せたは、言葉にならない嗚咽を漏らしながら泣き続ける。

薄く染まる東雲の空が、静かに夜明けを告げようとしていた。





































翌週。

浩瀚はいつもの講義を受けに松塾に入った。

灰白色の空を見上げながら歩き、乙の許を訪ねた浩瀚は、がまだ来ていない事を知る。

「座りなさい…」

心なしか元気のない乙に、浩瀚は心配そうな視線を投げながらも、指示通りに座る。

から、これをと」

沈痛な面持ちのまま、乙は浩瀚に二つ折りにされた紙を渡した。

「先日、盟羽の居院に何者かが侵入した。盟羽はその者の手にかけられたようじゃ。の話によると、盟羽がを庇う声が聞こえたと」

浩瀚はあまりの事に言葉を失っていた。

は紀州に行ったようじゃよ。紀州にはの伯父…敦厚の兄がおるからの」

そう言った乙から、浩瀚は目を逸らして渡された紙を広げた。





〔いかな境遇に於いても、必ず生きて戻られん。例え竄匿(ざんとく)し恥辱を舐めようとも、浩嘆(こうたん)の地に貶められようとも、それを盟誓されんとす。〕





「老師、これは一体…?」

「お主に渡すようにと言付かったものじゃ。警告として残しておくと」

「逃げ隠れしようと、嘆き悲しもうとも、必ず生き抜けと…。それは恥ではないと言う事でしょうか? 盟誓…生きて戻る事を…警告?わたしは死にそうに思われたのでしょうか?」

「そうではないと思うがの…の父―――敦厚は盟羽とを守った。守られた盟羽はを守った。そしては…」

「なるほど、そうですね…」

両親に守られ、両親を失ったは、幸せだったとは言えないだろう。

どんな卑怯な者になってでも、生きて欲しいと願うのは当然の事のように思えた。

官吏になったことで、の両親が殺されたとしたのなら、官吏になろうとしている浩瀚にも、同じような状況が訪れないとは限らない。

その時のために警告として残した、と言う事なのだろう。

だが、浩瀚に残したその文面は、の現状を表すものではなかろうか。

浩嘆(こうたん)し、竄匿(ざんとく)を余儀なくされた、の心の叫びなのだと思った。

私は生きて戻ってくると。

この麦州に、必ず…。

















松塾を後にした浩瀚は、往来の中で考えていた。

が戻ってくる事を願い、その日のために麦州を豊かにしておこう。

それが叶う地位に就き、何時でも守ってやる事が出来るような人物になりたいと思った。

は浩瀚に相談せず、ただ警告と称した紙を一枚残しただけで去ってしまった。

確かに、浩瀚に庇護を求めてくるような事はないだろう。

求められた所で、匿うのが精一杯。

大人になったつもりでいたが、まだそんなにも幼いのだと、己を恨むような心情になっていた。

凍雲は陰鬱に垂れ込め始め、空位の国を容赦なく襲おうとしている。

夏も近付いたこの日、慶東国麦州には、雨雪が降ろうとしていた。



続く






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少年期の終わりには…

別れが待っておりました。

次ぎに二人が再会するのは、いつになるでしょう…

                            美耶子