ドリーム小説
Welcome to Adobe GoLive 5
煌羽の誓い =6= 流れる雲のように、月日はゆるゆると過ぎて行った。
の消えたあの日から、幾年経過しただろうかと、浩瀚は雲海を眺めながら考えていた。
日々の忙しさの中で、ふと思い出すのは、の泣いた後の顔ばかり。
濡れた瞳に光を反射させ、誇らしげに両親を語った少女。
まだ空位だったあの頃。
あれからどうなったのだろうか…。
「麦候!」
ばたばたと慌しげな足音に、浩瀚は振り返って問うた。
「何事か」
駆けつけたのは麦州師の中将軍だった。
「和州から逃れてきた民を数名、保護いたしました」
丁寧に礼を取ってはいるが、将軍の肩は大きく上下に揺れている。
「また和州か…この所多いな。港に先導して他国へ逃してやりなさい」
「それが、その…」
中将軍の口篭りように、浩瀚は訝しげな視線を送った。
「何か問題でも?」
「はっ、義民なのか、無法者なのか、判断に困っております!」
「…説明しなさい」
「はい。本日未明、和州から州境を越えて、麦州に到着した者が六名おりました。彼らは里に火をつけ、和州師に追われて麦州に入った模様。こちらに出頭し、これらの事実を認め、処刑せよと申し立てております」
「処刑せよと?」
「はい…他に何も申し開きを致しません。しかしながら、彼らの目には一点の曇りもなく、どう見ても無法者のようには見えないのです。それでどうしたものかと詮議していると、自害するといい始めて…今は中軍一両が見張っておりますが…どうしたらよいものかと」
「分かった。会ってみよう」
中将軍の案内で歩き出した浩瀚は、やがて州城の一角に辿り着いた。
拘束された男が六名座っており、黙って浩瀚を見据えている。
睨みつけるかのようなその視線に、浩瀚は怯むことなく近付き、目線を同じくするために膝をついた。
「わたしは麦州の州候を任されている。処刑せよと簡単に言うが、故郷に待つものはおらぬのか?」
同じ目線になのか、浩瀚の言った事に対してなのか、男は驚いて口を開けた。
「我らは盟主の意思を無視し、和州の県正を殺害し、その者の所有していた里を焼き払って参りました。罪のない者の命を悪戯に弄んだ事に他ならない。これでは盟主に合わせる顔がないのです」
「盟主?何をもってして同盟とする?」
男はしばし逡巡を見せ、浩瀚の目を見つめていた。
そして思い切ったように声に出す。
「我々は煌羽―――。麦州で生まれ、麦州で離散した煌羽。これが我らの所属する所。裁きを受けるのなら、麦州で裁かれたいと参った所存にございます。麦侯は温情あるお方とお聞きしております。どうぞ我々を処刑し、煌羽の事はお忘れ下さい」
「煌羽…何故県正を殺害した?」
「盟主の仇だからです。盟主の父を貶め、母を殺した憎き相手。里の者は出来る限り逃がしたが、逃げ遅れた者もおります。ゆえにこれを盟主に報告しに戻る事は出来ない」
浩瀚は立ち上がって中将軍の許へと移動する。
「義民には違いないようだ。だが…」
「そのようですね。どう致しましょうか…」
「処刑して下さい!」
背後から叫ばれた声に、中将軍と浩瀚の目が煌羽(こうわ)の一団に向けられた。
先ほどとは違う男が、泣きながら叫んでいた。
「我々は不正を正す集団。私憤によって人を襲ってよい集団ではないのです!それを怒りに任せて行ってしまったのです。麦州候にお願い申し上げます。どうぞ我々を処刑して下さい!」
男はそう言うと、縛られたまま頭を深く下げた。
その男に習うように、他の者も一斉に頭を下げる。
「麦州の民を処刑する事は躊躇われる。里を焼いた確証もなければ、煌羽と言う同盟も知らぬ」
浩瀚がそう言うと、さきほどの男が顔を上げて言った。
「我々は麦州の民ではございません。紀州に戸籍のあるものばかり。盟主だけが麦州の出身であられます。一度見てみたかった…盟主の育ったこの地を。我々は本懐を遂げました。未練はございません」
そう言う男の声は、浩瀚の耳にはあまり入ってこなかった。
麦州で生まれた煌羽。
この響きに何かを思い出しかけていた。
浩瀚はしばし男を見ながら考える。
「中将軍」
しばらくして、浩瀚の口が開かれた。
呼ばれた将軍は歯切れよく返答し、指示を待っている。
「全員の縄を解き、紀州に送り届けよ」
どよめきが各所で起こり、煌羽の男は叫ぶ。
「何故です!」
「盟主がいるのなら、わたしが裁くべき事ではないと判断した。盟主に再度謁見し、申し開きするがよいだろう。その後裁くのは、盟主の判断で良いと思ったのだが」
「ですが、我々は里を…」
「麦州以外で起きた事など、何も聞いてはいない。国からも和州からも、何の要請も受けていない」
そう言う浩瀚に、男は信じられないといった表情を向けて言った。
「盟主に、合わせる顔がないのです…」
浩瀚はしばし男を見つめ、やがて静かに言った。
「いかな境遇に於いても、必ず生きて戻られん。例え竄匿し恥辱を舐めようとも、浩嘆の地に貶められようとも、それを盟誓されんとす」
「!!…それは」
「昔麦州にいた少女が、わたしに残した言だ。そうだ、一つ伝言を頼まれてはくれないだろうか」
浩瀚は微笑んで男に言う。
「煌羽の盟主に、わたしはここで待っていると、伝えてはくれぬだろうか」
男は驚愕したまま浩瀚を見上げていた。
しかしそのまま深く頭を下げる。
先ほどとは違う心情で。
煌羽の一団が捕らえられていた場所から、政務の場へと戻ってきた浩瀚の顔は、心なしか笑っているようであった。
その後浩瀚は、中将軍からの報告を受けていた。
夕刻の頃であった。
「たった今、空行師一両が煌羽の護送を開始いたしました。明日の開門の頃には到着する事でしょう」
「そうか。ご苦労だった」
退出した中将軍を見送って、浩瀚は露台へと進んだ。
橙の夕陽は直視できる程の、弱い光で世界を照らす。
浩瀚は果てしなく広がる雲海の果てに、思いを馳せていた。
煌羽―――
厚が煌に変わったとしたら?
の父は敦厚と言い、母は盟羽と言う。
そしてが逃れたのは紀州だった。
の両親は松塾で出会い、二人ともが国官になった。
しかし父は先の王に処刑され、母は何者かによって惨殺。
和州の県正が犯人だったとは少し驚いたが、何かと影で暗躍する和州のこと、ありえない話ではなかった。
おそらくが盟主だと思って良いだろう。
麦州で生まれ、麦州で離散したのなら、先の盟主は恐らく盟羽。
殺されたのは、その関係だろう。
「が現在の盟主なら、殺されるのを良しとはしまい。処刑して不興を買うのは避けたい事だな…」
一人笑う浩瀚に、斜陽だけが答えていた。
|